【論文】「医師不足」の解決めざす住民運動それは「医療の公共性を取り戻す」ということ


住民運動17年を経て再奮起

当時人口4万5000人の秋田県鹿角地域(鹿角市および小坂町)が「精神科の空白地域(常勤医ゼロ、精神科病棟廃止)」になったのは、2006年でした。これを機に生まれた住民団体「鹿角の医療と福祉を考える市民町民の会(以下、同会」が音頭を取り、秋田県・鹿角市・小坂町・秋田県厚生連鹿角組合総合病院(現・かづの厚生病院)他との連名で、全国406カ所に12年間で約10万枚の「精神科医師を求めるチラシ」を配布。2018年、共感した医師2人が常勤赴任する大成果をあげました(詳細は、鈴木土身『お医者さんも来たくなる地域づくり』旬報社、2020年)。

しかし、2022年から、鹿角の精神科医療は再び「非常勤体制」に戻ってしまい、加えて、産婦人科医師の引き上げにより、地元でお産も出来なくなりました。総じて地域の医療体制には不安要素が多く、中でも夜間・休日はきわめてぜい弱で、「医師不足」が地域の縮小加速要因にもなっています。鹿角市民がアンケートで選ぶ「市の最重要課題」は、毎年「地域医療体制の充実」がトップ。先が見えない地域の姿に、これまで頑張ってきた住民運動の担い手たちにも疲労の色がにじんできました。

そこで、同会は、「あらためて、地域・住民目線で『医師不足』を考える」と題し、半年間に及ぶ「ロングラン学習討論」に取り組みました(後に使用した資料を216ページの冊子にしました)。本稿は、その核心部分を要約したものです。

表1

ロングラン学習討論「あらためて、地域・住民目線で『医師不足』を考える」

日本の医師は、「人口がより多い地域」により多く、「人口がより少ない地域」により少ない

主要各国と比べれば少ない日本の「医師数」ではありますが、2008年を100とした場合、2020年は全国118、秋田県106、秋田市113と少しずつ増えています。しかし、秋田市以外の市町村計は99、鹿角地域は89で、医師が増えているのは中心部だけです。

人口10万人あたりの医師数は、道府県庁所在地(東京を除く全国)の345人に対して、それ以外は224人(2020年)。秋田市(408人)の場合、それ以外(172人)の2・4倍です。秋田県に限らず、各数値は、医師が「人口がより多い地域」により多く、「人口がより少ない地域」により少ない傾向にあることを示しています。

図1

出典:厚労省資料をもとに筆者作成。

日本の医療政策が「公共性」より「採算性」重視に変わる

同会の「ロングラン学習討論」では、ほとんどの時間を「地方に医師が少ない理由を探る」ことに費やしました。そのポイントは2つです。

一つ目は、本来「公共」であるはずの医療に、40年程前から「採算性」が求められるようになってきたこと。1986年、厚生省(当時)に「医療関連ビジネス調査室」設置。財界の求めるままに「業務委託」が解禁され、1995年の「厚生白書」では、医療について、はじめて「産業」であることが明記されました。医療機関の経営に関する監査指導では「採算」が重視され、指摘を受けた「不採算部門」の整理・統合・外部委託が相次ぎ、待っていたかのように民間業者がその受け皿になりました。CTやMRIなど高額医療機器の保有台数は日本が世界でも突出。医師は「儲かる職業」の代表のように扱われ、高額な学費の医学系予備校が増加します。その一方、 「生活習慣病」などの言葉で、健康の「自己責任論」が国民に擦り込まれていきました。

「人口の少ない地域」では、医療機関は維持が困難になり、これに代わるようにドラッグストアが乱立。医薬品は10兆円産業になりました。

表2

日本の医療政策が「公共」から「採算重視(営利化)」になったことを示す主な動き

地方の人口は、「減った」のではなく「減らされた」

医療機関の経営が困難な「人口の少ない地域」、つまり「地方」は、どうして人口が減ったのか、それが二つ目のポイントです。特に大きな影響を受けたのが「農産物輸入自由化」で、1950年を境に農家人口が激減しました。同時に「地方の労働力」を「集団就職」などの形で都会に運び、「高度経済成長」が果たされました。80年代には通信・専売・郵政・交通など、あらゆるものが「民営化」され、「採算が合わない地域」は切り捨てられていきました。地方の人口は、「自然現象」や「個人的な志向」などではなく、政策的に「減らされた」ことは明らかです。

医療の問題は、医療のことだけ考えていても見通しが出てこない

同会の基本的な方針の一つ「日本の医師全体を増やすこと」に変わりはありません。この17年間で、全国の同じ思いの住民や医師との共同行動が広がっています。加えて、今回の「ロングラン学習討論」によって、「医師不足」の解決をめざす私たちの活動は「医療の公共性を取り戻す住民運動に他ならない」ということを学びました。医療の問題は、医療のことだけを考えていても見通しが出てきません。医療と同じように民営化・採算重視されてきた「交通・教育・社会福祉」などの各分野で、弊害が表面化し、「給食の無料化」など、「再公共化」を推し進める住民運動も活性化しています。私たちは、医療だけでなく、「公共」を取り戻す多種多様な、国内外の運動が手を結ぶ条件が広がってきたと考えています。

「住民の証言」という新たな運動、「相談する場所」などを行政等に提案

また、「健康な人は『医師不足』の実感がない」ことをヒントに、新たな取り組みとして、医師不足で困った事例を「住民の証言」として記録する取り組みも始まっています。

図2

出典:総務省統計局資料をもとに作成。

生活背景や医療環境・困惑・生きる意味の再考・工夫・周囲の助け・感謝など、一人一人の「現実のドラマ」をA4判1枚に凝縮し、記録に残します。これがあれば、実感の無い人も含めて、より多くの人と力を合わせることができます。

国民に日々擦り込まれ続けている「健康の自己責任論」からの脱却も不可欠です。困った時に一人で悩まないで「相談する場所」をつくることが急務です。同会は、公的な「受診サポートセンター(仮称)」設立を提案するとともに、「医療にちょっと詳しい人」が仕事抜きで力になれるような「助け合いが当たり前の地域づくり」も呼びかけています。「みんなで力を合わせて一人の苦難を救おう」とする、数年前まで、日本のどこでもそんな姿を見ることができたことを思い起こせば、まんざら無茶な話でもありません。

今年6月25日、16年ぶりに「第3回・鹿角の医療と福祉を考える市民町民集会」を開催しました。この集会では、「ロングラン学習討論」を基点とする一連の動きを整理・報告するとともに、秋田県・鹿角市・小坂町・かづの厚生病院に提出する「提案書」の内容について承認を得ました。提案項目(案)は、①精神科・産婦人科医師を求めるチラシに名を連ねた7団体による協議、②「医師の働き方改革」に対応した「救急医療の体制」づくり、③「総合的な診療」を軸とした医療体制の構築、④受診に関する「総合的なサポート体制」の確立、の4点です。

長期に及ぶ住民運動は、私たちに「学ぶこと」の大切さを教えてくれました。今、それを力に新たな運動が始まっています。

鈴木 土身