【論文】高齢者を手始めに雇用を切り崩す「生涯現役型社会」―全世代型社会保障の検討課題に労働を据えた意図と対抗軸

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全世代型社会保障検討会議では、異例ともいえる労働分野の検討が含まれました。高齢者を引退させずに、彼らを雇用不安定化の手始めとして生涯働き続けさせ、負担を求め続けるという「生涯現役社会」に対する対抗軸を展望します。

経産省と安倍内閣・菅内閣の距離感が表れた「最終報告」

今般まとめられた全世代型社会保障検討会議(以下、検討会議)最終報告(以下、最終報告)は、本誌芝田論文で指摘されている体裁の特異さのみならず、従来の社会保障審議会等が行ってきた社会保障改革の議論とは異質さが際立つものとなっています。

検討会議では、年金や医療、予防・介護のほか、これらを貫くテーマとしての少子化対策とあわせ、労働と最低賃金が検討項目にあげられました。国の社会保障政策に関する検討において労働に関する項目が正面から据えられたことは、これまでになかったものです。

そして、労働については第1次中間報告(2019年12月19日)、第2次中間報告(2020年6月25日)でとりあげられたものの、最終報告では触れられていませんでした(本誌芝田論文15・16ページ表参照)。

これらの理由としては、第2次中間報告が示された後に安倍内閣が退陣、9月に菅内閣に交代したのち、12月に最終報告が出されていることとも無関係ではないように思われます。安倍内閣は「経産省内閣」とも呼ばれ、経済産業省(以下、経産省)官僚を内閣官房付に積極的に登用し、彼らがアベノミクスを代表とする経済政策を牽引する役割を果たしてきたことはよく知られています。社会保障を経済政策の一環として見る視点は、安倍「経産省内閣」ならではのものともいえるでしょう。その証左に、第2次中間報告までの検討会議での報告は、経済産業省産業構造審議会2050経済社会構造部会(以下、部会)における社会保障に関する議論および報告をトレースする形でなされてきました。

ただ、最終報告を名乗るにふさわしい網羅的なものとはならず、第2次中間報告以降の検討会議のまとめにとどまったのは、ひとえに経産省と菅内閣の距離感に起因するものではないかと思われます。第2次中間報告をまとめた第9回会議までは事務局として発言する「新原室長代理補」(新原浩朗・現経産省経済産業政策局長)の文字が議事録に残されていますが、菅内閣へ交代した後の第10回会議からは事務局の発言が見当たらなくなっています。このことからも、菅内閣は意図的なのかどうかはともかく、良くも悪くも経産省と、経産省が目指す社会保障改革像とは距離を置いていることを傍証しているように思われます。

経産省の目指す「生涯現役社会」とは

経産省の改革のねらいは、財界に資する改革を遂行するという視座に立った、第4次産業革命のボトルネックとなる労働・社会保障の問題の解決にあり、そしてその解決手法として高齢者を引退させない、文字通りの「生涯現役社会」の実現を企てるものであるといえます。

部会の第1回会議(2018年9月21日)で、経済産業政策局は部会の設置趣旨を提示しています。その問題意識には、第4次産業革命やグローバル化等の進展による産業構造や就業構造の変化が中心にあり、2050年頃にかけての現役世代の急減、人生100年時代の到来、単身世帯の増加など家族構成の変化、地方の人口減少・高齢化の加速、社会保障支出の増大など、大きな構造変化に直面することを危惧してみせます。そして、これらの構造変化に対応し、次世代に持続可能な経済社会を残すためには「全ての世代がエイジフリーで活躍できる健康長寿・生涯現役社会を実現する必要」があると指摘するのです。

この問題意識の下に検討された社会保障改革の方向性は、部会が2019年5月24日に発表した『人生100年時代に対応した「明るい社会保障改革」の方向性(とりまとめ)』(以下「部会とりまとめ」)にまとめられています。この要点は、人生100年時代の到来をチャンスと捉え、公的保険制度に予防・健康づくりのウェートを高めること、現役世代からの多様で柔軟な働き方の拡大を目指しつつ、給付と負担のバランスをとることが柱となっています。

つまり経産省の構想する「生涯現役社会」とは、これまでの社会保障が堅持してきた「社会が支えるべき高齢者」という概念を撤廃し、高齢者を引退させずに生涯働き続けさせ、社会保障負担を高齢者を含めた「全世代」の国民のみへ一方的に押しつける社会といえます。他方で財界には、高齢者を死ぬまで働かせることで少子高齢化に伴う人手不足問題の解消という利得を得させ、「柔軟で多様な働き方」の推進ともあいまって社会保険料の事業主負担の極小化を図る、徹頭徹尾財界を保護するための政策を遂行するんだという意気込みが見てとれます。

経産省が目指す「生涯現役社会」を実現するには、厚生労働省の所管する社会保障と労働政策に手を突っ込まなくてはなりません。このため、本来これらの課題を議論すべき社会保障審議会や労働政策審議会を通さずに、安倍官邸主導で「全世代型社会保障検討会議」を設置し、ここで得た結論を厚生労働省へ強要するという手法がとられました。

しかし、安倍内閣の退陣に伴い経産省が事務局から撤退したことも影響してなのか、労働政策に関わる部分は最終報告で全体像を描き切ることはできず、部分的な法令改正等にとどまっています。

次に、部会、第1次中間報告、第2次中間報告、これらを受けた法令改正の到達点について、雇用制度改革を中心に見ていきます。

雇用制度改革が検討会議の俎上へ

まず経産省は、部会の第2回会議(2018年10月15日)の「生涯現役社会に向けた雇用制度改革について」とする文書の中で、⑴高齢者の就労・社会参加の促進、⑵柔軟で多様な労働市場の実現、⑶生涯現役時代に対応した年金制度の3点について議論を進めるよう求めました。

この経産省の提起に対して、部会とりまとめでは「高齢者就労の促進と多様で柔軟な労働市場の整備」という項目を立て、⑴70歳までの就労機会の確保(65歳までと異なり、それぞれの高齢者の特性に応じた活躍のため、とりうる選択肢を広げる、多様な選択肢を法制度上許容し、労使や個人と相談し選択ができるような仕組みを検討する)、⑵多様で柔軟な働き方の拡大(新卒一括採用の見直し、中途採用の促進、職務の明確化とそれに基づく公正な評価・報酬制度の見直しを同時に進めるべき)、⑶多様で柔軟な働き方に対応した年金制度の見直し(本誌畠中論文参照)、という整理を行いました。

そして検討会議では、この部会とりまとめの方向性を踏まえた形で検討が進められました。「第1次中間報告」で、⑴70歳までの就業機会確保、⑵中途採用・経験者採用の促進、⑶兼業・副業の拡大、⑷フリーランスなど、雇用によらない働き方の保護のあり方をあげました。

まず、⑴70歳までの就業機会の確保では、高年齢者雇用安定法を改正し、①従来は65歳までが対象であったものを70歳までへ引き上げる雇用による措置(定年廃止、70歳までの定年延長、70歳までの継続雇用制度)に加えて、新たに②労使協定を締結した上での雇用以外の措置である創業支援等措置(70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度、70歳まで社会貢献活動に継続的に従事できる制度)を導入し、これらのいずれかの措置を講じることを企業の努力義務としました(2021年4月1日施行)。

⑵中途採用・経験者採用の促進については、労働施策総合推進法を改正し、大企業(301人以上規模)における「正規雇用労働者の中途採用・経験者採用比率」を公表することを義務付けました(2021年4月1日施行)。

⑶兼業・副業の拡大については、第1次中間報告では企業へ兼業・副業を認めるよう推奨しつつ、労働者保護に関する措置に関しては「兼業・副業に係る労働法制における労働時間規制及び割増賃金の取扱いについて、最終報告に向けて検討していく」と、この時点では先送りしました。結局この点は最終報告に盛り込まれませんでしたが、厚生労働省が2020年9月、第1次中間報告で示された方針を踏まえた「兼業・副業の促進に関するガイドライン」(2018年1月)の改正を行い、対応した体裁をとることになりました。

⑷フリーランスなど、雇用によらない働き方の保護のあり方については、第1次中間報告で「技術の進展により、インターネットを通じて短期・単発の仕事を請け負い、個人で働く新しい就業形態が増加しており、特に、高齢者の就業機会の拡大に貢献することが期待される」とし、⑴で示した高齢者の雇用以外での就業拡大にフリーランスを位置づけることが提起されました。

続く第2次中間報告では、⑴実効性のあるガイドラインの策定、⑵下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」)の改正を含めた立法的対応の検討、⑶発注事業者とフリーランスとの取引におけるトラブルに対応できるよう独占禁止法・下請法に基づく執行の強化等、⑷労働者災害補償保険等のさらなる活用を掲げました。これらのうち法令改正を伴う対応がなされる見通しなのは⑷のみで、労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会において、創業支援等措置により実施する業務について、労災保険の特別加入枠組みに含める方向で検討されているところです(2021年4月1日施行予定)。

(*労働保険の特別加入:本来は労災保険への加入ができない中小規模の事業主・家族従業者、いわゆる「一人親方」などが、労働者と変わらない業務等により負傷した場合などに、労災保険給付を受けるための制度。保険料は特別加入者の負担。)

雇用制度改革の評価と今後の行方

ここまで述べたように、経産省・検討会議が目指した社会保障・雇用制度改革は部分的な実施にとどまることになりました。しかし今後の社会保障・雇用制度改革の方向性を示している意味においても、高齢者を「生涯現役」と称して生涯働かせ、負担を求めようとするだけにとどまらない、重大な問題をはらんでいることが指摘できます。

年をとっても社会の中で役割を果たすことが健康長寿・介護予防につながることは否定しませんが、高齢期を迎えてもなお働こうとするのは高齢期の所得保障が不十分だからであって、そのため公的年金の水準を高齢期の生活保障に足りる水準に引き上げることこそ議論すべきであるのに、それをしようとはしません。むしろ高齢者を受給者ではなく「生涯現役」負担者として位置づけ直し、なお搾り取ろうとしているのが明白です。

経産省の資料には、高齢者の定義を75歳以上に引き上げれば、給付と負担の均衡について緩和できる旨を示すものがあります。18~64歳で65歳以上を支える場合、2017年では2・1人に、2040年では1・5人、2065年には1・3人で高齢者1人を支えなくてはならないところ、18~74歳で75歳以上を支える場合では、前記の各年でそれぞれ5・1人、3・3人、2・4人へと緩和できるという試算を行っています(経済産業省「2050年までの経済社会の構造変化と政策課題について」18ページ)。高齢者の定義を75歳へ引き上げることについては、日本老年学会・日本老年医学会のワーキンググループも提言を行ってはいます。しかし、こうした重大な政策変更を伴うものには国民的合意が不可欠であり、議論を尽くすことが求められるでしょう。

また、雇用自体を不安定化させる方向性をはらむ改革であることも問題です。高年齢者雇用安定法の改正は70歳までの高齢者と限定されてはいますが、高齢者を業務委託や社会貢献活動など、保障のきわめて乏しい「雇用」という形ではない働き方に追いやろうとしています。まずは実験的に高齢者をフリーランス化に取り組ませてみて、これが軌道に乗れば、いずれ若年者や現役世代にも広く業務委託等の形でのフリーランス化を拡大する─つまり高齢者を手始めに雇用を切り崩し、いずれ労働者全般に及ぶことになりかねません。

労働者を雇用から切り離せられれば、企業は雇用責任とともに、年々重くなる一方である社会保険料の事業主負担からも解放されます。他方、このような不安定な働き方に対する働き手側に対する保障は、せいぜい今回認められた労災保険の特別加入制度くらいしかなく、被用者保険からも排除され国保・国民年金のみ、あとはすべて「自己責任」となってしまいます。高齢者がとにかく長く働き続けられれば良い、などと悠長なことを言っていたのでは、高齢者のみならず現役世代全般に「雇用のない社会」が広がりかねない危険をはらむものであることを肝に銘じるべきです。

コロナ禍を契機に雇用保障・安定の強化を

では、こうした社会保障をないがしろにする動向に対し、どのような対抗軸を持てばよいのでしょうか。くしくもこのコロナ禍で苦しむ人々の生活を前に、国に対して生活を保障する仕組みを希求する人々の思いはこれまで以上に強くなっています。この人々の思いを形にし、社会保障制度を本来の生存権保障のための制度に転換させることが私たちに求められています。

当面は、雇用調整助成金や持続化給付金、雇用保険など、今ある制度を活用して生活を維持し働き続けられるようにすること、またこれらの制度の不備を把握し問題提起していくことが必要です。

また、社会保障を働き手から奪うフリーランス化に進むのではなく、あくまでも雇用を維持させることと同時に、安易なフリーランス化を促進させないためにも、フリーランスであっても社会保険の適用や業務委託元の事業主負担を課す仕組みの構築を求めることが必要です。労災保険についても、高齢者フリーランスに特別加入を認めることは一歩前進とは思いますが、さらにこれを進め、フリーランスで働く人の労災保険料を委託元の事業主に負担させる仕組みも求めていく必要があります。

これまで働き方の問題に関し、社会保障の観点から検討されたことはあまりなかったように思われます。今回の検討会議までの動きは、方向性が財界に向いていたとはいえ、厚生労働省内の旧省縦割りを経産省・内閣官房が破ったとも評価することはできます。次こそは、人々の生活の側にしっかり向かせ、寄り添い支えるための改革を、私たちも大胆に提起することが求められているといえるでしょう。

【参考文献】

濵畑 芳和
  • 濵畑 芳和(はまばた よしかず)
  • 立正大学社会福祉学部准教授

1976年鹿児島県生まれ。専門は社会保障学。修士(法学)。自治体問題研究所理事、総合社会福祉研究所理事、特定非営利活動法人秋桜舎理事。共著に『雇用・生活の劣化と労働法・社会保障法 コロナ禍を生き方・働き方の転機に』(日本評論社、2021年)、『新版 基礎から学ぶ社会保障』(自治体研究社、2019年)など。

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