【論文】迷走を続けるリニア中央新幹線の残土処分


リニア中央新幹線の工事で排出される5680万立方メートルという東京ドーム約50杯分もの残土は、どこで処分されるのでしょうか。各地では処分を巡っての疑問が噴出しています。

処分地が決まらずに事業認可

7月3日。静岡県熱海市の伊豆山で発生した土石流は、海までの2キロを高速で下り、死者27人、行方不明者1人、120棟以上の家々の破壊という甚大な被害をもたらしました。

災害の主因のひとつは、階段状に盛土された建設発生土(残土)です。盛土をした神奈川県小田原市の解体業者は、県に届け出た3万6000立方メートルを上回る5万6000立方メートルの盛土をし、条例で義務付けられた排水設備も敷設しませんでした。その残土が、豪雨が引き金となり、谷を下ったと推定されています。

ここまで甚大な被害ではなくても、このようなずさんな盛土は全国各地にあり、頻繁に崩落が起きています。そのなかでも、私が注目するひとつが、JR東海が、東京(品川)・名古屋間で2027年開通を目指すリニア中央新幹線(以下、リニア)の工事から排出される5680万立方メートル(東京ドーム約50杯分)もの残土の処分方法です。

リニア計画は2014年10月に国土交通大臣に事業認可され、現在、約70の工区で、作業ヤード、斜坑や立坑の建設などの準備工事がおこなわれ、そしてわずかながら本線掘削で残土が排出され、もしくは、今後排出予定です。

問題は、その排出量のうち、処分地が決まっているのは、事業認可から7年が経とうとしているのに、半分もないことです。その主因は、リニアは「国家『的』事業」という「民間事業」であることです。もしリニアが税金が財源の公共事業であるなら、残土の処分予定地を確定しておかないと事業認可を受けることはできません。しかし、民間事業である限り、その必要がなく、JR東海は、事業認可前の住民説明会で「膨大な残土をどこで処分するのか」と質問されると、いつもこう回答しました─「都県を窓口に決定します」。

反対する住民─長野県の事例から

都県を窓口にするとは、具体的には、都県が県下の自治体に残土処分の候補地があるかを問い合わせて具体的な候補地を絞り込み、それがJR東海に伝えられる流れになります。

しかしいざ候補地が決まっても、激しい反対運動に遭い、候補地取り下げとなる事例もあります。

長野県では974万立方メートルの残土が排出されます。その残土処分には数十の候補地があがりました。その一つが、豊丘村の小園地区の200メートルほど上流の沢筋「源道地」です。JR東海は、ここに約65万立方メートルの残土を埋め立てようと計画しました。(写真)

そもそも、残土は法律上は「廃棄物」ではなく資源です。つまり活用しなければなりません。2015年6月、JR東海はその活用について、住民説明会で「谷を埋めれば土砂災害も獣害も防げる」と説明。しかし、長野県で1961年6月(昭和36年)に発生した集中豪雨災害の「三六災害」は、伊那谷全体で犠牲者136人を出し、その遺族はJR東海の「安全に管理する」との説明に違和感を覚えたといいます。

住民は自ら土砂災害の勉強を重ね、「上流での残土埋め立ては危険」との認識で一致すると、2016年4月に「リニア残土NO!小園の会」を発足し、候補地取り下げを村に求める署名活動を展開します。4月下旬、全住民560人の約7割に当たる387人の署名が集まります。JR東海は、この結果を無視できず、埋め立て計画の中止を決めました。

また同じ長野県の松川町でも反対運動が起きました。

松川町の生田区が、約30万立方メートルの残土埋立てが可能な谷あいの土地「丸ボッキ」を候補地として町に報告したのは2014年11月21日。ところが、この決定は生田区を構成する福与・生東・部奈の三地区のうち、生東地区が「狭い県道22号線の2車線化」などを求めての先走っての決定でした。

下流に位置する福与地区の住民には寝耳に水の決定であり、三六災害を覚えている住民は、「福与地区リニア工事対策委員会」を結成し、2016年11月に町役場に「残土受け入れに反対」との意見書を提出します。

この動きに町も同調し、JR東海に、「住民理解が得られねば、残土置き場設置に『反対との結論もあり得る』」との要望書を提出。そして、現在においても丸ボッキでの埋め立て計画は止まったままです。

小園地区。三六災害の被害地区には土石流危険渓流が流れている。この200メートル上流にJR東海は残土を置こうとしていた。

賛成する組織

一方、残土を積極的に受け入れようとする組織もあります。同じ長野県の事例を紹介しましょう。

豊丘村に「本山」という山地があります。2017年3月、本山の地権者の「本山生産森林組合」は、総代会で30人の全会一致で130万立方メートルのリニア残土の受け入れに合意。ところが、森林組合法に定めた、総代会に必要な組合員384人の4分の1である96人以下の合意であるため、県は総代会を無効と判断。5月18日、森林組合は合意を撤回しました。

しかし、森林組合は2019年3月、「本山地縁団体」(地権者たちの組合)として組織変更し、すぐにJR東海と協議を再開し、6月9日には臨時総会を開催しました。130万立方メートルもの残土の活用について、地縁団体は「谷埋めで平坦な道ができる。キノコ採りが容易になる」と説明しましたが、それに納得できない組合員の一人、Hさんは、「130万立方メートルもの土石流で、近くを流れる虻川の下流に住む住民が危ない」と反対を表明。しかし結局、賛成多数で残土受け入れが決まりました。

納得できないHさんは、「下流域をはじめ住民の声に耳を傾けることを求めます」と題した署名活動を展開。ところが、387筆の署名を、村議会は多数決で「受け取らない」と決議。この結果、本山では今、ブルドーザーなど重機が残土処分場をつくるための伐採を行っています。

怖ろしいのは、土石流が起きた場合、誰が責任を取るのか。これが何も決まっていないことです。

採石は残土処分のためのダミー?

誰が見ても不可思議な活用もあります。その一つが、神奈川県相模原市緑区寸沢嵐にある新戸採石場での残土処分です。

新戸採石場は採石をほぼ終え、閉山が近かった採石場です。だが2020年5月1日に事業者の「1・3万立方メートルの採石」計画が相模原市から認可されました。認可期間は5年間。ところが、この「1・3万立方メートル」というのは採石場の上の方にあり、それを採石するために127万5000立方メートル(東京ドーム1杯分)のリニア残土を高さ60mで盛土して、そこに作業路を作るというのです。

これは、商売の視点から見れば、仮に1立方メートル4000円で残土を引き取れば、事業者は約50億円を入手することになり、悪い話ではありません。しかし環境問題の視点から見れば、この計画には強い疑念を持たざるを得ません。

まず、採石法上、閉山後、都道府県知事は事業者に災害防止命令(残土管理、調整池や排水施設の管理など)を出せますが、それは2年間に過ぎません。つまり、熱海で土石流を起こした残土の20倍以上もの量が閉山から2年後には放置される可能性があるということです。さらに、この採石場から、神奈川県民の水源である道志川はわずか60メートル。近くには、小さな集落がいくつもあります。もし熱海のような土石流が起きた場合、どれくらいの被害が起きるのかは誰にもわかりません。

新戸採石場。この階段状の急斜面に高さ60メートルの残土を積み上げる。

リニア残土で最大の盛土

リニア残土のなかでも、ことさら注目を浴びるのが、静岡県で360万立方メートルもの残土が盛土される計画です。

リニアが通る都県で、唯一、静岡県は本線着工を許可していません。県の水源の大井川の源流部がトンネル掘削されると、工事終了後も「大井川の流量が毎秒2トン減る」とJR東海が予測したのに、失われる水を大井川水系に戻す具体策を県に示せないでいるからです。2014年から県とJR東海と有識者とが水問題を話し合っていますが、この巨大盛土計画も何度か議題に出ています。

JR東海は、この膨大な残土を、大井川上流部にある燕沢と呼ばれる河原に、高さ70メートル、幅300メートル、長さ600メートルという、都心のビル街に匹敵する規模で積み上げようとしています。巨大盛土が崩れた場合、大井川はせき止められる可能性があるのですが、2020年2月10日、JR東海は、周辺の山から1000年に一度の深層崩壊と100年に一度の豪雨が同時に起きて盛土の一部が崩れても「河道閉塞は起らず」、「下流への影響は変わらない」と県に説明しています。

同じ問題は静岡市でも話し合われたことがあり、有識者の一人が「人工建造物である場合、崩れないという設計でなければならない」と訴えると、JR東海は「どんな災害にも崩れないのは非科学的です」と回答しています。

2014年6月、リニア計画に対しての国土交通大臣意見には以下のことが述べられていました(要約)。

「残土は、希少な動植物の生育地、自然度の高い区域、土砂の流出があった場合に近傍河川の汚濁のおそれがある区域等を回避すること」。

これに従えば、川が近傍にあり、絶滅危惧種のチョウ、オオイチモンジの幼虫が食樹とするドロノキがある燕沢は盛土の不適地です。筆者はこの点を、宇野護JR東海副社長に「大臣意見と真逆の候補地ではないのか」と質問したことがありますが、宇野副社長は「大臣意見は知っている。でも私たちは安全に工事できる」と言うだけでした。

大井川上流部の燕沢近辺。2019年、台風19号の豪雨と土砂崩れで植生が流され、地形が一変。左が大井川。

いつまで「仮」なのか

リニアの工事では、すでに盛土された現場はいくつもありますが、山梨県早川町では異様な光景が展開されています。

早川町は、リニア工事で最難関となる長さ25キロメートルの南アルプストンネルの始点ですが、JR東海が2014年8月に出した「環境影響評価書(山梨版)」によると、山梨側での掘削から排出される残土約328万立方メートルのうち、町内に置かれるのは約4万立方メートルだけでした。だが、いざ2018年3月に掘削が始まると、JR東海は町内に次々と「仮」残土置き場を設置。その数、今や11カ所を数え、盛土の合計は約80万立方メートルに達し、最も高い盛土は25メートルになります。

筆者が気になるのは、4つの盛土が小学校の近くにあることです。ある住民は「これらの仮置き場、いつまで『仮』なんでしょう。崩落や一日何百台も通る残土運搬ダンプの交通事故が子どもたちに及ばないか心配です」と懸念しています。

なぜ仮置き場が増えるのかの答えは単純明快で、残土の処分先が決まっていないからです。JR東海は、全残土の約7割の処分先が決まったと公表していますが、筆者や市民団体の計算ではその半分も決まっていません。

JR東海は今年度にも、東京都品川区、神奈川県川崎市、愛知県春日井市で本格的なトンネル掘削を始めますが、どこの谷で、どこの山で、どこの海で、どのような活用目的で残土が処分されるのかは未定です。

熱海の土石流をテレビで見たリニア計画沿線の住民からは、筆者のもとに「JR東海の盛土計画が不安だ」と訴えるメールが届いています。工事で残土が発生する以上、それはどこかで処分をしなければなりません。その点において、住民との合意形成は必須なのですが、JR東海にはその姿勢が見られません。それが最大の問題なのです。

壁の向こうが、当初4万立方メートルだけと決められていた最初の残土置き場。(早川町)
その他の「仮」残土置き場。垂直に残土を積み上げている。(早川町)
早川町の道路建設事業。その一環として建設する駐車場?に、リニア工事の残土を入れることを了解している。町の定めたこの残土置き場に置かれるリニア残土の量は、JR東海の残土処分量にはカウントされない。
残土の造成地を利用して地元の農産物の売り場を設置するとの触れ込みだったが、無人販売以前に無品販売のただの小屋があるだけだった。(早川町)
樫田 秀樹

1959年北海道生まれ。1989年より国内外の社会問題や環境問題を取材。『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社)で、第58回JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を受賞。