【論文】今考える、学校プールと水泳授業の行方


学校プールが減っています。文部科学省のスポーツ庁が実施している「我が国の体育・スポーツ施設─体育・スポーツ施設現況調査報告─」(2023年5月発表)によれば、小学校の屋外プールの設置率は87%、中学校は同65%です(2021年10月1日当時)。2018年が、小学校94%、中学校73%であることを踏まえると、で学校の屋外プール設置率が急減しています。それに伴い、水泳の実技授業を取りやめたところもありますが、学校外の民営/公営プールを活用して授業については継続しているところもあります。

本稿では、学校プールや水泳授業の課題・あり様を踏まえ、今後の行方について論じます。その中で、水泳授業の重要性とは裏腹に、学校プールの必要性が低下してきていることを論じます。

水泳授業の本来の趣旨と現行の位置づけ

そもそも、水泳の授業は小・中学校の教育課程上、どのように位置づけられているのでしょうか。

小学校では3・4年生において初めて「水泳」の文字が学習指導要領に登場し、「楽しさや喜びを味わい、その行い方を理解するとともに、その技能を身に付ける」ことが目的とされています。中学校でも「記録の向上や競争の楽しさや喜びを味わい、水泳の特性や成り立ち、技術の名称や行い方、その運動に関連して高まる体力などを理解するとともに、泳法を身に付ける」ことを目的としています。

ただし、小・中いずれでも「適切な水泳場の確保が困難な場合にはこれを扱わないことができるが、水泳の事故防止に関する心得については、必ず取り上げる」とし、水泳を実技で取り上げなくてもよいとしています。

水泳の授業が学校で行われるきっかけとしてよく語られるのが、1955年にあった宇高連絡船紫雲丸沈没事故です。修学旅行中の子どもたち168名が命を落としたこの事故が、「水難事故防止のための水泳授業」の普及に大きな影響を与えたとされるのです。

このことが主要なきっかけであり、水泳授業の必要性を提起しているならば、水泳授業は泳法を身につけ、距離やスピード、フォームを競うのではなく、万が一、池や川に落下した場合の自衛策を身につけることに重点を置くべきことになります。つまり泳ぎやすい水着を着て、波のないプールで行う形式よりも、池や川、海などで着衣にて行う形式がメインとなるはずです。

しかし、実際には現行学習指導要領では、先に述べたとおり、水泳の「楽しさや喜び」、「泳法を身につける」というところに比重を置いた位置づけとなっています。

水泳授業の実態と課題

実際に、学校の授業でを取り入れているとは限りません。実施されていたとしても、その多くは水泳シーズンが終わるタイミングで、各学年1回程度ということが多いです。衣服と靴を着用して入水した場合、その後に水質を調整する必要があり、さらには換水が求められることもあるからです。

それと引き換えに、水着を着て泳げる距離やスピード、フォームを競う水泳授業にほとんどの時間が割かれます。それは、1964年の東京オリンピック開催が水泳授業の普及拡大を支えたことが背景にあり、それが継続していると言えます。救命のための水泳ではなく、競技としての水泳へと性格変化が起こったのです。こうした泳法指導重視の水泳授業のあり様については、生涯スポーツを志向し水泳の楽しさを味わう、という現行学習指導要領のとの厳しい指摘もなされています。

しかも、保健体育科の免許をもつ教員がいる中学校はともかく、小学校の教員は水泳指導ができるほどの専門性が担保されていません。実際に、小学校教員に水泳指導に対しての自信を問うた研究では、「〔自分の指導力に自信があると〕そう思わない」とを足した割合が63・1%にも上りました。

他方で、看過してはならないのは、水泳における事故のリスクです。文部科学省スポーツ庁は、毎年「水泳等の事故防止について(通知)」(2023年は4月27日)を教育委員会教育長らに対して出し、プールの排水溝に吸い込まれて溺れる事故や飛び込みスタートに伴う衝突事故などを防ぐための手立てを講じることを指導しています。

2021年度には学校プールにおけるが1件、障害が残った事故が4件ありました。海や川での事故に比べると件数は少なく思えるかもしれませんが、この裏にはおよそ300倍のヒヤリ・ハット事案があるともいわれます。こうした深刻な事故を防ぐために、専門性が必ずしも担保されていない教職員が、十分とは言えない人数で、細心の注意を払って水泳指導を行っていることも顧みられる必要があるでしょう。

そうした指導力の格差や安全性への配慮の必要性、授業数の制約、指導人数が少ないことなどから、学校の授業の中で十分に子どもたちのできていないと感じている教員もいます。

学校プールの管理・維持負担

学校プールを活用した水泳授業を円滑に行うための管理は、教職員が行っています。プール開き前のプール清掃は、設置者の予算で業者に委託できない限りは、教職員が保護者や地域住民、生徒らと行うことが多いです。

水の入れ替えには、25メートルプールの場合約300立方メートルの20万円程度が必要となるといいます。入れ替えをせずに水質を一定水準まで維持するには、終日、濾過機を稼働させ、水質を計測し塩素などの薬品を使用するなど、管理を教職員自ら行う必要があります。もちろん、そのための費用は学校設置者である自治体負担ですが、それでも消耗品や薬品などで、 の費用がかかっていると言われています。

万が一、教職員の過失による漏水が起こった場合に、担当した教職員や管理職が 私費での賠償を求められることもあります。そうではなくとも、自治体は先の維持負担に加えて想定外の数十万あるいは数百万円の損失を被ります。

そもそも学校プールが普及したのは、1964年の東京オリンピックを前にした1961年、スポーツ振興法が制定され、国が学校のプールに建築補助金を出したことがきっかけといわれ、早くに建てられたものはすでに50~60年という時を経て老朽化という大きな課題を抱えています。このことにより、補修するか、建て替えるか、それとも廃止するか─こうした差し迫った判断のもとで、「学校プールの廃止」という選択肢をとるところが増えてきているのです。

他方で、学校プールの貯水は、消防水利や災害時の生活用水として利用される可能性もあり、水泳シーズンではないからといって、学校側が勝手に栓を抜いてはいけないという事情もあります。学校プールの廃止も例外ではなく、それ以外の貯水施設で消防水利には十分かどうかなど、消防署と相談をしながら、廃止の検討を進めているといいます。

今考える、学校プールと水泳授業の行方

このように考えると、そもそもの趣旨や現行の学習指導要領とは異なる形で水泳授業が行われている可能性がある上、水泳指導のための教師の専門性担保や人員配置に十分な予算がかけられていない現状があります。それにもかかわらず、学校プールを維持・管理する教職員の労働負担や自治体の費用負担は重いのです。子どもたちの安全を確保しながら、水泳授業としての意義を十分に発揮するには、現状のままの学校プールの必要性はかなり薄くなっています。

さらに、安全かつ効果的な水泳授業に必要なものは学校プールだけではありません。教師の水泳指導の専門性、安全性を確保するに十分な人員、プールの維持管理のための費用や専門性など、およそ学校プール以外にも公的予算をかけるべき部分は多くあります。また、プール同様に、補修や建て替えが必要であり、かつ使用頻度のより高い学校施設は他にもあります。このような状況において、学校プールを維持する優先順位は、残念ながらそれほど高くありません。こうした考えが、その減少を後押ししているのでしょう。

学校プールを廃止した学校では、近隣のプールのある学校へ移動したり、民営/公営プールを活用したりして授業を実施しています。プールがないために必要な指導が受けられないことは教育を受ける権利の制約といえ、これを容認はすることはできないことは言うまでもありません。

しかし懸念すべきは、公教育として行うべき水泳授業そのものが民間委託され、教師から民間インストラクターなどに委ねられた結果、本来の趣旨や現行学習指導要領から実際の水泳授業がより乖離していくことです。プールを手放すことは、水泳授業までを手放すことではなく、学校プール以外で水泳授業を行う際の教師の職務・責任はどうあるべきか、検討していく必要があります。

より安全で、より専門性が高い水泳授業を実施する選択肢の一つとして、学校プールの維持ではなく、水泳に関する教師の専門性の向上や学校以外も利用可能な公営プールの建築、安全管理などに公的な予算をかけることは非常に合理的な判断といえるでしょう。そしてそれが、公教育としての水泳授業を維持する自治体の責務を果たすことにもなります。

福嶋 尚子
教育行政学・教育法学。保護者の私費負担や学校財務について研究。子どもが排除されな い学校を目指し、「隠れ教育費」研究室として発信。教育学(博士)。