【論文】新型コロナウイルス禍と公教育の課題


子どもの権利保障を柱とする、新型コロナウイルス対策が必要です。仲間と学び合う豊かな学校生活を一日も早く取り戻せるよう、子どもの声に耳を傾けて。

新型コロナウイルスと人権保障

国連の10の人権関連機関は今年3月24日、新型コロナウイルス対策における人権保障の必要性を訴えました。そのなかで、女子差別撤廃委員会のヒラリー・グベデマー委員長は、「あらゆる人を包摂した対策でなければ、新型コロナウイルスとは闘えない」と発言しました。この発言には大きな意味があると思います。

新型コロナウイルスによる健康被害は、差し当たっては自然災害に分類されるとしても、感染者の保護・治療や感染拡大防止などの対策の講じ方によっては、特定の人々に、より大きな災禍をもたらす人災に転じてしまいます。自然災害への対策にはしばしば、その社会の既存の価値観や利害構造が型押しされます。そのため、自然災害による直接的被害だけでなく、それに起因する社会的負担もまた、不利な立場に置かれている人々に押し付けられやすいのです。

2005年8月にアメリカ南東部を襲ったハリケーン・カトリーナは、ミシシッピ川河口に面するロウワー・ナインス・ウォードに甚大な水害をもたらしました。この地域は、住民の98%がアフリカ系で、ジャズやR&Bの源流を育んだ地域であるとともに、住民の多くが貧困層に属し犯罪多発地帯でもありました。この地域が受けた水害は、白人居住地区を守るために意図的に堤防を決壊させたことでもたらされたのではないかとの疑いもあります。水害後も、政府による復旧の手が及ばず放置され続けました。筆者は2017年3月にこの地を訪れ、人種差別によって増幅された自然災害の傷跡、そして自然災害が人災に変換されて今も人々を苦しめ続ける現場を目撃しました。自然災害に接するたび、あの光景がフラッシュバックします。

他方、日本では、国連の人権関係機関の主張とはまったく逆に、新型コロナウイルスに対して有効な対策を講ずるためには、基本的人権の保障を一時的に停止して強い政策を打ち出す必要があり、日本国憲法に緊急事態条項(国家緊急権)の新設を急ぐべきだ、との主張が繰り返されました。たとえば、伊吹文明・元衆院議長はよりストレートに、新型コロナウイルス禍は「公益を守るために個人の権利をどう制限していくかという緊急事態(条項)の一つの例」であり、「憲法改正の大きな一つの実験台」だと述べました。新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるには旅行や営業活動などの制限を含む対策が必要であり、日本国憲法を改正して緊急事態条項を新設する必要があるというのです。

これには野党だけでなく与党内部からも批判が起きたため、安倍首相は新型インフルエンザ等対策措置法に定める緊急事態宣言と、緊急事態条項の新設を内容とする憲法「改正」とを区別していく旨の発言をしました。しかし、衆議院議院運営委員会(4月7日)では、遠藤敬議員(日本維新の会)の「緊急事態に陥った際、国が国民の生活を規制するに当たってある程度の強制力を持つことを担保するにも、憲法改正による緊急事態条項の創設が不可欠だ」との発言を受けて、安倍首相は「緊急時において国民の安全を守るため、国家や国民がどのような役割を果たし、国難を乗り越えていくべきか、そのことを憲法にどのように位置づけるかについては、極めて重く、大切な課題だ」として、「新型コロナウイルス感染症への対応も踏まえつつ(中略)活発な議論が展開されることを期待したい」と発言していました。これに勢いづけられたように、衆議院憲法審査会(5月28日)では、馬場伸幸議員(日本維新の会)が「コロナ禍を奇貨として」緊急事態条項を新設すべきだと発言しました。

人権保障を貫徹してこそ新型コロナウイルスと闘える、このことを国・地方公共団体の新型コロナウイルス対策の基本にしなければならないと思います。

子どもの権利委員会の勧告

国連・子どもの権利委員会は4月8日、「新型コロナウイルスが子どもに及ぼす重大な身体的・情緒的・心理的影響について警告し、子どもの権利の擁護を求める」との声明を発表し、国連加盟各国に対して新型コロナウイルス対策における子どもの権利の尊重を求めました。その主旨は次のとおりです。

①パンデミックが子どもの健康・社会的活動・情緒・経済・レクリエーションに関する権利に悪影響を及ぼすことを考慮して、子どもの最善の利益を確保すること。

②子どもの健康を確保しつつ、休息・余暇・レクリエーション・文化的芸術的活動を継続できるよう、適切な代替措置や解決策を講ずること。

③オンライン学習が子ども間の不平等を拡大させてはならない。また、オンライン学習が生徒と教員の交流に取って代わることがあってはならない。

④緊急事態・災害・ロックダウン中も、子どもに栄養のある食事が提供されるよう緊急措置を実施すること。

⑤保健管理・水の供給・衛生・出生登録などの、子どもに対する基本的なサービスを維持すること。

⑥中核的な子ども保護サービス(身体的・精神的虐待防止や障がいのある子どもに対するサポートなど)を必須なものとして継続的に提供するとともに、ロックダウン時には専門的な精神保健サービスを提供すること。

⑦パンデミックの影響は、障がいのある子どもや貧困状態にある子どもなど、社会的に弱い立場にある子どもに対してより大きくのしかかるため、それらの子どもを保護すること。

⑧可能な場合には法的に拘束されている子どもの拘束を解くこと。それができないときは、家族と定期的に接見できるようにすること。

⑨子どもが新型コロナウイルス対策に関する国の指示に違反したことを理由に、その子どもを逮捕・拘禁しないこと。

⑩新型コロナウイルスと感染予防に関する正確な情報を、子どもにもわかりやすい言葉と形式で提供すること。

⑪新型コロナウイルスに関する意思決定プロセスにおいて、子どもの意見を聴き、考慮に入れること。

子どもの権利委員会が求めているのは、新型コロナウイルスから子どもの生命・健康を守ることだけではありません。日本では、「子どもの権利」というと、何か特別な法律的なことと受け止められがちです。しかし、子どもの権利の基本は、子どもが心身ともに健康で文化的な日常生活をおくれるようにし、それぞれが将来の人生に備えられるよう必要な配慮をすることです。このことは、新型コロナウイルス禍を理由に棚上げできることではなく、けっして中断されてはなりません。新型コロナウイルス禍にあっては、栄養のある食事の提供、虐待や劣悪な生活環境からの保護、精神的サポートを切れ目なく継続するとともに、感染予防に関する情報を子どもにもわかりやすく提供することが必要です。

学び・休息・余暇・レクリエーション・文化的芸術的活動の保障

今、世界中の人々が、子どもに従来の日常生活を継続させてやりたいという思いで、健康の確保と日常活動の継続という問題に頭を悩ませていると思います。ただ、新型コロナウイルス感染症による健康不安の大きさや、日常活動を中断することがもたらす生活不安の切実さには個人差があるため、個人個人の行動には大きな幅があります。その結果、社会全体として見ると、生命・健康の確保と日常生活の継続とのバランスがとれているように見えます。

しかし、重要なことは社会全体のバランスではなく、子ども一人ひとりが、そしてすべての子どもが、健康を確保された環境で、日常生活を継続できるようにすることが課題です。それは個人個人の判断や選択に委ねることではなく、国や地方公共団体の条件整備によって、それが可能になる状態を作り出していかなければなりません。

日本では、安倍首相が2月27日に突然、全国すべての学校を一斉・一律に休校とするよう要請し、週明けの3月2日からほとんどの学校が休校に入りました。感染者が確認されていない地域まで一律に休校にする必要があったのか疑問がありますが、逆に感染が拡大していた地域では地方自治体(教育委員会)が主体的に休校の判断をすべきだったのではないかと思います。

このことは一旦おくとして、学校に通えない期間が3カ月も続くなかで、子どもたちの日常生活は大きな影響を受けました。「あらゆる人を包摂した対策」を枕詞にしないために最初にすべきことは、新型コロナウイルスがもたらす災禍の現実を丁寧に洗い出し、社会的共通認識に高めていくことではないでしょうか。

その際、子どもの意見を聞くことはたいせつです。沖縄大学地域研究所、NPO法人沖縄県学童・保育支援センター、沖縄タイムスが共同で、5月上旬に実施したウェブ調査によると、小学生の場合、平日の過ごし方で最も多いものとして、テレビ・DVDの視聴やゲームをあげる子どもが全体の3分の2を超え、中学生はそれにSNSが加わります。高校生では、SNSを使用して過ごす子どもが圧倒的に多くなります。また、困り事や心配事を尋ねると、小中高すべてで半数以上の子どもが、友だちに会えないこと、外出できないこと、起床・就寝時刻が遅くなったことをあげています。

教科の学習に関して、中高ではそれぞれ約半数の子どもが勉強の遅れを心配しています。そして、半数以上の小中高校生が「勉強するきもちになれない」、約3分の1が「学校からの宿題がむずかしい」と答えています。また、学習上の困り事として、自宅や自宅以外でも勉強する場所を確保できないことや、勉強を手伝ってくれる人がいないことを訴えています。そして、小学生の3分の1と、中学生の約半分が、「早く学校をはじめてほしい」と答えています。また、小中高校生いずれも約3分の1が、インターネットによる授業の実施や、休校中の宿題のサポートを求めています。

ただ、未曽有の事態に関しては、当事者の意見だからといって、すべて鵜呑みにすることが適切でないこともあります。より広い視野とより長い射程で考えることもたいせつです。高校生の要望をきっかけに、一部の政治家が入学時期を来年から9月に変更しようと動きました。教育関係者の中にも、子どもの意見表明を尊重して9月に移行すべきだと主張する人もいました。ただ、この盛り上がりは、一方では子どもの意見表明の政治利用であり、他方では「子どもの意見を聴取し考慮に入れる」ことへの不慣れがもたらしたものだったのではないでしょうか。

オンライン学習の可能性と危険性

休校が続き、子どもへの学習指導に不安が高まるなか、インターネットを利用したオンライン授業を求める声が多く聞かれました。

文部科学省は、子どもが「規則正しい生活習慣を身に付け学習を継続」できるようにするため、「教科書及びそれと併用できる教材等に基づく家庭学習を課す」とともに、「ICTや電話等を活用した学習指導や学習相談を可能な限り行う」よう求めました。ただ、それが限定的な要望にとどまった背景には、学校にも家庭にもオンライン学習に活用できるデバイスやネットワーク環境が整っていないという事情があります。

他方、マスコミなどでは、対面授業に代わる教育手段としてオンライン学習が一面的に肯定され、インターネットでのオンライン授業や、インターネット経由で個別に提供される教材による個別学習などが先進的事例として紹介されることが少なくありません。そのなかには、インターネットでの授業や教材を提供して、学習を継続できるようにすべきだし、その方が対面の一斉授業よりも生徒の習熟度に応じて「個別最適化」された学習の機会を保障できる、と主張するものもあります。

これらは正論を述べているように見えます。しかし、家庭でデバイスやネット環境を買い揃えたり、学習に用いるデバイスをネットワーク上で安定的・継続的に運用したりすることは、経済的にも技術的にも容易なことではありません。授業コンテンツの発信側である学校の条件整備が進んでも、受信側である家庭にそれを求めることは難しく、新たな教育格差を生みかねません。「オンライン学習が子ども間の不平等を拡大させてはならない」との、子どもの権利委員会の警告は十分に理由のあることです。

また、優れた教師の授業や教材をインターネットで配信したり、習熟度に応じて「個別最適化」された教材や学習プログラムを配信して一人ひとりに個別対応したりすることで、これまでの学校教育のスタイルを転換すべきだといった考えも広がっています。政府や教育産業からは「GIGAスクール構想」が発信されています。

しかし、「個別最適化」とは結局のところ、予め一定の学習プロセスがプログラムされた学習にほかならず、子どもの思考を予め定められた水路に導いていく教え込みに陥りかねません。また、学級の仲間とのコミュニケーションを通じて考えを深め、学び合うことのたいせつさを犠牲にすることがあってはならないと思います。

入学時期の変更とか、オンライン授業とか、ナオミ・クラインが「ショック・ドクトリン」と表現した事態が始まっています。しかし、こういうときこそ学校教育の基本に立ち返って、学級規模を小さくして「三密」を作らないようにしつつ、教室内のコミュニケーションを確保しながら、豊かな学校生活を確保することに力を注ぐべきでしょう。

【注】

  • 1 https://www.ohchr.org/EN/NewsEvents/Pages/DisplayNews.aspx?NewsID=25742&LangID=E
  • 2 たとえば、第201回国会衆議院議院運営委員会(2020年4月7日)における安倍首相の発言。第21回公開憲法フォーラム(民間憲法臨調・美しい日本の憲法をつくる国民の会)への安倍首相のメッセージ。
  • 3 https://tbinternet.ohchr.org/_layouts/15/treatybodyexternal/Download.aspx?symbolno=INT/CRC/STA/9095&Lang=en
  • 4 https://www.okinawagakudou.com/blank-22
  • 5 「新型コロナウイルス感染症対策のために小学校、中学校、高等学校等において臨時休業を行う場合の学習の保障等について」(2020年4月21日、文部科学省初等中等教育局長通知)。
  • 6 校内の整備状況については「平成30年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果」。
  • 7 たとえば、萩生田光一文部科学大臣「子供たち一人ひとりに個別最適化され、創造性を育む教育ICT環境の実現に向けて~令和時代のスタンダードとしての1人1台端末環境~《文部科学大臣メッセージ》」(2019年12月19日)。日本経済再生本部未来投資会議「成長戦略実行計画案」(2020年7月3日)。また、日本マイクロソフトやPCメーカー8社はGIGAスクール向けのウィンドウズ系PCやソフトウェアを比較的低価格で提供することでシェアを確保する動きを見せており、NTTグループ各社と内田洋行は地方公共団体や学校への支援ビジネスをスタートさせています。

  • *ショック・ドクトリン:カナダのジャーナリスト・作家であるナオミ・クラインが、「真の変革は、危機によってのみ可能となる」と主張する徹底した市場原理主義を批判し、最も危険な思想とみなして名付けたもの。
中嶋 哲彦
  • 中嶋 哲彦(なかじま てつひこ)
  • 愛知工業大学基礎教育センター教授

日本教育政策学会会長、名古屋大学名誉教授(教育行政学)。『国家と教育―愛と怒りの人格形成―』青土社、2020年、「拡大させられる『教育の機会不均等』―子どもの貧困対策と大学等就学支援法を問う」、『世界』2019年11月号