【論文】いのちのとりで裁判を闘う

  • 吉田 雄大(よしだ たけひろ)
    弁護士

2019年1月4日

月刊『住民と自治』 2018年12月号 より


前代未聞の下げ幅、対象世帯の生活保護基準引き下げに対抗すべく、全都道府県にわたる大規模な審査請求運動を経由し現在全国29の裁判所で行われている集団訴訟の状況などを報告します。

いのちのとりで裁判とは

(1)生活扶助基準が最大10%引き下げ

2013年8月から2015年4月にかけて3段階で、大半の生活保護受給世帯(96%)を対象に、生活保護費のうち一般生活費に相当する生活扶助基準が平均6・5%、最大10%引き下げられました。前代未聞の大規模な引き下げです。

(2)政権交代

「生活扶助基準等の見直しについて」公表

この引き下げは周到に準備されていました。民主党連立政権のもと、生活保護利用者が約60年ぶりに200万人を超えたとのニュースが報じられたのは2011年5月のことでした。その後も生活保護利用者は増え続け、国家財政を圧迫するとの言辞が流布されていきます。

雌伏の時を迎えていた自民党は、2012年春、「生活保護基準の10%引き下げ」を大々的に公約に掲げます。そして、まさに軌を一にするがごときタイミングで、人気芸能人の母親が生活保護を利用していることがセンセーショナルに報道されました。現役議員が国会で偏見丸出しの発言をしたり、「謝罪会見」が地上波テレビで生中継されたりなど、「生活保護バッシング」の暴風雨が吹き荒れたのです。

そして、いわゆる三党合意によって社会保障制度改革推進法が2012年8月に成立し、附則2条に「生活保護制度に関し(中略)必要な見直しを行うものとする」として「生活扶助、医療扶助等の給付水準の適正化」との文言が盛り込まれるなか、同年12月の衆議院議員総選挙でついに、自民党が政権与党に復帰します。

他方、厚生労働省内に設置された社会保障審議会生活保護基準部会では2011年4月以降、さまざまな検証方法に関する研究成果が委員から報告されるなど、生活保護基準を定める新しい手法の開発を目指していたかにみえましたが、政権交代によって状況は一変します。2013年1月には3日間で2回も部会が開催されるなどした後、同月18日付けで『社会保障審議会生活保護基準部会報告書』が作られます。ただし、同報告書9㌻では前記研究成果報告にも触れながら、「今回の本部会で採用した(中略)手法についても委員による専門的議論の結果得られた透明性の高い一つの妥当な手法である一方、(中略)これが唯一の手法ということでもない。(中略)今後、政府部内において具体的な基準の見直しを検討する際には、今回の検証結果を考慮しつつも、同時に検証方法について一定の限界があることに留意する必要がある」と明記されるなど、安易な基準引き下げにくぎを刺す内容でした。

しかし、同報告書公表直後の同月27日には「生活扶助基準等の見直しについて」なる資料を厚生労働省保護課名で公表し、基準部会では一切議論されなかった「生活扶助相当CPI」なる物価指数を持ち出したうえで、2008年から2011年まで同指数が4・78%下落しているなどとして、政府として生活保護基準を大幅に引き下げる方針を早々と打ち出しました。同資料には生活保護費削減の「財政効果(マクロベース)」が3カ年合計で670億円などという、恥知らずというほかない文言も掲載されていました。

(3)国は、基準部会での検証結果の数値を半分しか反映させず

国による生活保護基準引き下げに理由がないことについては、さまざまな観点から裏付けられます。

まず、生活保護基準額と低所得世帯(第1・十分位)の消費実態を比較したとする「歪み調整」によって90億円分の削減を果たした点については、生活保護の捕捉率がたかだか2割程度に過ぎず低所得世帯のなかにいわゆる「漏給層」が相当程度含まれている現状では、こうした比較手法自体が生活保護基準の際限ない引き下げを招くという批判が妥当します。現に先述の基準部会報告書でも、当該比較手法については「委員による専門的議論の結果得られた透明性の高い一つの妥当な手法」とされたものの、これが唯一絶対のものではないとして、強くくぎを刺す表現が盛り込まれたのです。

また、驚くべきことに国は、基準部会での検証結果の数値のうち半分しか反映させませんでした。これは集団訴訟が次々提起された後の2016年6月、『北海道新聞』が情報公開制度により入手した資料をもとにスクープ記事を発表して初めて明らかになったことでした。その結果、保護世帯の過半数を占める60歳以上の単身世帯(1級地の1)を例に挙げると、基準部会の検証では月額約4000円増額となるべきところその半減(約2000円増額)とされ、さらに物価下落(とされた)分と合わせ最終的に月額約2000円の引き下げ対象となってしまいました。数値の操作は基準部会に無断で行われるという、あまりにも非常識な愚挙でした。

そして極めつけは、前記「生活扶助相当CPI」の問題です。わずか数人の保護課職員が密室で考え出したことが判明しているこの指数は、国際基準を大きく逸脱し、統計学のさまざまな常識に照らしても奇妙奇天烈としかいいようのない不可解なものです。基準時と比較時の逆転や年毎の品目数の違いなどのさまざまな原因によって異常な変化率(下落率4・78%)となったカラクリについても、裁判の過程で明らかになっています。

以上のような検討内容自体の問題もさることながら、保護基準のあり方を規律する生活保護法8条の解釈の誤りや憲法25条の軽視など、基準引き下げには極めて多くの問題があります。

これはおかしいと、数多くの人たちが立ち上がりました。「史上最大の削減には史上最大の運動を」を合言葉に、2013年夏以降全国各地で一斉審査請求運動(1万人審査請求運動)が行われ、初年度には1万654件、最終的には2万件を大きく超える審査請求が全都道府県で行われました。

この1万人審査請求運動が訴訟に発展したのが、「いのちのとりで裁判」なのです。

いのちのとりで裁判の広がり

(1)佐賀地裁で減額処分の取り消し求め提訴から

2014年2月25日、他に先駆けて佐賀地裁で15人の原告が減額処分の取り消しを求め提訴しました。

その後も全国各地で提訴が相次ぐなか、2015年10月28日には日比谷野外音楽堂(東京都千代田区)で「人間らしく生きたい まもろう憲法25条~10・28生活保護アクションin日比谷~」が開催され、生活保護分野では例のない、4000人を大きく超える人たちが集まりました。この集会の締めくくりに確認された「集会アピール」では「生活保護制度という命の砦を、私たちは守り、より良いものに作り変えていく義務がある」という表現が盛り込まれました。

「人間らしく生きたい まもろう憲法25条」、2015年10月28日、日比谷野外音楽堂
「人間らしく生きたい まもろう憲法25条」、2015年10月28日、日比谷野外音楽堂

生活保護は社会保障の一丁目一番地、いわば「命の砦」であって、わたしたち一人ひとりがよりよくしていく必要があるという言葉は、深い共感をもって受け止められました。

そして翌2016年11月7日、220人もの参加者が衆議院第一議員会館に集まり、この集団訴訟を勝利に導くため、原告、支援者、弁護団が一体となった運動を展開するため、いのちのとりで裁判全国アクション設立記念集会が開催されました。この集団訴訟が「いのちのとりで裁判」として名付けられた瞬間でした。

なお、いのちのとりで裁判全国アクションの設立に至る経緯や取り組み、各地の裁判の状況、さらには共同代表・著名人メッセージなどについては、ホームページ(http://inochinotoride.org/)でも公表していますので、ぜひご覧下さい。

(2)原告交流合宿を開催

2018年6月30日、7月1日には、はじめての試みとして、第3回総会と同時開催で、静岡県熱海市での原告交流合宿を開催しました。

「いのちのとりで裁判」原告交流合宿、2018年6月30日、7月1日
「いのちのとりで裁判」原告交流合宿、2018年6月30日、7月1日

いのちのとりで裁判をたたかう全国の仲間たちが一堂に会し、各地での奮闘や工夫について情報交換の場を設けるとともに、とくに原告の人たちを中心に温泉でゆったりしていただこうという企画でした。多くの団体や個人からカンパをいただいた結果、参加費の捻出が困難な地域にも支援することができ、北は北海道から南は鹿児島県まで、25都道府県から約130人、原告も50人以上の参加を集め、大いに英気を養いました。参加者アンケートでは「どの方が原告か、弁護士か、支援者なのか分からないような、一体となった交流合宿でした」との声も寄せられるなど、大成功の合宿となりました。

(3)原告数は1000人を超え

その後も各地での提訴は続き、2018年5月にはついに、各地の原告数は1000人を超えました。現在は29の地方裁判所で、下は20代から上は90代まで、文字どおり老若男女、1022人(2018年10月11日時点)の人たちが提訴に至っています。

いのちのとりで裁判の現在地

(1)裁判所が主導的に「審理予定案」を示す

いのちのとりで裁判の論点は多岐にわたります。基準部会や統計の問題などに加え、保護基準のあり方や憲法25条、生活保護法8条の解釈、保護基準の引き下げが暮らしに与えるダメージ、さらには国際的な条約の問題など、多種多様な論点があります。

全国各地で闘われているいのちのとりで裁判ですが、現在名古屋地裁で風雲急を告げています。裁判所が主導的に「審理予定案」を原被告双方に示した上で、2020年3月までに判決言い渡しを行いたいという意欲を強く示したのです。

これを受け、我々弁護団でも現在急ピッチで、対応体制を議論しているところです。全国弁護団の英知を名古屋地裁に結集するのは当然ながら、それ以外の地域では、何を、いつまでに取り組むのか、だれに協力を求め、それをどう生かしていくのか等々、議論すべきことは山のようにあります。「いのちのとりで裁判」はいままさに、山場を迎えようとしています。

(2)原告、支援者、弁護団の総力で

生活保護基準の問題はナショナルミニマムの問題であり、わたしたちの生活のあらゆる「最低限」に関わる問題です。

1957年に東京地裁に提訴され、1960年の一審東京地裁での画期的な勝訴判決が出されるなど、生活保護裁判の金字塔として名高い朝日訴訟は、国民的な大運動を巻き起こしました。その原告、朝日茂さんは「私の怒りは、決して私一人だけの怒りではない。多くの貧しい人びと、低い賃金で酷使されている労働者の人びと、失業した人びと、貧しい農漁村の人びと、この人びとはみんな私と同じように怒っているはずだ」といいました。

2004年の京都地裁での提訴を皮切りに全国12の地域で争われた、老齢加算・母子加算に関する生存権裁判では、2010年に生活保護基準に関する事件として史上初めて、高裁(福岡高裁)で原告勝利判決が出されます。その原告第1号の松島松太郎さんはこういいます。「老齢加算があったときは、半歩下がっているとはいえ、世間様に近い生活をしていた感覚があった。今のこの生活がほんとうに、憲法25条で保障される『健康で文化的な最低限度の生活』なのか。最初原告は私だけでとても心細かったが、全国で次々声が上がった。私が他の人を勇気づけたと言われることも多いが、むしろ私は、この思いは自分1人ではなかったと感じ、とても嬉しく心強く思う」と。

いのちのとりで裁判は現時点ですでに、1000人を超える原告の人たちが立ち上がっています。その全員が、「健康で文化的な最低限度の生活」のあり方に関する、いわば生き証人といえます。彼ら彼女らの声をどう社会全体に伝えていくかが、いままさに問われています。

先にも触れましたが、この裁判は、周到に準備された「国策」に正面から立ち向かう裁判でもあります。本稿では割愛しましたが、2013年夏からの生活扶助基準引き下げの後にも、2015年には住宅扶助基準と冬季加算額の引き下げが行われたほか、2018年10月からは、再び、都市部を中心とする約7割の世帯を対象に、3段階で平均1・8%、最大5%の生活扶助基準引き下げが開始されています。この引き下げには国連の人権専門家が「貧困層の社会保障を脅かす」として警告を発したにもかかわらず強行されるなど、政府与党の横暴はとどまるところを知りません。

こうした状況のなか、裁判所のなかだけでなく、社会全体を巻き込んだうねりを作り出していく取り組みが必要であり、原告、支援者、弁護団の総力が試されています。

2019年1月4日

月刊『住民と自治』 2018年12月号 より

  • 吉田 雄大
    吉田 雄大(よしだ たけひろ)
    弁護士

    京都弁護士会所属、弁護士。2000年4月弁護士登録、あかね法律事務所代表。2018年6月から日本弁護士連合会貧困問題対策本部事務局長。

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