「復興後のビジョン」と「目の前の課題」─高知県黒潮町「事前復興まちづくり計画」の特徴と意義

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「事前復興計画」は、復興後のビジョンについて事前に検討することですが、それだけでなく、同時に、今の目の前にある社会課題にチャレンジすることが大切です。


「対策ではなく思想をつくる」

高知県黒潮町くろしおちょうは防災先進自治体として、全国にその名を知られています。東日本大震災を受けて見直された南海トラフ地震の新想定(2012年に公表、一部改訂版が2025年3月に公表)で、全国で最悪の高さ34メートル超の津波が押し寄せる可能性があるとされたことが、黒潮町の今を形づくってきました。将来を悲観したくもなる厳しい被害想定が発表された自治体は、他にも多数存在します。「あまり騒ぎ立てても」と正面から向き合うことを避けようとする動きも散見されました。そのような中、黒潮町は、「全国最悪の津波想定」をバネに、「それなら、『日本一の地域防災』を目指そうではないか」との意気込みで、役場、住民一体となって奮闘してきました。

まず具体的な防災施策を見てみましょう。役場の全職員が防災に関与する「地域担当職員制」、町内の62全ての地区で実施されている地区防災計画活動、独居の高齢者などを対象とした「押しかけ家具固定」、高台など逃げた先に必要なものを世帯ごとにあらかじめ準備しておく「世帯別ボックス」、「まずできることからやろう」の精神で実施されている「玄関先まで避難訓練」など、ユニークな、つまり、他の自治体ではほとんど見かけない独自の取り組みが目白押しです。これらについては既刊書などをぜひご覧ください(例えば、黒潮町2022、矢守2021・2024)。

ただし、個別の施策もさることながら、そのベースにある黒潮町防災の哲学が大切です。それは、「対策ではなく思想をつくる」というもの。その思想は、「避難放棄者ゼロ・犠牲者ゼロ」「人と自然のつきあい方を考える」といった言葉で表現されています。個別の対策から入ると、場当たり的で、付け焼き刃の対処療法になりがちです。だから、まず思想をつくる。確固とした思想があるからこそ、オリジナリティあふれる対策が出てくるのです。

黒潮町のこうした姿勢は、13年前の新想定公表で唐突に始まったわけではありません。その源流は、「私たちの町には美術館がありません、美しい砂浜が美術館です」というとびきり素晴らしいフレーズにあります。これは、町内にある「砂浜美術館」が掲げているフレーズです。都会には「ある」けど自分たちの周囲には「ない」ものを追い求めるのではなく、今ここに「ある」もの─「ある」にもかかわらず、その意義や価値に自分たちが気づいていないもの─を軸に地域の課題にチャレンジしていこうという発想です。

「逃げるまで」から「逃げてから」へ

防災のフロントランナーとして疾走している感のある黒潮町の防災。しかし、課題がまったくないわけではありません。現時点の課題の一つが、これまでもっぱら「逃げるまで」の対応に追われてきたため、「逃げてから」が若干お留守になっていた点です。もっとも、全国最悪の津波想定が発表されているわけですから、まずその重たい課題に専念するのは当然です。避難タワーなど避難可能な環境の確保、深刻な想定を前に「もうあきらめた」と言う人も多く出た中、「みんなで逃げよう」というマインドを育てること、そして、逃げる気持ちはあっても簡単にはそうできない人たち(たとえば、脚が不自由な高齢者)を対象にした取り組みなど、どれ一つとっても容易なことではありません。

しかし、ここ数年、「逃げるまで」だけでなく「逃げてから」も極めて重要だと考えざるをえない出来事が相次ぎました。熊本地震(2016年)、能登半島地震(2024年)など、犠牲者の死因の大半が「災害関連死」によって占められる災害が発生したのです。災害関連死は、災害後、避難所や自宅などで、持病が悪化したり、環境変化や復旧作業のストレスなどから体調が急変したりして亡くなるケースですから、まさしく「逃げてから」の課題です。

黒潮町は、ここ数年、この「逃げてから」にも大きな力を注ぐようになってきました。避難所運営マニュアルの整備、避難所生活を体験する訓練の実施、ライフラインが停止した自宅で生活する体験といった対策です。写真はその一つで筆者自身が写っています。

2023年12月に行った避難タワーの夜間滞在訓練の様子。(筆者提供)

津波から逃れた避難タワーの上で長時間滞在する体験訓練です。訓練実施は2023年12月。北風が吹き荒れる中どのように体温を保つのか、重たい課題だと思い知らされた体験でした(実は、この訓練のわずか10日後、能登半島地震が発生しました)。

事前復興計画とは

「逃げてから」は、さらにその先で、被災した自治体、地域コミュニティを再建し、住民一人ひとりの暮らしを立て直していくこと、ふつう「災害復興」と呼ばれているより中長期にわたる課題へとつながっていきます。本稿の主題である「事前復興計画」も、災害復興に関連するコンセプトです。しかし、この後述べるように、「事前復興計画」は、被災「後」にだけ閉じた議論ではなく、被災「前」の今にも密接に関係する考え方として理解することが大事です。ただ、その議論の前に、「事前復興計画」とは何かについて、標準的な考え方を押さえておきましょう。

「事前復興計画」とは、災害からの復興を迅速に行うために、災害が起こった後のまちづくりについて、被災する前にあらかじめ決めておくことです。被災してからでは、「時間も人手もお金もない」状態で復興について考え実行しなければなりません。だから、被災後に復興計画について考えるのではなく、被災する前に、復興について考え、準備し、実践することが重要とされるわけです。平たく言えば、「後から楽だから、今苦労しておく」ということです。これはとても重要な考え方です。

しかし、筆者が関わった黒潮町での体験に照らすと、過疎高齢化が進む地域やコミュニティを中心に、そうは問屋が卸さない場合も多いといわねばなりません。一番ネックになるのは、被災後がどうのこうのという以前に、目の前に差し迫った問題が山積していることです。「そもそも津波から逃げ切れるのか」「高齢者ばかりで、農業や漁業の将来の担い手が心配」「病院やスーパーが遠い」など…。「事前復興」とはいうけれど、過疎高齢化に由来する目の前の問題の深刻さはすでに災害クラスで、まるで「事前被災」しているようなものなのです。

こうした課題は、「事前復興計画」の実質が、外部の業者などの手による「美しく立派な未来予想図」に終始する場合に、特に深刻になります。「美しい図は描かれたけど、あんなの私たちの今とは無関係」。こんな声が住民から聞こえてきたら危険信号です。このような落とし穴を避けるためには、復興の主役であるコミュニティの住民と地元自治体とが、被災イメージと復興後のビジョンを共有するとともに、「復興後のまちづくり」だけでなく、「目の前の課題」にも目を向けて、事前と事後の両方に役立つ計画を立てることが大切です。「事前復興計画」の「事前」は、「事前」に計画するという意味と、「事前」を今ここで改善するという意味、この二つの意味を兼ね備えていなければならないのです。

現在いまも未来も

「黒潮町事前復興まちづくり計画(概要版)」と題された冊子があります(黒潮町2025)。この冊子は、過去3年間(2022~2024年度)にわたって開催された「黒潮町事前復興まちづくり計画策定委員会」(筆者も参加)における議論の結果をまとめたものです。そこにはこう記されています。

黒潮町事前復興まちづくり計画は、「復興基本方針」に基づき、「復興まちづくり計画」「事前準備計画」の二つで構成されます。

2本の柱が立っていることが大切です。前者「復興まちづくり計画」とは、被災後の速やかな生活再建と創造的な復興まちづくりをイメージするための計画であり、後者「事前準備計画」とは、目指すべき将来像の実現に向けたまちづくりを見据え、被災前に事前に準備しておくための計画です。前者だけでなく後者がはっきりと打ち出されている点が黒潮町の計画の特徴です。それは、「復興後のビジョン」を示すだけでなく、「目の前の課題」へチャレンジするものでもあるわけです。

実際、黒潮町では、被災「後」を展望しつつも、それだけでなく、被災「前」の今、すでに効果を発揮している取り組みがいくつかあります。たとえば、著名な「」の缶詰、「防災ツーリズム」「防災×脱炭素×福祉」の取り組みなどです。前二者の詳細は矢守(近刊)をご覧いただくことにして、ここでは最後の「防災×脱炭素×福祉」について簡単に紹介しておきましょう。小規模自治体では、「(電気)エネルギー」の面で「自立・独立」すること─大規模な電力供給網からオフグリッドし、地域マイクログリッドとして「自立・独立」すること─には、「一石数鳥」もの複層的な効果が期待されます。日常的には、再エネ利用の促進、EV(電気自動車)を活用した地域内交通対策(通院・買物困難対策など)となり、発災時には、(福祉)避難所での電力確保による生活環境の改善、医療体制の劣化抑止と情報的孤立の防止につながります。加えて、こうした準備はすべて、将来、被災後も無理なく持続可能なまちをつくっていくための土台となるものです。現在も、発災時も、そして未来にも貢献する─それが理想の「事前復興計画」です。

【引用文献】

矢守 克也

全国各地で地域防災や災害情報に関する研究を実施。防災ゲーム「クロスロード」、避難訓練支援アプリ「逃げトレ」など防災関連ツールを多数開発。NHKの防災番組「明日をまもるナビ」など、マスコミ出演も多数。

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