【論文】ふるさと納税制度の問題点と世田谷区の取り組み


ふるさと納税に関する現況調査結果(令和5年度実施)

本年8月、総務省から令和5年度のふるさと納税に関する現況調査結果が公表されました。ふるさと納税の受入額及び受入件数の全国計は年々伸びており、令和4年度の実績は約9654億円と、1兆円に迫る勢いで増加が続いています(図1)。また、制度利用者の増加等に伴い、住民税控除額及び控除適用者数も年々増加が続いています(図2)。

図1

  

図2

  

市町村民税控除額の多い5団体は図3の通りですが、上位3自治体は地方交付税の交付団体であり、税控除額の75%は地方交付税で補填される仕組みとなっています。ですから、地方交付税の不交付団体である第4位の川崎市と第5位の世田谷区には国からの補填がなく、100%の影響を受けているため、実質的な減収額は川崎市に次いで、世田谷区が2番目となっています。

図3

  

ふるさと納税制度の問題点

ふるさと納税制度は、「ふるさとに貢献したい」、「ゆかりのある自治体を応援したい」という気持ちを寄附という形で表すことができる仕組みとして創設された制度です。自治体に寄附をした場合、確定申告等を行うことで、寄附金額のうち2000円を超える部分について所得税や住民税から控除されます。

図2のとおり、制度開始当初は利用が低調でしたが、平成27年度に個人住民税所得割額の控除上限が1割から2割へ拡大されたことや、が創設されたことで、自治体間のいわゆる返礼品競争が過熱化し、全国の寄附金額が急増しました。それに伴い、減収額も増加し、特に都市部の減収額が大きくなっています。その後、総務省において令和元年度には指定制度を創設し返礼品の地場産品基準を設ける等の制度改正を行いましたが、依然として都市部の減収は増え続け、東京23区の合計では、令和5年度は約830億円となり、平成28年度からの累計額では実に3600億円を超える額となっています。その中でも、世田谷区の令和5年度の減収額は約98・9億円と、東京23区では一番多く、全国で見ても実質的な減収額が第2位であり、制度利用が増えるにつれ、減収額は年々増加し続け、平成27年度から令和5年度までの累計では、実に約460億円にも上っています(図4)。このまま減収額が増加し続ければ、区民サービスの低下を引き起こしかねない大変大きな問題となっています。

図4

  

東京23区の区長で構成する特別区長会でも要望していますが、住民税は、地方自治体が行政サービスを提供するために必要な経費を賄い、その地域の住民が負担し合うものですが、現在のふるさと納税制度は、受益と負担という税制本来の趣旨を逸脱したものとなっています(特別区長会の要望文より抜粋)。また、ふるさと納税制度では、返礼品競争の過熱により、多くの自治体が返礼品を提供しているため、本制度を利用した住民のみが返礼品等の恩恵を受ける一方、減収による行政サービスの低下の影響は、全住民に及ぶという不公平が生じるおそれがあります。

世田谷区を含む東京23区では、この制度の問題点として、大きく次の2点を指摘しています。

(1)税の控除額に上限がないこと

ふるさと納税制度は、指定を受けた都道府県・区市町村に対する寄附金のうち、2000円を超える部分について、一定額まで原則として所得税と合わせて全額が控除される仕組みとなっています。さらに、平成27年度には、ワンストップ特例にかかる特例分の控除上限が引き上げられるなど、高所得者ほど控除の上限額が増えるといった逆進性の要素が強い制度となっています。

例えば、総務省「ふるさと納税ポータルサイト」によると、全額控除されるふるさと納税額(年間上限)の目安では、年収400万円の独身の給与所得者では4万2000円なのに対し、年収2500万円では85万5000円と大きな違いがあり、高所得者ほど制度の恩恵が受けられることとなります。

(2)地方自治体に負担を強いる制度であること

ワンストップ特例制度により、本来国が負担すべき所得税の控除相当分まで、地方自治体に負担をさせる構造となっており、現に、昨年度のワンストップ特例制度による特別区全体の負担は37億6000万円余りにも及んでいます。そのため、地方交付税の不交付団体に対しても、交付金等による補填を行うべきであること等を指摘しています。

なお、これらの問題点を含む制度の抜本的な見直しについては、特別区長会において、これまでも度々、国に対し要望を行っています。

本年も7月31日付で、総務大臣あてに、次の4点の項目を含む制度の是正について要望書を提出しています。

一 住民税控除額のうち、特例分の上限を所得割の「2割」から以前の「1割」に戻すとともに、控除額に上限を設けること。

二 ふるさと納税による減収について、地方交付税の不交付団体に対し、地方特例交付金等で補填することにより、交付団体と不交付団体の格差を調整すること。

三 ワンストップ特例制度によって自治体が負担している所得税控除分を、国が地方特例交付金等で補填すること。

四 募集に要する費用の上限のうち返礼品経費の上限を寄附金の額の合計額の「100分の30」から更なる縮小を図ることで返礼品の規制強化を図ること。

また、本年6月に、国はふるさと納税の次期指定に向けて、制度本来の趣旨に沿った運用がより適正に行われるよう、制度の見直しを行いました。主な見直し点の一つが、寄附の募集に要する事務費用の5割基準についてです。これまで寄附の募集に要する直接的な費用のみを対象としていましたが、10月からはワンストップ特例事務や寄附金受領証の発行などの付随費用も含めて寄附金額の5割以下とすることが新たに定められました。

制度の運用がより適正に行われるようにという見直しの趣旨は理解できますが、今回の見直しは、事務の適正化にかかる内容であり、これまで特別区が主張してきた制度そのものの抜本的な見直しには至っておらず、今後もさまざまな機会を捉えて、制度そのものの見直しを求めていくことが必要であると考えています。

世田谷区における寄附の取り組み

世田谷区はこれまで、寄附文化の醸成に向け、区の取り組みをお示しすることで寄附という形で共感をいただいたり、社会課題に目を向けていただくために寄附を活用するという取り組みを進めてきました。現在も、福祉や子ども、みどり保全、文化やスポーツの振興等さまざまな内容を寄附先としてお選びいただいています。平成28年度に募集を開始した、児童養護施設退所者等奨学基金への寄附には、多くの応援をいただいています。令和5年度からは、児童養護施設退所者等奨学・自立支援基金として寄附の使途を拡大し、一層の若者の自立支援に取り組んでいきます。  また、の笑顔を支える基金は、医療的ケア児本人だけでなく、そのきょうだいや家族にスポットを当てて支えていこうと始めたものです。当初、医療的ケア児とそのきょうだいの外出イベント等の事業や災害支援体制づくりの取り組みという個別の事業に対して寄附を募っていましたが、多くの共感をいただいたこともあり、継続的な支援に繋げるため、新たに基金を設置し取り組みを進めています。

さらに、小田急線の連続立体交差事業及び複々線化事業を契機として整備を進めている「下北沢駅前広場プロジェクト」では、「下北沢」というまちが、いかに全国の方から愛されているかを寄附件数や金額の多さから改めて再認識することができました。区外の方はもとより、区民の方からも多くの寄附をいただいており、幅広い方から取り組みに共感いただいている点は、世田谷区の特徴だと考えています。

一方で、返礼品については、これまでは、返礼品競争とは一線を画し、ささやかながらもお礼の気持ちを表したい、また、世田谷区の取り組みを知っていただくきっかけとしていただきたいということから、区内の障害者施設の自主生産品や、区の魅力のPR・区内中小企業の支援と地域活性化を目的に取り組んでいる「世田谷みやげ」に指定された製品等に限ってきました。

令和元年度には、「モノ」より「コト」へのふるさと納税を喚起するため、区民協働のキャンペーンも実施しました。残念ながらコロナ禍において継続することができませんでしたが、「取り組みに対する寄附」を意識していただく一つのきっかけとなったと考えています。

しかしながら、全国的に本制度の利用が進み、区の減収額が年々増加し続け、看過できない状況となってきたことから、やむなく、昨年11月にこれまでの方針を転換して、区の魅力を全国に発信し、区への来街を促す取り組みとして、区内有名店の焼き菓子やスイーツ、区内の専門店で使える食事券や宿泊券など、約100点ほどを新たに返礼品として設定し、大幅に拡充を行いました。併せて、区の特色や返礼品を紹介する も開設しました。

*「世田谷区ふるさと納税特設サイト」https://furusato-setagaya.com/

昨年11月からの取り組みでしたが、47都道府県すべての方から寄附をいただくなど、多くの方からの寄附をいただき、区外の方からの寄附は前年度から件数で約6倍、金額で7・5倍の伸びとなりました。区の取り組みを知っていただく好機となったと捉えています。

今後に向けて

ふるさと納税制度はゆかりのある自治体への応援という目的のほか、産業育成、関係人口創出や地方創生といったさまざまな効果があるものと考えています。しかしながら、とりわけ世田谷区を含む都心部では、ふるさと納税により多額の税収が他の自治体へ流出しており、制度の是正がされない今日においては、自衛の策として返礼品競争に参入せざるを得ない都市部の自治体が増えているのが実態です。世田谷区では、こうした実態を踏まえつつ、今後も引き続き、魅力ある返礼品の更なる充実を行うとともに、社会貢献、地域貢献型のプロジェクトなど、世田谷らしい施策への取り組みを充実させ、寄附による応援の広がりが一層進むよう、取り組みを進めていきたいと考えています。また、ふるさと納税制度の抜本的な見直しについても、引き続き、特別区長会等を通じて国に求めていきたいと考えています。

最後に、ふるさと納税制度により、自治体同士が税収を奪い合う対立の構造ではなく、本制度を通じて日本全国の自治体がそれぞれ地域や自治体の魅力を発信し、その特色を生かした取り組みが一層進むよう望んでおります。

北川 俊彦