生存権保障のために、自治体福祉行政に今問われていること


 介護保険が始まって、23年がたちました。介護保険は、公的介護保障の世界に、契約という申請主義のしくみを導入し、 という職権主義のしくみを例外的なものにしました(措置から契約へ)。

*措置制度:地方自治体またはその長が、職権でサービスの要否を判断し、サービスの種類・内容・提供機関を決定することにより、サービスを現物給付として保障する仕組み。

 1990年代後半から続く福祉の市場化政策は、個人の自己責任を強めてきました。この流れが進み、ケアマネジメントや介護サービスを提供する事業者の多くを、民間事業者が占めています。実際、全国的に見ると、訪問介護や通所介護、ケアマネジメントの分野では、営利事業者が提供するサービスが多くのシェアを占める一方で、自治体直営のものはほぼ皆無です。介護保険によって、自治体福祉行政は、住民らが生活する上でのさまざまな困難を自ら把握し、必要な支援や給付が何かを自ら考え、実際の支援や給付を自ら行うという一連の役割から撤退してきました。その行きつく先は、福祉行政の現場感覚と専門性の喪失です。

 しかし、現行法上、措置制度は明記されており、そのことの意味は大きなものです。なぜなら措置制度は、福祉の最終責任を負うのは行政であることを体現する制度だからです。とはいえ、実際に、行政が適切に措置権限を発動する例はどれほどあるでしょうか。また、介護保険の下で、真に必要なサービスがどれほど行き届いているでしょうか。生活に困難を抱える住民が役所に相談に訪れても、具体的な助言や支援を提案されることはなく、「要介護認定申請をしていますか」とか「地域包括ケアセンターや、居宅介護支援事業者の一覧をお渡ししますので、そちらで相談して下さい」などと答えるばかりで、具体的な相談対応がなされなくなっていることは、よく知られています。そのような中で、介護保険が始まる前の福祉行政を知らない世代の自治体職員にとっては、今のようなあり方が当たり前で、福祉行政が本来果たすべき役割や責任に関するイメージ自体が、様変わりしてしまっているのではないかと危惧します。

 一方、地域では、「子ども食堂」に代表されるような、住民らによる自発的な取り組みが広がりを見せています。これらは、新自由主義がもたらす弊害を緩和しようとする面があり、行政がカバーできていない住民生活の課題に光を当てています。自治体行政には、これらの活動から学びつつ、これらの活動との連携に取り組むことも、重要になっていると考えます。

 ただしその際には、注意を要します。介護保険は市場化を進める政策でしたが、現在では、「地域包括ケアシステム」という「地域」ごとの支え合いの政策が重要な位置を占めるようになっています。このように、現在の福祉政策には、「互助」の重視という特徴があります。この流れは、2010年代の半ば頃からは、「我が事・丸ごと」を掲げた「地域共生社会づくり」の政策として、福祉の基本法である社会福祉法改正(2017年、2020年改正)を伴う形で展開し、広く福祉全般に及んでいます。

 したがって、このような現在の福祉政策の全体状況を見据え、福祉の最終的な責任は行政にあるという大前提をおさえつつ、自治体福祉行政がいかにして現場感覚や専門性を取り戻し、住民の生存権保障のための役割を果たしていけるのか、そのための取り組みが求められていると考えます。

豊島 明子
  • 豊島 明子(とよしま あきこ)
  • 南山大学大学院法務研究科教授 / 自治体問題研究所理事