【論文】進むマイナンバーの利用拡大とプロファイリング


2019年7月現在1727万枚とマイナンバーカードの普及は進んではいません。しかし「マイナンバー制度は失敗した」わけではありません。マイナンバーは行政機関等が保有する個人情報を名寄せするためのものであり、その活用は着実に進み拡大しています。

■プロファイリングとマイナンバー

対象とする者に関する個人情報を名寄せ(データマッチング)することで、コンピューター上にその者の人物像を仮想的に作り出すことをプロファイリングといい、設定された指標にしたがって対象者の選別や分類、等級化などを行うことが可能となります。

マイナンバー制度の出発点は、小泉政権において社会保障費の削減を目的として検討された社会保障番号です。「真」に支援が必要な人に対して公平な支援を行うことのできる制度を実現する、すなわち国民一人ひとりをプロファイリングすることで政府の定めた指標にしたがって「必要な者」か「必要でない者」かを選別するのです。この構想に国税庁の長年の悲願である納税者番号としての機能がプラスされ、社会保障・税番号(共通番号)制度として実現したのがマイナンバーです。

プロファイリングをより正確、精密に行うには、マイナンバーに紐付けられる個人情報を増やす必要があります。既に、年金や健康保険、所得税、雇用保険等に関する個人情報と、市役所等が住民票と関連付けて記録している全ての個人情報(住民税、固定資産税、軽自動車税、福祉、生活保護、教育など)が紐付けられています。ただし、紐付けられていることと、他の行政機関等に提供されて(法的に許されて)いることとは別です。

預貯金口座との紐付けは、まだ任意ですが見直しが予定されています。戸籍情報との紐付けは2019年5月の行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(以下、番号法)等の改正により2023年頃までには始まります。

行政機関等への手続きの際に住民票の写しや課税証明など添付書類を省略できるケースが増えています。これはマイナンバーを使った情報連携システムによる名寄せが実現されているからです。情報連携が始まった2017年11月時点での省略可の手続きは853でしたが、2019年7月には1764(現行法上は2230が省略可)と大幅に増えています。これは2013年5月の成立以来、番号法が三十数回にわたって改正されたためです。しかし、こうした法改正について報道されることは皆無です。国会で十分な議論がなされた様子もありません。マイナンバーによる名寄せは、ほとんどの国民が知らぬ間に進んでいるのです。

では、今後はどうなるのでしょうか。2019年6月にデジタル・ガバメント閣僚会議で決定された「マイナンバーカードの普及とマイナンバーの利活用の促進に関する方針」は、「社会保障の公平性の実現や適正・公平な課税の観点等から、所得のみならず資産を適切に評価しつつ能力に応じた負担を求める公平な社会保障等を目指し、マイナンバーの利活用を進めている」としています。不動産等の資産については、市町村の固定資産課税台帳(住民票情報を介してマイナンバーに紐付け済み)を活用する可能性が高いでしょう。「社会保障の公平性」という点でいえば、カルテやレセプト、健診結果などの医療情報との関係をどうするのかが焦点となります。

■医療情報とマイナンバー

2018年6月閣議決定の「未来投資戦略2018」は、世帯単位である被保険者番号を個人単位化し、これを医療等分野における識別子(ID)として、マイナンバー制度のインフラを活用することで「医療等分野におけるデータ利活用を推進する」とし、厚労省情報化担当参事官室が2018年8月に示した「『医療等分野における識別子の仕組み』の概要」は、「被保険者番号履歴を医療等分野における識別子の一つとして活用することが現実的」としています。

マイナンバーと紐付けられた「被保険者番号履歴」により、転職・退職、転居等で被保険者番号が変わっても、個人の特定が可能となります。厚労省は被保険者番号履歴の利用場面を①医療等分野の研究目的のデータベースデータでの医療情報等の収集・連結、②医療機関等の間での患者の健診・診療・投薬情報の共有(医療情報連携)を想定しています。

「未来投資戦略2018」は「個人の健診・診療・投薬情報が医療機関等の間で共有できる全国的な保健医療情報ネットワークについて、本年夏を目途に具体的な工程表を策定」し、2020年度からの本格稼働を目指すとし、介護情報の提供も工程表に盛り込むとしています。また、「行政・保険者・研究者・民間等が、健康・医療・介護のビッグデータを個人のヒストリーとして連結・分析できる解析基盤について、本年度から詳細なシステム設計に着手し」、こちらも2020年度から本格稼働するとしています。「個人のヒストリーとして連結・分析」は、一生涯にわたって丸ごと把握するという意味です。

医療等IDにより、マイナンバーの目的の一つであった社会保障費の削減、すなわち医療情報に基づく国民一人ひとりの選別、「真に支援が必要な者」と「必要でない者」との選別がいよいよ可能となります。麻生太郎首相(当時)が2008年に語った「たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金(健康保険料)を何で私が払うのだ。だから、努力して健康を保った人には何かしてくれるとか、そういうインセンティブがないといけない」が実現するのです。いうまでもないことですが不健康や疾病は本人の努力だけの問題ではありません。

■自治体のシステム共通化とAI

総務省「自治体戦略2040構想研究会 第二次報告」(2018年7月)は、人口縮減時代のパラダイムへの転換が必要として「自治体の経営資源が制約される中、法令に基づく公共サービスを的確に実施するため」には、AIなどの「破壊的技術(Disruptive Technologies)」を「積極的に活用して、自動化・省力化を図り、より少ない職員で効率的に事務を処理する体制の構築が欠かせない」としています。また行政内部においては「共通の情報システムを活用して低廉化を図る必要」があるが、「マイナンバー制度による情報連携の開始後は、情報連携の対象となる情報については、全ての市区町村で同じレイアウト(データ標準レイアウト)を使用して副本データを作成して」おり、これは「システム共通化の基礎となり得る」などとしています。さらに驚くべきことですが、総務省・スマート自治体研究会の報告書(2019年5月)は、提供されるシステムを各自治体はカスタマイズせずにそのまま利用することを促しています。業務に合わせてコンピューターを使うのではなく、業務をコンピューターに合わせろというのです。

マイナンバーを使った情報連携を実現するために構築されたシステムは、市区町村におけるシステム共通化の基盤となり、自治体の独自性の放棄による地方自治の形骸化を促すためのインフラともなるのです。共通化されたシステムでの個人情報の処理には、当然マイナンバーが使われることになるでしょう。

また、スマート自治体研究会の報告書はAIの積極的活用をもうたっており、自治体で行われているAI活用の実証実験─特定健診受診対象者に過去の受診者データをもとにAIで最も効果的な勧奨通知を送る、要介護認定の認定調査や主治医意見書をもとにケアプランをAIに提案させる、兄弟姉妹の⼊園や利用調整基準等のルールを学習したAIによる保育所入所選考など─を紹介しています。

こうしたプロファイリング(住民サービスにかかわる選別や分類、判定等)にAIを本格的に活用するには、履歴を含む一連の膨大な量のデータを事前に学習させることが必要です。こうしたデータの取得にはマイナンバ

ーの活用が最も「合理的」でしょう。マイナンバーはAIによる「より少ない職員で効率的に事務を処理」するのにも利用されるのです。

■プロファイリングされない権利と「命の問題」

ところで、Eは2017年にすべての加盟国に個人情報保護を義務づける「一般データ保護規則(GDPR)」を制定しました。規則には個人データに基づく自動処理には明確な同意を必要とする「プロファイリングをされない権利」が盛り込まれています。特に、人種的・民族的出自、政治的意見、宗教・思想上の信条、労働組合加入、遺伝子や生体情報、性生活・性的指向に関するデータに基づく自動処理は、たとえ同意を得ても行ってはならないとされています。

こうした権利を明記している背景には、ナチス・ドイツによる支配(障がい者・児の安楽死、ホロコースト、戦時動員等)と東側諸国の監視社会という重い歴史があります。とくにドイツでは共通番号制度だけでなく国勢調査さえ憲法違反とされています。

一方、「リクナビ」の内定辞退率データ提供問題を見ても明らかなように、日本における個人情報保護の議論は、国民の意識も含め、Eに比べて格段に遅れています。もちろんプロファイリングをされない権利は個人情報保護法にはうたわれていません。

マイナンバー制度の出発点は「真に支援が必要な者」と「必要でない者」との選別です。社会保障番号の検討の際には、もらいすぎを防ぐためとして個人レベルでの「負担と給付のバランス」を図ることや、社会保障給付に上限を設けることなどが議論されていました。マイナンバーによるプロファイリングはまだ行われてはいませんが、制度化の目的から見て近い将来に始まる可能性は極めて高いでしょう。

マイナンバー制度のこれからは、私たちの命にかかわる問題なのです。マイナンバーとAIを活用したプロファイリングがどのような文脈で行われ、それがどのような社会をもたらすのか、そしてその際に自治体が果たす役割は何か、期待されているのは何かについて、憲法改悪の議論が本格化するもと、基本的人権擁護の立場から検討する必要があるのではないでしょうか。「マイナンバーが漏れたら怖いね」といった話ではなく、マイナンバーなどを利用したプロファイリングをどう規制するのかの議論を始める必要があるのです。

※紙幅の関係からマイナンバーカードの利用拡大についての検討は割愛しました。

黑田 充

1958年大阪市生まれ。1997年まで松原市役所勤務。立命館大学大学院で修士号取得後、自治体情報政策研究所を設立。自治体の情報化問題についての講演、著作などを行う。