【論文】平和ミュージアムと平和教育


平和のための博物館は世界各地にあります。日本を含むアジアにおける平和のための博物館、そこでの平和教育と今日的意義、日本の平和博物館への提言をまとめます。

世界と日本の「平和のための博物館」

日本でよく知られている平和資料館は、広島平和記念資料館(広島市立)と長崎原爆資料館(長崎市立)です。日本には数多くの平和博物館、平和資料館が存在しており、平和のための博物館国際ネットワーク(International Network of Museums for Peace:INMP)の元代表のピーター・ヴァン・デン・デュンゲン博士は「日本は世界で平和博物館運動がある唯一の国である」と指摘されたほどです。その背景には、1980─90年代の反核平和運動がありました。平和博物館ではなく、「平和のための博物館」という言葉がよく使われています。「平和に関連した博物館、美術館、場所、センター、教育機関、図書館」はまとめて「平和のための博物館」と呼ばれています。INMPによると、それは次のように定義されています。

世界にどのような「平和のための博物館」があり、どのような活動をしているのかは、INMPのウェブサイト(https://www.inmp.net/)にあるINMP通信(英文、日本語版)を読むと知ることができます。

これは年に4回発行され、日本語版は筆者を含めボランティアの人が和訳をしています。

日本の「平和のための博物館」については、「平和のための博物館・市民ネットワーク」通信「ミューズ」を読むと活動内容を知ることができます。「ミューズ」は二つのウェブサイトから読むことができます。なお英語版のMuse Newsletterも発行しています。東京大空襲戦災資料センター(http://www.tokyo-sensai.net/muse/index.html)安斎科学・平和事務所(http://asap-anzai.com/)(最近発行された通信の掲載)

表 日本国内の平和のための博物館(創設順)
表 日本国内の平和のための博物館(創設順)
出典:東京大空襲・戦災資料センター山辺昌彦作成のリストに筆者加筆。

日本各地には、歴史博物館、美術館、平和資料館、平和センターなどさまざまな施設があります。そこでは学校だけでなく、地域で平和教育や平和活動を推進しています。2008年に立命館大学国際平和ミュージアム(京都市)で国際平和博物館会議が開催され、『世界における平和のための博物館』というガイドブックを英語版と日本語版で編集しました。表はそのなかで東京大空襲・戦災資料センター研究員の山辺昌彦氏が作成されたリストに、新しい情報を加筆したものです。

日本各ひとつの例として、立命館大学国際平和ミュージアムについてご紹介します。

立命館大学国際平和ミュージアムについて

同ミュージアムは1992年5月に立命館大学の「平和と民主主義」の教学理念を具体化する教育・研究機関として、また社会に開かれ情報を発信する社会開放施設として開設されました。世界で初めての大学立の総合的な平和博物館です。常設展示は、十五年戦争、現代の戦争、平和をもとめてという3つのテーマで構成されています。第二次世界大戦における日本の被害の側面(広島、長崎への原爆投下や日本各地への米軍の空襲など)だけではなく、日本の加害の側面も取り上げ、また戦争に抵抗した人々の展示もあります。質・量ともに最も充実した常設展示を持っていると国内外で評価されています。実物資料650点、写真資料550点を展示し、映像資料、戦時中の町屋の復元、シアターなども設置しています。幅広く戦争と平和に関する資料を収集しています。事業として、特別展、シンポジウム・講演会などを開催しています。

大学生の感想では「教科書やマスコミで学ばなかった歴史を学ぶことができる」というのがかなりあります。また海外からの訪問者や留学生には、「自国の暗い歴史を誠実に展示していて感銘を受けた」という反応があります。金閣寺や竜安寺に比較的近いこともあり、修学旅行で訪問する生徒も多い状況です。詳細はホームページをご覧下さい。(http://www.ritsumei.ac.jp/mng/er/wp-museum/index.html

立命館大学国際平和ミュージアム 世界法廷をうごかした地球市民の展示
立命館大学国際平和ミュージアム 世界法廷をうごかした地球市民の展示
立命館大学国際平和ミュージアム 現代の戦争の展示
立命館大学国際平和ミュージアム 現代の戦争の展示

平和のための博物館における平和教育の取り組みについて
─アジアでは?─

平和のための博物館では、さまざまな平和教育が行われています。2017年8月にマレーシアで開催されたアジア太平洋平和研究学会大会ではアジアの平和博物館関係者が集まって報告をしました。平和教育の内容がわかりますので、その様子をご紹介します。

アジア太平洋平和研究学会(APPRA: Asia Pacific Peace Research Association)が、2017年8月23~25日にマレーシアのペナンにあるマレーシアサインズ大学で開催されました。テーマは、「アジア太平洋地域における平和の促進と人間の尊厳の保持を」で、わたしを含め15カ国から67人が参加しました。わたしは「平和博物館を通した平和教育」というパネルを組織し、パネリストは韓国のチャン・クドウ博士(ノグンリ国際平和財団代表。ノグンリ平和記念館における平和教育について報告)、中国のユチャオ・ワン(南京大学ジョン・ラーベ記念館ボランティア。現在米国の大学に留学中。ジョン・ラーベ記念館について報告)、マレーシアのアーマド・ムラド・メリカン教授(マレーシアサインズ大学。植民地主義に関する博物館について報告)、アメリカのロイ・タマシロ教授(ウェブスター大学。韓国済州島の4・3記念館について報告)、そして日本では筆者(日本における草の根の平和博物館の活動について報告)でした。各館における平和教育について交流をすることができました。概要は次の通りです。

韓国のノグンリ虐殺事件は朝鮮戦争の初期(1950年7月)に発生し、約50年間そのことは知らされていませんでした。被害者の運動で1999年10月にやっとアメリカと韓国の政府が真相究明調査を始め、1年3カ月かかりました。2001年1月に当時のビル・クリントン米大統領が、ノグンリ虐殺犠牲者と朝鮮の人々に遺憾の意を表しました(謝罪ではありません)。2000年5月には、アメリカのAP通信がノグンリ虐殺事件を報道したことで、ピューリツァー賞を受賞しました。虐殺のあった場所にノグンリ平和公園が、記憶の継承と人権教育推進のために設立されました。現在そこにはノグンリ平和記念館、教育会館、瞑想のための庭、バラの庭園などがあります。ノグンリ事件は、韓国だけでなく世界においても人権侵害事件のシンボルとなっており、人権と平和の重要性を世界に発信しています。ノグンリでは子どもたちも含めた多彩な活動が行われていますが、訪問する人々にとって癒やしと和解の場となっています。

中国の報告者のユチャオ・ワンさんは、以前南京大学ジョン・ラーベ記念館でボランティア活動をし、現在はアメリカのペンシルベニア州にあるハバーフォード大学に留学している学生です。南京大虐殺80周年を記念し、ジョン・ラーベ記念館の報告をしました。報告の概要は次の通りです。

1937年12月13日、日本は南京を侵略し、大虐殺を行いました。作家のアイリス・チャンによると、南京大虐殺は第二次世界大戦中日本が犯した最も残虐な戦争犯罪です。ドイツのビジネスマンであったジョン・ラーベは、他の外国人といっしょに約25万人の中国人避難民を保護しました。1937年12月から1938年2月までラーベは南京で目撃したことを『ジョン・ラーベの日記』に書きました。ジョン・ラーベの住居は、2006年にジョン・ラーベ博物館として再建されました。この平和博物館は、日本の中国侵略の歴史的証人であるだけでなく、世界平和を推進する場所でもあります。この博物館は南京大学のキャンパスにあり、平和学、歴史学、国際関係の学術的研究に基づいた展示をしており、平和と和解の研究を行っています。ここは中国で初めて平和学に焦点を当てた研究をしているところで、平和の象徴として見なされています。

アメリカのウェブスター大学のロイ・タマシロ教授(日系アメリカ人三世)は、韓国の済州島にある済州4・3記念館について報告をし、概要は次の通りです。

韓国の済州島にある済州4・3平和公園は、済州4・3事件として知られている7年間(1947~1954年)に及ぶ悪夢のような出来事に関連した施設です。政府への抗議活動や民主主義・自決権を求めるデモは抑圧されました。何万人もの人々が殺されましたが、韓国政府は50年以上もの間済州4・3事件について話すことを禁止しました。2000年に、真相究明と済州4・3平和公園建設のために国会で4・3特別法が成立しました。この平和公園の設立は、平和の促進と犠牲者の尊厳回復のために、重要な役割を果たしました。この事件の目撃者の証言収集、平和キャンプやピース・アカデミーの開催、書物や学術書の出版やビデオの制作、地域での記念行事、平和教育の教材作成や学校でのカリキュラム作成、犠牲者の補償を求める活動など、社会的癒やしと和解の活動を行っています。

韓国の済州4・3平和記念館(ピース・アカデミー)、2017年8月10日
韓国の済州4・3平和記念館(ピース・アカデミー)、2017年8月10日

マレーシアのアーマド・ムラド・メリカン教授は、植民地主義に関する博物館について次のように報告しました。

植民地主義は、人類への犯罪であり、他国の土地、資源、人々、彼らのアイデンティティー、民族性を奪ってしまいます。西洋は元植民地国に対して補償をすべきです。植民地主義の博物館では、植民地化された国の人々の声が聞こえるようにすべきです。そこでは白人ではない人々に対する暴力、奴隷化、搾取を記録し展示すべきです。一見人道的で慈善的な支配者の神秘性を取り除くべきです。植民地主義が新しい形で続けられているなかで、植民地主義とそれが引き起こした人間の苦しみを、研究し理解すべきです。この博物館では、未来の世代のために植民地主義の過去を分析する必要があります。

マレーシアにはペナンガンジー平和センターで平和教育が行われています。マハトマ・ガンジーの非暴力主義、問題の平和的解決をテーマとしています。

日本からは筆者が「日本における草の根の平和博物館の活動について」と題して、報告しました。日本では右傾化のなか、ほとんどの公立平和博物館で日本の戦争の加害についての展示が行われなくなったこと、しかし日本の侵略など歴史の真実を展示している草の根の平和博物館があることを指摘しました。大学生(日本、アメリカ、中国、韓国など)を広島平和記念資料館、長崎原爆資料館、岡まさはる記念長崎平和資料館(長崎市、民立)へ連れて行くと、歴史観が大きく変わること、また韓国のノグンリ平和記念館や済州4・3記念館へ大学生が行くことによって教科書では学べなかった歴史や文化を学べることなど、平和博物館を通した平和教育について報告しました。さらに今後平和と和解の促進のために、平和のための博物館国際ネットワーク、国際平和研究学会、アジア太平洋平和研究学会、日本平和学会が協力していく必要性について指摘しました。マレーシアの参加者が、今後平和博物館・植民地主義博物館を作ることに関心を持っていて、心強く思いました。

今回平和教育のパネルを組織した報告者の国を考えてみますと、日本は、朝鮮を植民地支配し、中国、マレーシアなどの侵略をしてきました。問題は日本の子どもたちや若者が、歴史を学校できちんと学んでいないこと、またマスコミでは暗い過去の歴史についてきちんと報道することが少ないことです。どのように戦争の記憶を継承し、二度と戦争を起こさないようにするのかが問われています。高知市の平和資料館「草の家」を含め、多くの平和博物館、平和資料館が果たす役割は大きいと思います。

以上はアジア(中国、韓国、マレーシア、日本)における平和のための博物館の動きですが、世界各地でさまざまな平和教育の取り組みがなされています。

平和博物館の今日的意義

全国各地に平和博物館がありますが、そこでは学校や地域で平和教育を行っています。たとえば平和資料館「草の家」(高知市、民立)では、高知空襲について紙芝居を使って学校で平和教育や、「草の家」での展示、講演会、映画上映など多彩な活動をしています。子どもたちや市民が戦争や平和、人権、環境問題などを知り、話し合い、そして考え行動する場となっています。とくに教科書に載っていない歴史的事実やマスコミで報道されない事柄などを大いに学び、さらに平和のために自分が何をしたらよいのかを考え、話し合うことができるのは、貴重であると思います。平和博物館では過去の歴史を振り返りながら、現在の諸問題を考え、未来を担う次世代を含めあらゆる世代がつどう場として、大いに活用することが重要であり、また可能であると思います。よりよい未来を築く上で、欠かせない存在だと思います。

日本の平和博物館への提言

日本にはたくさん平和博物館・平和資料館があるにもかかわらず、国際交流をしているところが少ない状況です。国際交流では英語がよく使われますが、日本の学校での英語教育では不十分のようです。本来はもっと中国語やハングルを使えるとよいのですが、現状では英語を使うことができる人の協力を得て、もっと国際交流をすることが望ましいと思います。

たとえば「草の家」では1995年にアメリカ・デトロイトの刀を鋤に・平和センター&ギャラリー(Swords Into Plowshares Peace Center and Gallery)に被爆者の写真パネルを送りました。ちょうどスミソニアン博物館で被爆の実相に関する展示を拒否した年のことです。核兵器大国のアメリカの市民からは、大歓迎されました。

オーストリアの平和博物館の元館長の故フランツ・ドイチ氏は「平和博物館は、コミュニケーションの場です」といわれました。平和博物館・平和資料館を「戦争の記憶を継承する場」としてだけではなく、「地域の住民の諸問題に向き合う際に対話の場」としてもっと生かすことは可能であり、また重要であると思います。

山根 和代

1951年山口県生まれ。英国ブラッドフォード大学平和学博士課程修了。立命館大学国際平和ミュージアム専門委員。平和のための博物館国際ネットワーク理事。