【論文】アベノミクス都市再開発のいま


アベノミクスは、「稼げる都市」づくりに、力を入れ、暮らしの場としてのまちづくりをなおざりにしてきました。いま、その矛盾はますます拡大されようとしています。

国家戦略特区で相次ぐ超巨大再開発

◆村のような都市づくりをめざす森ビル

オリンピック後の不動産不況が危ぶまれていますが、いまなお東京都心部では、超巨大都市再開発が次々と立ち上げられています。たとえば、今年、新聞等で大きく報じられた、森ビルによる虎ノ門・麻布台地区再開発があります。最高の高さは330㍍、延べ床面積86㌶です。これは、いま三菱地所によって、東京駅の北側で進められている常盤橋再開発に、高さでは及びませんが、床面積は1・26倍と、大きくしのぎます。日本最初の超高層ビル、霞が関ビル6本分の大きさです。こうした巨大開発を可能にしたのが、都市再生特区による都市計画の規制緩和です。法定容積率は500%ですが、倍の1000%まで引き上げられたのです。

虎ノ門・麻布台再開発地区の着工前の風景(2018年、筆者撮影)
虎ノ門・麻布台再開発地区の着工前の風景(2018年、筆者撮影)

この森ビルプロジェクトは、国家戦略特区の計画にも位置付けられています。東京圏国家戦略特区の目的は、同「区域方針」にあるように世界で一番ビジネスのしやすい、国際的ビジネス拠点を形成するとともに、イノベーションなどによって、国際競争力のある新事業を創り出すこととされています。このプロジェクトは、まさに、こうした国際ビジネス拠点づくりを目指したものです。実際、広大な緑の中に建つ、この再開発ビルには、オフィス、インターナショナルスクール、ラグジュアリーホテル、サービスアパートメント、プール付きの住戸等々、さまざまな機能が用意されています。森ビルは、この再開発は、「街全体をワークプレイス」とし、「この街ならではの自由で創造的な働き方を実現」するとアピールしています。また、「モダン・アーバンビレッジ」というキャッチコピーを掲げ、「国際都市の洗練さと、小さな村のような親密さを兼ね備えた、世界に類のない、全く新しい街」としています。しかしながら本来のアーバンビレッジとは、イギリスで試みられているコンパクトシティの名称です。何よりも、コミュニティ、住民参加、環境を重視し、低層住宅からなる、歩いて暮らせるまちをめざしたものです。この超高層再開発とは真逆のものです。

◆キーワードはイノベーション

国家戦略特区のもう一つの重要な目的とされているイノベーションとは、産業革新、新規産業創出といったことを意味することばです。アベノミクスの成否はこれにかかっているといっていいかもしれません。しかし、これまでのところ、かけ声倒れに終わっている感があります。ところが、最近、「科学技術基本計画」により、「Society 5.0」という新たなビジョンが打ち出されたことで、にわかに勢いづいてきたようにみえます。これは、人工知能等によって切り開かれる、人類史上5番目の新しい社会という意味です。イノベーションによる経済発展と社会的課題を同時に解決する、バラ色の「超スマート社会」として描かれています。まちづくりの分野でも、最近、先端技術を装備したスマートシティや国家戦略特区を活用して、超未来の建設をめざすスーパーシティといった新たなモデルが打ちだされるなど、イノベーションがキーワードに据えられるようになりました。「たとえば、『東洋経済』(2019年6/29号)の特集「沸騰!再開発バトル」には、「渋谷、五反田、田町、日本橋… ベンチャー企業を囲い込め! 日本版シリコンバレーの大激戦」といった記事がみられます。

しかし、注意すべきは、ビル単独では、イノベーションに限界があるということです。街そのものが、変えられなければなりません。たとえば、『「居心地が良く歩きたくなるまちなか」からはじまる都市の再生~都市におけるイノベーションの創出と人間中心の豊かな生活の実現~』(国土交通省、2019年)は、この点を意識したまちづくりを提言しています。その目指すところは、このタイトルに、ほぼ尽きているでしょう。すなわち、イノベーションを生み出すには、「居心地が良く歩きたくなるまちなか」を創造しなければならないということです。同報告書で、その理想的モデルとして紹介されているのが、日本橋の再開発です。三井不動産により、「産業創造」「界隈創生」「地域共生」「水都再生」の4つのキーワードにもとづき、ライフサイエンス拠点づくりが進められています。しかし、超高層ビルを林立させて、「居心地が良く歩きたくなるまちなか」は、つくれるはずがありません。

イノベーションまちづくりの理論的根拠の一つとされているのが、R・フロリダの『クリエイティブ資本論』『クリエイティブ都市論』ですが、注意すべきは、「今日の社会でもっとも重要なのは、大勢の人々がどこに集まるかではない。『高い能力を持った人々がどこに集まるか』である。」(『クリエイティブ都市論─創造性は居心地のよい場所を求める』ダイヤモンド社、2009年)と言い放っていることです。「歩きたくなるまち」は、彼らのためにつくられるのです。

公共施設再編で開発の連鎖

◆公共施設再編のネライ

総務省は、2014年、公共施設等の総合管理計画の策定を義務づけました。そこには三つのネライが込められています。一つは、公共施設を削減して財政支出を抑えること、もう一つは「公共サービスの産業化」、そして、三つ目が、2014年に都市再生法の改正により制度化された立地適正化計画と一体となって都市の再編を進めることです。

総合管理計画のシナリオは、どの自治体も、金太郎アメ状況です。たとえば、福島市の計画では、「今後、公共施設等の改修・更新が集中し、費用は、これまでの平均額の1・7倍にもなる。一方、少子高齢化の進展で、財政収入は減り、また、高齢化で福祉関係の財政負担が重くのしかかってくる。したがって、公共施設を従来どおり維持することは不可能であり、その削減は避けることができない」とされ、統合、廃止、複合化、民営化など、再編手法が検討されています。

こうした公共施設再編は、自ずと開発の連鎖をひきおこします。再編にともなって、公共施設用地が空けば、新たな開発を呼び込むことになります。他方、削減や統合で、公共施設が他の場所に移ることになれば、その受け皿づくりとしての開発が必要となります。こうしたことが玉突き的に起こることで、開発の連鎖が生まれるわけです。また、財政面からも、開発を促進することになります。公共施設の削減によって生まれた余剰地を譲渡・貸し出しすれば、財政収入が得られます。それを公共施設整備費に充てることで、より容易に、開発を進めることができるようになるからです。いや、むしろ、開発資金を捻出するために、公共施設再編が企てられるといった方が、いいかもしれません。

再開発は、こうして生み出される開発の連鎖において、きわめて重要な“環”となります。再開発を目指して、公共施設の再編のシナリオが組まれているようにさえ見えます。本特集で紹介されている、さいたま市、川崎市、徳島市等の事例が示すとおりですが、福島市の場合も、公会堂と市民会館を統合化し、新たな交流・集客拠点を整備、あわせて民間機能と連携した効率的なサービスを提供するためとして、福島駅東口地区市街地再開発が計画されています。

では、なぜ、公共施設再編と再開発の一体化が追求されるのでしょうか。南池袋二丁目A地区第一種市街地再開発事業による豊島区新庁舎整備の事例(図1)で説明したいと思います。

図1 豊島区新庁舎建設と再開発<br>筆者作成
図1 豊島区新庁舎建設と再開発
筆者作成

◆公的不動産の稼働産化

豊島区新庁舎は、48階建て再開発ビルの1階の一部と3~9階を占めています。建設当時、「財政負担ゼロで新庁舎建設」と、マスコミをにぎわせました。そのマジックはこうです。①新庁舎の建設地として、旧小学校と旧児童館等のある街区(旧庁舎から約700㍍)を選び、周辺の地権者とともに組合施行市街地再開発事業を立ち上げる。区は地区計画により、容積率を指定容積率の300%から800%に緩和する、②再開発組合は、庁舎・商業施設等を併設した複合施設を整備し、その上にマンションを建設する、③区は、区有地の権利変換と保留床購入によって庁舎を確保する、④保留床購入費用136億円ならびに移転費用は、旧庁舎ならびに隣接する豊島区公会堂を定期借地で民間事業者に貸し付け、地代191億円を一括で受け取ることによって捻出する。

こうして豊島区は、一銭も出すことなく、立派な庁舎を手に入れたのです。なお、旧庁舎と公会堂跡地は、来年までに、八つの劇場を備える新複合商業施設、「ハレザ池袋」に生まれ変わる予定です。また、新庁舎の隣接地に、新たな再開発を誘発していることも見逃してはなりません。

このように、豊島区は財政支出が抑えられ、一方、業者は開発リスクが軽減されました。ウィン・ウィンのみごとな例といえそうですが、決してそうではありません。他の事例もふまえながら、問題点を整理しておきたいと思います。

◆ウィン・ウィンという嘘

  • ア、再開発は、必ず市町村の補助金、公共施設管理者負担金等といった、巨額の公的資金の支出を伴います。
  • イ、権利変換の際、公有地の価額が、低めに評価されたり、保留床を割高に買ったりすることはよくありますが、その分、「安上がり」は、割り引いて考えなければなりません。
  • ウ、再編を機に、適正な受益者負担という名目で、公共施設利用の有料化や、料金が引き上げられるのも一般的傾向です。
  • エ、財政支出の削減は結局、公有財産を減らすことによってなされていることが、ほとんど意識されていないのも問題です。新たな公共施設の整備費用が削減できるのは、元の公共施設を売却し、得られた金をつぎ込んでいるからです。権利変換による場合は、売却されませんので、それが見えづらくなっているだけで、結局、同じことです。
  • オ、民間施設部分の経営が順調にいくとは限りません。テナントが集まらず、ビル経営が危機に陥る場合も想定されます。その場合は、自治体が財政的に尻ぬぐいする覚悟をしておく必要があるのです。

以上のように、公共施設再編は、その連鎖的な開発を生み出し、都市の再編につながっていくため、都市全体のまちづくりの視点から、検討されなければならないのです。総務省の「公共施設等総合管理計画の策定にあたっての指針」(2014年)も、「将来的なまちづくりの視点から検討を行う」ことを求めています。しかし、そこでいうまちづくりとは、「まちづくりのための公的不動産(PRE)有効活用ガイドライン」(国土交通省、2014年)に示されているとおり、立地適正化計画にもとづく、コンパクトシティづくりにほかならないのです。

コンパクトシティづくりと再開発

◆再開発を支える立地適正化計画

立地適正化計画とは、都市の中心地域に、都市機能を誘導し、居住機能もできるだけその周辺に集め、都市のコンパクト化をはかろうというものです。周辺地域には何の政策手当てもないので、周辺切り捨て、「選択と集中」の都市政策の典型といえます。

2019年7月末現在、立地適正化計画は477の自治体で取り組まれています。同計画は、都市の存続危機に瀕している地方都市の都市政策と思われがちですが、名古屋・神戸・札幌といった16の政令指定都市やその他の大都市でも取り組まれています。本年度からは、東京都も、立地適正化計画の策定に対し、補助金等の支援を開始しました。

このように、都市が、立地適正化計画に熱心に取り組むのは、立地適正化計画のネライに、「守り」と「攻め」があるからです。「守り」とは、人口減少、財政事情の悪化等への対応、「攻め」とは、人口密度を高めることにより、行政効率や生産性の向上、新たな産業の創出など、「稼ぐ力」を引き出すことです。大都市は、この「攻め」のコンパクトシティづくりをめざしているのです。

たとえば名古屋市の例をみてみましょう。同市は、2018年、立地適正化計画の名古屋版、「なごや集約連携型まちづくりプラン」を作成しました。市域を、「拠点市街地」、「駅そば市街地」、「郊外市街地」の三つに区分、都心や駅の近くに公共施設や商業拠点、住居などを集約し、コンパクトな都市構造をつくり出していく計画です。商業施設や公共公益施設への移動時間の短縮で、70億円を「稼ぎ」だそうとしています。しかし、その目指すところはもっと遠大です。ご承知のように、2027年に、リニア中央新幹線が名古屋まで開通予定です。それによる絶大な経済的効果を取り込むため、立地適正化計画による都市構造の大幅な組み換えがもくろまれているのです。

しかし、大都市といえども、都市のコンパクト化を進めることは、容易ではありません。最重要課題とされるのは、中心市街地の強化ですが、そこで、重要な役割を果たすのが再開発です。これが首尾よく進むには、都心部に、再開発の採算性を支えるに十分な開発ポテンシャルがなければならないからです。開発ポテンシャルを引き上げるための工夫が必要となります。実は、立地適正化計画そのものが、その役割をはたします。都市全体を集約化していくことで、中心に開発需要を集めることができるからです。もう一つ、もっとも手っ取り早い方法が、都市計画の規制緩和です。名古屋駅周辺では、都市再生特区によって、札幌市では、高機能オフィス、ハイグレードホテルの整備等、10項目に上る、さまざまな貢献を評価して規制緩和がなされます。東京都は、拠点への居住機能の移転や都市機能整備を評価し、規制緩和をおこないます(「集約型の地域構造への再編に向けた指針」、2019年3月)。

こうして、開発ポテンシャルを引き上げ、再開発を促進し、コンパクトな都市をつくり上げようというのが立地適正化計画の戦略です。しかし、むしろ、再開発を促進するために、立地適正化計画が取り組まれるというのが実態ではないかと思います。こうした戦略が成功する見込みは、ほとんどなさそうですが、少なくとも、人口の落ち込みが著しい地方都市では、むしろ、都市の衰退に拍車をかけることになるでしょう。

◆苦境に立つ地方コンパクトシティ

東京一極集中が続く中、地方都市におけるコンパクトシティづくりは、苦戦を強いられています。

今年、コンパクトシティの先陣を切った青森市を訪ねたところ、青森コンパクトシティの象徴ともいうべき、商業再開発ビル・アウガが、経営破たんし、青森市駅前庁舎になっているのには驚きました。青森市のコンパクトシティの破たんが明らかになったいま、国土交通省が新たなモデルとして喧伝しているのが、富山市コンパクトシティです。

富山市のコンパクトシティ像は、「串とお団子」のイメージで語られます。串は公共交通、団子は、駅等を中心とした徒歩圏を意味します。いま、市が、もっぱら力を注いでいるのは、中心市街地というもっとも大きな団子の強化です。その起爆剤とされているのが、中心市街を走るライトレールで、これにそって、再開発を立ち上げ、街中ににぎわいを取り戻そうというのが富山市の戦略です。図2は、これまで取り組まれた再開発を示したものです。富山駅前の再開発以外が、2005年以降、コンパクトシティづくりのために、取り組まれた再開発です。にぎわいは取り戻せたでしょうか。写真は、土曜日昼頃の中央通り商店街の一コマです。人影はまったくありません。10年前までは、もっともにぎわっていた中心商店街が、今ではおびただしい数の店がシャッターを下ろしています。恐ろしいような寂れようです。

図2 富山市中心市街地の再開発<br>出典:富山市資料、『北日本新聞』(2019年6月19日付)等から筆者作成
図2 富山市中心市街地の再開発
出典:富山市資料、『北日本新聞』(2019年6月19日付)等から筆者作成
土曜日なのに誰もいない中央商店街
土曜日なのに誰もいない中央商店街

では、郊外はどのような状況なのか。旧町の一つである大山地区を訪ねてみました。やはり、その目抜き通りの寂れようはすさまじいものがありました。かつて、映画館もふくめ、100軒以上あったという店舗は、いまでは、10軒も残っていません。これまで、中心市街地の整備に力点がおかれ、周辺都市は放置されていましたが、最近ようやく、手がつけられ始めました。その最初の取り組みが、大山リーディングプロジェクトという拠点整備事業です。図3に見るように、鉄道をはさんで、両側には、行政センターや図書館など、主要施設が並んでいます。その多くは、老朽化し、建て替え時期をむかえています。こうした公共施設を建て替え、再編し、地域の生活拠点を整備しようというのが、このプロジェクトの目的です。具体的には、図3のように図書館をはじめ、五つの公共施設を一つの複合施設に統合し、総床面積はこれまでの三分の一に縮小するという計画です。空いたスペースには、商業施設を誘導し、あわせて無人駅の上滝駅も移設されます。しかし、「これでは遠くの住民は、ほとんど利用できない」と元町議のNさんは批判しています。

図3 大山地区公共施設再編リーディングプロジェクト<br>出典:「大沢野・大山地域複合施設整備事業」(富山市、2019年6月)から
図3 大山地区公共施設再編リーディングプロジェクト
出典:「大沢野・大山地域複合施設整備事業」(富山市、2019年6月)から

富山コンパクトシティは都心活性化政策そのものですが、そのために、中心市街地に再開発事業等で、税金が集中的につぎ込まれるという不公平がなされているのです。しかし、市の説明は違います。「中心市街地に集中的な投資をしても、それ以上の固定資産税収入を上げることができ、福祉や周辺の活性化に回せる。まことに合理的であり効果的である」というものです。しかし、先にふれたように、再開発の影響で中心市街地は衰退の兆しをみせはじめ、今後、税収増は見込めそうもありません。固定資産税等の増収分を市民の福祉向上に回すなど、絵空事なのです。周辺地域で財政支出を節約し、都心の再開発に回しているというのが、実態といえます。

結び
「全体最適」にどう立ち向かう

現在の都市再開発の特徴は、公共施設再編や立地適正化計画と一体となって、一つのプロジェクトが都市全体に影響を及ぼすことです。したがって、再開発の住民運動も、再開発が、どのように地域のくらしを変えていくのかをリアルにとらえ、住民が広く連携していくことが重要です。

いま政府は、「Society 5.0」をテコに、全政策分野に新たな戦略・政策を持ち込もうとしていますが、もっとも警戒すべきは、「個別最適から全体最適へ」という戦略的キーワードの多用です。これは、「全体最適」という口実によって、「個別最適」を犠牲にするものであり、「選択と集中」政策の言いかえでしかないのです。まちづくりは、何よりも個々人の生活権、身近な地域における住民自治から出発しなければならないのです。

岩見 良太郎

1945年生まれ。専門は都市工学。著書に『土地区画整理の研究』『土地資本論』(いずれも、自治体研究社)、『場のまちづくりの理論』『再開発は誰のためか―住民不在の都市再生』(いずれも、日本経済評論社)など。