【論文】農政改革がもたらす農村の変容と対抗―農地中間管理事業を対象に―

住民と自治2017年5月号より

2017年4月15日

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安藤 光義(あんどう みつよし)
東京大学大学院農学生命科学研究科教授


中央強権的な農政は現実には機能しません。さまざまな施策を一点に収斂させて意味のあるものとするためには市町村の役割が重要です。

はじめに
─ 上からの改革 ─

2013年6月14日に閣議決定された「日本再興戦略」において、担い手が利用する農地面積を全農地の8割(現状5割)に引き上げることが目標とされ、そのために各都道府県に農地中間管理機構(以下、機構とする)が設置されました。ポイントは機構が出し手と受け手との間を仲介することで、分散し錯綜している農地を整理して集約化を図って担い手に貸し付けることにあります。これは面的集積と規模拡大を同時に達成することを目標とした施策です。しかし、機構の実績は決して芳しいものではありません。このまま行くと農林水産省が示したKPIを達成することができず、責任が問われる日も遠くはないかもしれません。なぜ、こうした現実離れした政策が突然登場し、それが上から降ってくるのでしょうか。問題の構図は他の分野においても同様なのです。本稿では農地中間管理事業を素材にこの問題を考えたいと思います。

農地中間管理機構の形成過程を巡る問題
─ 政府と与党の軋轢 ─

(1)農政を巡る意思決定の軋轢

2013年12月5日に成立した農地中間管理機構関連法案には異例ともいえる15の附帯決議がつきました。

最大の論点は「人・農地プラン」の取り扱いでした。当初は農地の貸付先の選定に際し「公平性・中立性」を保つため「人・農地プラン」と切り離した運用を想定していました。首相直轄の規制改革会議(現在は規制改革推進会議)主導で議論が進められ、農林水産省が推進する「人・農地プラン」の法制化は頓挫させられていました。しかし、最後に「うっちゃり」を食わされ、「農業者等による協議の場の設置等」として「市町村は、当該市町村内の区域における農地中間管理事業の円滑な推進と地域との調和に配慮した農業の発展を図る観点から、当該市町村内の適切と認める区域ごとに、農林水産省令で定めるところにより、当該区域における農業において中心的な役割を果たすことが見込まれる農業者、当該区域における農業の将来の在り方及びそれに向けた農地中間管理事業の利用等に関する事項について、定期的に農業者その他の当該区域の関係者による協議の場を設け、その協議の結果を取りまとめ、公表するものとすること」が法案に加わり、15の附帯決議がつく結果となったのです。

附帯決議のポイントは3点です。1点目は、法制化に頓挫した「人・農地プラン」が再び前面に据えられ、当初の農林水産省の路線に戻ったことです。2点目は、地域が苦労をしてまとめた農地を地元の農業者が借りることができず、入札で高い地代を提示した企業に持っていかれるのを防いだことです。農地をまとめる「汗」は地元にかいてもらい、その成果だけを「公平・適切」を名目に企業が攫っていくことは否定されました。3点目は、「産業競争力会議・規制改革会議の自由にはさせない」という国会議員の意思が表明されたことです。以上は官邸主導体制がもたらす軋轢の表面化として捉えることができます。

(2)官邸主導体制とその軋轢の起源

官邸主導体制は小泉純一郎政権時に表面化しましたが、転換点は1993年7月の総選挙で成立した非自民連立政権の細川護煕内閣の下で実施された選挙制度改革にさかのぼることができます。小選挙区比例代表並立制の導入により、議員の生殺与奪の権利を党執行部が握ったことが決定的でした。「郵政民営化」に反対する議員の「党公認」を取り消し、「刺客」候補を送り込んで2005年9月11日の総選挙で圧勝したことはその象徴でした。中選挙区制度の廃止に伴う議員の自立性の縮小を白日の下に曝し、それを決定づける選挙だったのです。

中選挙区制度の下では議員の統制は困難でしたが、議員の自由度は高く、政調部会に属して政策能力を磨きながら官僚とともに関係省庁の予算獲得活動を行う「族議員」を出現させました。この「族議員」には悪いイメージがつきまといますが、その能力は高く、この仕組みが一般議員の活力を引き出していました。中選挙区時代の議員は単なるバックベンチャーではなかったのです。しかし、こうした議員の活動基盤は選挙制度改革によって掘り崩され、最終的には政調部会と総務会を通じた党による法案の事前審査制は崩壊し、執行部の主導性が強化されました。小選挙区制は政権選択選挙を可能にし、「派閥」の寄り集まりから「政党」への脱皮に繋がりはしましたが。

橋本龍太郎内閣の下で進められた内閣機能強化と省庁再編、続く小渕恵三内閣の下での副大臣・政務官制度の導入も官邸主導体制を強化しました。小泉内閣は派閥推薦を排した首相専権の組閣を敢行して求心力を強め、経済財政諮問会議を活用して官邸主導体制の実質化を図りました。その結果、内閣官房や内閣府の官僚の力が強まり、官僚内閣制的原理は失われていきます。政府・与党二元体制は過去のものとなり、現在の安倍晋三政権も産業競争力会議や規制改革推進会議を活用しながら官邸主導で政策を提起、推進しています。こうした文脈の上に機構を巡る問題を位置づけて理解することで、農政改革が農業・農村にどのようなスタンスで向き合っているかを解読する手がかりを求めることができるでしょう。

農地中間管理機構の仕組みと問題点

(1)農地の借り受けプロセスと貸し付けプロセスの切り離し

農地中間管理事業は、農地を借り集めるまでのプロセスと、借り集めた農地を配分するプロセスが制度的に異なる点に最大の特徴があります。前者は市町村レベルの仕事で、農用地利用集積計画に基づいて利用権を機構に集積するプロセスです。これは従来通り、地元に根を張っている組織を活用しなければ前進はありません。後者の農地配分プロセスは、「人・農地プラン」など地元の意向が反映されることになりましたが、原則として都道府県レベルの仕事です。実際の配分は市町村に一任されていますが、事務手続きは常に都道府県レベルでの確認と決定が必要なので書類の整理・確認など機構の事務処理は莫大なものとなります。

農地中間管理事業は、これまで市町村レベルで築いてきた仕組みを活用して農地を借り集め、それを新規就農者や農業参入を考えている企業にとって不利な状況が生まれないよう都道府県レベルで配分を行うものですが、実際は借り受けプロセスと貸し付けプロセスは市町村レベルで一体化していて、機構は事務処理組織なのです。

(2)地域集積協力金の取り扱いを巡る混乱

農地中間管理機構関連予算のポイントは機構集積協力金です。機構集積協力金は、地域に対する支援(地域集積協力金)、経営転換・リタイアする場合の支援(経営転換協力金)、農地の集積・集約化に協力する場合の支援(耕作者集積協力金)の3つからなります。このうち初年度に期待を集めたのが、「地域」内の農地の一定割合以上を機構に貸し付けることを条件に1回限り支給する地域集積協力金でした。しかし、この取り扱いを巡って現場には大きな混乱が生じました。農水省のQ&Aでは「地域集積協力金は要件を満たしていれば交付されます。また既に規模拡大交付金を受けていた場合にも、地域集積協力金は地域の話合いによる機構利用の促進という別目的であるので交付されます」、「地域集積協力金及び耕作者集積協力金については、機構への貸付けを推進するのが主目的ですので、現に利用権を設定しているものであっても、合意解約して機構に貸付けが行われるのであれば交付の対象となります」と記されていました。しかし、ふたを開けてみると予算は足りず、優先順位をつけて機構集積協力金を配分するよう指導が入り、地元の期待は裏切られてしまいました。こうした混乱は農村の現場に不信感を広げる結果となったのです。また、2016年から新規の集積面積しか予算が配分されず、機構の実績はさらに伸び悩むことが予想されます。

農地中間管理事業の実施状況

(1)全体的な状況
─ 拡大する県間格差・市町村間格差 ─

表は、農水省が評価する2015年度の農地中間管理事業の実績の上位5県と全国の数字を一覧にしたものです。地域ブロックとしては北陸と東北で実績があがっていて、福井がトップ、以下、石川、秋田、岩手、山形の順となっています。機構の実績には大きな地域差があり、上位数県に実績が集中しています。表中の5県だけで転貸面積は1万8188㌶、24%と全体の4分の1を、新規集積面積は8109㌶、30%と全体の3割を占めています。全国的に農地が動く地域と動かない地域への分化が進んでいるのです。上位県の「のびしろ」は次第に少なくなってきますので、下位の都府県の底上げを図っていかない限り、KPIの達成は難しいでしょう。同様のことは市町村についてもあてはまり、実績があがっている県でも市町村による差は大きいものがあります。

表

機構の人員は少なく、市町村や地域農業再生協議会、JAと業務委託契約を締結しなければ事業を進められません。実際に機構が行う仕事の多くは事務処理です。市町村の実績はこれまでの取り組みの蓄積の反映であり、そのため大きな差が生じているのです。農地集積の鍵を握るのが市町村だとすれば、都道府県レベルに機構を設立したことの意味そのものが問われかねません。

(2)秋田県の状況
─ これまでの市町村との繋がりが実績に反映 ─

秋田は農水省の評価では2014年度、2015年度と2年連続して3位の実績をあげています。この点について機構は「市町村・JA・土地改良区等関係機関の理解や協力を得ることができ、事業の円滑な推進を図ることができたことが大きい。現地説明会の開催や新聞広告等によるPR活動を積極的に行い、制度の周知徹底にも努めてきた。地域の実情に精通している現地相談員をモデル地区に配置(現在13人の現地相談員を配置)したことの効果もあがっている。課題は、①借り受け希望面積が貸し付け希望面積を依然として上回っており、十分な量の農地が供給されていないこと、②担い手への農地集積は進んでいるものの面的な集約化までには至っていないこと、③条件のよくない農地を抱える中山間地域での実績があがりにくいことの3点である」と話しています。2016年度からは基盤整備事業との連携を一層深め、事業を実施している43地区5983㌶をモデル地区として指定しています。また、市町村の範囲を超えた広域での農地の貸し借りの推進、中山間地域など担い手不在地域への参入の促進、担い手の法人化の支援を行っています。とくに受け手の不足している中山間地域に対しては「中山間地域対策チーム」を通じて規模拡大を志向する法人の情報を収集し、農地のマッチングを図るとともに、農地耕作改善事業を活用して簡易な基盤整備を進めているところです。

市町村との密接な連携を深めたうえで、話し合いの場が形成されている基盤整備事業実施地区で重点的な活動を展開し、中山間地域では農地の整備をしながら担い手も育成していくという秋田の取り組みはオーソドックスで他県にも適用できると思います。

おわりに

こうした上からの改革に現場は難渋していますが、担い手への農地集積は現場に任せ、制度的な矛盾を表面化させないよう効率的な事務処理に機構は徹するしかないでしょう。しかし、実績のあがらない機構に痺れを切らした官邸は、農村の現場とは相いれない市場メカニズムの貫徹を強行しかねない点が懸念されます。かつて英国で新救貧法により飢えというむちを行使して労働市場の創出を強行した国家介入と同様、日本の農地制度についても、遊休農地に対する固定資産税の重課というむちが打たれようとしています。人間という存在であるわたしたちを労働力という単なる生産要素に分解してしまう「悪魔のひき臼」(ポランニー)が農地も含めた社会全体を覆い尽くすような事態は防がなくてはなりません。

それには基礎自治体である市町村が果たす役割が重要となります。地元での話し合いを基盤にした農地の自主的管理を実現するには市町村のはたらきかけが必要不可欠です。図のように、それぞれが別方向に向かっている多数の施策を1つの方向に収斂させ、単なる農地集積を超えた地域づくりを実現するためのレンズとしての役割が市町村に期待されるところです。

表

【注】

  1. 1 中選挙区制度廃止の弊害については村山富市元首相の発言を引用しておきます。「やっぱり小選挙区制度がよくないんじゃ。各選挙区で過半数の支持がないと当選できない。支持を増やすために自分とは違う意見についても迎合しなければならない。それは政治家を誤らせる。また小選挙区の選挙はある意味では総理大臣を選ぶ選挙でもある。小選挙区の候補者は当選するために自分の考えや意見を語らず人気がある指導者に流れていく。そうなると自分の志と違うことをやらなきゃならんし、大衆迎合的な政治になってしまう。それもよくないんじゃないかと思う」薬師寺克行編『村山富市回顧録』岩波書店、2012年、257頁。
  2. 2 待鳥聡史『首相政治の制度分析─現代日本政治の権力基盤形成─』千倉書房、2012年。
  3. 3 橋本内閣が果たした行政改革の重要性については『61人が書き残す政治家橋本龍太郎』文藝春秋企画出版部(2012)。橋本内閣が残した公務員制度改革は第2次安倍内閣の下で実現された。これによってますます内閣府の権限が強まることが予想される。
  4. 4 飯尾潤『日本の統治構造─官僚内閣制から議院内閣制へ─』中公新書(2007)。
  5. 5 愛媛県では「集落営農法人等が利用権の再設定を行う時に機構を利用する場合に支払われる地域集積協力金の交付方法が変更される見込みとなった2015年度の途中から、それまで地域内で進んでいた集落営農法人等の機構を通した農地集積の話し合いの多くが頓挫してしまったのである。2016年度に入って、交付方法は明確にはなったが、新規集積面積に応じて地域集積協力金の交付総額が決定されるという方法が現場には正確には伝わらず、機構側も最終的な単価を示すことができないこともあり、今日でも地域内での話し合いは進展をみせていないのが現状である」(板橋 衛「農地中間管理機構を通じた中四国農業の構造改革」『農村と都市をむすぶ』第783号(2017)、42頁)という状況である。
  6. 6 2015年度トップである福井県の2014年度の市町村別実績をみると、あわら市374㌶、福井市240㌶、坂井市196㌶、大野市109㌶と、この4市だけが100㌶を超える実績をあげている。初年度の機構の実績については、安藤光義「農地中間管理機構の現状と課題」『日本農業年報62 基本計画は農政改革とTPPにどう立ち向かうのか』農林統計協会、2016年を参照されたい。
  7. 7 「やはり(県レベルの ─引用者 ─)体制だけではだめなのだということを、当然なのですけれども痛感したわけです」(橋本和仁委員・17頁)、「現場が動かないと土地は動かないということだと私は思っています」(金丸恭文座長・33頁)といった農業ワーキング・グループと産業競争力会議・実行実現点検会合(2015年5月27日・議事録)といった発言は市町村レベルでの取り組みの重要性を再認識させるが、これは限られた予算を投じるのであれば県段階ではなく市町村段階に投じるべきであったことを意味している。

住民と自治2017年5月号より

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安藤 光義
安藤 光義(あんどう みつよし)
東京大学大学院農学生命科学研究科教授

1994年東京大学大学院農学系研究科博士課程修了、2015t年より現職。専門は農政学、農地制度論。主な著書に『構造政策の理念と現実』農林統計協会、2003年。『北関東農業の構造』筑波書房、2005年などがある。

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