【論文】実行段階に入った地方版総合戦略の課題と今後の方向

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はじめに

この1年間、各自治体は地方版総合戦略と人口ビジョンを急ピッチで策定してきた。総合戦略は2015~2019年度の5カ年計画であり、それは法的には努力義務であるが、交付金、関連事業の予算措置と連動しており、実質的には義務付けに等しく、2016年3月末にはほぼ全自治体(99%)で策定される。

策定に際して、政府は地方創生先行型交付金の上積みを図り、2015年10月末までの早期策定を促し、結果的に38都道府県および728市区町村(43%)で策定された。わずか半年で策定している。人口減少時代の30年、50年後の自治体の姿を模索し、展望する計画づくりであり、もっと時間をかけ、住民、地域全体の確信になるものにすべきである。

策定作業では、既存の総合計画との整合性、人口ビジョンの基礎になる合計特殊出生率や社会移動率、重要業績評価指標(以下、KPI)などの設定、PDCAサイクルの導入、効果検証の具体化が求められ、自治体によっては民間シンクタンクなどに事実上「丸投げ」するところも見受けられる。

政府は、相談窓口の設定、人材支援、策定指針、産業構造・人口動態にかかわるビッグデータ、詳細な政策パッケージを示し、国の方針の徹底を図っている。制度運営では、政府の意に沿ってチャレンジする「やる気のある、志の高い地方自治体」への優遇措置を鮮明にし、競争を煽り、勝ち組、負け組に峻別し、その先に新たな自治体再編を想定している。

そのなかで、政府は2015年12月、「地方創生」は戦略策定から事業推進段階に入ったとして総合戦略の改訂を行い、新たな交付金を設け、実施体制を本格化させている。こうした政府主導の運営が続けば、地方版総合戦略は、その名の通り国の地域・地方戦略になりかねない。いま大事なことは、政府の方針に惑わされず、自らの立ち位置を明確にし、政策を創り、使える予算は積極的に活用し、住民、地域に根差した計画づくりと実践を進めていくことだと考えている。

さて、直近の人口動態であるが、改訂版総合戦略によれば、2014年の合計特殊出生率(以下「出生率」)は1.42で9年ぶりに前年(1.43)を下回り、過去最低であった2005年(1.26)以来のゆるやかな回復傾向にブレーキがかかっている。年間出生数も約100万人で過去最低となり、東京圏への転入超過も約11万人で前年比1万3000人増となり、東京一極集中も加速している。その意味でも「地方創生」の真価が問われている。

ここではこうした状況を踏まえ、各都道府県、各市区町村で策定された地方版総合戦略の現況と到達点を検証し、今後の課題と留意点、方向を提示した。なお、各自治体の総合戦略などの概要は省略してあり、詳しくは地方創生ブックレット№6「実行段階に入った地方版総合戦略の課題」(自治体問題研究所・2016年2月発行)を参照されたい。

1.地方版総合戦略の特徴と課題

まず、先行自治体の総合戦略の内容を概観し、その特徴と課題を述べてみたい。

1つは、総合戦略の基礎になる人口ビジョンとそれに関連する数値目標である。出生率については、独自に設定した自治体もあるが、多くは国の想定値1.80(2030年)や2.07(2040年)をそのまま活用しているか、それを基礎にして当該自治体の実績値などを付加したり、到達年度に緩急をつけたりしている。そもそも住民の居住・移転の自由があるなかで、国はともかく自治体単位で社会移動率や将来人口を客観的に推計できるのかという基本問題もある。また、市区町村の積み上げが、都道府県、国の数値目標、達成年度と整合するのかも疑問である。実質的には、国の長期ビジョンの基本目標「2060年に1億人程度の人口を確保し、人口の安定化と生産性の向上を図って、2050年代に実質GDP成長率1.5~2%程度を維持する」ための方策になり兼ねない。その本質は、労働力確保、経済規模・成長率の維持であり、その根底には大都市や大企業の成果、利益が結果的に地方、地域に豊かさをもたらすという「トリクルダウン」の考え方がある。

さて、人口ビジョンの目標をどこに設定するのか。このことについては各自治体で独自の検討が行われている。宮崎県西米良村の黒木定藏村長は、村づくりの目標は「人口を増やすことではなく、村民の幸福度を高めること」と述べ、それが結果的に人口減少の抑制、若者のIターンなどの増加につながっている。「小さくても輝く自治体フォーラムの会」(以下、「フォーラムの会」)の自治体の人口ビジョン・総合戦略を調査した平岡和久氏(立命館大学教授)は、「地域づくりでは、『住みよいと感じる住民の割合』『まちへの愛着度』といった住民の意識を設定するケース、介護保険要介護率、健康寿命の延伸など高齢者の状態にかかわる指標を設定するケースもみられた。この他にも多様な指標が設定されている。なかでも島根県海士町は『海士町幸福度』や『レジリエンス指数』を基本目標として設定するとしている。具体的な指標づくりはこれからだが、ユニークなものと言える」と述べている。

福井県の総合戦略でも基本目標の第1に「幸福なくらしの維持・発展」を掲げている。

将来人口の推計では、多くは人口減少(出生率の低迷、転出超過)を現象的にしか捉えておらず、その原因、阻害要因の分析が十分に行われていない。実際には国立社会保障・人口問題研究所や国の長期ビジョンの推計値に基づいた人口シミュレーション結果を示し、その上で総合戦略の諸事業の実施効果に基づく転出抑制、社会増、自然増などを加味して上積み目標値を設定している。自治体によっては、それだけでは将来展望が描けないとして、目指すべき“攻め”の目標値を別に設定しているところもある。その一方、長野県阿智村のように地区単位の実態をきちんと把握し、診断し、具体的な目標、対策を示している自治体もある。

KPIについては、国はアウトプット型でなくアウトカム型で設定するよう求めているが、それは必要ではあるがそう簡単ではないし、検証も難しい。シンクタンク頼みにならざるを得ない自治体もある。実際に即した具体的な方法やノウハウの例示が必要になる。効果検証では住民参加の仕組みづくりも課題になる。先行自治体では、この1年間の取り組み実績を踏まえた重点事業での効果検証調査等も予定されており、それらの結果も見極めていきたい。

関連して、交流人口については、どの自治体も観光振興や移住・定住対策などと連動してさまざまな推進施策を打ち出している。それは重要なことであるが、山梨県では新たに「リンケージ人口」という概念を取り入れ、観光で訪れる旅行者、別荘を利用する二地域居住者、帰省する県出身者などを「県と繋がりを持つ人口」と定義し、県の人口目標に組み入れている。これは同一レベルで取り扱えるものではなく、区別が必要である。

2つ目は、策定業務の外部委託である。これは人口ビジョンの基礎になる出生率や社会移動率、あるいはKPIの設定、効果検証をどう行うのか、各自治体はそこで苦労しており、それが委託の拡大に繋がっている。委託費の上限額を見ると、たとえば奈良県天理市や斑鳩町では1100万円、茨城県利根町1000万円、沖縄県竹富町1000万円、愛媛県新居浜市975万円、愛媛県伊予市950万円など、ほぼ「丸投げ」に近いところもある。一部委託も含めれば大多数の自治体で外部委託が行われている。

もちろん、調査・策定業務委託がすべて悪いわけではない。日ごろから協力・連携している調査研究機関などに委託し、共同で作業を行っている自治体もある。問題はそれらのノウハウや結果を計画づくりに活かしていく自治体側の体制であり、専門的な職員の配置は急務である。

3つ目は、基本施策の中身である。最重点は「安定した雇用の創出」であり、農業・観光振興、企業誘致、女性・高齢者支援、創業支援、人材育成施策なども共通している。その上に当該の自治体特有の課題、たとえば東京オリンピックや北陸新幹線の開通、地方創生特区の指定や新産業創出、あるいは健康長寿県、日本版CCRC構想の実現、6次産業化、自然エネルギー拡充などが上積みされている。

また、多くの自治体では人口減対策の目玉として、子どもの医療費や保育料の無料化、減免措置などを率先して講じているが、それを自治体任せ、自治体間の競争の道具にしていいのか。全国市長会は、2015年5月に医療・教育はナショナルミニマムとして国が責任を持ち、子どもの医療費などは国が一律負担、無償化すべきと提言している。それが基本である。

4つ目は、「新たな広域連携」への対応である。その中心施策は連携中枢都市圏であり、それは市町村連携によって規模の大きな圏域を設定し、「コンパクト化とネットワーク化」により圏域全体の活性化と地域再編、公共施設などの集約化を目指すものである。2016年3月現在、播磨圏域、宮崎圏域、備後圏域、高梁川流域圏域、瀬戸・高松圏域、盛岡圏域の6都市圏に加えて、近々広島市、松山市、久留米市、大分市を中心とした4都市圏が形成される予定であり、10圏域全体の参加自治体数は53市37町にもなる。

具体的な取り組みでは、播磨圏域では、姫路市を中心に産学金官民一体での経済戦略の策定、高度医療サービスの提供、スポーツ・文化芸術振興を定め、連携による交流人口の増加で定住人口減による負の影響を緩和し、高次都市機能の集積で中心市街地活性化の強化・推進を図るとしている。

宮崎圏域では「『共創』の考え方を基本に周辺の自治体、産業界、大学や金融機関など多様な主体と連携し、雇用の場の創出、地域や企業ニーズに合った人材の育成、地域資源を生かした交流人口の拡大など定住や移住に向けた取り組みを促進し、人口減少が食い止められるよう圏域の経済の活性化や公共サービスの確保を図っていく」としている。

備後圏域では、福山市を中心に産業振興や広域観光の推進、都市機能の充実や住民協働の地域振興等を目標に掲げ、雇用対策ではU・I・Jターンの推進やインターシップ等の就労支援調査等を行い、高度医療サービスの提供では、市民病院の救命救急センターやがん医療の充実、圏域内の医療機関との連携強化、医師・看護士の確保対策を図るとしている。

高梁川流域圏域では「流域7市3町は、気候や風土、主要産業も多種多様であることから、こうした市町が連携することで、圏域の特色を最大限活かし、地域の総合力をもって、人口減少・少子高齢化社会への対応と圏域全体の経済成長を目指す」としている。

先行事例の実際を見ると、主要駅周辺の開発促進や道路網、戦略的観光施設の整備、社会教育施設や保育所等の集約化・複合化、広域利用が随所に盛り込まれている。

5つ目は、都道府県と市区町村の総合戦略の関係である。策定過程で摺り合わせが行われていると思うが、その実効性、整合性が問われる。なかには国や都道府県の考えを押し付けてくるところもあるようだが、基本は市区町村であり、ボトムアップ型にしていくべきである。また、市区町村側からは、県の総合戦略は「包括的なものではなく、それぞれの地域の特性を活かせるものにしてもらいたい」との要望も出ている。また、将来人口や社会増減の均衡目標年度、地域振興策等の整合性も精査が必要である。市区町村では集落、地域からの計画づくり、実施体制づくりを重視して進めているところもある。これは地域の自治、担い手を育てる観点からも重要である。

6つ目は、アベノミクスの成長戦略路線との関連である。重点施策の創設に向けて、地方施策での規制緩和、民間開放、それを後押しする地方創生特区の活用を重点にしている自治体もある。

たとえば、秋田県仙北市は小規模診療所での外国人医師の診療解禁、温泉を活用した医療ツーリズムの拡大、宮城県仙台市の地域限定保育士の導入、東京都荒川区の都市公園内の保育所設置、愛知県の公立学校運営の民間委託、大阪府の革新的医療機器の開発促進、医療イノベーションの推進などである。神奈川県の総合戦略でも、国家戦略特区や京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略特区、さがみロボット産業特区の最大限活用による未病産業・ロボット関連産業の創出・誘致・育成などが掲げられている。これは政府の「地方創生」戦略の重点であるが、それが本当に地域経済の発展、暮らしの向上、自治体の役割や機能の強化に繋がるのか、検証が必要である。

7つ目は、住民参加、議会との関係である。「フォーラムの会」の調査では、策定プロセスへの住民参加は8割以上と高いが、都市部では低い。多くは代表参加で、公募委員も少ない。全市民的にはパブリックコメントを実施しているが、総じて一方通行で、形骸化していることが多い。地区単位の住民説明会や懇談会の場を設け、意見を反映させるなどの改善が求められる。住民、地域が本気にならなくては総合戦略も絵に描いた餅になる。

議会との関係では、広島県では人口ビジョンは議会の議決事件に、総合戦略は分野別計画として議会への報告としている。また、兵庫県は地域創生条例を定め、議会の議決事件にしている(自治日報2015/7/31)。神奈川県横須賀市や愛知県豊田市では地方創生にかかわる特別委員会を設置しているが、多くは全員協議会での説明・意見交換に止まっている。議会の役割をもっと重視すべきである。

8つ目は、国の財政運営と自治体の対応である。政府の財政方針は、国の戦略に沿ってチャレンジする“先進自治体“には交付金などを優先的に交付し、自治体間の競争を煽っている。こうした運用は、「地方創生」の趣旨に逆行し、各自治体の自主的、独自の努力、施策推進に水を差すものである。国主導、意図的・選別的な運用は見直し、基礎交付に一本化すべきである。同時に、自治体自身も周辺自治体との実質的な連携を強め、共生・共存を目指す政策づくりが求められる。同じやり方で競えば共倒れになる。

最後に、「地方創生」総合戦略は、公共施設等総合管理計画や都市再生特別措置法改正に伴う立地適正化計画の推進、合併算定替の廃止、新国土形成計画「対流促進型国土の形成」などとも連動しており、総合的に分析、解明していくことが必要である。

2.今後の取り組みの留意点と政策、運動の課題

以上のような状況と地方版総合戦略の到達点、各種施策の進捗状況を踏まえ、今後、どのように取り組んでいくのか。その留意点と政策、運動の課題、今後の方向を考えてみたい。

(1)基本は地域の実態や個性、宝もの(人材、資源、文化、景観、歴史など)を住民自らが調査し、地域を丸ごと再評価、再構築し、地域づくりを進めていくこと。自治体は、こうした住民の自主的な取り組みを積極的に受け止め、必要な支援策と連携システムを確立すること。

地域づくりの基本は地域調査であり、その主体は住民である。地域は自然条件も歴史も社会・経済状況も異なり、それぞれの個性をもって存在している。地域づくりの原点ともいわれる鳥取県智頭町の「日本ゼロ分のイチ村おこし運動」はよく知られているが、類似の取り組みは他にもあり、それらに学ぶことが必要である。また、これらの諸活動に地域の未来を担う若手の自治体職員や住民、U・Iターン、地域おこし協力隊の人たちを積極的に位置づけていくことも重要である。

(2)人口減少社会の地域再生、地域づくりの目標、軸となるものを各自治体が示し、住民の合意形成を図り、地域全体の確信にしていくこと。

1)国の長期ビジョンは、2060年に1億人程度の人口確保、労力・経済規模・成長率の維持を基

本にしているが、これに追随せず、各自治体は地域に根ざし、住民の暮らしや文化、生業を守り、幸福度、安心感を高めることを人口ビジョンの基本に据えること。

このことでは、西米良村や海士町、富山県朝日町などで実践的に取り組まれており、その理論化、政策化が必要である。岡庭一雄氏(前阿智村村長)も「厳しい中山間地で地域の持続を可能にする道は、住民がそこで生きることに自信と誇りを持ち続けられるかどうかにかかっている」(「人口減少時代の地域の再生と『地方創生』の課題、自治体問題研究所、2015年)と指摘している。これらのことは、今日の田園・地方回帰の傾向や従来型の価値観の見直しとも連動しており、その分析、解明も必要である。

2)人口減少社会をマイナス面だけで捉えず、それを都市のゆとり、自然災害に対する脆弱性の

克服、安全性の確保、環境との共生など、質的な転換につなげていくこと。

中山徹氏(奈良女子大学大学院教授)は、「人口減少によって生み出される空間を公園緑地の拡充、居住環境・災害危険区域の改善、都市景観の回復、文化・歴史の継承、子ども・高齢者、障害者にやさしいまちづくりを進めていくことが重要」(『地方消滅論・地方創生政策を問う』2015年・自治体研究社)と提言している。

また、当面の重点である巨大地震との関係では、中央防災会議は首都直下大地震、南海トラフ巨大地震の発生確率は30年以内に70%(東海地震は88%)以上と指摘している。三大都市圏の大都市は、総じて過密であり、災害に対する備えも弱く、安心・安全のまちづくりは急務である。

3)人口動態の把握、人口減少対策は、統計的な手法だけでなく、集落・地区単位から実態をリア

ルに把握し、行動化につながる具体的で、わかりやすい対策を示していくこと。

たとえば、阿智村では、中山間地域研究センターの人口推計プログラムを活用し、各地区単位で個別的、具体的に実態を把握し、30年後に90%の人口を維持するための移住増加モデルを示し、

「人口目標を達成するためにもう1人産みたくなる子育て支援の他、若者、子育て世代、定年帰農などの世代に応じたU・Iターン施策、地域ごとの状況に応じた行政の支援、定住者の転出防止などに取り組む」(南信州新聞2015/12/27)としている。また、滋賀県日野町のように高校生・移住者転出者調査を行い、その結果を施策に活かしているところもある。

4)移住・定住対策は、各種の支援策の充実とともに、各自治体が目指す独自のまちづくりと一体

的に進めていくこと。

各自治体は、移住・定住の拡大に向けて、情報発信や相談活動、空き家や公営住宅の有効活用、子育て施策や生活・定住支援策の充実、雇用の場の確保などに取り組んでいる。同時に群馬県上野村のような先進例をみると、それだけではなく受入れ自治体側がしっかりした理念、考え方を持ち、その地域の個性、魅力にあったまち・むらづくりと一体的に進めていくことが重要である。

(3)「新たな広域連携」の柱である連携中枢都市圏や定住自立圏、「小さな拠点」の推進に当たっては、中心都市と周辺市町村は対等平等であり、相互の自治保障の上に立ち、かつ施策の展開では拠点開発、公共施設等の集約化優先でなく、圏域全体の住民サービス向上を基本に据えること。

重点の連携中枢都市圏の先行事例を見ると、圏域全体の経済成長の牽引、高次都市機能の集積・強化が前面に出ており、主要駅周辺の開発促進や道路網、戦略的観光施設の整備、社会教育施設や保育所の集約化・複合化、広域利用などが随所に盛り込まれ、生活関連機能サービスの向上は後景に退いているように見える。圏域運営の要となる連携協約は、施策を長期的、継続的、安定的に展開していく必要性から新たに制度化されたが、協約内容の執行に関しては、自治体間の紛争が生ずることを想定し、紛争処理規定も定められている。実施施策の優先度、各自治体間の役割と負担、サービスの受益などに関して、自治体間協議の保障、民主的なルールづくり、運用を確立していくことが必要である。

「小さな拠点」も日常生活機能の集約化、拠点形成とネットワーク化が基本である。集約が想定される施設は、診療所や保育所、公民館、商店などが挙げられているが、同時に集落は小学校区などを基礎にしており、小学校の統廃合が狙われている。これらの施設は集落維持の基本機能であり、それらは極力残し、住民の暮らし、コミュニティを維持すべきである。集落に住み続けていく意欲や共同意識、基盤が失われれば、より利便性の高い都市部に転出することも考えられ、結果的に集落郡、村全体の衰退につながる可能性もある。また、地域交通の確立はネットワークの要であり、それを継続的、安定的に確保していくための財政措置、支援策は不可欠である。

なお、広域連携は合併に代わる新たな分権の受け皿づくりであり、連携協約の縛りもきつく、新たな合併、自治体再編、道州制導入の道筋づくりにならないよう留意すべきである。

(4)公共施設は、地域社会、コミュニティの核をなすものであり、住民の暮らしや福祉の向上、地域の連帯感の醸成、社会的活動の拠り所でもあり、基本となる施設、機能は確保していくこと。

今日の人口減少、人口構成や住民ニーズの変化、将来負担等を勘案すると、公共施設のあり方の見直し自体は必要であるが、統廃合、集約化ありきでなく、地域の実態と将来を見据え、住民の参加、納得、信頼の構築を前提にして「賢い縮小(スマート・シュリンク)」(森裕之『公共施設の再編を問う』2016年・自治体研究社)が求められる。総務省の調査によれば、すでに自治体からは12.251件の解体撤去の意向が示されている。政府側も財政誘導を強め、公共施設の統廃合、複合化、集約化を推進している。実施に当たっては、さいたま市のような住民参加型のワークショップ方式を積極的に取り入れ、その結果を施策に反映させ、かつ跡地利用も地域の合意を図って進めるべきである。

とくに小中学校は、2015年1月の文部科学省「公立小学校・中学校の適正規模・適正配置等に関わる手引き」で遠距離通学を認め、各地で統廃合が進んでいるが、これはコミュニティの基盤的な施設、地域的な絆の要であり、原則現在の配置を維持していくことが必要である。また、公民館も地域活動の拠り所であり、廃止、集約化ではなく、集落・地区単位に配置すべきである。

なお、集約化・複合化施設の建設・運営には、多くの自治体が経費節減と称して民間手法、PFIをはじめ施設整備にかかわるPPP手法の導入を検討しているが、高規格・高負担であり、施設運営でも課題が多く、導入は厳しく審査の上、慎重に行うことが求められる。

(5)地域再生に向けては地域経済の発展が不可欠であり、地域内の経済主体の積極的な参加を進め、地域内経済循環と再投資力の強化、自治体の権能と役割の拡大を図っていくこと。

岡田知弘氏(京都大学大学院教授)は、①地域内の経済主体(企業・農家・協同組合・NPO・自治体等)が地域に再投資を繰り返すことで、仕事と所得が生れ、住民生活が維持・拡大され、自治体の税源も保障される、②地域内の再生産の維持・拡大は、生活・景観の再生産につながる上、農林水産業の営みは土地・山・海といった「自然環境」の再生産、国土の保全に寄与する、③自治体は地域における一大投資主体であり、その行財政権限を駆使し、地域経済の確立に向けて積極的な役割、リーダーシップの発揮が求められる(「人口減少時代の地域の再生と『地方創生』の課題」2015年・自治体問題研究所)と指摘している。

具体的な施策では、①個別経営体、協同組合等への支援、②自治体の事業・施策を通して仕事・雇用の創出、③中小企業振興条例を制定し、その地域・産業構造に合った振興計画の確立、地域金融機関による地域内企業への金融円滑化、④公契約条例の制定による適正価格での公共調達の実現などを提案している。また、中山間地域では、林業振興と自然エネルギーの開発・活用が喫緊の課題になっており、群馬県上野村のように森林資源の調査、保全、活用、事業化(製材、加工、発電など)、販路拡大、担い手育成などをその地域に合った形で推進していくことが必要である。

(6)総合戦略の策定、改訂、進行管理に当たっては、住民参加、議会審議を徹底させること。

住民参加の手法としてパブリックコメントを行う場合は、双方向の議論ができるよう、地区単位の住民説明会や懇談会の場を設け、意見を反映させる仕組みをつくることが必要である。また、議会の対応は、多くは全員協議会での説明・意見聴取に止まっているが、(仮称)地方創生条例などを定め、人口ビジョンや総合戦略は、議会の議決事件にするなどの措置を講じていくことが必要である。

(7)政府は国主導、意図的・選別的な政策・財政運用は見直し、雇用や医療、教育など基礎的、

基盤的な制度整備は、地方任せにせず、それはナショナルミニマムとして国が責任を持ち、率先して整備していくこと。

1)新型の地方創生推進交付金の支援対象は、①先駆性のある取り組み(官民協働・地域間連携推進、

事業推進主体形成、中核的人材確保・育成)、②既存事業の隘路を発見し打開する取り組み、③先駆的・優良事例の横展開となっているが、こうした国主導の対象限定はやめ、各地域、自治体の自主的、自発的な計画・施策形成、取り組みを支援していくこと。

この間の交付金は、①地域住民生活緊急支援交付金のようなメニュー選択方式、②国の方針、総合戦略に沿ってチャレンジする自治体事業に優先的に交付する方式が主流になっている。こうした方式は「地方創生」の趣旨にはなじまず、使い勝手も悪い。各自治体が地域のニーズ、必要性に即して自由に、有効に活用できる方式に改めるべきである。いま大事なことは、どの地域、自治体も切り捨てず、そこに適したあり方、やり方で将来の展望を切り拓く「地域再生」の理念、政策の実行であり、その方向に政策・財政運用を転換していくべきである。

2)今日の雇用・労働政策を抜本的に改め、国連が提唱する人間らしい労働(ディーセント・ワー

ク)の実現とそれを具現化する雇用・労働関連法制・施策を確立すること。

わが国の非正規・低賃金労働者はすでに2000万人を超え、暮らしや子育て、働き甲斐に深刻な影響を及ぼし、それが結婚、出産、子育ての阻害要因となり、出生率低下、少子化に拍車をかけている。政府は、今も非正規化、労働者派遣法の改悪、「残業代ゼロ」の合法化、雇用ルールの切り崩し策を進めているが、これは直ちに改め、国連「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(2015年9月国連総会採択)に基づく人間らしい労働、雇用を実現すべきである。そのため国および都道府県、政令指定都市は早急に(仮称)ディーセント・ワーク法および条例を制定すること。

また、政府が提言した若年・結婚子育て世代の所得保障モデルは、女性が働くことが前提であり、かつ夫婦合わせて年収500万円という低い水準である。これは実質的には女性は非正規、年収200万円程度のワーキングプア水準を想定しており、女性差別につながり、「希望出生率」の実現も困難である。政府は、非正規の正規職員化、労働者の権利保障、安心して暮らせる適正な所得保障モデル(社会保障手当も含む)とその実行計画を示すべきである。

3)子どもの医療費や教育費の保障は、地方任せ、自治体間の競争の道具にさせず、政府がナショ

ナルミニマムとして責任を持ち、無償化を図ること。

どの自治体も自然増、社会増を図るため、子どもの医療費や保育料の無料化を独自に進めている。それ自体は必要であるが、財源に限度があり、自治体間格差も拡大している。本来それはナショナルミニマムとして国が制度化すべきことであり、当面、義務教育年齢まで無償化すること。

教育費は、中山間地域では高校、大学通学で別居を余儀なくされ、家庭は学費・生活費の仕送りで過大な負担を強いられ、学生は卒業時に多額の借金(奨学金など)を抱えている。ヨーロッパなどでは大学授業料は原則無料であり、当面、わが国の高額な授業料は大幅に引き下げ、奨学金制度は貸付型から給付型に転換し、奨学金返済は自治体、雇用企業などと協議し、減免制度を拡充すべきである。

4)長期ビジョンの基本認識を改め、明確な将来展望を示すこと。

国の長期ビジョンの基本目標は、前述した通り1億人程度の人口確保、労働力、経済規模・成長率の維持である。このような政府・財界主導の基本認識・目標設定は改め、人口減少社会のなかでも住民の幸福度を高め、若い世代の雇用の安定、働き甲斐、実質賃金の確保、安心して子を産み、育てられる環境を率先して整備すべきである。

同時に、日本の出生率低下は以前から指摘されていた。なぜ、フランス(1993年1.66→2010年2.0)やスウェーデン(1999年1.50→2010年1.98)のように、家族給付や出産・育児と就労の両立支援など若い世代の生活に寄り添った措置を講じ計画的に改善を図ってこなかったのか。制度の違いはあるが、諸外国の先進例に学び、この間の施策を総括して明確な対策を示すことが必要である。

5)移民政策は国政上の重要課題であり、国会での論議、国民的な合意を踏まえて具体化すること。

将来人口、特に生産年齢人口の増加が困難な中、移民政策が急浮上してきている。すでに自民党国家戦略本部は2008年に1000万人の移民受け入れを提言し、石破地方創生相も2015年11月の記者会見で同政策の推進を表明している。内閣府は毎年20万人(50年間)の移民受け入れ、出生率を2・07に回復できれば、今後100年間は人口の大幅減を避けられると試算している。

移民政策は、国政上の重要課題であり、安易な労働力確保、経済対策の手段にせず、国会での十分な審議、国民的な合意、国際的なルールを確立し、移民労働者の生活・労働環境の整備を図ることを基本に据えて検討すること。

6)政府政策の基礎にある「トリクルダウン」の発想を転換し、地域・地方から新しい暮らし、

経済の基礎を築いていくこと。

政府は、三大都市圏や大企業の成果・利益が、いずれ地方都市や農山魚村、中小零細企業に及ぶとしているが、実際には大都市、大企業だけが潤い、地方、中小零細企業は大変な困難を強いられ、疲弊している。この発想を逆転させ、小規模、地域から新たな暮らし、経済、地域活性化の基礎をつくり、それを地方都市、大都市に波及させ、相互の発展を図るという政策運営、国土計画に転換すべきである。実際にも、大都市は他の周辺地域・自治体と相互依存することで成り立っており、大都市と地方、農山漁村を「選択と集中」、便宜的な役割分担論で分断せず、実質的な連携と相互支援を強め、農山漁村には社会的な投資を積極的に行っていくことが必要である。

おわりに……

住民の暮らし、経済活動の場としての地域は、自然条件も歴史も社会経済状況も異なり、それぞれの個性をもって存在している。人口減少社会は現実であり、そのなかでも住民のいのちを守り、人間らしい暮らし、働き方を確立し、持続可能な地域を築いていくことは待ったなしの課題である。

国の役割、責任を明確にさせ、地域の未来、自治体のあり方を決めていくのは、主権者としての住民であり、地方自治体である。地域の個性、資源、課題を科学的、多面的に把握し、政策をつくり、自治の力、担い手を育て、何よりも「この地域で生きることに自信と誇りを持ち続けること」が重要である。それが現状の困難を克服し、未来を切り拓く大きな力、「地方創生」への対抗軸になる。この小論が皆さん方の政策づくり、運動に役立てば幸いである。

  • 2016年3月15日
  • より
角田 英昭

1944年生まれ。1967年に神奈川県庁入庁。退職後、自治労連・地方自治問題研究機構、自治体問題研究所で調査研究活動等に従事。

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