【論文】介護保険施行20年―市町村(保険者)の役割変容と課題


「地方分権の試金石」とまでいわれた介護保険は市町村(特別区および広域連合を含む)を運営主体(保険者)としてスタートし、20年を経た今日もそれは変わっていません。しかし、介護保険制度の改定によってその役割は大きく変容しようとしています。

介護保険制度と市町村

措置制度からの「解放」

市町村は、1990年の社会福祉関係8法改正以来、老人福祉制度では「措置権者」として、援護を要する個々の高齢者に対して援護する義務を負っていました。2000年の介護保険制度施行によって、介護サービスは、利用者(家族)と事業者・施設との「契約」による利用となり、市町村は、その受給資格である「要介護認定」を行うだけの存在となりました。措置制度の義務から「解放」された市町村は、個々の介護サービス提供には直接かかわることがほとんどなくなりました。

「介護サービスを利用したい」という住民の相談に対して「ケアプランセンターの一覧表」を渡して「自分で選んでください」と丸投げする自治体窓口の出現でした。自ら「決定」をすることがなくなった市町村職員は、特別養護老人ホームがいっぱいで何年待っても入れず途方に暮れている住民を目の当たりにしても直接的な「責任」を感じなくなっていきました。

市町村を「保険者」とする社会保険制度

一方で、介護保険は、市町村単位の社会保険として、65歳以上の住民全員を強制・自動的に加入させ(第1号被保険者)、介護保険料を徴収し、他の歳入と合わせて「介護保険特別会計」で一元的に財政運営し、3年間ごとの見通しをもって介護サービスの提供体制整備と需給調整をはかるという役割を市町村に与えました。これが「介護保険事業計画」です。個々の高齢者への支援はケアマネジャーなどに委ね、市町村は、基盤整備や事業者指導・調整などの介護保険事業の円滑運営に専念するという構図です。

「地方分権の試金石」

介護保険施行の前年の1999年に地方分権一括法が成立したこともあり、介護保険は「地方分権の試金石」といわれました。市町村が条例で65歳以上の保険料やその所得別の高低を決め、サービスの上乗せや制度外のサービス追加などもできる仕組みであることから、厚生省(当時)は、「住民のニーズに応え、地域の間で切磋琢磨することで、介護サービスの基盤が充実していくことが期待される。制度をどのように運営し、また魅力あるものにしていくか、市町村の取組みが注目されるところであり、まさに地方分権の試金石といえよう」(「厚生白書」平成12年版)とのべていました。

市町村は、準備不足や混乱を伴いながらも、自治体職員の中には「わが街の介護保険」を作り出そうと夢と志を持って業務にまい進した人たちもいたほどです。

給付抑制に走る市町村

保険料と介護需要のジレンマ

介護保険は、65歳以上の高齢者全員が支払う保険料について、市町村が介護サービスの水準を見つつ、保険料を独自に設定できるようにした点が大きな特徴でした。しかも政府が国民健康保険のような法定外繰入を厳しく戒めたため、市町村は保険料やサービスの水準の是非について、住民に説明する義務を負わされました。

65歳以上の高齢者のうち、介護保険サービスを利用できる資格(受給資格)を持っているのは要介護認定を受けた人だけで、これは2018年時点でも全国平均で18%程度に過ぎません。8割以上の圧倒的多数の高齢者は保険料を取られるだけの「掛け捨て保険」です。年金からの強制徴収であるため徴収率は維持できますが、減り続ける年金から天引きされる介護保険料に多くの高齢者は不満を抱いています。

介護保険料は、出発当初の基準月額が全国平均2911円(第1期:2000~2002年度)でしたが、3年ごとに引き上げを繰り返し、現在(第7期:2018~2020年度)は5869円と2倍以上に跳ね上がっています。市町村は、介護ニーズに応え介護保険施設整備など介護サービスを充実させて利用を増やすと、全高齢者の介護保険料が上昇するという「保険料と介護需要のジレンマ」に陥っていきました。

予防重視・地域支援事業と市町村

制度開始後5年を過ぎた2006年、介護保険制度は大きな改定が行われました。「予防重視型システムへの転換」と称して、要支援認定者を対象に「新予防給付」を創設し、「状態の維持改善を目指す」とし、ケアマネジメントをケアマネジャーの任務から分離し、市町村が設置または委託する「地域包括支援センター」に管理させる仕組みを作りました。増大する軽度認定者のサービスの伸びを抑え込もうとするものでした。介護予防事業を中心とする「地域支援事業」が作られ、市町村は住民に対する「介護予防」に力を入れ、要介護高齢者の発生を抑えることも役割の一つとされました。

給付適正化とローカルルール

厚生労働省は、増大する介護給付を抑えることを目的とする「給付適正化事業」を2007年以降本格化させました。少なくない市町村は「事業者調査指導」、「ケアプラン点検」等を通じて、介護保険サービスの利用を抑制するようになりました。とくにやり玉にあがったのはホームヘルプサービス(訪問介護)でした。サービス内容を点検し「ヘルパーの通院介助では、病院内の付き添い介助は一切認めない」とか、「たとえ深夜しか帰宅しない息子でも同居家族がいれば生活援助は一切認めない」など、法令に定める基準を超えて市町村が勝手に線引きをしてサービスを利用させない「ローカルルール」がまん延しました。あまりにもひどい「行き過ぎ」には、厚生労働省でさえ2007~2009年に「一律禁止は不適切」という通知を出してたしなめたほどです。

「総合事業」による要支援サービスの切り捨て

2014年の介護保険制度改定(医療介護総合確保推進法)で、「介護予防・日常生活支援総合事業」(総合事業)が制度化され、2015~2017年度に全市町村で実施されました。総合事業では、要支援1、2のホームヘルプサービスとデイサービスを介護保険給付から外して、市町村の裁量で実施できる「サービス事業」へと移行させました。それまで国が定めた全国一律の基準と単価のサービスから市町村が決められるサービスへと「分権化」されたのです。さらに、総合事業では、無資格者による低価格サービス(基準緩和型サービス)、住民ボランティアによるサービス(住民主体型サービス)など「多様なサービス」を市町村が作り出し、それに移行することを迫られました。

こうしたなかで、一部の突出した市町村では、要支援者の従来のホームヘルプサービス等を廃止したり、ほとんど利用させないところが出現しました。

新たな「保険者機能」─自立支援目標と自助・互助の地域づくり

アメ(交付金)とムチ(評価の義務化)で「保険者機能強化」

2017年の介護保険法改定(地域包括ケアシステム強化法)では、「市町村の保険者機能の抜本的強化」を打ち出しました。「全市町村が保険者機能を発揮し、自立支援・重度化防止に向けて取り組む仕組みの制度化」として①国から提供されたデータを分析の上、介護保険事業(支援)計画を策定し、計画に介護予防・重度化防止等の取組内容と目標を記載、②都道府県による市町村に対する支援事業の創設、③財政的インセンティブの付与(実績評価に基づく交付金)というものです。

図 保険者機能の強化等による自立支援・重度化防止に向けた取組の推進
図 保険者機能の強化等による自立支援・重度化防止に向けた取組の推進
・介護保険事業(支援)計画の策定に当たり、国から提供されたデータの分析の実施
・介護保険事業(支援)計画に介護予防・重度化防止等の取組内容及び目標を記載
・都道府県による市町村支援の規定の整備
・介護保険事業(支援)計画に位置付けられた目標の達成状況についての公表及び報告
・財政的インセンティブの付与の規定の整備
出典:厚生労働省「『地域包括ケアシステムの強化のための介護保険法等の一部を改正する法律』の公布について」内の資料をもとに筆者作成。

市町村が「介護予防・重度化防止目標」(すなわち給付抑制目標)を計画に定め、その実績を評価し国に報告することを義務付けるものでした。さらに、自治体には国の評価指標の達成度を点数化しそれに応じて「財政的インセンティブ」として新たに交付金(保険者機能強化推進交付金)を与える仕組みまで持ち込みました。

市町村は「アメ」(国からの交付金)をぶら下げられ、「ムチ」(目標設定と評価の義務化と都道府県の指導)によって、要介護認定者数を抑制し、サービス利用を抑え給付費を減らすことに駆り立てることになっていきます。保険者機能強化の交付金は2018、2019年度には総額200億円(うち市町村分190億円)を成績に応じて配分するものでしたが、2020年度からは一挙に倍化(保険者機能強化推進交付金200億円+保険者努力支援交付金200億円)させて、その配分のための評価指標もいっそう「成果」を求める内容としました。

地域包括ケアシステム─自助・互助の組織化と地域共生社会

さらに、厚生労働省は、新たな保険者機能として「地域保険としての地域のつながり機能・マネジメント機能の強化」をうちだしました。「住民による通いの場」などの地域住民中心の支え合い・助け合いによる介護予防や生活支援を作り出す市町村の「プラットホーム機能」を強調するものです。

介護保険制度開始時には、「地方分権の試金石」として、市町村に「サービス充実」を競うことを求めた政府は、今や、「制度縮小、自助・互助化」を競わせようとしているのです。

社会保障運動、住民運動の課題

今後、高齢化の進展により多くの地域では介護ニーズが増加していきます。こうしたなかでそのニーズに応えるべき市町村が、自助努力(介護予防・重度化防止)と互助(地域住民の助け合い)に傾倒していく政策誘導がされています。住民運動は、市町村に対する継続的な働きかけ(要求・提言の提出や交渉など)を行う必要があります。とくに介護保険料を払っているだけの一般高齢者への働きかけと運動参加、介護事業者やケアマネジャーなど関係者の共同を組織していくことが重要です。自治体の変革は政府に対する政策転換の運動とともにますます重要になっています。

日下部 雅喜

堺市役所で36年間福祉行政に従事したのち、ケアマネジャーとして勤務。大阪社会保障推進協議会介護保険対策委員長として介護制度改革問題に取り組む。