Warning: Trying to access array offset on value of type bool in /home/xs826413/jichiken.jp/public_html/wp-content/themes/jichiken05/single-article.php on line 139

Warning: Attempt to read property "name" on null in /home/xs826413/jichiken.jp/public_html/wp-content/themes/jichiken05/single-article.php on line 139
市区町村による自衛隊への住基情報提供の違法性について | 論文 | 自治体問題研究所(自治体研究社)

【】市区町村による自衛隊への住基情報提供の違法性について


少なくない市区町村が、防衛省の自衛隊員募集事務に協力して適齢者の氏名や住所等の個人情報を提供しています。市区町村が国から独立した法令(条例)解釈権を有することの意味が問われています。

はじめに

ここ2年ほどの間に、従来の住民基本台帳法11条1項に基づく4情報(氏名・住所・生年月日・性別)の閲覧に代えて、自衛隊員募集に必要として自衛隊の求めに応じて、全国の市区町村で18歳および22歳の住民の4情報を提供する例が少なくありません。これを疑問として見直しを求める住民の運動があり、住民訴訟が提起されている例もありますが、その前提として、なぜ閲覧に代えて提供が行われているのかの経緯とその問題点を指摘しておかねばなりません。なぜなら、市区町村が提供できる仕組みは存在しませんので、提供すること自体の適法性について大きな疑義があるのです。取り急ぎ、4情報の提供の根拠と要件にしぼって、述べることとします。

一 経緯と問題の所在

この動きの直接のきっかけは、2019年2月13日に、当時の安倍首相が募集についての自治体の非協力は残念という国会答弁を行ったことでした。これをうけて2020年12月18日の閣議決定がなされ、2021年2月5日には「自衛官又は自衛官候補生の募集事務に関する資料の提出について」という防衛省および総務省からの通知が発出されました。この通知は、住民基本台帳法11条1項が定める「住民基本台帳の一部の写し」の国への提出が、自衛隊法97条1項の市区町村の長が自衛隊員の募集に関する事務の一部を行うとする定めと、防衛大臣が市区町村の長に募集に必要な資料の提出を求めることができるとする同法施行令120条に基づいて可能であるとしたものでした。こうして、自衛隊法令を根拠法令とするという解釈を通知でもって示すことで、「住民基本台帳の一部の写し」を提供することにつき、住民基本台帳法上、特段の問題を生ずるものではないとしたのです。 

かねて多くの市区町村が、自衛隊法97条1項を根拠として隊員の募集のための広報活動をはじめいくつかの協力を行ってきたとしても、この協力と住民基本台帳法に基づく事務処理とは、混同されてはなりません。当初、市区町村は、住民基本台帳に記載された情報は、閲覧しか認められないと対応していたのですが、先の2019年の首相答弁はこのような法運用へのいら立ちを表明したものだったのでしょう。

二 住民基本台帳法に違反する提供

しかし、住民基本台帳法11条には市区町村による目的外の利用や、まして外部提供についての定めがありません。したがって、自衛隊の協力要請を受けたとしても、住民基本台帳法のどの条項をとっても、これを根拠に市区町村が住民基本台帳に記載された個人情報を提供できると解することはできないのです。しかも、防衛省および総務省からの通知は、地方自治法245条の4第1項に基づく技術的助言だとされていますから、これに応じないとしても、市区町村には不利益な扱いがされません(地方自治法247条3項)。

ところが、市区町村には住民基本台帳法の仕組みを離れて、国からの通知のままこれに追随している例がみうけられるのです。これでは、法令解釈権が国の行政機関に一元化することになってしまいます。法治主義とともに機関委任事務が消滅した地方分権改革の趣旨にも反する事態だと思われますから、黙認できるものではありません。市区町村が通知に従って氏名等の「住民基本台帳の一部の写し」 を提供することは、これの閲覧しか認めていない住民基本台帳法11条1項に違反します。

ただし、実際には、少なくない市区町村の長も、本件には、住民基本台帳の管理に関する一般法である住民基本台帳法ではなく、自衛隊法令が特別に適用されると理解しています。本稿は、このような法令の解釈と運用が誤りであると考えていますが、百歩譲って、住民基本台帳法が適用されない場合でも、市区町村は法律とは別に独自の個人情報保護条例を定めています。そこで、個人情報保護条例の解釈問題につき、以下では検討してみましょう。

三 個人情報保護条例に基づく個人情報提供の根拠と問題点

1.個人情報の外部提供の仕組み

一般に個人情報保護条例は、当該自治体の保有する個人情報の利用等につき適正な取り扱いを義務付け住民の人権保障と公正な運営に寄与するものとして定められ、個人情報につき実施機関による収集から外部提供までの情報管理を厳密に制限しています。

条例は、このような制限を一般的に課しつつ、あらかじめ定められた当該法条の除外条項に該当する場合に、この禁止が解除されるという仕組みを定めます。いいかえれば、当該法条では柱書として個人情報を外部の機関に「提供してはならない」としつつ、「ただし、次の各号のいずれかに該当するときはこの限りでない」とされることが一般的です。以下では、問題になる号に即して、その該当性について述べます。

2.自衛隊への個人情報提供の問題点 

個人情報保護条例に基づき、18歳および22歳の住民の4情報を自衛隊に提供している市区町村をみると、当該法条の各号のうち、そのほとんどは次の2つのいずれかです。

①法令等の定め

2つのうち、その圧倒的多数は「法令等に定めがあるとき」を根拠とする例です(京都市、大阪市、名古屋市等)。条例のこの部分は、先に述べたように提供を一律禁止したうえで個別の場合にそれを解除するもので、そこにいう法令の定めとは市区町村に対して本来の目的外での提供を例外的に容認する旨の規定を指します。たとえば、災害対策基本法49条の11は、1項で市町村長は個人情報につき内部の目的外利用ができる旨を定め、2項で「災害の発生に備え、避難支援等の実施に必要な限度で、地域防災計画の定めるところにより」外部の諸機関に名簿情報を提供するものとすると定めています。

このように、個人情報保護条例にいう「法令等に定めがあるとき」とは、当該自治体が保有する当該情報を目的外に提供することができると定める法令がある場合のことで、これと先に述べた自衛隊法令の定め方とを比べると、その違いは誰の目にも明らかです。資料の提供の協力を求める防衛大臣の権限を定めるにすぎず、市区町村の長の権限を定めていない自衛隊法施行令120条が、個人情報保護条例にいう「法令等に定めがあるとき」にあたるとはいえません。

②公益上の必要

次に、多くの条例は外部提供禁止の除外条項の末尾に「前各号に掲げるもののほか」、個人情報保護審議会の意見を聴いて、実施機関が「公益上必要があると認めるとき」などと定めていますが、本件に関しても、これを根拠とする例があります(福岡市、生駒市、江戸川区等)。

条例の条全体の書きぶりと該当号の文言を一瞥すると、第1に、ここにいう「公益上」の「必要」とは個人情報の提供についてのそれをいうのであって、提供先機関が遂行する事務そのものではないことが分かります。本件に即していえば、自衛隊の募集事務の公益性のことではないのです。それらはすでに前提となっているので、自治体が募集に協力する事務を行っているのです。第2に、先に述べたように当該法条の各号は提供制限の例外となる事項を列挙し、その末尾に「公益」や「必要」 の条項をおくのが一般的です。その前には本人同意のあるとき、すでに公知のもの、生命身体財産保護のための緊急性があるとき等の事由が列挙され、最後の号でそれらにも当たらないが、さらにやむを得ない公益上の必要がある場合というものに絞りがかけられているという立法意思を読み込むのが自然でしょう。

このように、この公益上の必要の理解にあたっては、18歳等の該当年齢に達した住民の4情報を提供することの公益性は相当に限定的に解されなければならないのです。本件のように自衛隊員の募集のための4情報の提供に「公益上」の「必要」 があるとは、到底考えられないのです。

むすび

1.情報の提供は違法である

以上の理解によれば、いくつかの市区町村のように、自衛隊員の募集のために「住民基本台帳の一部の写し」 を自衛隊に提供することは、そのための法令の根拠を見出すことはできず、個人情報保護条例の解釈としても法令上に根拠はなく公益性の必要があるとも解することができません。したがって、本件での4情報の提供は、二重に、これを違法というほかはないのです。

2.その他の諸問題

この問題は4情報の提供のための法令や条例の解釈の問題にとどまらず、多くの論点を含んでいます。ここでは紙幅の関係上それらの一端を最後に述べたいと思います。

まず、市区町村ごとに、4情報のどの情報が、そしていかなる形式で提供されているのかに違いがあることです。たとえば、性別や生年月日も提供するのかこれらを除外するのかです。また郵送のために添付するタックシール等を提供する例が少なくありませんが、その形式の規律という問題があります。

次に、自己の情報を自衛隊に提供されたくないという個人の権利保護の問題があります。いくつかの市区町村では、提供対象となる年齢に達する前の年度末に提供中止が可能として、これを受け付けて除外しています。これは、いわゆるオプトアウト類似の仕組みですが、このようなものが、本人同意原則を補完代替しうるのか否かは疑わしいでしょう。もちろん個人情報の本人は、オプトアウトを希望する代わりに、違法な外部提供にあたるとして利用(提供)停止を請求する権利があります。この場合には、市区町村の長は停止するのか否かの行政処分を行わなければなりません。

*オプトアウト:個人情報の第三者への提供に関し、本人の求めに応じて停止する制度。

最後にこれまでの市区町村における法令や条例解釈に至る過程に際しての手続にも看過しえない問題が含まれています。個人情報保護条例に基づき、審議会への必要的付議事項(公益上の必要)に該当する場合を別にすれば、この問題への対応に際して個人情報保護審議会に付議しないまま4情報を提供することも、形式的には違法ではないかもしれません。しかし、本稿が述べてきたように、4情報の提供にはいずれの根拠規定に関しても違法性の疑義がありますので、せめて個人情報保護の専門家が構成する審議会に付議して、当然なされるべき審議を経る手続が要請されるように思われます。

【注】

  • 1 国会会議録検索システムの第198回国会衆議院予算委員会第6号(2019年2月13日)。
  • 2 「令和2年の地方からの提案等に関する対応方針」の防衛省(1)。
  • 3 防衛省人事教育局人材育成課長・総務省自治行政局住民制度課長から各都道府県市区町村担当部長宛「自衛官又は自衛官候補生の募集事務に関する資料の提出について(通知)」
前田 定孝

名古屋大学大学院法学研究科満了退学(行政法)。2006年より三重大学准教授。