【論文】全世代型社会保障構築の問題点と改善に向けた課題

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全世代型社会保障検討会議からの継続と全世代型社会構築会議の概要

2022年5月に全世代型社会保障構築会議から「議論の中間整理」が出されました。「議論の中間整理」は、1.全世代型社会保障の構築に向けて、2.男女が希望どおり働ける社会づくり・子育て支援、3.勤労者皆保険の実現・女性就労の制約となっている制度の見直し、4.家庭における介護の負担軽減、5.「地域共生社会」づくり、6.医療・介護・福祉サービス、の6項目にまとめられています。それぞれの「課題と目指すべき方向」及び「今後の取組」については、別表でまとめています(10・11ページ参照)し、個別の論点については他稿で分析されています。小論では、政府が目指す全世代型社会保障構築に関する問題点と対抗すべき課題をみていきます。

全世代型社会保障については、安倍内閣─菅内閣時代の2019年9月から2020年12月に全世代型社会保障検討会議が開催され、報告書が出されています。その問題点については、『住民と自治』誌の2020年4月号と2021年4月号で分析がされています。2021年11月に第1回の会議を開催した全世代型社会保障構築会議は、全世代型社会保障検討会議を引き継ぎ、「持続可能な社会保障制度」の確立に向けて、総合的な検討を進めることを目的に設置されています。また、各法律の改正、経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)、岸田文雄内閣総理大臣の就任時所信表明演説でも全世代型社会保障の構築に言及されていることから、政府が目指している方向であることは確認できます。

全世代型社会保障構築会議は、2021年11月から2022年5月にかけて合計5回の会議を開催しています。第1回会議では社会保障制度に関する課題について各自が1分間程度でコメントし、第5回会議では「議論の中間整理」の内容について確認しています。第5回会議での構成員のコメントをみると、まだ課題があることは指摘しつつも内容を積極的に評価していることがわかります。会議の進め方は構成員同士の議論というよりは、各自の専門分野に関して個別にコメントして、論点を整理しています。

議論の前提としての社会保障制度に関する認識

この間の全世代型社会保障の構築に関する議論を分析すると、社会保障制度に関する認識に問題があります。別表の1.全世代型社会保障の構築に向けての今後の取組でも「給付は高齢者中心、負担は現役世代中心という構造を見直し」と書かれています。他の文書でも同様の記述がみられますが、「社会保障制度は高齢者世代のためにある」という誤解を招きかねない表現になっています。また、子育て・若者世代に焦点を当てることを「未来への投資」と位置付けていますが、高齢者世代への給付は「未来への投資」とならないのでしょうか。

「議論の中間整理」でも会議内での構成員の発言でも、「世代間対立に陥ることなく」という表現が出てきます。「世代間対立に陥ることなく」ということをどのように捉えれば良いのでしょうか。例えば、熊谷亮丸氏(株式会社大和総研)は第1回の会議内で「負担能力のある高齢者は支え手に回っていただき、現役世代の負担増を抑える、そして、その財源の一部を使用して少子化対策を行う」、第3回の会議内で「そもそも社会保障制度は、受益と負担の構造が乖離しており、必要な財源が確保されておらず、負担を将来世代に先送りしているわけです」と発言しています。また、増田寛也氏(東京大学)は第4回の会議内で「世代間の対立に陥ってはならないのですけれども、今の若い人々は恐らく、いずれ自らも高齢者になれば社会保障から給付を受けるといったような、かなり先々のことを想像する余裕も今はないのではないかと思います」と発言しています。全世代型社会保障構築会議に限らず、給付と負担のバランスや現役世代の負担上昇の抑制、能力に応じた負担といった場合は高齢者世代に関しては負担の増加と給付の削減を容認し、現役世代への給付を増やすべきという趣旨が読み取れます(但し、2013年の社会保障制度改革国民会議の報告書で世代間の財源の取り合いを否定していることは紹介されています)。「世代間対立に陥ることなく」というのは「給付は高齢者中心、負担は現役世代中心という構造」を是正することを前提にしています。

社会保障給付費をめぐる現状

これほど「給付は高齢者中心、負担は現役世代中心という構造」と強調される背景を理解するために、社会保障給付費の財政構造を見ていきましょう。厚生労働省や国立社会保障・人口問題研究所のホームページには詳細な決算データが掲載されています。

2020年度の決算からは新型コロナウイルス感染症対策の影響によって、予算が大きく膨れ上がっています。そのため、新型コロナウイルス感染症の影響が出る前の2020年度の予算ベースで確認していきます。

2020年度の予算ベースでの社会保障給付費は約126・8兆円に達しています。内訳は年金が約57・7兆円(45・5%)、医療が約40・6兆円(32・0%)、福祉その他が約28・5兆円(22・5%)となっています。社会保障給付費は国家財政の中でどの程度の割合を占めているのでしょうか。財務省のホームページを見ると、2020年度の予算ベースでは一般会計が約100・9兆円、会計間相互の重複計上額等を除いた特別会計の「純計額」は約196・8兆円となっています。一般会計の中で社会保障関係費は約35・8兆円、特別会計の中で社会保障給付費は約72・0兆円となっています。日本の国家予算の3分の1以上を社会保障給付費が占めていることがわかります。また、少子・高齢化がさらに進行していく中で、社会保障給付費が自然に減少していく要素は見当たりません。社会保障給付費の中でも、高齢者関係の給付費は60%台後半を占めています。「給付は高齢者中心、負担は現役世代中心という構造」という主張はこの現状をふまえていると考えられます。

ただし、財政の問題を考えるのであれば、負担のあり方にもふれなくてはいけません。社会保障財源には、社会保険料、公費負担、資産収入、その他があります。全世代型社会保障改革の議論は世代以外の負担の議論はほとんどされません。本来であれば、社会保険料の事業主負担、公費負担を裏付ける税の徴収についても議論する必要があります。社会保障制度のあり方を世代間の問題に矮小化するという巧妙な手口といえます。

「世代間対立に陥ることなく」議論するには

私も高校生や大学生に講義をしたり、若い世代に講演で話をした時に「現在の高齢者世代は恵まれている。私たちの世代は割を食っている」という感想をもらうことが多いのは事実です。現時点でも社会保障給付費の60%台後半は高齢者関係分野で使われており、ますます少子・高齢化が進んでいく中で自らの生活に不安を抱えていることもよくわかります。それでも「世代間対立に陥ることなく」考えてみることを感想へのコメントとして述べています。本人だけではなく家族も含めたライフサイクルで考えれば社会保障制度は常に私たちの生活と関連していること、現役世代への給付が少ないのは生活費への賃金依存度が高かったことや社会保障制度が担うべき部分を企業の福利厚生や家族のケアによって負担されていたこと、社会保障制度は負担と給付を直接関連付けないことによって成り立つという特性を持っていること、を伝えています。必ずしも納得してもらえるわけではありませんが、「世代間対立に陥ることなく」議論を進めていくのは重要なことです。

経済と財政の論理が優先される社会保障制度改革

今日の議論に限ったことではありませんが、社会保障制度改革は経済と財政の論理に影響を受けながら(優先されながら)進められてきました。香取照幸氏(上智大学)が第1回会議内で「社会保障の改革の問題は経済、財政、社会保障を一体で考えることが必要だと思っております。経済や財政が抱える様々な問題は言わば社会保障制度の与件ですので、例えば分配の歪みや格差の問題を解決していくことができないと、社会保障への負荷が非常に大きくなります。同時に社会保障を通じて様々な経済社会の問題を解決していくこともできるわけで、経済・財政・社会保障はそういう関係にある」と述べているのが端的に表しています。

また、小論では紙幅の制限もあり十分に分析できていませんが、経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)や財務省における社会保障制度の分析を併せて行うことも重要です。例えば、「骨太の方針2022」では「全世代型社会保障の構築」や「社会保障分野における経済・財政一体改革の強化・推進」として、制度の「改革」に言及しています。また、財務省の財政等審議会でも社会保障制度の「改革」についてはかなり具体的に触れられています。これらの方針や提言がすぐに制度改革に反映されるわけではありませんが、経済や財政に関する検討会の中で社会保障制度のあり方が左右されていることに問題があります。

経済、財政、社会保障とグランドデザインのあり方

社会保障制度を考える上で、経済や財政の問題は無視できません。一体で考えることも重要です。ただし、1990年代後半からの各種の「改革」は経済や財政の現状を前提にして、制度のあり方を考えてきたことは否定できません。人権論や権利論を重視する社会保障研究者は「社会保障を通じて様々な経済社会の問題を解決していくこと」の視点から、社会保障制度のあり方について分析及び提言をしてきました。資本主義社会が構造的に生み出す貧困や格差に対して、所得再分配を重視した社会保障制度を構築することによって是正することを重視しています。岸田文雄内閣総理大臣は「成長と分配の好循環」のために全世代型社会保障構築を掲げていますが、経済、財政、社会保障の関係を改めて整理する必要があります。

このことは社会保障のグランドデザインをどのように考えるのかということと関連してきます。第2回会議では、一部の構成員から様々な委員会で社会保障制度に関する議論が行われており、改革のグランドデザインが必要だと指摘されています。そして、この全世代型社会保障構築会議での議論がそれを担いうると主張もされています。第3回会議の資料では「2040年を見据えた、全世代型社会保障のグランドデザインを示すべきではないか」とまとめられました。

全世代型社会保障構築会議では、これまでの議論でも賛否があった政策(例えば、地域共生社会や地域医療構想、データ活用の推進など)について検討することなく、むしろ前提条件としています。個別の政策を見直すことなく、全世代型社会保障構築会議での結論をグランドデザインとして良いのでしょうか。グランドデザインとするためには、個別の政策に関することも見直しが必要です。

全世代型社会保障構築の実現に向けて

全世代型社会保障構築会議で指摘されているように、高齢者世代にとっても子育て・若者世代にとっても、安心して生活ができるための社会保障制度の構築は必要なことです。会議内の議論をみていても、私たちが認識する問題点を指摘している部分もあります。人口構造が今後も大きく変化していく中で、「時間軸」と「地域軸」で制度の構築を考えていくことも必要ですし、住まいをいかに確保するかということや扶養や控除のあり方についてはこれまでも多くの社会保障研究者から指摘されてきたことでした。社会保障制度の改善に向けて、会議での議論を生かすことも必要になってきます。その点では、全体の評価と個別の評価を分ける必要があります。

ただし、全世代型社会保障構築会議がこれまでの議論の延長線上にあること、経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)の影響を受けていること、現在の社会保障制度を「給付は高齢者中心、負担は現役世代中心という構造」を見直す必要があると認識していること、経済や財政の論理に大きく影響を受けていること、など課題があるのも事実です。社会保障制度のあり方に関する認識が異なっていては、現状認識を共有できても改善の方向性に大きな違いが出てきます。私たちは人権論や権利論をベースとして社会保障に関する分析・研究・提言を行ってきました。ぜひご一読いただき、真の意味での全世代型社会保障の構築に向けた議論ができればと思います。

※本誌の性格上、脚注は省略しましたが、構成員の発言は全世代型社会保障構築会議の議事録からの引用です。

【参考文献】

・公益財団法人日本医療総合研究所著『コロナ禍で見えた保健・医療・介護の今後─新自由主義をこえて』新日本出版社、2022年。

・芝田英昭・鶴田禎人・村田隆史編『新版 基礎から学ぶ社会保障』自治体研究社、2019年。

・社会保障政策研究会編『高齢期社会保障改革を読み解く』自治体研究社、2017年。

・村田隆史「私たちの暮らしと関係する社会保障制度─家族を含めたライフサイクルで考えよう」及び「社会保障制度が改革の対象とされ続ける理由─社会保障給付費の動向から」中央社会保障推進協議会編『社会保障(2021年秋号)』№498、あけび書房、2021年。

・横山壽一「『骨太の方針2022』にみる岸田政権の経済財政政策と社会保障政策─『新しい資本主義』論を中心に─」公益財団法人日本医療総合研究所編『国民医療』№355、20022年。

【参考ホームページ】

・厚生労働省ホームページ

・国立社会保障・人口問題研究所ホームページ

・財務省ホームページ

資料【これまでの会議の経緯】

 

資料 全世代型社会保障構築会議 議論の中間整理(概要)
資料 全世代型社会保障構築会議 議論の中間整理(概要)
 

2022 年5 月17 日

村田 隆史

福井県福井市出身。1984年生。金沢 大学大学院人間社会環境研究科修 了。博士(経済学)。社会福祉士。 青森県立保健大学での勤務を経て現 職。専門は社会保障論と社会福祉論。

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