【論文】地域・自治体からの断熱・ゼロカーボンの取り組み


はじめに

気候危機を打開していくためには、化石燃料・原発依存社会から脱炭素社会への転換が不可避です。しかし、メガソーラーや大規模風力発電所をめぐり、騒音や景観破壊、自然破壊などを引き起こして地域紛争となっている事例が増えています。脱炭素のエネルギー事業は、地域社会や自然環境と共存した「地域循環共生圏」を目指す必要があります。

脱炭素社会は地域づくりとして取り組む必要があります。政府は2050年のゼロカーボン目標を達成するために、2022年から環境省が「脱炭素先行地域」の選定プログラムを始めています(1カ所で最大50億円の補助。約100カ所を選定予定)。しかし、脱炭素であればどのような事業でも良いわけではありません。地域課題の解決につながり、地域経済を発展させ、住民の生活の質を向上させることが重要な鍵です。

それでは、誰が、どのような内容の事業を行うのでしょうか。また、誰が、どのようにその事業を推進し普及させていくのでしょうか。ここに地域社会や自治体の果たすべき役割があります。本特集では、どのように地域での協働を進めて脱炭素社会を形成していくのかについての実践例や具体策が紹介されています。本稿では、特集の導入として、地域社会や自治体が取り組むべき断熱対策やゼロカーボンの方向性を論じていきます。

断熱対策は持続可能性を実現させる─オーストリアの政策

欧州で最も重視されてきた省エネ対策は、建築物の断熱化です。冬には氷点下を下回る寒冷地が多いため、暖かい居住環境の確保は命にかかわる人権問題と捉えられています。断熱対策は、居住空間を冬に暖かく夏に涼しくするので、快適で生活の質を高めます。機密性が高い断熱材や三重窓はすでに商業化された技術であり、新改築の標準設備です。またドイツでは、国の補助金が呼び水となって、毎年数兆円規模の省エネリフォーム市場が生まれ、30万人の雇用が創出されました。さらに、公営団地を省エネリフォームすることで、低所得者の光熱費を削減する福祉対策にもつなげられています。こうした省エネリフォームは、CO2排出削減、経済効果、福祉を統合した環境政策統合の好例です。

それではどのように断熱対策が促進されてきたのか、次にオーストリアの政策をみていきましょう。

オーストリアには、新築及び改修時に建築物の持続可能性を評価するクリマアクティブ(klimaaktiv)基準があり、客観的な指標で総合評価されます。クリマアクティブは、高品質の対策を促して脱炭素を実現していく国の戦略です。2020年に改訂された基準では、①立地(衣食住近接の社会インフラ、環境に優しいモビリティ)、②エネルギーと供給(冷暖房や一次エネルギー需要、CO2排出量、気密性、断熱性)、③建築材と建設(気候に悪影響を与える物質や有害物質の使用回避、リサイクルや解体性、エコラベル付き製品の促進)、④快適性と室内換気(夏の居住快適性、換気技術、低化学物質)が指標とされています。エネルギー以外の指標がいくつも盛り込まれており、持続可能性の評価となっています。

クリマアクティブ基準を満たしたアパートや一軒家、学校や役所、オフィスビルなどが全国に1000軒以上あります。筆者が視察したツヴィッシェンヴァッサー村のエコ・省エネ幼稚園(2013年完成)は、省エネの概念を変えるほど鮮烈な印象を受けました。アルプスの山村で極寒の地ですが、断熱性能が優れているので、冬は暖かく過ごせます。建築材には幼児の健康に配慮した無垢材が使われ、手に触れる机やおもちゃなどにも、有害な化学物質が使われていません。気候変動対策が子どもの健康やエコロジカルな建築材と結びつき、居住環境の快適性や持続可能性が取り組みの思想の根底にあります。

これらの建築物は、クリマアクティブのホームページにデータベースで公開され、建築物の特徴や写真、エネルギー性能やCO2排出量、設計や施工者などの情報が掲載されています。優れた事例の詳細な情報が公開されることで、市民にとっても省エネの効果や快適性が身近な存在となるし、あらゆる建築物の新改築に波及しています。

そして、オーストリアでは、断熱対策やエコロジカルな建築物を普及させていくために、幾重もの補助金政策が行われています。築20年以上経過した民間住宅は、クリマアクティブ基準の達成や40%以上の暖房エネルギーの削減につながる断熱改修を行う場合に、4000~6000ユーロ(60~90万円)の補助金を利用できます。また、断熱材が再生可能な原材料であれば、最大で3000ユーロ(45万円)の補助金か、費用の最大30%相当額が供与されます。この他にも、国や州、Eからの補助金が多数用意され、それが呼び水となって住民本位の脱炭素の地域づくりが進められています。

国内自治体の断熱対策と気候正義の実現

日本でも、断熱対策を促進する動きが自治体でみられます。政府は、建築物の省エネ基準を引き上げて、ゼロエネルギー住宅(ZEH)やゼロエネルギービル(ZEB)の普及を目指していますが、海外の基準と比較すると見劣りします。それに対して、鳥取県の独自の省エネ・断熱基準は諸外国のトップレベルを上回ります。

鳥取県は、2021年に「鳥取県持続可能な住生活環境基本計画」を策定しました。基本目標は、①脱炭素社会の実現に向けた良質な住宅ストックの形成、②誰もが安心して豊かに暮らせる住まいの確保、③地域資源の活用・掘り起こしによる地域の価値の向上、④災害や犯罪に強い安心してくらせる地域の実現です。とりわけ重要な政策は、「とっとり健康省エネ住宅性能基準『NE-ST』」です(図1)。

図1

とっとり健康省エネ住宅性能基準

断熱性能(Ua値)と気密性能(C値)のグレードが設定され、T-G3という最高レベルの基準をクリアした住宅には、助成額が上乗せされる仕組みとなっています。また、「とっとり未来型省エネ住宅特別促進事業補助金」は、省エネ性能だけではなく、県内産の木材の使用や、県内の建設業者の施工を求めており、県内事業者への経済波及を促しています。これらの補助金は戸建て住宅だけではなく、賃貸向け住宅にも適用されます。また、県内の設計・施工業者には、技術研修を受けることや、認定制度や事業者登録制度に登録することが事業請負の要件とされています。県内事業者の能力向上によって、設計や施工の品質保証につながることが期待されます。

また、北海道ニセコ町では、観光産業の活況による人口増加で移住者の住宅が不足しています。そのため、町は断熱性能が高い戸建てや賃貸アパートの新たな街区「ニセコミライ」の建設を進めています。戸建ては町外からの移住者が住み、アパートには古くて寒い町営住宅の居住者が住み替えることを想定しています。そして、建築や施工では地元企業が請け負うことで、地域経済循環を生み出し、ノウハウや技術力を継承していくことがねらいとされています。日本には、多くの公営住宅や賃貸住宅があります。ニセコミライの事例は、賃貸住宅に住む社会的な弱者の生活水準を引き上げる気候正義に適うとともに、住宅・建築産業から派生して地元経済の活性化が期待されます。

地域主導型の再エネ事業で地域経済を潤す

福島第一原発事故や再エネ電力の固定価格買取制度の施行を契機に、長野県飯田市が地域環境権を謳うなど、いくつかの自治体は再エネ普及促進を目的として条例を制定しています。しかし、再エネ条例の目的にも変化がみられます。景観や環境破壊などの防止(大分県由布市など)や、発電事業終了後に速やかに設備を撤去して原状回復を求める(兵庫県赤穂市)などのトラブル回避が意図されるようになっています。再エネ普及では、政策決定における倫理、偏りのない情報の必要性、コミュニティパワーの原則による制度設計が欠かせないことを示しています。

多くの自治体は、コンサルタントへ再エネ計画の策定を丸投げし、「自分ごと」としての計画に仕上げられていません。その結果、再エネ設備の設置やCO2削減が目的化された計画が描かれてしまい、域外資本による大規模再エネ事業が全国各地で開発され、地域紛争を発生させています。

それに対してドイツでは、自治体が出資して地域に密着したエネルギー供給事業社 シュタットベルケ(Statwerke)が約1000社存在しています。シュタットベルケとは、電気、ガス・水道・交通などの公共インフラを整備・運営する自治体所有の公益企業(公社)のことです。

日本では、シュタットベルケをモデルとした「地域新電力」が74社存在し、自治体が出資または協定締結しています。京都府福知山市のたんたんエナジー株式会社は、注目される地域新電力の一つです。福知山市、京都北都信用金庫、たんたんエナジー株式会社などの5者が協定を締結し、2021年度から「市民参加型オンサイトPPA 事業」を始めました(図2)。

図2

たんたんエナジー株式会社の事業スキーム

需要家施設の市体育館や学校給食センターなど5カ所に計約500キロ㍗の太陽光発電システムとV2B等の防災設備を設置しました。設備の所有者はたんたんエナジー発電合同会社であり、市は施設の電気使用量に応じた料金を支払うだけで、初期投資や維持管理費用を負担する必要がありません。また、必要な資金は、匿名組合形式の市民出資や京都北都信用金庫からの融資で賄い、地域資金によって再エネ設備を設置し、利益を地域に還元しています。出資者には市内観光地のチケットを提供するなど観光振興にも関わっています。また、たんたんエナジーは環境教育にも携わっているほかに、利益の一部を市内の子育て支援団体に寄付するなど地域課題の解決にも寄与しています。

おわりに

日本の多くの地域は、過疎高齢化や地域衰退の社会問題に直面しています。脱炭素社会の構築は、環境問題や原発問題だけではなく、さまざまな社会経済課題を同時に解決するチャンスと捉えるべきです。そのためには、住民や地域社会に寄り添った将来計画を策定し、事業を実践していかなければなりません。

オーストリアでは、国が普遍的な理念を示して政策の枠組みを策定し、自治体が住民参加に基づいた脱炭素地域づくりを進めています。そのためには、国や州政府が補助金を用意し、地元企業が脱炭素事業に携わります。公営のエネルギーエージェンシーやコンサルタント企業、大学や研究機関、地域金融などの中間支援組織が、小規模自治体や地域社会の取り組みの品質や満足度を高めています。日本でも、国や広域自治体による中間支援組織が設置されていけば、各地の脱炭素化が飛躍的に進むと考えられます。そして、脱炭素社会の構築では、自然環境や地域社会、個人生活の持続可能性を維持・引き上げていくことが欠かせません。

参考文献

  • ・上園昌武(2021)「再生可能エネルギー普及と地域づくりの課題と展望」(大島堅一編著)『炭素排出ゼロ時代の地域分散型エネルギーシステム』日本評論社。
  • ・上園昌武(2022)「環境政策─脱炭素対策で地域経済の発展を実現する─」(保母武彦監修・しまね地域自治研究所編)『しまねの未来と県政を考える─島根発・地方再生への提言2─』自治体研究社。
  • ・上園昌武・上園由起(2021)「生活の質を向上させる省エネ対策」『ビオシティ』第87号。
  • ・上園昌武・木原浩貴・上園由起(2021)「生活の質を高める実効的な省エネ支援」(的場信敬・平岡俊一・上園昌武編著『エネルギー自立と持続可能な地域づくり』昭和堂。
  • ・上園昌武(2022)「北海道における脱炭素社会の地域開発─エネルギー自立と持続可能な地域づくり─」北海道開発協会『開発こうほう』第710号。

付記:本稿は、掲載されている参考文献をもとに、大幅に加筆修正しています。

上園 昌武