【論文】海の中に森をつくる 子どもを核にした山・川・海の循環モデル

住民と自治2017年6月号より

2017年5月15日

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神田 優(かんだ まさる)
特定非営利活動法人黒潮実感センター長


黒潮の影響を強く受け、その数日本一の1000種を超す魚類が生息している高知県大月町柏島を拠点に、黒潮実感センターは「島が丸ごと博物館」をコンセプトに、持続可能な里海のモデルを創る活動をしています。

磯焼け

近年全国規模で「磯焼け」現象が深刻化しています。磯焼けとは本来大型海藻が繁茂する浅瀬の岩礁域に海藻が付かない状態が維持される状態のことをいいます。餌となる海藻がなくなることによりサザエやアワビといった貝類が減少し、魚の蝟集も見られなくなり、漁業にも深刻な影響を及ぼします。さらに「海のゆりかご」といわれる藻場は生物多様性を維持する上で欠かせない存在です。一般に磯焼けは陸域からの栄養塩の供給が少なくなることで、それらを利用する海藻類が減少することが原因であると指摘されていますが、実はそれだけではありません。現在柏島周辺で進行している磯焼けの大きな要因としてあげられるのは、地球温暖化に伴う海水温の上昇です。

アオリイカは味が良く高値で取り引きされることから、地元高齢漁家の貴重な収入源です。柏島周辺ではアオリイカのことを「モイカ」と呼びます。モイカのモは海藻の藻を意味し、春先にホンダワラなどの大型海藻に産卵にやってきます。しかしながらここ十数年、磯焼けによって藻場が減少しています。

漁業とダイビングの共存を目指して

2000年ごろモイカの漁獲量が落ち込んだ時期がありました。漁業者は年々増え続けているレジャーダイバーが潜ることがその原因だと主張し、ダイバーを追い出そうという動きもでていました。ダイビングとモイカの漁獲との関連性はいまのところ実証できませんが、ダイバーを追い出したからといって漁業が上向くわけではないと考え、わたしたちは漁業者とダイバーが協働で行うモイカの増殖産卵床設置事業を提案しました。具体的には柏島周辺にあるウバメガシの木を使い、海中に設置するシバ漬け方法を採用しました。シバ漬けとはもともと漁師の知恵で、山からとってきたシバ(小枝)を束ね、それに石をくくりつけ海中に沈めると、そこにモイカが産卵するというものです。

わたしたちは両者の協働事業とするために、まず漁業者とダイバーが山に行って刈ってきたシバを用いて両者で産卵床を製作しました。これまでの石をくくりつける方式とは異なり、海底の砂地に鉄棒を打ち込み、そこに産卵床を固定する方法を考案しました。両者によって作られた産卵床は船でポイントまで運ばれ、海中に投入された後ダイバーが海底に固定します。これまでの石をつけて放り込むだけの方法では波や潮流によりシバが流されたり、シバが動くたびに卵嚢(卵の房、一房に7~8個の卵が入っている)がちぎれたりしていました。今回の固定式を採用することでこれらの問題はクリアされました。この場合コストは確かにかかりますがダイバーと漁業者が協働して作業することに意義があります。またもう一つ重要なことは、この産卵床をどこに設置するかです。わたしは長年柏島でフィールド調査をしてきた研究者としての立場から、もっとも効果的な場所を割り出しそこに投入しました。結果、これまでのシバに石をつけて放り込む方法では、一つのシバあたり数十から数百の卵嚢が産み込まれれば成功というなかにあって、今回の方式では数千から1万房の卵嚢が産み込まれており、全国一の成果をあげることができました。こうして得られた成果は水中ビデオで撮影し、黒潮実感センター主催の里海セミナーで漁業者やダイバー、地元住民に還元しました。視覚に訴えることでその効果を実感しやすくしました。

非常に成果をあげることができた事業ですが、翌年少しやり方を変えました。というのはウバメガシを使ってこれだけの成果が得られたことで、島周辺のウバメガシの伐採が急速に進んでしまうのではないかと危惧したからです。島周辺の魚付き保安林を形成するウバメガシの伐採が進みすぎると山が荒れ海も荒れてしまいます。そこで翌年から人工林であるスギやヒノキの間伐材を利用することにしました。その結果、針葉樹であるスギやヒノキへの産卵は産卵床一つあたり2~3000房にとどまりました。全国平均をはるかに上回っていますが、前年よりもかなり少ない産卵でした。しかしながら、その分産卵床の数を増やせば全体としての産卵は期待できると考え、翌年も間伐材の産卵床を採用することにしました。

活動
図 活動

子どもを核に

山・川・海のつながりについては、近年宮城県の畠山重篤さんが、「森は海の恋人」というメッセージとともに、漁師や子どもたちと山に木を植える活動を全国的に展開されています。この活動をもう一歩前進させ実感を伴った学習にしたいと考え、産卵床設置事業を始めて3年目、地元柏島の海の子どもたちと近隣の高知県三原村の山の子どもたちを対象に、この事業を子どもたちの環境学習の一環として行いました。山・川・海のつながり学習の一環として、海と山の子どもたちが一緒になって人工林に行き間伐体験をします。そのなかで間伐することの意義や、森の果たす役割を学んでもらいます。豊かな森を育むことにより、川を伝い栄養塩が海に供給され、豊かな海が育まれます。しかしその過程は直接的には目で見ることができません。つまり、豊かな森から供給される栄養塩やそれを使って増殖する植物プランクトン、それを食べる動物プランクトンは小さすぎて見えません。動物プランクトンを食べる小魚になって初めて肉眼で確認できます。そうすると、栄養段階にして4段階進まないと山と海の結びつきが実感できません。今回の事業では、子どもたちが山で間伐する大切さを学び、山で不要になった間伐材の枝葉を再利用して海にいれると海が豊かになるということで、これまでの事業に子どもたちにも参加してもらいました。こうしてできたのが一見すると「海の中の森」のように見えるアオリイカの増殖産卵床です。シバにも工夫を加え「イカ目線」で考えて産卵床の形状を工夫しました。その結果、針葉樹のシバであっても数千から1万5000房の卵嚢(卵にして約10万個)の産卵に成功しました。その成果は海中映像を基に学校での戻し学習として還元しました。

この取り組みはもともと漁業者とダイバーとのコンフリクト(衝突)を解消するために始めた活動でしたが、その後子どもたちの環境教育の一環と位置づけ、山・川・海のつながりを学ぶために森林組合の協力、さらに行政の協力も得られるようになり、子どもを核にすることで多様な主体が協力して海を豊かにする取り組みへと発展しました。また柏島で始まった活動の輪は宿毛市、土佐清水市、四万十市、三原村といった近隣市町村のみならず、全国各地に広がりつつあります。10年ほど前からは漁業者とダイバーとの関係も良好になり、地域の課題解決の先進事例としても注目されるようになりました。

地元で「モイカ」と呼ばれるアオリイカ
地元で「モイカ」と呼ばれるアオリイカ

この活動を継続して行うためにこれまでは民間助成金を活用してきましたが、毎年獲得できるか不確定なこともあり、2013年度から「アオリイカのオーナー制度」を考案し実施することにしました。これはオーナーには産卵床となる間伐材を1本1万円で購入してもらい、そこにモイカが産卵し、成長して秋から冬に食べごろになったモイカを漁業者が釣り、それを買い取りオーナーに一口あたり約1㌔㌘のイカを送るというシステムです。希望者にはイカへのメッセージプレートを描いてもらいそれをマイ産卵床に取り付け、産卵床の様子の写真も合わせて送り届けます。2017年度で5年目になりますが、現在では全国各地から80口ものオーナーの支援が得られるようになってきました。上記の活動によりモイカを通じて全国各地の人々に柏島のことも知ってもらい、柏島ファンの増加につなげたいと思っています。

西洋医学と東洋医学的処方箋

モイカの産卵床設置の取り組みは、モイカを増やすといったある意味効果が現れやすい事業として「痛みをブロックする」という意味では西洋医学的な処方箋と捉えています。しかし磯焼けによる藻場の消失を回復するものではありません。現在同時進行的に藻場再生の研究にも取り組んでいます。藻場の再生といった元々海の持っている自然治癒力を高めることは時間がかかり、すぐに成果は出にくいかもしれませんが、じわじわ効果を発揮するという点では、漢方的な、あるいは東洋医学的な処方箋というふうに考えています。現在この二つの処方箋を使い、さまざまな主体と一緒になって海の中の森づくりを進めています。

住民と自治2017年6月号より

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神田 優
神田 優(かんだ まさる)
特定非営利活動法人黒潮実感センター長

高知市出身。東京大学海洋研究所で大学院博士課程修了。農学博士。専門は魚類生態学。2002年、NPO法人黒潮実感センターを設立。現在同センター長理事。

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