【論文】人形劇を活かした地域づくりを目指して

住民と自治2016年12月号より

2016年12月15日

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林 優一郎(はやし ゆういちろう)
飯田市教育委員会南信濃公民館主事


人が育ち、生き生きと相互に関わり合うことができるような文化施設、住民が主体的に参加し、地域の魅力を発信していく地域文化創造の可能性が問われています。

はじめに

飯田市は、長野県の南部に位置し、東に南アルプス、西に中央アルプスがそびえる豊かな自然と四季の変化に富んだ南信州地域(飯田市および下伊那郡地域)における中心都市です。りんご並木と人形劇のまちとして広く知られ、近年ではグリーンツーリズムや、公民館活動を題材にして大学によるフィールドスタディーがおこなわれるなど、他の地域から研究対象として注目を浴びる地域にもなっています。

飯田の語源は「結いの田」つまり共同労働の田の意味から生まれたといわれており、何かやるとき一緒になって取り組む「結」の精神と、公民館活動に代表される「学びの土壌」がこの地域には古くから根付いており、世界に通じる地方都市となるべく、「小さな世界都市」の実現を目指したまちづくりを進めています。

飯田市における人形劇を通じたまちづくりの変遷

毎年夏に開催される国内最大級の人形劇の祭典である「いいだ人形劇フェスタ」は前身の「人形劇カーニバル飯田」から数え38回の歴史を歩んでいます。市内の公民館や神社など至る所で人形劇が上演され、全体を運営する市民主体の本部実行委員会と市内20地区にある公民館を中心とした地区実行委員会が組織され、2000人を超える市民がスタッフとして参加し、非常に大規模な住民参加の取り組みとして地域に浸透してきています。

①文化的な土壌

飯田市を中心とした伊那谷南部は、京と江戸の真ん中に位置することから、西と東の両様の文化が流れ込む地理にありました。他所から伝来されたさまざまな芸能が住民によって享受され伝承されてきた文化が数多くあり、伝統芸能の宝庫としても知られています。

現在も、300年以上の歴史がある人形浄瑠璃や地域独特な屋台獅子、農村歌舞伎などの伝統が脈々と継承されてきており、そこには地域の住民の芸能活動への盛んなかかわりが見られるとともに、外部の文化を主体的に受容し、新たな文化として根付かせていく豊かな土壌があったことがうかがわれます。

②「人形劇カーニバル飯田」の誕生

地域に根付く文化的な基盤について人形劇関係者が注目し、自分たちが集まるお祭りを飯田の地で開催したいという依頼をきっかけに、1980年「人形劇カーニバル飯田」(以下カーニバル)が誕生しました。当時の市長であった松澤太郎氏は後に「人形劇を媒体として、市民が挙って参加し、ともに楽しみながら互いに連携を深め、共通の目標に向かって行動しうる何かが生まれないだろうか。いまにして思えば『地域づくりのための文化的イベント』を想定した」と振り返っており、当時から人形劇の祭典を市民による文化を通した地域づくりの取り組みと捉えていたことがわかります。

また、できるだけ多くの市民に観劇の機会を設けられるよう「地区分散方式」をとり、旧村単位で設置されている公民館を中心に、各地区公演の会場の設置や運営を地域住民が主体的に行っています。この住民の主体性こそが、飯田市の公民館活動を支える原点であり、現在でも人形劇フェスタを支える原動力となっています。

③市民主体の「いいだ人形劇フェスタ」への移行

カーニバルが飯田の地域で発展するのに伴い、劇人は劇人のためのお祭りを目指す一方で、行政は受け入れ側である地域や住民にとってのカーニバルと捉えようとしたことから、劇人と行政との間に考え方の溝が生まれ、結果的に1998年の第20回を機にカーニバルは突如終了することになりました。

ここで、カーニバルが飯田市民にとって大きな意味を持っていたと評価する市民が中心となって自主的に話し合いが重ねられ1年の空白も空けることなく、市民がつくる市民のお祭りとして、1999年に「いいだ人形劇フェスタ」(以下フェスタ)が誕生しました。フェスタは「みる 演じる ささえる わたしがつくるトライアングルステージ」を活動の中核におき、観る人・演じる人・祭典を支えるすべての人が誰に強制されることなく自由に主体的に関わることを基本理念に、市民の主体性を核にして活動が行われています。

飯田市における公民館活動

飯田市は2005年10月の旧上村・旧南信濃村との合併を含め1956年以降15町村との合併を繰り返してきています。多くの自治体で合併を機に行政機能の統廃合がなされる中で、飯田市では現在も20の行政区の枠組みを残し、そこに行政機関の窓口的業務や地域自治を支える組織としての“自治振興センター”と、社会教育機関である“公民館”を設置しています。

飯田市の公民館活動は、これら独立した公民館を設置していることを、「並立配置の原則」として、「地域中心の原則」、「住民参画の原則」、「機関自立の原則」と併せ、飯田市公民館活動の基本理念「4つの運営原則」として掲げ、時代が変化してもこの理念を尊重しつつ、公民館が果たすべき役割を担っていくためのいわば道標にもなっています。このように、独立館として残してきたことが、現在の飯田市の公民館活動の底辺を拡大し、しっかりと根をはった活動が行われる源にあるといえます。また、独立館として、独自性を保障することで、住民の力が十分に反映され、「自分たちの地域は自らの手で」という、主体性が育まれることにもつながっています。

南信濃地区の 公民館活動から見る人形劇

南信濃地区は古くから「遠山郷」と呼ばれ、2014年6月にユネスコエコパークに登録された南アルプスのふもとに広がる人口約1500人の山間地域に位置します。800年来の歴史を持つ国の重要無形民俗文化財の「遠山の霜月祭」など、伝統文化が脈々と受け継がれている地域です。

①人形劇団の立ち上げ

当地区では合併を契機に2006年度より本格的にフェスタへの取り組みがスタートしました。いまでは人形劇を心待ちにする子どもたちも増え定着してきていますが、旧南信濃村時代には本格的に地区住民が人形劇を演じる機会が無く、「人形劇は他所から来た人形劇を観るもの」と捉えられていました。

こうしたなか、フェスタ2011にバスツアーで参加した住民から、「地域に人形劇団を作りたい。自分たちで演じてみたい。」という相談が公民館に寄せられました。

当初は1人の声でしたが、公民館からの呼び掛けにより「人形劇団育成事業」として始まりました。当初の参加者は高齢者を中心に男性2人、女性5人(平均年齢72歳。最高齢83歳)です。人形劇は素人であり手探りのなか始まりました。このため参加者による意見交換を行い、「なぜ人形劇をやりたいか」を第一歩として参加者の思いの共有化を図りました。参加者が出した答えは、「もう一度仲間と一緒に何かをやって、“きらり”と輝きたい。その何かが人形劇」、「フェスタだけでなく一年間を通していろいろな場所で演じたい。民話を次世代に伝えることを私たちがやらなくてはいけない。」との声が挙げられました。

これらの意見を集約し、①仲間とともに楽しむ人形劇、②民話を次世代に伝える、③フェスタだけではなく一年間を通した活動の実施といった3つの柱を決め、劇団名を、もう一度きらりと輝きたいといった思いから「遠山☆きらり」とし、フェスタ2012での上演を当面の目標に定め活動が始まりました。

②民話学習と公民館活動での位置づけ

旧南信濃村では、「高齢者の語りふるさとへの伝言」、南信濃村ふるさと読本といった民話を後世に受け継ぐ事業を行ってきました。今回の民話の劇化にあたっては、これらの資料を基に民話の学習を深め、子どもたちに分かりやすい民話を選考し、「お二階へどうぞ」の劇化が始まりました。

南信濃公民館では、この人形劇全体の取り組み(民話学習+人形劇をツールとして活用)を「人形劇団育成事業」として位置づけ、プロ劇人による学習会の開催による技術の向上と、同時期にスタートした市立和田小学校との連携により、世代間交流はもとより相互に研さんする機会の創出、そして一年を通じた学習や公演の支援を実施してきました。

民話の劇化に当たっては、もともと地域に伝わる民話を崩すことなく、わかりやすく伝えなくてはなりません。当時着ていた服はどうだったか、方言はどのように使われていたかなど、時代背景の学習を通じて深め、脚本、人形作り、練習に多くの時間を費やしました。

そして迎えた公演では、精いっぱい観客に届くように演じ、会場は大きな拍手に包まれました。参加者は観劇者の笑顔と仲間と一緒にやってきた達成感を得ることができ、さらに人形劇を深めたい思いが強くなりました。

このように続けてこられたのも、しっかりと活動の柱を決めたことと参加者の熱い思いに他ならないと感じています。これらの活動は参加者だけのものになりがちですが、活動に共感した住民から舞台装置の作成に協力者が現れるなど、劇団を支える新たな地域の輪が広がっていきました。また、高齢者施設や保育園をはじめとした地域内外での公演活動や小学校劇団への指導など、劇団としての活動も活発化しています。

③いいだ人形劇フェスタでの

地区公演への波及

地域に人形劇団ができたことは、公民館で運営する地区公演でも波及的な効果をもたらしました。

従来の地区公演は、商工会の夏祭りとの併催で、観客も子どもが中心、実行委員会も前年を踏襲した内容の会議が行われていました。しかし、劇団にも実行委員会に参加してもらい演じる側の思いを聞くことで、単にこなすだけの公演から、劇団をより輝かせ、観劇者に感動を持ち帰ってもらうためにできることは何かが議論の中心に置かれるようになりました。

公民館委員による声掛け運動から始まり、子どもたちが公民館講座で作成した人形を地域内の事業所に飾るwelcome人形展など、もっとフェスタを知ってもらおうと地区独自の企画にも取り組み、子どもだけではない家族単位や高齢者の観劇者の増加につながりました。

また、公演を通じ観客の笑顔や運営に関する感謝の言葉に公民館委員が達成感を感じたことで、来年はさらに満足してもらう企画を考えたいといった前向きな発言が会議で見られるようになりました。このように、一つの活動が実行委員の意識の変化につながり、さらには地区公演のあり方にまで波及したことは想像以上のできごとでした。

これらの活動に発展できた要因は、公民館の役割である、参加者の自主性・創造性を活かした仲間づくりを図るといった「集団的な活動と交流の場」として、委員同士の対話や思いを共有することができたことであり、公民館活動として事業展開を図った一つの成果と考えています。

④小学校との連携

飯田市では「人形劇のまちいいだ」を代表する取り組みの柱の一つとして、学校教育での人形劇上演活動=学校人形劇の活動があります。子どもたちが人形劇をみるだけではなく、演じることで美しい心がはぐくまれることを願い、1994年に市内小中学校に人形劇クラブが設置されました。

現在では、クラブ活動だけでなく、総合学習の一環として学年全体で取り組む学校も増えてきており、当地区の和田小学校でも2012年度より4年生が取り組み、現在に至っています。

教育委員会では、プロ劇団を各学校に派遣し、人形劇全般(脚本・演出・人形制作)の指導を行う「学校人形劇団育成事業」により学校人形劇を支援するとともに、市民と人形劇に関わる人たちに対して、人形劇に関する事業を行い、市民文化と人形劇文化および飯田地域全体の活性化に寄与することを目的に設立された「NPO法人いいだ人形劇センター」が実施する「人形劇の相談所」により学校人形劇のサポート体制を構築しています。

しかしながら、学校現場では、先生が赴任後初めて人形劇に関わることやプロ劇団の指導も回数が限られており、進め方に困っているといった声が挙がっています。

このような学校側の現状から、地域としてどのようなかかわりが持てるかといった視点で、プロ劇人・学校・遠山☆きらり・公民館により打ち合せを行い、プロ劇団が指導に来られない間を、人形劇のノウハウを蓄積してきている遠山☆きらりがサポートをする形をモデル的に実施することになりました。8月の公演に向け6月から学校の授業に参加し、人形作りや演出指導を行うサポート体制を進めてきました。まだまだ、かかわり方などの課題はありますが、新しい展開として今後の期待が持たれます。

人形劇を地域づくりへ

社会、経済など公民館を取り巻く環境が大きく変容しているなかで、持続可能な地域を目指すためには、各地区での特色ある取り組みが重要になるとともに、地域の課題に向き合い、「私たちの地域は私たちの手で」という住民自治の意識を育む学びの必要性が改めて求められています。

地域課題に対し直接的な解決方法として人形劇を活用していくことは難しい側面もありますが、地域資源と結び付け、人と人とのかかわりが積極的に生まれるような取り組みによる「人づくり」・「地域づくり」へとつなげる可能性を秘めていると考えます。

観る人、支える人、演じる人など参加する全ての人が主役になれるフェスタ理念は住民の主体性が原点です。この原点を大切にはぐくみながら、「みつけるつながる育てる実現する場」として愛着を持って住み続けられる地域づくり、人づくりの一翼を公民館として今後も担っていきます。

人形劇団遠山☆きらり。地区住民により2012年に設立。もう一度、きらりと輝きたい、見ている人にも、きらり感を味わってほしい思いから「遠山☆きらり」と命名。現在の参加者は8人、平均年齢75歳(最高齢87歳)。
▲人形劇団遠山☆きらり。地区住民により2012年に設立。もう一度、きらりと輝きたい、見ている人にも、きらり感を味わってほしい思いから「遠山☆きらり」と命名。現在の参加者は8人、平均年齢75歳(最高齢87歳)。

住民と自治2016年12月号より

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林 優一郎
林 優一郎(はやし ゆういちろう)
飯田市教育委員会南信濃公民館主事

1976年生まれ。地元高校卒業後、飯田市役所へ入庁。税務課・まちづくり業務・農業課を経て、2012年より現職。

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