【特別インタビュー】立憲主義、憲法、平和を語る
-改憲議論に仕掛けられたワナ-
上智大学国際教養学部教授
中野晃一さんに聞く

住民と自治2017年1月号より

2017年1月15日

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中野 晃一(なかの こういち)
上智大学国際教養学部教授

聞き手 編集部


写真撮影:編集部 2015年9月14日
写真撮影:編集部 2015年9月14日

専門知と市民知が路上で出会った

──2015年9月19日、安全保障関連法制(以下、安保法制)強行採決を挟んで、政治の舞台に若者をはじめ市民が登場しました。そうした動きに中野先生も中心的に関わっておられ、その発言に力づけられたということを多くの人から伺っています。そこで、立憲主義を主軸に置きながら現政権に対する市民のカウンターパワーの示し方、これからの市民運動の方向性などをお聞きします

はじめに、学者が国会前に行ったり、表に出て発言したりすることは、1960年安保以来だと思いますが、先生が前面に出られた背景は何でしょうか。

中野:わたしはもともと立憲デモクラシーの会に関わっていました。立憲デモクラシーの会は、2014年の春ぐらいに、これから集団的自衛権の行使が容認される、完全に無理筋の解釈改憲をやってくることがわかった段階で、作った団体です。

その時に立憲デモクラシーの会という名前を付けたのは、やはり立憲主義が危機であるという認識があったからで、それはシングル・イシューというよりも一連の政治の流れのなかで来ているという意識があったからです。

とはいえ、権力もカネもない学者がいくら議論しても仕方がないですから、立憲主義を守るならデモクラシーの力に頼るしかないと思い至ったわけです。

「デモクラシーの力」というのはどういうことを意味するかというと、デモクラシーは“Demos”と“Kratos”という言葉から来ていますから、民衆の力という意味で、もとはといえば、「民衆が持っている力」、「民衆が自分たちを自分たちで統治する」という言葉に込められた意味を想起したりして、団体名を「立憲デモクラシーの会」、とあえてカタカナにしたんです。

流れが大きく変わったのは2015年6月4日衆院憲法審査会において長谷部恭男先生や小林節先生、笹田栄司先生の3人が安保法制に対して「違憲」発言をされました。それによって専門家の知見が広く知れわたるようになって、結果、わたしたちが当初願っていたことが想像を越える規模で起きたように思います。その後、本当に多くの学者が、「立憲主義を守れ」「憲法を守れ」とどんどん声をあげるようになりました。わたしはその過程を間近で見ていて憲法学者たちが変わったと思いました。

というのは、やはり皆さん東大の法学、憲法学という権威を背負っている人たちですから、まさに「象牙の塔」の住人で、せいぜいやるとしたら請われて政府の審議会に座ったりする程度で、けっして直接行動とかそういうところに行くようなタイプの人たちじゃないわけです。ところが学者として生涯をかけて研究してきた立憲主義や憲法学といった専門的な知見が、ここまでないがしろにされたことで、彼らなりのやり方で声をあげて危機感を表明したときに、多くの市民がこたえて表に出てきたことによって彼らは素朴に感動し、本当に大きく変わったと思います。

そこで起きたことを、これは樋口陽一先生がおっしゃったことですが、「専門知と市民知が出会った」という言い方をなさったんです。

専門的知識を持っている人たちに市民がこたえて、彼らが持っている知識を今度はまた磨いて持ってくるということがあって、象牙の塔にこもっていた人たちが実際に路上で市民と出会ってまた鍛えられるということが起きたと思います。

野党共闘の11議席

──その後に参議院選挙(2016年7月10日投票)がありました。与党が改憲に必要な3分の2議席を獲得しましたが野党共闘も11議席を獲得しました。

中野:参議院選挙の結果には、両方の評価があるというのが妥当なところです。

改憲に必要な3分の2議席を奪われてしまったのは残念なことです。何としてもそれを阻止したいということが運動の背景にあったので、それが達成できなかったことは、率直にいって、残念なことです。

だからといって、まったく成果がなかったわけではなくて、実際には想像できなかったことが起きたといえます。民意が反映されない非常にゆがんだ選挙制度の典型として衆議院の小選挙区制があり、参議院でいえば、勝者総取りの一人区が32もあって、2013年の選挙では31の一人区のうち29も自民党が獲得していることを考えれば、自民党にとってとんでもない上げ底の不公正な選挙制度のなかの一人区です。

それを、時間はかかったし、たいへんやきもきしたけれども、市民運動が後押しする形で一人区で野党が共闘できたことは、ある意味で前代未聞のことだと思います。野党共闘ができたことで、32の一人区において3分の1を超える11議席を取ったことはものすごい成果だと思うんです。この結果、安倍政権は解散の脅しはいうけれども、本当に解散権を濫用していつでも総選挙にいけるかというと、以前のように気軽にはいけなくなったわけです。

つまり、衆議院の小選挙区で参院選と同じことをやられてしまうと、3分の2を割る可能性が自公政権にとっても現実味を持って感じられてしまうわけですね。

──年明け1月の解散総選挙の話がでています。

中野:口ではそういうことをいって民進党などの政党にお金を使わせようという兵糧攻めの目的で解散風を吹かせていますが、参院選で実際に野党共闘が残したものというのは、そう簡単にはいかないぞという話になっている。これは、たいへん大きな財産になっているといえるわけです。

「アベノミクス」が目くらましに

──安倍政権の政治手法について少しお話しください。

中野:野党を分断して投票率を低いままにとどめ置くことが与党側の戦略になっています。

実はそれが争点設定にも影響してくるわけです。選挙のたびに「アベノミクス」が出てくるんですが、どんどん内容のないものになっています。「アベノミクス」が目くらましになればいいとしか考えていないわけです。

「新3本の矢」を参院選のときもいっていましたけども、GDP600兆円とか何とか、何の意味もないですね。要するに七夕の短冊に書く願い事のようなものです。

第二次安倍政権の発足当初の「3本の矢」は、大胆な異次元の金融緩和とか、機動性のある財政出動とかいっていて、一応政策手段になっていました。ところがいまは、“こうあったらいいな〟という願い事が書いてあるだけです。さらにいうと、「同一労働同一賃金」や保育の問題、給付型奨学金の問題にしても、そうした問題に取り組むふりをしているにすぎません。

とにかく、野党と同じようなことを劣悪版でもいいからやるふりをすることによって、そういうことをいっている与党と、いい政策をいっているかもしれないけど実現性のない野党とどちらがいいですかとなったら、国民は与党を選ぶとわかっている。なので、わざとそっちにくるわけです。

そういうあざといことを次々とやるようになってしまっているので、それに対して戦っていくのはそんなに簡単ではありません。かなり根気強く野党勢力の再生に取り組まなければいけないと思います。

戦後のどの時期を見ても野党がここまで選挙制度のゆがみもあって弱められたときはないわけですから、参院選でできたことは底を打つということだったと思います。

だからV字回復ができないなら、せめてU字回復ぐらいにはしたいということで、いまは底に来たくらいになったので次は上がっていきたい。いまは、諦める時ではありません。

──お言葉を返すようですが、日本人は諦めやすくて体制順応的だと、つい悲観的になってしまうのですが……。

中野:日本に根強い官尊民卑の伝統が大きな枷となっていると思うんですね。政治的な意見を表明する、官僚制や国家権力が進めていることに対して異を唱えることをタブーとする意識が根強い。

しかし、そういうような政治文化が、日本人にDNAのレベルであるかというとそうではなくて、社会化の過程で非常に徹底されてきていることがやはり原因として大きいと思います。

ReDEMOSの設立

──市民運動のこれからにつながる動きはありますか。

中野:安保法制が強行採決されて間もなく2015年10月ごろに、SEALDsのリーダー的存在である奥田愛基さんから相談を受けて、協力してほしいといわれました。その時に彼らがいっていたのは、「市民社会をエンパワーするようなシンクタンクを作りたい」ということでした。

わたしたちが路上で声をあげているときも、彼らがサロンと呼ぶような勉強会、あるいは選書プロジェクトを立ち上げて、本を読んで勉強してきたと聞いて、やはり先ほども申しあげた専門知と市民知が路上で出会ったということを、もっと強化していきたいという考え方が彼らにあったと思います。専門家が象牙の塔や学会のなかで議論をするのを否定するわけではないけれども、市民社会に必要な知識をもっと簡単に手に入るようにしたいんだと彼らはいっていました。これは本当にやるべきことだと思ったので、協力するようになったんです。

遅ればせながら、主権者運動がいま出てきていて、自らの政治的意見を持ち、考え、行動しようという人たちが出てきていることを、さらに促進していかなければならないということがReDEMOS(2015年12月設立)の設置の考え方の基礎にあるわけです。

しかし、下手をすると政権側が国家権力を欲しいままにして、次から次へとひどいことをしてくるので、次の反対運動からその次の反対運動に移っていかなくてはいけない面もあるわけですよね。しかしそれを続けているだけでは、権力側に鼻面を引きずり回されるようなことになりかねませんから、疲れてきたり、げんなりしたりします。だから、場合によってはアジェンダを設定していくような動きもやっていこうということです。

SEALDs焼け野原の世代

──1960年代、1970年代の若い世代の運動スタイルと大分違いますね。

中野:SEALDsと付き合うようになってわかったのは、彼らは「焼け野原の世代」なんだということです。

戦後の日本を作った焼け野原の時代の人びとがいて、その後長らく戦争を知らない、右肩上がりの明日のほうが今日よりよくなる、そして、ある程度常識が通用して、保守だって立憲主義ぐらいはわきまえているなかでやっていた時代がありました。ところが、彼ら若い世代は1995年前後に生まれているわけですけれども、バブルが崩壊し、オウム事件もあったりして、物心ついた時からコンピューターやインターネットがあって、デジタルネイティブの世代でもあるわけです。

彼らの初めての社会体験が、東日本大震災と復興のボランティア活動です。全員ではないけれど、多くが何らかの形で東北での震災被害、東電福島第一原発事故に影響を受けて、ボランティアに行ったことがある、あるいはそこに住んでいた、あるいは親戚やおじいちゃん、おばあちゃんがいるというような形で、焼野原に匹敵するような、津波に押し流され廃虚と化した光景からスタートしている。そこで彼らが思うことというのは、彼ら自身の言葉ですけど、「希望に負けた」というような言い方をするわけですね。

それはどういうことかというと、不謹慎な言い方になりますけど、絶望的な状況のなかである意味絶望していることに飽きるというか、本当の絶望に来たときに、人はもはや絶望するだけでは生きていけないので、希望を見いだしてしまうというところがあるんだと思うんですね。それはいってみれば、津波で廃虚と化した、あるいは焼け野原となった土地でも、季節が来ると木が芽吹くというのと似ています。

そういうことを彼らはわたしたちに告げている部分があると思います。いまの時代はダメだといわれ続けていて、本当にダメなんだけれども、だったら何かいいことをしようよということで、彼らは抗議をしていたときから何かポジティブなメッセージを入れたいということを常にいっていました。「選挙に行こうよ」というのもそうだったんですね。抗議の場でそういうことをいうことは、何でも反対しているのではなく、安保法制がダメだからダメだといっているわけです。そのために国会前に来ているんだけれども、それはもっといい社会を作りたいということがあって、その思いを口にしていかなきゃいけないんじゃないかということがあったと思うんです。

そういう流れのなかでReDEMOSとしては、「リベラル、リスペクト、リニューアル」という3つの言葉をキーワードとして、個人の尊厳を守るような政治、経済、社会のあり方を作っていくべきだと。逆にそういったことができなければ日本の社会に未来はないと。

安倍政権が人を屈服させて自発的に服従させようというような、強い者による弱い者の支配。それが、一番暴力的な形で出ているのが沖縄の高江や辺野古のいまの状況だと思います。「粛々と進める」とか、「問題がない」とか頭ごなしに何でも力で抑え込む。あるいは武力で武力を抑え込むことができると思っているような安全保障政策のあり方にしても、すべてに出ていると思うんですが。

それとは違って、わたしたちは、多元的で個々人が尊重されるようなリベラルな前提がなくてはいけないだろうということで、方法論としてのリベラリズム、それを踏まえた上でお互いをリスペクトしあって、そういう社会や経済や政治のあり方によって未来を作っていく、リニューアルしていくという考え方でReDEMOSを作ったわけです。

方法としては、学生たちや若者を中心として市民側を代表して、学者や法曹関係者などの専門知を持っている人たちとの対話や学び合いのなかで、市民社会に必要な知識をできるだけわかりやすい形で敷居を下げて拡散していくことがReDEMOSの考え方になっています。

平和の言葉

──この間の若い人たちの動きはすごいですね。先生の大学ではどうですか。

中野:わたしの大学にもSEALDsのメンバーが数人います。なかにはデモを仕切っていたバイリンガルの女子学生もいて、その子が機動隊や総がかり行動と交渉しながらSEALDsのデモを組織していました。

女の子がお飾りとかじゃなくて、ごく普通に男の子と一緒にやっていることが、若い子たちのすごくいいところですね。僕なんかはバブル世代で、男は「24時間戦えますか」っていう時代でしたから、ああいうのと比べるといまの子たちは肩の力が抜けています。やはり女の子が持っている言葉の力や強さはありますからね。

──マイクを通して聞く若い女性の言葉の強さは違いますね。

中野:そう、全然違います。平和の言葉はとくに力強いと思うので、そういうのはやはり運動の大きな糧になっていると思います。

SEALDsの奥田君などがいっていたのは、「僕らは男だからちょっとケンカみたいなところがあって、やっていて楽しいところがあるんです」と。「安倍は辞めろ」とかいうとすっきりするというのがあると。でも、女の子は皆やめたがっています、というんですよ。それはそうだと思います。とくにコールなんかをやっている子は自分の顔と名前を出していて目立ちますから、若い女の子がやっているとなると、ネット時代ですからセクハラから何からとんでもないわけですね。本当に人権侵害がひどくて、それで女の子たちは抗議行動をやめたいとなるわけです。

それはやっぱり彼女たちからいえば、それでも声をあげなければいけないというのがあると思うんです。女性のほうが力を力で抑え込むというような、集団的自衛権が必要だという主張がいかに不毛なことなのか、という声が強く出てきます。戦争のときに真っ先に犠牲になるのは、女性と子どもじゃないですか。だから、そういう場で人間が本来持っている弱さを口にすることができて、弱いがゆえに持っている尊さや強さが女性の言葉に強く出てくるんだと思うんですね。新しい主権者運動のなかに、男女がほぼ同数ずついるわけですから、女性が一緒になって普通にやってきているということの持つすごさがあると思います。息の長い戦いになりますが、地に足がついていて平和への言葉が出てくることは、やはり強さになるんじゃないかと思います。

そこには、「個人の尊厳」の問題が象徴的に表れていると思うんです。やはり一人ひとりの人間が個として尊重される、まっとうな暮らしができるということは、立憲主義に支えられて尊厳のある、自由な暮らしができるような社会と経済を構築していきたいという願いなのではないかと思います。

改憲論議─改憲反対勢力を弱体化させる仕掛け─

──憲法改正国民投票法の改正で投票権年齢が満18歳以上に引き下げられました。国民投票については、イギリスの国民投票の結果は考えさせられました。改憲がかなり現実味を帯びてきているなか、自民党憲法草案よりいい憲法をわたしたちで提示したほうがいいという声も聞かれます。

中野:いまの安倍政権、自公政権のあり方は、選挙のスローガンのとおり、「この道しかない」とわたしたちに思い込ませて諦めさせることです。

多くの人が政治に対して諦めを持ってしまうような権力構造のなかにあるので、わたしは現在の段階においては新9条論とか新しい憲法の議論をするときではないと思っています。そういうことをすると改憲論議に乗ってしまうことになります。改憲論議に乗ってしまうと、力関係から見て、「この道しかない」といって、わたしたちをねじ伏せようとしている人たちの利益になるだけだというのがその理由です。

改憲に向けて残るハードルは、国会の改憲発議と国民投票です。

国民投票については、国民投票法という第一次安倍政権が作った法制度がありますが、最低投票率の規定もない欠陥だらけの法です。

ほかにも学校の教員が考えを表明することに対して、極めて強い縛りが入っているので、学校などの場で沈黙を強いられて、議論ができなくなっています。有権者に判断材料がないのに、投票に行けといわれる。そしてもう一つの問題は、公職選挙法と違ってお金の縛りがまったくないので、権力とカネのある側がやりたい放題、改憲ありきの「この道しかない」というプロパガンダを、テレビなどを使って散々やったあげく、最低投票率の規定もない国民投票になってくるわけです。

さらにいうと、国民投票というのはそれだけ改憲勢力側に有利な設定になっていても、最後まで何が起きるのかわからないという不安があります。それがまさにイギリスのEU離脱のように、あっと驚くような結果が出てしまうかもしれない。コロンビアの和平交渉についての国民投票でも否決と出ましたけれども、結果がわからないというのが国民投票の一つの特徴です。

改憲発議は、間違いなくハードルを下げて、1回目は非立憲的だといわれないように、一見立憲主義的で無害に見えるような改憲案を出してくると思います。本音としては、自民党の改憲草案にあるような全面的な憲法の書き換え、憲法とは呼べないような非立憲的な憲法を作りたいと思いますが、それをいきなりやるのは無理なので、改憲勢力の一角をなす日本維新の会と話し合いをして、結果として一見無害に見えるような憲法改正案を出して、国民投票を通そうとしてくると思うんですね。その時に、民進党の改憲派の人たちをできれば切り崩してやりたいというのが狙いになってきます。

お試し改憲案が単に人を馬鹿にした話というだけではなくて、改憲に反対する勢力をさらに弱体化させようという仕掛けがそこに潜んでいるわけです。

いまの段階で一番可能性が高いのは、ナチスの全権委任法みたいな緊急事態条項ではなくて、同じ緊急事態でも、緊急事態の時に衆議院議員の任期を延長できるというような、「まあ災害の多い国だし、いいんじゃないか」と思えるようなことをやってくることです。本来、それは必要がないわけです。解散権を濫用しなければ、衆議院が解散されている時の緊急招集は参議院で規定されているからです。それでも、これにまで反対するのかということで揺さぶりをかけてきて、できれば民進党を分断させたい。分断させることに成功すれば、次にもっと強い改憲案を持ってきても一度分断されたものは簡単には修復できませんから、ただでさえ護憲派というのは数が少なくなってきているところに、さらに弱体化させて抵抗できなくなったところで、強い改憲案をどんどん持ってきて何度も国民投票にかけたりすれば、低投票率になってくるでしょうから、コアの支持層だけで通そうということになってしまいます。

やはりいまの段階ではそういったことを阻止するために、野党共闘をしっかりと維持してできるだけ立憲主義を守り抜くような政治勢力を立て直すことがまず大事なところです。

本来は、改憲案に対して一番はっきりしている代案が現行憲法なわけですから、現行憲法を絶対変えたほうがいいというコンセンサスが浮かび上がってこない限り、憲法改正をする必要はないわけです。

──安倍一強体制の自民党を崩すことはできないでしょうか。

中野:いまの制度設計では難しくなっています。民主党政権の失敗を経て、もはや政権交代が見通せないなかで派閥もない。沈黙の艦隊として、ただただ安倍首相に従っていくような自民党がしばらくの間政権にとどまりそうだというような状況ができてしまったと思います。

小選挙区制だとか、行政改革、中央省庁再編、内閣機能の強化といわれる形で官邸に権限が集中した行政改革と、そして小選挙区制によって派閥が弱体化し総裁である首相のもとに権限が集まったという状況になっています。これを変えようとすると、これまでのやり方を大きく制度改革しないといけない。しかし、制度改革をするのは議会の多数派ですから、いまのように自民党が占めている限り、その機運も出てきません。

残念ながら小選挙区制という不公正かつ非民主的な制度のもとにあるので、野党が共闘して対抗軸の受け皿を作るということをやっていかなければ、自民党に箍をはめるということは望みようがないと思います。

リスペクトを持つ

──市民運動の支柱となるものは、どんなものですか。

中野:市民のなかには根気強くお互いの違いを認めた上で、リスペクトを持ちながらやっていくということが、試行錯誤を踏まえながら着実に前に進んでいると思いますから、この力は簡単になくなるものではありません。また、大規模なデモということであれば、いつもそんなことをやるのは無理ですけれども、東京の都市部に限らず、いろいろなところで地道な取り組みが息を吹き返してきて強くなってきていると思います。

日本は少しずつ変わってきていると思います。草の根でこういったものが変わっていく、力をつけていくということが続けば、10年、20年とまで待ちたくはないですけど、できれば5年くらい先には少しずつ変わってきたなあと実感したいですね。振り返ってみて一番ひどかったのは2015年、2016年くらいだったなあといえるんではないかと感じています。

わたし自身、研究者としては、官僚制や保守政治を研究してきたので、どちらかというと病理学のように、よくないものとして政治を見て研究してきたんですね。そういう意味では非常に悲観的だし、いまでも永田町や霞が関で行われている政治を見るといろいろな大きな問題があると思うので、正直げんなりするんです。

ところがこの間に自分が意図していた範囲を越えて市民運動に関わるようになって感じるのは、自分自身の物の見方がより明るくなってきましたし、希望を感じるようになりました。

それは市民社会の力や、市民社会のなかですでに起きている変化というのは、本当にすごいものがあると思いますし、それは消えてなくならないと感じるからです。

別の言い方をしますと、この20~30年の間に、日本の政治は振り子が振れるように、徐々に右傾化してきたというのがわたしの見立てですが、市民社会に関しては底を打っていると感じるんです。まだカーブを曲がり切ったところまで来ないんですが、右に振れていくばかりだったのに対して、それに抵抗していくような勢力が市民社会のなかで生まれて力をつけてきているので、この流れでしばらくいくと右傾化の波を押し戻すことが市民社会のなかでできるようになっていく。問題はこれをどうやって政党政治につなげていくのかということです。いまは野党共闘という形で働きかけているわけです。

必要なのは野党が一議席でも多く取り、改憲発議や国民投票と連動する場合でも3分の2を阻止することです。そして、可能なら過半数を割り込ませて改憲を阻止し、立憲主義を回復させる意思を持った野党議員を一人でも多く当選させ、個人の尊厳を擁護する政治を実現していくことです。

──本日は、ありがとうございます。

  • インタビュー:2016年10月17日
  • 場所:上智大学中野晃一研究室
  • 編集構成:編集部
  • 校了日:2016年12月2日

住民と自治2017年1月号より

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中野 晃一
中野 晃一(なかの こういち)
上智大学国際教養学部教授

1970年東京生まれ。東京大学文学部哲学科および英国オックスフォード大学哲学・政治コース卒業、米国プリンストン大学で博士号(政治学)を取得。専門は比較政治学、日本政治、政治思想。「立憲デモクラシーの会」呼びかけ人。著書に『戦後日本の国家保守主義』(岩波書店)、『右傾化する日本政治』(岩波新書)など多数。

聞き手 編集部

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