【論文】改めて点検を 防災・危機管理行政の役割

  • 岩田 孝仁(いわた たかよし)
    静岡大学防災総合センター長、同教授

2017年11月1日

月刊『住民と自治』 2017年10月号 より

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本稿では、組織、人、教育の視点から、自治体の防災・危機管理行政に何が求められ、それを担う体制がとられているかを考えるいくつかの視点について触れてみます。

自助・共助・公助をどう考えるか

筆者自身は、長年静岡県庁で防災・危機管理行政に携わってきました。1976年のいわゆる東海地震説を受けてスタートした静岡県の地震防災対策は、当初から自助、共助、公助の考えを前面に出して展開してきました。すなわち、自らの命は自ら守る「自助」、自主防災組織をはじめ地域皆で助け合う「共助」、それらを支えさらに耐震化など行政自らも積極的に展開する「公助」です。

一つの事例として、避難所の開設・運営について考えてみましょう。一般的に避難所の開設は災害救助法に基づき地域防災計画では市町村長の責務と規定しています。一方、実際の寝泊まりや食事の世話、トイレの使い勝手など避難所で生活する上でのルールの作成やそれにかかる手間はだれが行うのか考えてみると、とくに巨大地震災害などで自治体のエリア全域が被害を受けるような災害では、市町村の事務の及ぶ能力をはるかに超えてしまうことがあります。こうした場合、実際に運営に携わるのは地域住民が主体となった自主防災組織が行うのが最も実効性が高いわけです。静岡県ではそのための資機材として炊き出し用の大釜やかまど、非常用発電機、飲料水を確保する簡易ろ水器、アルファ米などの非常食が自主防災組織の備蓄倉庫に整備され、毎年の防災訓練で実際に使っている光景をよく目にします。

このように静岡県では大規模地震に備え地域防災計画を策定した1979年の当初から、共助の位置づけで避難所の運営は地域の自主防災組織が行うこととしてきました。しかし、最近国内で発生した災害の避難所で多く見る光景は、自治体が準備する給食や弁当を、列を作って待っている被災者の姿です。実はこのことを、2年前(2015年4月)に発生したネパール・ゴルカ地震の現地調査に入った際、ネパール政府の復興局長に鋭く指摘されました。

我々は日本から何らかの緊急支援ができないかと現地を訪問したのですが、開口一番に彼の口から出た言葉は、「日本人はもっとネパールの国民を見習ったほうがいい」との発言でした。その真意を尋ねると、1995年阪神・淡路大震災の1カ月後に神戸の避難所を視察したときの光景を話し出しました。「体育館にいる大勢の避難者が自治体職員に向かって『もっと防寒着はないのか、いつも冷たい弁当ばかりでたまには温かい食事を提供しろ……』皆で口をそろえて要求だけをしている。それに比べてネパールの国民はたくましい。地震の当日から食料やテントを皆で手分けして調達し、集めたシートでテントを張って避難生活を始めている」。実際の内情は、あまり政府を信頼していない面もあるからか、いちいち要求してこないようですが、彼の発言にドキッとさせられました。

ネパール地震カトマンズ郊外の避難テント
ネパール地震カトマンズ郊外の避難テント

いま一度、「共助」の体制がどこまでできているのか、それに対し行政はしっかりサポートできているのか確認が必要です。ただし、水害や地震などに対してしっかり安全が確保された避難所を準備することは行政の「公助」としての役割であることはいうまでもありません。

自治体の防災・危機管理組織は

災害対策基本法において災害とは、「暴風、竜巻、豪雨、豪雪、洪水、崖崩れ、土石流、高潮、地震、津波、噴火、地滑りその他の異常な自然現象又は大規模な火事若しくは爆発などにより生じる被害」と規定されています。自治体の防災行政は、こうした災害を未然に防止し、さらに被害の拡大を防ぎ迅速な災害復旧を図ることを基本に事務事業などが組み立てられています。近年では所管する事象に新型インフルエンザや鳥インフルエンザなど、人や動物に対するパンデミック(世界的大流行)な事象が新たに加わり、さらに、テロ対策などの国民保護分野まで幅広く所管することが多くなってきました。自治体としては、知事や市町村長が災害でいえば災害対策本部長としてこれらのさまざまな事案を一元的に指揮する必要があります。このため実際にこれらの事象を取り扱う行政部局も、従来の防災部局をベースとし、パンデミック事象や国民保護関連の施策も一元的に取り扱うよう組織を拡充する事例が多くみられます。

各自治体が防災部局の所掌事務の範囲を広げる一方で、防災や危機管理に固有の専門知識を持つ職員の不足がよく聞かれます。自治体の事務は財政や総務など内部管理業務から、地域の総合的な振興、住民の医療・福祉、土木・建設、農業、産業振興などさまざまな分野にまたがります。土木や農業、医療など専門的な技術を有する職員を抱える分野以外では、職員は数年ごとに担当部署を異動することが一般的であり、さまざまな事務事業を経験しながら職員の能力向上が図られていきます。防災・危機管理行政に関して、災害事象など特定分野に突出した知識が求められる場合がある一方で、行政全般の総合的な判断も求められることから、事務から技術、教育など幅広い分野の能力が必要となります。さらに組織としても、部局横断的な指揮調整が図れる機能を持つことが重要です。いざというときには多くの住民の生命の安全につながる緊急の判断を求められる、それだけ重要な業務であるとの認識を持つべきです。

想定外ではなく経験の不足

2011年の東日本大震災以降、大きな災害が起きるたびに「想定外」という言葉がよく話題に出されます。果たしてそうなのかはよく考えなければなりません。余談ですが、筆者自身は東日本大震災そのものも決して想定外ではなかったと考えています。その根拠に869年の貞観地震では仙台平野に今回の津波とほぼ同程度の津波痕跡が残っていることや、1611年の慶長三陸地震でも岩手県内などの三陸沿岸には今回とほぼ同程度の津波が襲来したとの記録があります(*1)。東京電力の福島第一原子力発電所の事故を専門家たちは想定外の津波が原因であったとしたことから「想定外」の用語が多用されているにすぎません。歴史資料など過去の津波を丁寧に検証し津波の襲来を想定した対策、少なくとも非常用電源の確保が行われていれば、これほどの重大事故にはならなかったのではないかと考えています。

一般的に、ある自治体にとって起こった災害がこれまで経験したことのない事象であることはよくあります。終戦を迎えた1945年当時、日本の国土は森林の荒廃だけでなくしっかりとした堤防などのない中小河川が多く、集中豪雨や台風が襲来するたびに河川の氾濫や土砂災害などの大きな災害に見舞われてきました。1948年に災害救助法が、1961年に災害対策基本法が成立し、この頃から自然災害による犠牲者は少しずつ減少してきました(*2)。このことだけが要因ではありませんが、最近では住民に犠牲者を出すような災害対応に従事した経験がない自治体職員がほとんどです。このようななかで1995年の阪神・淡路大震災や2011年の東日本大震災という突出した大災害が発生しました。

的確な災害対応を行うためには、災害事象に関する基礎的な知識と応急対応に関する諸制度を熟知しておくことは基本です。そのうえで、事態がどのように進行するのか、打った対策がどのような効果を発揮するのかの実態をしっかり把握しておくこと、いわば災害のスケール感を、身をもって知っておくことは重要です。そういう意味で災害対応を経験するということはある意味自治体職員にとっても重要なキャリアであります。最近では、他地域で発生した災害でも、全国の自治体職員が協力して被災地の応急活動支援に積極的に入るようになってきました。このような活動を通じて職員自らの経験を増やし、さらには経験を相互に共有することも可能となることから、災害時に躊躇なく支援に入れる支援ネットワークの仕組みをぜひ構築しておきましょう。

防災・危機管理行政を担う人材育成

自治体などの第一線で防災や危機管理などの業務を担当する場合、何が重要になるかについて考えてみましょう。発生している現象が自然現象などの物理的事象である場合が多く、そのため、まずは起きている事象を素直に見られる力、すなわち現象に関する基礎的な知識と科学的に分析できる力が必要になります。一方で、発生事象が社会的にどのような影響を及ぼすのかを判断し、解決するためのさまざまな方策を的確に判断する力も必要になります。災害対応とはある意味、自治体行政としての総合力が求められる場面です。これらを兼ね備える意味からも、ゼネラリストの一面とスペシャリストとしての双方の能力が求められます。しかし、その実現はなかなか困難であるのも事実です。

現在、内閣府のプロジェクトで防災スペシャリスト養成研修がスタートしています。座学やワークショップが主体の研修ですのでこれだけで十分に経験を積むことは困難ではありますが、この研修の大きな目標として、一つは、危機事態に迅速・的確に対応できる人であり、さらに、国・地方のネットワークを形成できる人が防災スペシャリストとして求められる人材像であるとしています。具体的には、的確に状況を把握・想定し適時に判断・対応できる能力や、ハード・ソフトをバランスよく組み合わせて最善の対策を実施できる能力、さらに組織のなかで率先して防災力を高めることができる力など、かなり高いハードルを掲げています。防災の初任者から危機管理監など指揮官向けの全10コースが用意されており、各コースは5日間の研修と修了試験が課されています。こういう機会を積極的に活用することで、職員の経験や知識不足を補うことが可能になります。

国難となる巨大災害にどう対処するか

今後日本が遭遇する自然災害としては、南海トラフ巨大地震や首都直下地震がよくあげられます。政府の中央防災会議の被害想定によると、南海トラフ巨大地震では、マグニチュード9クラスの超巨大地震の発生に伴って駿河湾から四国沖を中心に大津波が発生し、関東以西の東海から近畿、四国、九州に及ぶ30都府県で最悪32万3000人の死者が発生し、建物などの直接被害と経済被害を合わせた経済的損失は最大220兆円に及ぶ深刻な被害となると想定されています。

首都直下地震に関しても、最大3万3000人の死者発生と併せて、電力、通信、交通などのライフラインの長期の途絶などによる首都機能の麻痺、建物などの直接被害と経済被害を合わせると95兆円の損失が発生すると想定しています。

いずれの災害も、発生すれば我が国全体の国民生活や経済活動に極めて深刻な影響が生じ、まさに日本にとっては国難ともいえる巨大災害です。このような国難に対し、これから日本がどう立ち向かっていくのかが試されているのではないでしょうか。政府はもちろんのこと、住民、企業、地方行政も総力を挙げて真剣に対策に取り組んでおく必要があります。いきなりすべてに取り組むことは困難でも、一つ一つ積み重ねていくことはできるはずです。

たとえば自治体庁舎の安全確保もその一つです。災害で自治体庁舎が被災するとどんなに大変か、普段はあまり考えないようにしている自治体が多いようです。2016年の熊本地震でも宇土市や益城町の庁舎が被災し、発災直後の災害対策本部機能が麻痺してしまいました。2011年の東日本大震災でも自治体庁舎が被災したケースが多くみられました。とくに多くの職員まで犠牲になった岩手県大槌町、陸前高田市、宮城県南三陸町などは、住民の救助など、本来自治体として最優先で行うべき業務が長期間途絶えてしまいました。このような悲劇は繰り返してはなりません。豪華な庁舎は必要ありませんが、災害などいざ非常時にはしっかり機能する安全な庁舎と非常電源など必要な設備は確保しておく、それは自治体としての最低限の役割であると考えます。このように、いますぐにでも着手しなければならない対策は山積みです。

東日本大震災で被災した岩手県大槌町役場
東日本大震災で被災した岩手県大槌町役場

一方で、次世代に向けての防災教育も、時間はかかるものの重要な施策の一つです。とくに、科学的リテラシーを持って自然を素直に見ることのできる能力を身に着ける教育は重要で、かつてはそのような教育の一端を地理や地学教育が担っていました。しかし、最近の学校教育で地理や地学がわきに追いやられていることを危惧しています。防災教育を通じ、起きている事象を客観的に分析し的確な対処行動がとれ、さらには事前の予防行動がとれる人材の育成は重要で、まさに日本が直面する国難に対処するためにも一層の強化が必要です。

待ってくれないのが、まさに災害です。

【文献】

2017年11月1日

月刊『住民と自治』 2017年10月号 より

  • 岩田 孝仁
    岩田 孝仁(いわた たかよし)
    静岡大学防災総合センター長、同教授

    静岡大学理学部地球科学科卒業。1979年から静岡県庁で主に地震や火山などの防災・危機管理部門を担当し危機管理監兼危機管理部長を最後に退職。2015年4月から静岡大学に。

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