【論文】尼崎市における歴史的公文書の保存と活用

住民と自治2016年10月号より

2016年10月15日

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松岡 弘之(まつおか ひろゆき)
尼崎市立地域研究資料館


公文書を健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源と位置づけた公文書管理法の理念に近づけるよう、各自治体では歴史的公文書の保存と活用にむけた努力が続けられています。

はじめに

兵庫県尼崎市は大阪府と接する人口約45万人の中核市です。尼崎市立地域研究史料館(以下、史料館)は、1975年に設置され、尼崎市史の編纂にともなう地域の古文書の収集・保存とあわせて、歴史的文化的価値を有する文書を保存する文書館としての役割を担っています。

今年は1916年に尼崎市に市制が施行されて一〇〇周年を迎えたことから、市民のみなさんからの地域の歴史に関する問い合わせも増えており、それがきっかけとなって所蔵史料の調査や寄贈につながるといった事例も出てきました。

市でもさまざまな記念事業を企画しており、史料館では10月に新しい市史『たどる調べる尼崎の歴史』を刊行します。書名のとおり、通史的な叙述というよりも、読者のみなさんが今後自らの地域の歴史を学ぶことができるよう工夫したものです。研究者にこれまで尼崎地域に関する歴史研究としてどのような成果が蓄積されてきたか、あるいは自らが調査をどう進めてきたかという過程を執筆していただく一方で、どのようなものが歴史を分析する材料となるかを紹介した「史料編」というパートを設けています。ここでは、古文書・絵図などとならんで「歴史的公文書」についても、史料としての性格や利用のしかたを案内しています。公文書もまた、今後さまざまな論点や分野から地域の歴史をたどる貴重な記録として、大いに活用されるべきものだからです。ただし、その可能性をさらに広げていく上で、尼崎市にも課題はあります。それらも含めて、以下、本市で歴史的公文書がどのように保存・活用されているかをご紹介したいと思います。基礎自治体における文書館事業の一例としてご覧いただければさいわいです。

歴史的公文書の収集

尼崎市では、尼崎市文書規程にもとづき日々各所属で文書が作成され、内容ごとに一定のまとまりをもった簿冊に綴られて管理されています。各簿冊には内容の軽重などによって各所属での保存期間(永年保存・10年・5年・3年・1年)が定められており、この保存期間が満了すると、さらに保存期間を延長する文書を除いて廃棄が決定されます。そして、史料館では、同規程第71条によりこれら廃棄決定した簿冊のなかから歴史的価値を有するものを収集・保存することになります。収集のあり方は昭和50年代ごろから整えられ、現在では「歴史的価値を有する公文書等収集・保存方針及び取扱要領」(この要領も含め、関連する法令は史料館ウェブサイトの「事業要覧」に掲載しています)で明文化されていますが、そもそも歴史的公文書がどう蓄積されているか、史料館での収集業務についてまずご紹介しておきたいと思います。

例年7月ごろに文書管理担当から前年度末で廃棄決定された簿冊のリストを受け取ります。これはあくまで標題などわずかな情報が記されたものに過ぎませんが、文書作成当時の状況や政策、これまでの収集状況などを考慮し、収集が必要と思われる簿冊を史料館内で検討します。この結果をふまえ、8月ごろ、実際に本庁内の書庫に入り、複数の職員で簿冊の中身を確認し、収集すべきかどうかを判断します。一点一点じっくり時間をかけることが難しいのが現状ですが、簿冊に綴じられる文書の特徴など収集の可否に関する情報は適宜メモしていきます。こうして収集された簿冊は史料館に運び込まれて目録が作成された後、これまで簿冊を管理してきた所属に対して史料館として収集予定であることを通知します。内容について各所属の確認を終えて収集文書が確定し、庁内に収集文書を通知して業務を終了します。昨年の場合は11月に正式な通知を行うことができました。

こうして、廃棄される簿冊約3万冊から帳票類を除いた1万数千冊を対象に選別作業を行い、毎年約300冊を選別しています。また、電子文書については、2011年度以降は文書管理システム内の電子公文書についても選別作業を実施しています。

ここまで毎年廃棄される有期限公文書について述べてきましたが、それ以外のかたちで史料館が収集する公文書もあります。戦前の旧市町村役場で作成され、永年保存となっていた「旧永年文書」は、尼崎町役場(97点)、尼崎市役所(440点)、小田村(26点)、大庄村(160点)、立花村(59点)、武庫村(31点)、園田村(50点)といったように、地域により残存状況や内容にかなりのばらつきがあります。同じく、議会の議事録も政策審議や議決の過程を記録した重要な文書です。町・村議会は欠けている時期もあるのですが、尼崎市の場合、1916年以降すべての議事録が残っており、1948年までのものについては、近年議事課から移管を受け、史料館で保存・公開しています。

なお、2014年度には、文書担当者を対象とする庁内の研修に史料館が出講し、歴史的公文書を収集する館の機能や役割について説明したところ、「不要だが引き取ってもらえるか」といった相談も増えました。これらは随時調査し、必要な場合は「イレギュラー収集」として受け入れています。これら「有期限文書」「旧永年文書」「イレギュラー収集文書」が史料館の所蔵する歴史的公文書の三本柱ということになります。

尼崎市立地域研究資料館が所蔵ずる資料一覧(2016年3月)
尼崎市立地域研究資料館が所蔵ずる資料一覧(2016年3月)

歴史的公文書の利用

こうして収集された歴史的公文書は、館内で整理を進めています。旧町村役場文書の永年文書と議会議事録については、簿冊の目録を館内に備えています。ただ、毎年の有期限文書については公開に関する具体的な規程が整備されていません。利用者に請求いただいたのち、情報公開条例にのっとって審査を行ない、公開が可能な記録について利用いただいています。探しやすい目録の作成とあわせて歴史的公文書にふさわしい公開の仕組みを整えていくことは、史料館にとって重要な課題です。ただ、こうした運用のもとでも、尼崎の歴史において欠くことのできない公害問題について、平野孝・加川充浩編『尼崎大気汚染公害事件史』(尼崎公害患者・家族の会、尼崎大気汚染公害訴訟弁護団、2005年)が市の歴史的公文書・行政資料を丹念に調査し、史料編で多くの公文書などが紹介されています。

一方、行政内部でもしばしば歴史的公文書が利用されますが、内容の傾向は市民のみなさんの場合と大きく変わるわけではありません。やはり例年収集する有期限文書よりも、永年保存文書がより多く利用されるように思われます。具体的には、施設の設立理由や経過、不動産等財産取得経過、あるいは農業用水など管理に関する取り決めなど、事例によっては戦前にまでさかのぼるような古い時期の記録については、史料館の歴史的公文書が頼りにされます。典型的な利用として、土地の利用履歴の調査があります。もっとも、こうした際、史料館では歴史的公文書はもとより、館が独自に収集してきた地形図・航空写真などとあわせて調査に応じています。表のように、基礎自治体の文書館として民間資料(旧家の文書のなかに当時の公文書が含まれる場合もあります)も含めたコレクションの厚みを有することが歴史的公文書の活用の幅を広げていると思います。

また、単純に利用の多さからいうと、市の広報担当が撮影してきた写真群が挙げられます。これらはもともと広報担当が常に手元で活用する常用文書(簿冊としての名称は「記録写真ブック」)として保管してきたものですが、随時受け入れてきた結果、館の写真コレクションの中核を占めるにいたりました。昭和20年代から平成にいたる約20万カットには市内の風景・行事など多様な写真が蓄積されています。市制一〇〇周年という節目にあたってさまざまな催しや配布物を企画するなかで、各所属がこれらの写真に行き当たると、やはり喜びます。

史料館では、現在これらの写真データベースの構築を進めているところですが、こうした歴史的公文書活用の基盤整備に大きな力を発揮して下さっているのは史料館のボランティアのみなさんであることも申し添えたいと思います。広報を経験した職員OBの方がご自身の経験をデータベースに注ぎ込んで下さいますし、またプリントのスキャンなどにもシニアを中心に多くの人たちにご協力いただいています

一方で、各所属で保存を続けている文書もあります。たとえば、組織の名称や所管事項の変遷は、文書作成主体の把握という意味から歴史的公文書を管理していくための基礎的な情報ですが、史料館でも十分把握できていないことが課題となっていました。そこで、最近になって職員定数管理などを所管する所属を訪ねてみたところ、おおむね1960年代以降の記録が確認され、現在史料館でその分析を始めようとしているところです。各所属が相互に手元の永年保存文書・常用文書などから必要な情報を提供しあいながら日々業務を進めています。ただ、史料館は各所属がいったん廃棄してもよいと判断された簿冊のなかから必要なものを収集するという関係にあるため、庁内における永年保存文書の保存・活用状況を十分把握できていないことも事実です。

なお、2012年8月に史料館では、東日本大震災に関連する庁内の公文書・資料の保存を呼びかけました。その結果、消防・保健師など職員派遣を行なった所属以外にも関連する公文書を作成・保存していることが確認され、史料館では例年年度初めにこれらの文書の保有に関する意向確認をしています。いくつかの所属からは移管を受けていたところ、2015年には防災担当からも文書が移管されました。この記録は、2016年4月熊本地震が発生したことで、いま再び防災担当に戻り活用されています。記録が適切に管理・保存されることで、こうした利用にこたえるということを改めて痛感させられた事例でした。

閲覧室でのレファレンスの様子
閲覧室でのレファレンスの様子

課題と展望

2009年に公文書管理法が制定されました。むすびにかえて尼崎市の課題と関わらせながら、このことについて述べておきたいと思います。

公文書管理法の重要な意義に、情報公開法がうたう公開すべき「情報」のなかみをきちんと定義づけたことが挙げられると思います。すなわち公文書は「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るもの」(前文)であって、「行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに当該行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡付け、又は検証することができる」(第4条)よう作成されねばならないのです。あるべきはずの記録がない、といった事態が発生した場合には必要な実地調査も行なえることが盛られています(第9条)。情報の「生成」の部分です。文書の歴史的価値とはある日突然発生するのではなく、日々の業務がきちんと記録されているからこそ生じるのです。また、それらの記録が現場を離れて、国立公文書館へと移管され、公開されていくプロセスについても具体的に決められました。情報の「公開」の部分です。現在進行形の事案については、たしかにプライバシーや企業秘密など秘匿すべき情報が含まれるかもしれません。これら現役文書の公開ルールは情報公開法・個人情報保護法などが担います。

一方で、現役を離れた歴史的公文書については、公文書管理法で「時の経過」をふまえて次第に公開範囲を拡大していくことが盛り込まれました(第6条)。国際公文書館会議(ICA)が文書館で保存している記録の非公開期間は30年を超えないことを原則とする決議を行なったのは1968年のことですから、なお課題はあるものの、大きな前進があったことは間違いありません。

文書管理は行政にとって内部管理業務でありますが、こうした記録の作成・公開のルールといった住民の権利に関わる問題を含む以上、やはり住民と行政との約束という条例の形式を取ることが望ましいと思われますし、実際に公文書管理法第34条は、適切な文書管理について地方自治体の努力を求めています。

全国歴史資料保存利用機関連絡協議会(全史料協)では、2015年3月に尼崎市を含む22館の事例を紹介し、公文書館機能の役割や意義について解説した『公文書館機能ガイドブック』を作成し、同会のウェブサイトでも公開しています。歴史的公文書を収集・保存・活用する基盤整備は、文書館ばかりでなく博物館、図書館で進められてきた事例も少なくありません。

尼崎市での課題の一端は述べてきたとおりですが、それ以外にも急速に進む行政情報の電子化やオープンデータといった取り組みへの対応、市の学校園や外郭団体などで作成されている文書管理のあり方など、いまを正確に記録し将来に伝えていくためには、多くの課題が横たわっています。史料館のような文書館組織は、たとえば写真の事例のように、役所内で文書館機能の意義を訴えながら、これらの課題を行政内部で共有できるよう働きかけを進めているというのが現状でしょう。各所属が現在進行形の案件に集中できるよう、文書館機能は過去のできごとについて各所属をサポートする力量をつけつつ、移管された記録を行政が市民の権利を守るために取り組んできた証としてきちんと管理しなくてはなりません。公文書管理法の理念に近づけるよう、それぞれの現場で努力が続けられており、尼崎市もそうした先行事例によく学びたいと考えています。

住民と自治2016年10月号より

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松岡 弘之
松岡 弘之(まつおか ひろゆき)
尼崎市立地域研究資料館

1976年広島県生まれ。2005年大阪市立大学大学院文学研究科後期博士課程単位取得退学。大阪市史料調査会などを経て2015年より現職。

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