【論文】困窮者への貸付支援の現実と改革課題

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コロナ禍で所得が減少した世帯を対象とした生活福祉資金特例貸付が実施されてきました。しかし貸付に頼った生活困窮者支援は限界に直面しています。問題点を整理し、今後の課題について考察します。

コロナ特例貸付の概要

2020年から続く新型コロナウイルス感染症拡大は、いまだ収束の兆しをみせず、2021年8月15日現在、東京都・大阪府などを含む6都府県で緊急事態宣言が発令中です。度重なる休業や営業自粛の要請、国内消費の減少により、経済活動を縮小したり廃業に追い込まれたりする企業もあり、生活困窮に至る家計も少なくありません。こうした中、所得が減少した世帯に対する支援として当初から幅広く全国で利用されているのが、都道府県の社会福祉協議会(以下、社協)が実施する生活福祉資金貸付(緊急小口資金・総合支援資金)の特例貸付(以下、特例貸付)です。

この特例貸付は、生活福祉資金貸付制度を母体とした公的貸付制度です。今回の特例貸付は、当初は緊急小口資金で1回最大20万円を貸付、その後に総合支援資金で最大月額20万円を3カ月まで貸付するものとして実施されました。この特例貸付では、総合支援資金は無利子(緊急小口資金はもともと無利子)となり、両資金とも、貸付上限の引き上げや据え置き期間・返済期間の延長が実施されました。

特例貸付の受け付けは、2020年3月25日に開始されました。当初、受付期間は7月末までとされていました。しかし周知のとおり感染症拡大は収束せず、2020年6月に9月末までの延長が決定されました。さらに9月に12月末までの延長、12月に翌年3月末までの延長、3月に6月末までの延長、6月に8月末までの延長、さらに8月中旬になって11月末までのさらなる延長…といったように約3カ月ごとに3カ月程度の延長が五月雨式に決定され続けて、現在に至っています。

2020年7月には、最初の特例貸付に追加して総合支援資金を3カ月貸付する「延長貸付」が創設されました。2021年2月には、特例貸付の利用が終了した世帯を対象に、さらに3カ月分を追加貸付する「再貸付」の制度が導入されました。こうして特例貸付制度は現在では、あわせて一世帯当たり最大200万円を貸付することができる制度となっています。

コロナ特例貸付の実態

今回のコロナ禍での特例貸付の最大の特徴は、住民税非課税世帯であれば償還免除とする方針が事前に示されたことです。これにより今後の生活の見通しに不安を抱える世帯であっても、返済を過度に気にすることなく特例貸付の申込相談ができたと思われます。また貸付審査も大幅に簡略化され、申し込みから貸付実行までの迅速化もはかられました。制度開始から約3カ月の2020年9月12日時点で、緊急小口資金で約72万件、総合支援資金で約35万件にのぼりました。新型コロナウイルスの影響がどこまで広がるか不透明で経済的見通しも厳しい中で、急きょ所得が減少した世帯に迅速に資金供給できたという点は、評価してよいと考えます。

2021年8月7日現在、この特例貸付の貸付決定件数(両資金合計)は、258万2589件、累計支給決定額(両資金合計)では1兆1191億円を超えています。この数字は、生活福祉資金貸付(全貸付種別の合計)における過去最大の貸付件数11万9067件(2011年度)の約21倍、過去最大の貸付総額456億円(2010年度)の、約26倍にまでのぼっています。

近畿ブロックの社協が合同実施したアンケート「特例貸付等コロナ禍における社協の相談実施に関するアンケート調査」(兵庫県社会福祉協議会『兵庫県内社協新型コロナウイルス感染症拡大にともなう生活福祉資金特例貸付レポート』所収)では、特例貸付開始当初(2020年8月末まで)の相談者の傾向について報告されています。この調査報告からは、相談者の年齢層は20代から70代までと広がっており、新型コロナウイルス感染症拡大の影響は幅広い年齢層に影響を与えていることがうかがえます。世帯としては、年金を受給しながら生活を支えるために働いている高齢者世帯や、ひとり親世帯が多いこと、職業・就業形態としては、タクシー運転手や飲食店などの自営業者や、派遣職員・パート・アルバイトなどの非正規労働者が多いことが指摘されています。ここからは、戦後日本の生活保障システムが主に想定していた、「正規雇用の男性が世帯主の被用者世帯」から外れた世帯が、この制度を利用することが多くなっていることが読み取れます。

特例貸付の問題点と今後の課題

①脆弱な実施体制

このような特例貸付の急拡大は、生活福祉資金貸付の実務を担当する現場に大きな問題を及ぼしました。関西社協コミュニティワーカー協会が「社協現場の声をつむぐ1000人プロジェクト」として全国の社協職員に実施したアンケート(1184人から回答)によって、その実態が浮き彫りになっています。

回答者のなかで「業務量の過度な増加」があったと答えた者は全体の72・0%になります。さらに回答者を都道府県社協職員・政令指定都市社協職員・特別区社協職員に絞ると、その数字はそれぞれ約85%に達します。また「ストレス・危険を感じること」があったとした者は全体の85・9%で、同様に都道府県社協職員や政令指定都市社協職員・特別区社協職員に絞るとその数字はそれぞれ87・1%、93・8%、90・0%に達します。貸付業務に携わる社協職員の労働環境は急激に悪化しています。

過去最大件数の、20倍を超える申し込みが殺到することになったのですから、このような業務量の拡大と現場の困難は想像に難くありません。こうした中、社協においても人員の確保がなされていますが、非正規職員や社協組織内の連携による一時的増員が多く、人員不足は根本的には解消されていません。その背景には特例貸付の決定が、前述のように、五月雨式に次々に延長や拡充を繰り返しているがゆえに、社協の方で長期的な人員計画が立てられなかった、というところがあります。また前述の近畿ブロック社協の調査では、長期的な人材確保のために、生活福祉資金貸付の事務費や地方自治体からの補助金の拡充が必要であるとの声があがってきています。

確かに今回の特例貸付においては、住民税非課税世帯の償還免除が決定されています。しかし償還免除されない世帯もかなり多く残ることが見込まれています。そしてこうした世帯の多くは収入が不安定な世帯であり、今後も伴走的な生活支援が必要となる世帯も多く存在すると想定されます。特例貸付の総合支援資金の償還期間は10年にも及びます。長期間の丁寧な償還支援が行えるような、社協における計画的な人員確保、そのための国・地方自治体の財政的支援が必要です。

②貸付の限界・給付の過少

上述の「1000人プロジェクト」アンケートによれば、回答者の76・1%が「丁寧な相談支援ができないジレンマ」を感じており、90・5%が特例貸付の有効性への疑問を感じていました。また、「貸付が適切ではないのではないか」と悩みながら対応したケースとして、「失業や減収が長期化し、生活再建の見込みが立たない世帯」、「貸付以外の債務」がある世帯、「生活保護」が妥当と思われるが資産要件で保護に至る見込みもない世帯、「高齢で年金と就労で生計を立てていたが失業した世帯(年齢的に就労先をみつけるのが難しい世帯)」などが指摘されています。

そもそも貸付は、将来返済する見込みが十分にある場合に実施されるべき支援です。また借受人に将来的な返済負担が生じますから、他の制度では対応できない場合に限り、実施されるべき支援です。迅速に生活困窮者に資金供給できたという点は評価すべきですが、貸付に適さない世帯に貸付することは、借受世帯の将来的な生活基盤の脆弱化につながりかねません。今後は、借受世帯に対する丁寧で長期的な相談支援はもちろんですが、事後的にでも貸付支援には不適であった世帯に対しては、償還免除(貸付の事後的な給付化)を積極的に実施すべきです。償還免除を、現在決まっている住民税非課税世帯のみにとどめず、さらに柔軟に範囲を広げて実施していく必要があります。

今回、この特例貸付に相談者が多く押し寄せた背景には、やはり社会保障制度における給付制度の不備があります。2021年7月からは新型コロナウイルス感染症生活困窮者自立支援金という、最大総額30万円を給付する国の制度ができました。創設されたこと自体は評価すべきですが、受付期間は11月末までで(当初は8月末まででしたが、8月中旬に3カ月延長が決定しました)、給付期間も短く、対象者も特例貸付を利用しつくした世帯に限られており、問題含みの制度です。「貸付利用し終わってから給付」ではなく、むしろ「給付すべき世帯には給付、それで対応できない場合には貸付」といった対応が必要です。また生活困窮者自立支援金について、ハローワークなどでの求職活動を求める要件が休業中の自営業者に合わないなどの、コロナ禍で生活困窮する世帯の実態に合わないといった問題も指摘されています。

*新型コロナウイルス感染症生活困窮者自立支援金:単身世帯月額6万円、2人世帯月額8万円、3人以上世帯月額10万円を3カ月間支給する。

より利用しやすい給付制度に向けて、まずは支給要件を見直したうえでの生活困窮者自立支援金の延長が必要です。そして中長期的には、生活福祉資金特例貸付に依存しすぎない、危機に強い社会保障制度の構築が求められます。そのためには、生活保護の資産要件や「能力の活用」要件の緩和による生活保護の柔軟運用が必要です。「入りやすく出やすい」生活保護制度が長年目指されてきていますが、「入りやすい」生活保護でないと「出やすい」生活保護にはなりえません。

また、低所得の世帯の所得急変に対応し、その所得を安定化させる制度として「給付付き税額控除制度」の導入が必要であると考えます。この制度は、所得控除の一部を税額控除に組み替えたうえで、課税最低限以下の低所得者に対し、税額控除しきれない部分を現金給付するというものです。このような制度があってこそ、貸付制度は、これらを補完する制度として機能するでしょう。

角崎 洋平

立命館大学大学院先端総合学術研究科一貫性博士課程修了。博士(学術)。専門は福祉政策論、金融福祉論。主著に『生活困窮と金融排除』(分担執筆、明石書店、2020年)、『ロールズを読む』(分担執筆、ナカニシヤ出版、2018年)。

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