【論文】統計偽装問題の核心と揺らぐ信頼

  • 福島 利夫(ふくしま としお)
    専修大学名誉教授

2019年6月1日

月刊『住民と自治』 2019年5月号 より


今回の「統計不正・偽装」問題は、政府統計全体への不信、さらには首相秘書官の関与という「政治不信」も呼び起こしています。統計の信頼回復のためには徹底解明が必要です。

ごまかせ統計、疑惑の指針

この「ごまかせ統計、疑惑の指針」という見出しの表現は、総務省が2019年2月1日に出した、10月18日の「統計の日」に向けて、国民に統計の重要性を知らしめる標語の募集に対して寄せられた数々のパロディーの一つで、2018年度の標語「活かせ統計、未来の指針」をもじった作品です。統計不正問題の渦中に、「統計の重要性の理解を深めるため」に標語を募集するという告知自体が、意図とは逆に大きな皮肉となり、驚きとからかいの声を集めることになったようです。

厚生労働省(以下、厚労省)の「毎月勤労統計」の不正調査問題が、2018年12月、総務省からの指摘により発覚し、同年12月28日『朝日新聞』夕刊にはじまり、連日のように新聞紙面をにぎわせてきました。これでは「毎月勤労」ならぬ「毎日辛労」統計です。さらに、2019年1月28日に通常国会が開会されて以降は、国会が主な舞台となり、「統計不正国会」とも呼ばれるまでになっています。

しかし、たかが「統計」のことで、どうしてこんな騒ぎになってしまうのかと、不思議に思うかもしれません。また、「統計」という文字を見ただけで、敬遠したくなる人もいるでしょう。どちらにせよ、今回の統計不正問題はいろいろな要因が混在しており、その全体像が複雑怪奇なものになっています。

そこには、数値の取り扱いをめぐる統計学上の問題点も当然含まれていますが、その背景には、日本の統計制度と統計行政の問題もあります。また、日本の官僚機構と現在の安倍政権の政治運営の問題や経済政策の評価との関係、とりわけ、「賃金上昇」が重要なキーワードである、「アベノミクス」と呼んでいる政策目標の到達状況との関係や、「賃金」をはじめとした経済諸指標が示す国民生活の現況が、大衆課税である消費税率アップを許容できる状態にあるかどうかの判断材料として利用される重大性もあります。さらに大きな前提としては、教育費や住宅費などが個人と家計の責任とされ、社会保障などの公共部門の役割が軽視されて、「賃金」だけに大きな役割を持たせているという、日本社会での国民生活の設計全体のあり方の問題が存在しています。

「毎月勤労統計」の不正調査がもたらした雇用保険・労災保険の過少給付

「毎月勤労統計」は、厚労省が労働者数、賃金、労働時間、雇用の動きなどを毎月調べているものです。そして、統計法で政府の「基幹統計」と位置づけられ、国内総生産(GDP)や景気動向指数など多くの経済指標の算出にも使われています。また、雇用保険の失業給付の基本手当日額や労災保険などの給付水準の算定にも使われているために、今回の不正調査の結果、これらが過少給付になっていたという、大きな影響が出ています。今後、必要となる追加支給は、564億円、対象延べ人数2015万人(そのうち、雇用保険276億円、1942万人、労災保険241億円、72万人、船員保険16億円、1万人、事業主向け助成金31億円、30万件)であり、事務費などを含む総額では795億円と算定が出ています。

基幹統計の間違いは「毎月勤労統計」だけではなかった

政府統計は公的統計と呼ばれ、それには基幹統計と一般統計があります。そのうち基幹統計は、とくに公共性が高く重要な統計で、政府が政策立案する際の根拠となるもので、「毎月勤労統計」のほかに、国勢調査や国民経済計算などすべて合わせて56の統計があります。今回の不正調査問題の発覚を受けて、政府がこれらの基幹統計を点検した結果、国土交通省の7統計をはじめとして、4割にあたる22統計に計31件の間違いなどの問題がありました。ところがさらに2019年1月28日に、厚労省は追加で「賃金構造基本統計」(基幹統計)の不正を報告しました。これで、合計23統計に問題ありというわけです。

「毎月勤労統計」不正問題で4つのズレがもたらした「賃金上昇」偽装

(1)①従業員500人以上の事業所はすべて調べる(全数調査)ルールなのに、東京都分については、約1400の調査対象のうち、3分の1ほどにあたる約500事業所を抽出調査(標本調査)することが2004年1月分から開始されていました。

②標本を「抽出」して調査した数値から、元の全体(母集団)の数値を推計するためには「復元」する補正が必要でした。しかしなぜか「復元」補正をしないで、そのまま利用しました。その結果、賃金水準が高い東京都の大規模事業所のデータが少なく計上されたために、実態よりも低い数値になってしまいました。

③2018年1月から、こっそりと「復元」補正を始めました。そのために、以前の数値と比べて不自然に高くなり、大きなギャップが生じました。

④2017年以前への遡及補正をしませんでした。

(2)2~3年に一度、調査対象約3万事業所の約半数を占める従業員「30人~499人」の中規模事業所については、標本(サンプル)を全数入れ替えすることでギャップが生じることが問題となっていました。2015年3月に中江元哉・首相秘書官がこの問題について専門家の意見を聞く必要があるとする「問題意識」を厚労省幹部に伝え、厚労省は調査方法の検討を始めました。

同年6月に「毎月勤労統計の改善に関する有識者検討会」(以下、検討会)(阿部正浩・座長)が始まり、姉崎猛・厚労省統計情報部長は、「アベノミクスの成果ということで毎月勤労統計の賃金、特に実質賃金の動きが世の中的に大変大きな注目を浴びている」とあいさつしています。この検討会の2015年8月の第5回会合では、座長が「総入れ替え方式で行うことが適当」とまとめました。

ところが、同年9月に入って方向が変化しはじめます。9月3日に安倍晋三首相が国会答弁の準備勉強会で中江秘書官から説明を受けたその翌日の4日に、厚労省の手計髙志課長補佐から座長に、「現在、検討会での検討結果等については官邸関係者に説明をしている段階であります」というメールが来ます。さらに、同月14日に、「委員以外の関係者と調整をしている中で、部分入れ替え方式で行うべきとの意見が出てきました。(ご存じのとおり、報告書案では総入れ替え方式が適当との記載を予定していました)このため、第6回では、報告書(案)ではなく、中間整理(案)の議論ということで取りまとめを行わせていただきたいと考えています」というメールが来ます。その結果、同月16日の検討会では「引き続き検討」と中間的整理がされて、その後、検討会は立ち消えとなりました。

こうしたあいまいな経過の後に、2018年1月にサンプルの毎年「部分入れ替え」方式が実施されてしまっています。そして、このサンプル入れ替え方法の変更に伴う、2017年以前への遡及補正をここでもしていません。

(3)2018年1月分には、最新の経済産業構造調査(経済センサス)に基づく労働者数の基準(ベンチマーク)の更新による調査方法の変更も行われました。しかし、それに伴って必要となる、過去にさかのぼって賃金データを補正(遡及補正)することをしなかったために、更新の影響で統計に「ギャップ(乖離)」が生じました。

(4)2018年1月分から、調査対象の労働者の定義が変わり、一部の有期雇用労働者が臨時労働者のカテゴリーに変更されたために、「日雇い労働者」が対象から外されました。

以上の4つのズレに共通するのは、賃金額が高く見える「上げ底」作用です。その結果、2018年に名目賃金水準と上昇率の急伸をもたらしています。「賃金上昇」偽装はこれで完了し、メデタシ、メデタシとなるはずでした。

2018年の実質賃金伸び率はマイナス

(1)厚労省は、調査対象の入れ替えに伴い、前年の調査対象と同じ「共通事業所」で比較した「名目賃金の参考値」の伸びを毎月公表しています。そして、総務省統計委員会も賃金変化率については、「参考値」を景気指標として重視すべきだとの見解を示しています。

2019年2月5日の衆院予算委員会で、この「参考値」にもとづくと「2018年の実質賃金の伸び率が1~11月のうち9カ月でマイナスになる」との野党の独自試算について根本匠厚労相は、「名目賃金を機械的に消費者物価で割り戻すという前提の限りではおっしゃる通りだ」と述べて、事実上認めました。厚労省の発表した伸び率では、6カ月がマイナスになっていたものです。

(2)厚労省は、2月8日に「毎月勤労統計」の2018年分の速報値を発表しましたが、物価変動の影響を除いた実質賃金の伸び率は前年比0・2%増で、2年ぶりにプラスに転じました。しかし、野党が算出するように求めている「実質賃金の参考値」は公表しませんでした。これに対して、野党は厚労省が同日公表した「名目賃金の参考値」をもとに実質賃金を試算すると、0・4%のマイナスになるとしました。

「毎月勤労統計」不正調査問題の監察委報告書は「身内」による調査

(1)2019年1月16日に厚労省は外部弁護士ら第三者による特別監察委員会(以下、監察委)を設置しました。そして、同月22日には監察委が「組織的隠蔽は認められない」とする検証報告書を公表しました。しかし、不正の動機も解明されず、衆参両院の閉会中審査に間に合わせる、7日間の「突貫工事」との見方が消えませんでした。さらに、課長補佐以下の聞き取りは同省職員が実施し、報告書の原案を作ったことも発覚したために、「実態は内部調査」と検証の妥当性が疑われました。こうして、公表からわずか3日後の25日に根本匠厚労相が再調査の表明に追い込まれました。

(2)2019年2月27日に監察委が、組織的な隠蔽はなかった、虚偽の申述を行ったが意図的に隠したとまでは認められないとする、追加報告書を公表しました。しかし、翌28日に衆院予算委員会で監察委の樋口美雄委員長が「隠蔽がなかったかどうかについて、白であるとは言っていない。まさにグレーだ」と述べました。さらに、同年3月6日の予算委員会では、事実を隠す意図があったことを直接質問することはなく、「詳細な状況について話を聞いた結果、そう判断した」と発言しました。

この追加報告書について、総務省統計委員会は「学術面から十分な説明がされず、評価の根拠があきらかにされていない」と批判し、厚労省に追加説明を求めることを決めました。また、弁護士などで構成される任意団体の第三者委員会報告書格付け委員会は、5段階でランク外の「F」(不合格)を付けています。最大の理由は、監察委が中立性や独立性を欠いていると判断したためです。監察委の樋口美雄委員長が厚労省所管の独立行政法人「労働政策研究・研修機構」の理事長であることや厚労省の審議会の会長なども歴任しているために、「身内」による調査と見たからです。

首相官邸の関与・「ソバ(側)」用人(首相秘書官)登場

先に挙げた、「毎月勤労統計」の不正調査2点目の中規模事業所のサンプルの入れ替え方式を変更した件に、首相官邸が大きく関与したことが、2019年2月20日の衆院予算委員会で表面化しました。

厚労省の手計課長補佐から検討会座長への2015年9月14日のメール(午後4時8分)の前後の同日のできごとが明らかにされました。

「午後の早い時間」:姉崎厚労省部長が中江首相秘書官と面会し、その時に中江首相秘書官は中間整理案の修正を提案。

「午後2時1分」:中間整理案は「総入れ替え方式」のまま修正せず。

「午後4時8分」(メール):委員以外の関係者と調整をしている中で「部分入れ替え方式で行うべき」との意見が出てきている。

「午後10時33分」:中間整理案を「入れ替え方法は引き続き検討」と修正。

そして、実際には、この検討会は立ち消えとなったという結末です。

このように、2015年3月の「問題意識」からはじまり、同年9月の中間整理案修正の提案に至るまで、「首相秘書官」がキーパーソンになっています。「ソバ(側)」用人の登場は、「モリ」森友学園)と「カケ」(加計学園)だけではなかったようです。

2014年に発足した内閣人事局は省庁の幹部人事を一元管理しますが、安倍政権が官僚の生殺与奪権を手にすることを可能にしました。首相秘書官の暗躍はその象徴です。

日本の統計制度と統計行政の貧困

各国の統計制度は大きく2つに分かれています。専門職員が統計を一元管理する中央統計局などの集中型と、日本のように、各省が内部に統計担当部局を持っている分散型です。今回の「毎月勤労統計」の不正問題の背景には、統計予算と人員の削減があります。2004年~2018年に、国の統計職員は6241人から1940人へ、また人件費が国庫負担の都道府県の統計専任職員定数は2242人から1671人へと大きく減少しています。

そのうえ、日本の公務員の人事政策が、スペシャリストを育成するのではなく、一般職員も幹部職員も2、3年で次々と交代していくようになっています。そして、一般に、「統計」部門は地味な裏方として扱われて、「企画」や「財政」のような花形部門ではありません。そのために、行政改革・リストラの際には格好の標的となってきました。これらすべてが、監察委の追加報告書に記されている「職務怠慢」、「担当者さえ統計の意義や重要性の意識が備わっていない」、「厚労省幹部の多くに統計への無関心がうかがわれる。知識や担当経験がないものが多く、統計業務を統括する幹部ですら問題を放置する事象」の根本原因なのです。

統計行政の貧困を打開する根本的な方法は、統計行政を一元化して中央統計局のもとに集約することです。これによって、「裏方」部門を「花形」部門に逆転させ、専門職を育成・充実させることが可能になります。

2019年6月1日

月刊『住民と自治』 2019年5月号 より

  • 福島 利夫
    福島 利夫(ふくしま としお)
    専修大学名誉教授

    1948年大阪市生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済統計学。共編著に『労働統計の国際比較』梓出版社、1993年、『格差社会の統計分析』北海道大学出版会、2009年など。

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