【論文】アジアの視点から立憲主義を考える

住民と自治2016年5月号より

2016年5月15日

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山室 信一(やまむろ しんいち)
京都大学人文科学研究所教授


安全保障関連法が施行され、憲法9条と自衛隊の関連、そして日本における立憲主義と民主主義との関係がアジアの人々からも改めて問われている。その問いに、いかに答えるべきなのだろうか?

憲法と実態のズレ

「だから日本人は信用できないのですよ。」「それを日本語では二枚舌というのではないのですか?」──これは中国や台湾、韓国などでわたしが日本国憲法の講義や講演をしたときに、決まって現れる反応です。

そうした反発や疑念が生まれるのは、憲法9条で「戦力不保持」を明記しながら、世界で5番目前後にランクされる軍事力を「戦力ではない自衛隊です」と称してきた事実があるからです。確かに、警察予備隊の発足以降、海上警備隊さらに航空部隊を加えて陸海空の三軍を擁しながら、それは専守防衛であり、警察力と等しいというのは詭弁としか思えないでしょう。これに対し、警察予備隊が発足した直後に違憲訴訟が起こされましたが、最高裁判所は抽象的に法律や命令などの合憲・違憲を判断する権限はないとして訴えを却下しました(1952年10月8日)。それ以来、現在に至るまで最高裁判所が自衛隊合憲という判断をしたことはありませんが、自衛隊法の下で合法的に存在してきました。そこには国家には自然権としての自衛権があるという主張から、必要悪として不可欠だという考えまで多様な議論がありますが、災害時に救助活動する集団が必要とされてきた事実があることも否定できません。

そうした国論を分かつ問題については「言挙げ」しないでおくのが「日本的賢慮」なのかも知れません。しかし、「違憲だが合法だ」「自衛隊は海外での攻撃能力をもたず、現代戦に対応できないから軍隊ではない」といって正当化することは、アジアからは「日本的狡猾さ」の現れと見えていることは否めません。

しかしながら、冒頭で記したような憲法条文と現実とのズレや矛盾を指摘するアジアの人々がそれを問題とするのは、けっして「現実に合わせて憲法を変えるべきだ」ということを主張するものではありません。自国の憲法をどう扱うかは、その国民に委ねられており、介入しないというのが議論の前提です。そこでの関心は、むしろアジアにおいて日本が憲法を制定し、議会を開設してきた先駆的な意義を認めるがゆえに、日本人の憲法感覚と憲法秩序に対して理解しがたい思いにとらわれ、その理由を知りたいということなのです。

立憲主義の中国への連鎖とその「危機」

現在の日本人からすれば意外と思われるかも知れませんが、たとえば日清戦争敗北後の中国では、日本に敗北した原因は軍事力ではなく、国家体制にあると考えられました。なぜなら、1860年代以降、清朝は「洋務運動」によって造船所や軍需工場を建設して東洋一と称された戦艦をはじめとする軍事力の強化を進めていたからです。そして、国家体制の日本との相違は、憲法と議会の有無にあると考え、1898年には明治維新をモデルとして康有為らによる変法維新運動が起きました。さらに、1900年の義和団事件に敗北するや西太后さえも国制を刷新する「清末新政」を断行しました。1906年には「憲政」施行の上諭が発せられ、1908年に明治憲法にならった「欽定憲法大綱」が出されます。そして、中央と地方の議会を想定して資政院と諮議局が設置されました。1911年の辛亥革命において各省での独立宣言をリードしたのは、これらの憲政の担い手となった日本への留学生たちでした。

ご記憶かと思いますが、2008年12月、中国で劉暁波(2010年ノーベル平和賞受賞)ら303人がインターネットで中国共産党による一党独裁の終結、三権分立による民主化の推進、人権状況の改善などを求めた「零八憲章」を発信しました。そこでは「中国立憲百年」であることが特筆されていますが、それは日本の立憲政治にならった「欽定憲法大綱」以来、百年間にわたって立憲主義のために苦闘してきた中国人の歩みの上に、中国の立憲主義には革新が不可欠であると訴えたものです。

そうした思いを同じくする中国の人々からみれば、モデルになって欲しい日本の立憲主義の現状は、共産党一党支配下の中国と同じ相貌をもって現れてきているといいます。この苦い認識があるからこそ、「憲法条文を無視する日本は立憲主義国家と言えるのか」という根本的な問いかけが出てくるのです。中国では、constitutionalismの訳語として立憲主義よりも憲政という言葉が多用されますが、これは立憲政治・憲法政治(constitutional government)を略した言葉として日本で使用されていたものでした。

他方、立憲主義や憲政などの訳語を作ったはずの日本の現状は、どうでしょうか?

自民党による憲法改正を推進し、安全保障法案でも先頭に立って発言した礒崎陽輔内閣総理大臣補佐官は、「時々、憲法改正草案に対して、『立憲主義』を理解していないという意味不明の批判をいただきます。この言葉は、Wikipediaにも載っていますが、学生時代の憲法講義では聴いたことがありません。昔からある学説なのでしょうか。」と広言しています。しかし、わたしの乏しい記憶でも、明治憲法体制を「外見的立憲主義」とみなす議論との対比で立憲主義の講義を聴きました。そして、法制史を学ぶなかで1937年に憲法学者の宮沢俊義が「立憲主義の危機」と題する論文を書いていたことも知りました。この年に廬溝橋事件が勃発し、日本は長い戦争の泥沼に踏み込んでいきます。その前年には二・二六事件が起き、軍部大臣現役武官制度が復活して陸海軍の大臣には現役の軍人しか就けなくなります。さらに、二・二六事件の5日前には天皇機関説を唱えた美濃部達吉が銃撃される事件が起きています。それまで公務員試験でも公定的な解釈とされていた学説が、「緩慢なる謀叛であり、明らかなる叛逆になる」として排撃される世情のなかで戦争を食い止める言論は許されなくなっていました。

そうした歴史を顧みるにつけ、「立憲主義の危機」が露わになった時には、すでに取り返しのつかない所まで追いこまれてしまっているのではないかという恐れを禁じ得ません。一度起きたことは、二度と起きないとはいえないはずですから。

立憲主義と民主主義の衝突

それでは、現在、日本の立憲主義は、どのような境位にあるのでしょうか?

その問題を考えるためには、まず立憲主義とは何を意味するのか、それは民主主義といかなる関係にあるのかを押さえておく必要があります。立憲主義と民主主義は必ずしも同義というわけではありません。いえ、鋭く対立し、衝突する局面があるのです。

なぜ、立憲主義と民主主義とが衝突するのか、それは民主主義が代表制民主主義という形を取っているからです。そして、代表制民主主義は必ずしも民意を正確には反映しません。とりわけ、小選挙区制を採っている衆議院選挙では有効投票率が50%前後で推移していますが、その過半数を取れば当選します。つまり、有効投票の25%を越える得票で議席を獲得することができます。それは数字上で見れば、75%近い有権者の声が反映されないことを意味します。実際に、2014年12月の衆議院選挙小選挙区で自民党は、全有権者のなかでの得票割合を示す絶対得票率の24・49%を得ただけですが、76%の議席を獲得しています。さらに、これに違憲状態とされる「一票の格差」問題を加味すれば、小選挙区制度が民意を正確に反映しているとは到底いえません。

これに対しては、国会議員は強制委任されているわけではなく、いったん選ばれた以上はあくまでも国民代表として行動するのであるから問題はない、という考え方もあるでしょう。しかし、日本国憲法が前文で「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動」すると規定した、その「正当に選挙された」という意義が生かされた選挙制度でないことも明らかでしょう。しかも、日本の議会では、ほとんどすべての法案に対して党議拘束がかかっていますから、議員個人の意見は無視されます。安全保障関連法案が審議されているとき、麻生太郎財務相は自派の議員に「法案が通るまで自分の意見は言うな」との箝口令を敷きましたが、それでは議員としての職責を放棄することになるはずです。要するに、頭数さえ揃えれば議論などしなくともよいというのが、日本の議会政治の現状だということになります。

問題は、いかに民意を反映しない議会であっても多数決で国策の最重要事項が決定できるという多数決民主主義にあります。もちろん、議会政治の本質は、討議を通じて異なった意見のなかから、少数意見をも反映した結論を見いだしていくことにあります。しかし、いったん選挙によって選ばれれば、すべての事柄について信任を得たと言い募る首相や首長が、「決める政治」を高唱し、自らの政治力を誇示する事態が続いています。そこでは「多数決による専制」とでもいうべき逆説的状況が生まれます。しかも、小選挙区制の下では、個人の政治的意見よりも政党の方針に従うか否かが公認候補としての選択基準となりますから、政党執行部の意向に沿うように否応なくなっていきます。中選挙区制で機能していた派閥間のチェックは、もはや存在しません。

こうして「多数決による専制」は、政党社会学の研究者ロベルト・ミヘルスが看破したように「寡頭支配の鉄則」に繋がり、民主主義の名の下で数人の政党幹部による専制的支配が貫徹していくことになります。

憲法を遵守するのは誰か

民主主義がこのような危険性をもつことを前提として、民主主義に予め枠をはめておく原理、それが立憲主義だとわたしは理解しています。立憲主義については、憲法96条を先行させて「改正」しようとした安倍首相の目論見が反面教師となって、理解が広がってきました。そこで強調されたのは、立憲主義とは「憲法を制定し、権力者がそれに従って統治しなければならない原理」だという点でした。その憲法を制定する権力を持つのは主権者としての国民となりますし、国民が固有に有している権利を権力者に保障させるために人権保障規定が明記されることになります。このことは1789年の「フランス人権宣言」第16条で「権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない」と宣明したことで、世界的に立憲主義の指標とされていきました。日本でも最初の国家行政組織法である1868年の「政体書」において、「太政官の権力を分って、立法・行法(行政)・司法の三権とす。すなわち偏重の患無からしむるなり」と規定して三権分立制度を採用しています。これはアメリカの立憲主義に準拠したものでした。

このように三権分立と人権保障を憲法に規定し、それを権力者に遵守させることが立憲主義の根本原則となります。そして、時の多数派がその原則を恣意的に変更することを許さないために、憲法改正には3分の2以上の賛成者を必要とするという硬性憲法の規定が置かれます。安倍首相は「たった3分の1を超える国会議員の反対で発議できないのはおかしい。そういう横柄な議員には退場してもらう」と主張して憲法96条の「改正」を正当化しようとしました。しかし、そのような主張は、多数決に制限をかけるのが立憲主義であるとの原理を真正面から否定するものであったことは明白でしょう。

そして、以上の原則を守らなければならないのは、言うまでもなく権力を行使する公務員であって国民ではありません。ですから、憲法99条では「憲法尊重擁護の義務」を天皇・摂政および国務大臣・国会議員、裁判官その他の公務員に負わせているのです。ところが自民党が出している改憲案では、「全ての国民」に憲法遵守義務を課しています。これまた立憲主義の意義を根底から否定するものです。国民が遵守しなければならないのは、立憲主義に遵って作られた合憲の法律・命令であって、憲法そのものではありません。憲法は国民が権力者に守らせるためにあるのです。

そのことを明確に表明したのが、日本国憲法の前文です。前文をお読みいただければ直ぐに了解されるように、前文の主語はすべて「日本国民は」「われらは」となっており、議会や政府ではなく国民が「主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」という構成になっています。さらに、ここで注意すべきことは、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し」と宣言されていることです。つまり、日本国憲法は日本国民の意志として、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こること」を禁じ、政府に不戦・非戦に向けた努力をするように厳命しているのです。ここに日本の立憲主義が平和主義と表裏一体のものとして提示されていることがわかります。ちなみに自民党の改憲案では前文がすべて改正され、政府に非戦義務は課せられていません。

立憲主義を掲げた逆襲

さて、喫緊の課題は、現在の私たちが直面している立憲主義をめぐる状況にいかに対応すべきかにあります。

今年に入って、安倍首相は自らの在任中に憲法を「改正」する意志を表明しています。安倍首相の自民党総裁としての任期は、現行の党則や総裁公選規程に従えば連続2期6年で2018年9月までですから、任期中に「改正」するためには後2年ということになります。しかし、緊急事態条項などから「改正」に着手するとしても、憲法9条で戦力不保持から国防軍に変えるまでには、時間が足りなそうです。そのためでしょうか、現行の任期を改めて3期9年に延長すべきだという声が首相周辺から浮上しています。あるいは首相を続けるための口実として「任期中改正」というアドバルーンが上げられているのかもしれませんが、自分の任期を延長していくというのは古今東西の独裁者が常套的に取ってきた手法です。

ワイマール憲法下で民主主義のあり方を非難した法学者カール・シュミットは、「近代議会主義とよばれているものなしにも民主主義は存在しうるし、民主主義なしにも議会主義は存在しうる。そして、民主主義が独裁への決定的対立物でないのと同様、独裁は民主主義の決定的な対立物ではない」(『現代議会主義の精神史的状況』1923年)と記しています。まさしく、議会主義を無視しても民主主義と称することはできますし、民主主義から独裁が生まれることもあります。そうした民主主義的独裁というイロニーを生まないためにこそ、立憲主義は存在します。逆に、立憲主義が機能しなければ、民主主義はどのようにでも変質していきます。そうであるとすれば、わたしたちが直面しているのは、立憲主義が遵守されているかを見守るという課題を越えて、立憲主義を遵守させるという課題です。

ところが、注意を要するのは、「立憲主義を掲げた逆襲」とでもいうべき政論状況が、今後つくられかねないという事態にあるということです。

たとえば、自民党の稲田朋美政調会長は、国会で「憲法学者の7割が違憲とする自衛隊は憲法に明記すべきである」と主張し、安倍首相も同意してみせています。また、谷垣禎一幹事長は「自衛隊が戦力なのか戦力でないのか、小学生が条文を読んでも分かりにくい。憲法を読んで字のごとくにすることが大事だ」として、戦力の不保持を規定する憲法9条2項を「改正」することが憲法を守るために必要だとテレビなどで訴えています。

果たして、違憲の実態に憲法を合わせるのが、立憲主義の本義なのでしょうか?

あるいは、憲法学者の7割(正確には、もっと高い割合になるはずです)が、違憲というから合憲になるように書き改めれば、冒頭で記したようなアジアからの眼差しは是正され、日本は立憲国家だとして評価されるようになるのでしょうか?

7割以上の憲法学者が違憲とするような事態を招いた統治についての説明責任と結果責任は、どこに霧散したのでしょうか?

統治者に科せられた課題を蔑ろにしてきた事実は、無かったことにして、実態が変わったからそれに合わせて憲法の方を変えましょうというのが、立憲主義を遵守する姿勢であろうはずはありません。しかし、憲法条文と実態がズレているのなら、憲法を変えるしかないのではないか、という主張に同調する国民も少なくはないでしょう。とりわけ、災難救助などにおいて自衛隊の存在意義があるという認識が広がっていることも無視できません。

それでは、どう対処すべきなのでしょうか?

わたし自身は、現在の憲法9条に合わせるように自衛隊の内実を変えていき、日本国内のみならず国外の災難救助にも出動する専門集団として活躍できるようになることが望ましいと思っています。もちろん、それは簡単に賛同を得ることはできないかもしれませんし、長い時間を要するでしょう。しかし、自衛隊員の人々にとって苦労は多くとも、見も知らぬ人を敵として殺傷するよりも被災者を救援するなどの「人間の安全保障」に資する営為の方が、その使命感にふさわしいように推測します。

逆に、韓国でインタビューした際には、ベトナム戦争に派兵された父親が、帰還後にPTSDに苦しみ、家族にも暴力をふるうなど一家そろって悲惨な人生を強いられた人々の話も聞きました。ベトナムだけでなくイラクやアフガニスタンから帰還したアメリカ兵の惨状についても、よく知られています。さらに、因果関係については明らかにされてはいませんが、イラクに派遣された自衛隊員から30人近い自殺者が出ているとの報告もあります。そして、最も留意すべきことは、「自由と民主主義を与える」という大義をもって始まったイラクやアフガニスタンでの戦争によってもたらされたものは、自由でも民主主義でもなく、同じ国民同士が殺し合う無間地獄でしかなかったという厳然たる事実です。軍事力の行使は憎悪と残虐さの連鎖を生むだけで、問題解決の方法としてはまったく無効となっています。

いま、取り組むべき課題は何か

21世紀における戦争の実態に鑑みるとき、「政府に戦争行為を起こさせない」ことを宣言した憲法を権力者に遵守させるという意味で立憲主義の重要性はさらに増してきています。加えて、グローバル化が進行していくなかで、憲法も単に権力者の恣意的支配を抑制するという以上に、対外的な国家目標を発信することで国際的な信頼醸成を図るという機能をもってきています。しかも環境問題など「人間の安全保障」に係わる国境を越える問題に対処していく主体は、もはや国家だけではありません。NGOや地方自治体など多層的な主体の連携活動が不可欠となっています。ここにリチャード・フォークなどが提唱している「地球立憲主義」のように、平和と人権の保障を各国民が交差的に権力者に要求するシステムが要請されることになります。

しかし、そのような課題をも視野に入れつつ、まずは眼前の日本において危機に瀕しつつある立憲主義を確実に履行させていくこと─それこそがアジアから日本の立憲主義に向けられた疑念に応える唯一の、そして確実な方途であるとわたしは考えています。

住民と自治2016年5月号より

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山室 信一(やまむろ しんいち)
京都大学人文科学研究所教授

1951年 熊本県生まれ。 東京大学法学部卒。 著書に『法制官僚の時代』『思想課題としてのアジア』『キメラ─満州国の肖像』『憲法9条の思想水脈』など。

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