【論文】理念に忠実な借り上げ公営住宅の政策


被災者の「住まい」の重要性を見詰め直し、全国で展開されている借り上げ公営住宅の実施例を学んで、阪神・淡路大震災における退去問題の解決策を検討します。

「被災する」ということ

人は災害に遭うと一挙に多くのものを喪失します。災害はたいへん残酷です。財産を奪い、未来を奪い、他者や社会とのつながりを奪います。災害によって財産的喪失、人生設計の喪失、あるいはコミュニティーの喪失を余儀なくされた人々を「被災者」と呼びます。

阪神・淡路大震災では、多くの人々が被災者となりました。ほんの一瞬の揺れで大切な家がつぶれて瓦礫と化し、かけがえのない家族を失いました。その後も苦難は続きます。思い出の詰まった地域から離れて、仮設住宅などで過酷な避難生活を送り、その果てに健康を害し、そして孤独死という悲しい終焉を迎えた人もありました。「震災の前の日に戻れたらいいのに……」というつぶやきは、偽らざる被災者の本音です。

東日本大震災や熊本地震など、この二十数年の間に数々の大災害が発生しました。津波、噴火、水害、火災など、原因となった自然現象は異なります。しかし、それぞれの被災地の出来事を振り返ってみると、被災者が味わった苦難は、その本質が「喪失」であるという点で共通しています。わたしたちは、だれもが「被災者」となり、かけがえのないものを喪失するリスクを背負っているのです。

「復興」という言葉には明るい響きがあります。しかし、被災者を置き去りにした復興では意味がありません。被災者の目線に立って考える必要があります。被災者にとっての復興は、「喪失からの回復」です。言い換えれば、喪失したものが元の水準に回復するまで、いつまでも「被災」は続くのです。

「住まい」の機能

被災者の群像のなかで「住まい」はどんな役割を果たしているのでしょうか。この問題を、住まいにどんな機能があるのかという観点から考えてみたいと思います。

住まいには、第1に、所有者や賃借人にとって私有財産としての「財産的機能」があります。第2に、その人の人生や日々の暮らしを展開する舞台としての「生活基盤機能」があります。第3に、地域コミュニティーの一つの構成要素としての「社会形成機能」があります。住まいにはこれら3つの側面が同時に存在し、平時はそれらがバランスを取りながら機能しています。

このうち「財産的機能」は「私的」な側面が強く、「社会形成機能」は「公的」な側面が強いといえます。住まいに社会形成機能があるからこそ、個人的に家を建てるときであっても建築基準法や条例などの公的な規制に服するわけです。「生活基盤機能」は、人権保障の観点から公的・私的の双方の側面を持っているといえます。こうした社会形成機能や生活基盤機能を重視すると、災害で住まいを失うということは、個人の財産を失うという私的な面だけでなく、生活基盤を失うという意味で人権危機に直結し、さらには地域コミュニティーが破壊されるという公共的被害の面もあるということになります。つまり、被災者が味わう苦しみは、単なる個人的な問題の枠にとどまらず、きわめて公共性の強い問題だというべきなのです。

ところが、被災した住まいに関する現行施策は、これら機能のバランスが崩れています。阪神・淡路大震災では「私有財産の再建は自己責任」とかたくなに公費投入が拒絶されました。借家人は、家屋が滅失すると無権利者となり、都市再開発などの協議の場から排除されました。こうした政策は、住まいの社会形成機能を無視する明白な誤りといわなければなりません。住まいが、私有財産のみならず、被災者の生活基盤であり、地域社会のコミュニティーの構成要素であることを直視すれば、「被災者生活再建支援法」(=被災者の声を機運に1998年に制定された議員立法)のような住宅再建に資する法制度が創設されたのも当然といえるでしょう。

被災者に借り上げ公営住宅の明け渡しを迫る神戸市や西宮市などの動きも、同じ延長線上で捉えることができます。公営住宅の本来の役割である住宅困窮者の人権保障としての生活基盤機能や、地域コミュニティーの拠点となる社会形成機能を著しく軽視し、自治体が取り交わした私的な賃貸借契約の期限ばかりを偏重した政策バランスの崩壊が問題の本質です。そのしわ寄せを居住者たちに一方的に押しつける点で根本的に誤っています。居住者たちは、阪神・淡路大震災で多くを喪失した被災者であり、その人々を追い立て、残り少ないわずかな希望までをも奪おうとする冷酷な政策は、人道的にも非難に値します。

図

「借り上げ」という仕組み

公営住宅の確保につき「建設、買取り又は借上げ」と規定されているとおり(公営住宅法2条2号)、「借り上げ」は物件確保の三本柱の一つです。主柱となる公器である以上、我が国の基本的政策に基づいて運営が行われなければなりません。

具体的にいうと、第1に、「憲法」の理念に基づく必要があります。国民の住まいの選択の自由を侵害し、健康で文化的な生活を損なうことがあってはなりません。第2に、「住生活基本法」の理念を実現するものでなければなりません。「被災者……その他住宅の確保に特に配慮を要する者の居住の安定の確保」(同法6条)と規定されているとおり、まずもって優先すべきは社会的弱者の居住の安定です。そして、第3に、「災害対策基本法」が新たに盛り込んだ理念、すなわち「被災者による主体的な取組を阻害することのないよう配慮しつつ、被災者の年齢、性別、障害の有無その他の被災者の事情を踏まえ、その時期に応じて適切に被災者を援護すること」(同法2条の2⑤号)に配意しなければなりません。

契約期限を形式的に当てはめて、あるいは、上から目線の公平性ばかりを強調して、重要な理念を損なうことになれば、それは愚策の極みです。神戸市や西宮市の借り上げ公営住宅の居住者の追い出しは、強く批判されるべきものです。神戸市は公費投入の節減を強調していますが、空き家問題が社会問題化している現況を直視し、あるいは、老朽化した建設型市営住宅の管理コストの増大を視野に入れれば、借り上げ公営住宅という選択肢は、むしろ社会政策としても経済的合理性からしても優位に立つ制度といえるでしょう。

そうしてみると、同じ阪神・淡路大震災の被災地である宝塚市や伊丹市が、期限を延長する方策をとったことは、住まいに関する基本的理念に忠実であり、「借り上げ」という仕組みを上手に活用した賢明で合理性のある対応と考えられます。

全国に見る「借り上げ」の成功例

災害復興の政策として「借り上げ」を活用している例がほかにもあり参考にすべきです。

(1)2007年3月の能登半島地震で被災した石川県穴水町では、民間マンションの借り上げ方式で町営住宅を供給しました。穴水町が、全18戸ある民間の「やすらぎマンション」を借り上げ、そのうち約半数を被災者に対する復興公営住宅として利用し、残りの半数を一般の町営住宅として利用しています。

入居期限は、借り上げ期間と同じく2009年5月1日から2024年4月30日までの15年間です。ただし、期限が来たら一般の民間住宅に移行して賃料が増額になる可能性があると入居者に伝えているものの、そのときの状況に応じて弾力的に検討する方針であり、少なくとも明け渡しを求める予定はありません。

明け渡しを前提とせず、そこで形成された新たなコミュニティーを守っていく仕組みとして展開されています。

(2)2011年3月の東日本大震災では、多くの自治体が被災しました。そのうち最も被災規模が甚大だった宮城県石巻市では、合計172戸の借り上げ公営住宅が供給されました。内訳は、(A)市の呼びかけに応じて新築されたものが149戸(20棟)、(B)既存の民間賃貸住宅を利用したものが23戸となっています。石巻市は整備を進めている復興公営住宅(2016年12月現在の計画戸数4700戸)のうち一部を「市街地における不足分の早期供給過剰ストック解消を目的に民間賃貸住宅を住戸単位で借上げ、復興公営住宅として供給する」ものとし、この仕組みを「石巻市既存借上型市営住宅制度」と呼んでいます。

市は、一般の建築型の市営住宅と同時に入居者を募りましたが、募集に当たって、(A)については「市が民間事業者より20年間一括して借り上げて供給するものです。建物の管理開始から20年後、入居者の方には他の公営住宅へ移転又は退去していただくこととなります」と明示して、公営住宅法25条2項に基づく入居時の明け渡し告知を行いました(その点で、これを怠った神戸市や西宮市とは異なります)。

そして(B)については、借り上げ期間は、①建物の耐用年数を上限としつつも、②入居者が希望する期間(原則として一代限り)としており、途中で明け渡しを求めることを予定していません。したがって、入居者は、自ら転居するかどうかを選択することができ、高齢になってから退去を迫られる不安に脅かされることはありません。

石巻市の「既存借上型市営住宅制度」は、入居者に住まいの安心を確保し、将来の過剰ストック対策も見据えた合理的な政策を両立させたもので、阪神・淡路大震災の被災地の教訓を生かした運用と評価できます。

諸制度に見る「借り上げ」方式の課題

とはいえ、さまざまな実践を通じて、被災者支援のために「借り上げ」方式を実施するに当たって、いくつか克服すべき課題があることも分かってきました。

まず「みなし仮設」との不整合です。被災した後、住まいを失った被災者がひとまず仮住まいするのが仮設住宅ですが、東日本大震災ではあまりに被災者が多く仮設住宅の建設が追いつかないなどの事情があったため、宮城県、福島県などの県が民間の賃貸住宅を借り上げ、これを仮の住まいとして被災者に供与しました。

災害救助法に基づくこの仕組みは、「みなし仮設」と呼ばれていますが、この構図は借り上げ公営住宅とほとんど変わりません。ですから「みなし仮設」を利用していた被災者にしてみると、みなし仮設がそのまま借り上げ公営住宅に移行できるなら、賃料が発生するだけで転居をする必要もなく、生活環境もコミュニティーも維持できますので、簡明かつ合理的なスキームとなるはずです。ところが、根拠法が異なるということ、公営住宅における公募の原則を墨守するためこうした移行措置は講じられていません。石巻市でも公営住宅の入居は新たに募集を行わざるを得ませんでした。

また、「みなし仮設」は、災害救助法に基づく応急的な措置として行われます。一方、公営住宅は恒久住宅として提供されるものです。その中間的なものが存在しません。そのため、原発事故で避難を余儀なくされた人々は、住宅支援(「みなし仮設」)の打ち切りにより、現在の居所から退去を迫られることとなりました。全国で多くの原発避難者たちが、福島県への帰還政策と、住宅支援の打ち切りの狭間で、極度の不安に陥っています。本来、借り上げ公営住宅は、こうした中間的な限定的な入居スタイルにふさわしい制度といえるでしょう。しかし、借り上げ公営住宅の柔軟性を生かす工夫が、少なくとも現在は見られません。

もう一ついえば、本来、借り上げ公営住宅は、サブリース(転貸借)の形を取っていますが、経済的に見れば、民間住宅への入居の家賃の差額補助を行っているのと同じです。そうであれば、「家賃補助」制度として運用することがストレートで分かりやすいでしょう。借り上げ公営住宅の期限満了により入居者を追い出すのではなく、民間住宅への切り替えを行い(穴水町の例と同じです)、その後は入居者の収入状況に応じた家賃補助を行うというのが、社会的に見ても妥当な手法といえます。そうすれば、行政は空家賃の負担や転貸借リスクから解放されますし、入居者にとっては従来の生活環境やコミュニティーを維持できるメリットがあるはずです。

一人ひとりを大事にする住まいの政策

東京地裁は、東京都特別区の借り上げ型区営住宅において、所有者(オーナー)が、所有者と区の間で締結した賃貸借契約の期限到来を理由に、区(区の外郭団体)と入居者を被告にして明け渡しを求めた訴訟で、所有者の請求を却下する判断を下しました(平成28年2月22日付判決)。この区営住宅は、公営住宅法の適用がなく、また、期限前の提訴であるなど兵庫の訴訟事例とは前提が異なっているのですが、結論として明け渡しが否定されたことは注目に値します。とくに、所有者と区の間で取り決めた期限を入居者には対抗できないと判断した点は、兵庫の訴訟でも参考になります。

また、この判決は、それぞれの住まいにおいて退去を求める正当な理由があるかどうか個別の入居者ごとに判断すべきということも指摘しています。つまり、一人ひとりの事情を丁寧にみていくことが求められているということです。

西宮市のようにすべて一刀両断で退去を要求する姿勢は論外ですが、この点、兵庫県は県営住宅の退去の是非は個別に審査する方式をとっています。運用次第というところもありますが、一人ひとりの事情に目を向けようとする姿勢は正しい施策といえるでしょう。

日弁連は、被災者の生活再建の支援につき、一人ひとりの事情を個別に捉えて計画的に支援を実施する「災害ケースマネジメント」を提唱しています。個々の被災者が喪失したものを回復するために寄り添うことを何よりも重視すべきです。それが、一人ひとりが大事にされる災害復興のあり方です。いま借り上げ公営住宅に関する政策に最も求められる姿勢です。

【注】

  • 1 神戸新聞2015年1月連載「震災の前日」アーカイブ https://www7.kobe-np.co.jp/blog/before-the-earthquake/index2.html
    (アクセス2017年1月14日)
  • 2 「石巻市既存借上型市営住宅制度の手引き」(2016年9月)石巻市発行
  • 3 2016年2月19日付け「被災者の生活再建支援制度の抜本的な改善を求める意見書」