韓国の観光都市から学ぶ―甘川文化村にみる暮らしと共にある観光とは

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観光は地域を豊かにする力を持ちますが、生活との摩擦も生じます。観光と生活の共存をどう築くか。韓国・釜山甘川文化村での住民自治と制度の取り組みを手がかりに報告します。

はじめに

観光は地域に新たな収入と活気をもたらしますが、同時に住民の生活や地域環境に影響を及ぼし、「オーバーツーリズム」と呼ばれる問題を引き起こします。世界各地で観光客の集中による摩擦が顕在化し、韓国や日本でも同様の課題が議論されています。

韓国では、ソウルのプクチョンノクマウルにおいて、観光客が路地に入り込み、住民の生活が大きく乱されました。こうした問題を背景に、2019年の改正で「特別管理地域制度」が創設され、観光と生活の調和を制度的に支える枠組みが導入されました。

日本でも京都や鎌倉などで類似の摩擦が見られますが、本稿では韓国の釜山プサン市のカムチョンマウルに注目します。ここはアートによる都市再生から観光地へと変貌を遂げ、現在では国内外から多くの観光客が訪れる人気の観光地となりました。一方で、住民は観光客と共に暮らすための工夫を重ね、住民協議会は自主的な運営に集中し、行政は制度による補完を模索しています。その現場から「暮らしと共にある観光」の姿を考えます。

文化とアートで再生された町
─甘川文化村の成り立ちと変容

甘川文化村は、カムチョン2ドンの行政区画に属し、釜山市の丘陵地帯に位置しています。1950年代の朝鮮戦争時には避難民が集住し、長らく低所得層が暮らす地域でした。急傾斜に沿って階段状に建てられた家々や、背後の家が隠れないよう工夫された建築配置などが、独特な景観を形作っています。

2024年現在、世帯数は3101戸、人口は5124人。そのうち65歳以上の高齢者が43・0%に達し、高齢化が著しく進行しています。人口は2014年に比べて42・2%も減少しており、若年層の流出が進んだことが主な要因となっています

2009年には、韓国文化体育観光部の都市再生事業として「夢をみる釜山のマチュピチュ」プロジェクトが始まり、地域は「甘川文化村」と呼ばれるようになりました。その過程では、芸術家の指導のもと住民も参加し、壁画やオブジェの設置、空き家のギャラリーへの改修といった取り組みが進められました。2012年には「アジア都市景観賞」を受賞。独特な景観とカラフルな建物はSNSで注目され、若者や外国人観光客をひきつける観光資源となりました(写真1)。さらに、ナンドンの繁華街にも近く、現在でも釜山を訪れる人々にとって立ち寄りやすい観光地となっています。

その結果、2024年には年間287万人が訪れる観光地へと成長しました。しかしその過程で、住民の生活との摩擦が次第に顕在化するようになりました。

写真1 「カムネオウルト」から見た集落の全景。階段状に並ぶ家屋が特徴的で、現地では建物ごとに異なる色彩が印象的である。(2024年9月3日筆者撮影)

共生を模索する住民たち
─住民協議会の役割と観光マナーの改善

住民協議会の活動と役割

甘川文化村の観光化に伴い、2010年に「甘川文化村住民協議会」が発足しました。協議会は、観光推進の受け皿であると同時に、住民の生活を守るための自治組織でもあります。その目的は、①観光客が安心して楽しめる環境づくり、②住民が住みよい生活空間の整備、③持続可能な所得創出、④共同体の力の強化、の4点です

現在の会員数は約120人。地元住民の協力も得られていますが、高齢化が進んでおり、新規会員の勧誘には課題が残っています。

協議会の特徴は、文化村の運営に関する事案を行政に依存せず、住民同士の合意形成を重視して運営している点にあります。協議会は会長1人を中心に、副会長2人、各事業団の団長3人で構成されており、役員会議や運営委員会を通じて方針を決定し、自立的かつ組織的に活動しています。事業団は「企画団」「『村企業』事業団」「民泊事業団」の3団体です。また、外部の関係団体とも連携し、電気・水道・ゴミ処理など、生活基盤に関わる課題にも継続的に取り組んでいます

なかでも「村企業」では、カフェや記念品ショップ、ガイドマップの販売、駐車場の管理など、計11の事業所を運営しており、雇用は原則として地元住民を優先しています。得られた収益は、老朽化した家屋のリフォームや、高齢者のための洗濯場の運営、風呂のない住民のための共同浴場の設置など、地域福祉に再投資されており、住民に利益の還元を実感させています。協議会長のソン・スンホン氏(80歳)は、「観光が始まった当初、住民の反発は大きく、プライバシー侵害や騒音で不満が募った。だが、収益を地域に還元し、説明を重ねることで少しずつ理解を得られるようになった」と語っています。

また、協議会は「観光客と住民をつなぐ仲介役」としても機能しています。観光マナーを啓発する看板の設置や案内人の配置に加え、住民の声を行政に伝えるパイプ役としての役割も果たしています。ある住民は「協議会があるからこそ、個人の不満を安心して届けられる」と述べており、協議会が住民自治の基盤となっていることがうかがえます。

観光客によるプライバシー侵害や騒音、ゴミの問題は依然として残っていますが、それを「個人の問題」として済ませるのではなく、「地域全体で対応すべき課題」として協議会で共有し、解決策を模索する姿勢が続いています。こうした住民同士の合意形成と協議の積み重ねは、観光地化の進むまちにおいて、住民自治を支える柱となっています。

観光客の様子と地域側の反応

2024年9月の筆者および学生によるアンケート調査では、観光客38組93人から回答を得ました。訪問者は日本をはじめ、台湾、シンガポール、モロッコ、ドイツなど世界各国から来ており、訪問目的として最も多かったのは「写真撮影」(25組)、次いで「アート鑑賞」(21組)でした。情報源としてはSNS(19組)が最も多く、人気アイドルを描いた壁画の前で写真撮影をする様子も観察され、韓流(Korean Wave)の影響力がうかがえました。一方で、当地が住民の生活空間であるという認識や観光マナーへの理解は、回答者の半数以下にとどまりました。ただし、観光マナーの重要性については、一定の理解を示す回答も見られました。

2025年9月に現地を訪れた際、平日でも外国人観光客が多いことに驚かされました。観光客に人気のある「星の王子様とキツネ」のオブジェ周辺では、写真撮影を待つ人の列ができており、やや混雑していました(写真2)。混雑管理のため、協議会から案内役として住民が派遣されていました。

観光客の主な行動はアート作品との写真撮影です。狭い階段でポーズを取る台湾人グループや、ガイドマップを手に歩く英語圏のカップルの姿が目立ちました。この中には、居住空間に入り込む者もおり、協議会は私生活の侵害を防ぐため、「写真撮影禁止」(写真3)や「屋根に上らないでください」などの案内板を設置して対応しています。

写真2 人気の高い「星の王子様とキツネ」(中央奥)周辺。常に多くの人が集まり、混雑が見られる。(2025年9月3日筆者撮影)

写真3 観光マナー看板が集落内の各所に設置されている様子。(2025年9月3日筆者撮影)

住民の証言によれば、40代の女性は「玄関の扉を開けられて不快に感じたが、今は慣れた」と述べ、60代の女性は「うるさいけれど、観光客の存在には慣れた。来てくれるのはうれしい」と語っており、生活と観光の両面が映し出される中、観光マナーの周知がますます重要であることが示されました。

現在、地元住民の減少により空き家が増加しています。特にメインストリート沿いの建物の多くは、地元住民に代わってによって経営される店舗へと変化しています。ただし、外部人と住民の間で大きなトラブルは見られません。雑貨店を営む30代の女性(外部人)は「共生を考え、店前を清掃している」と述べ、自作の小物を販売する40代の女性(地元住民)は「自宅兼店舗なので続けやすい。他のオーナーとも問題はない」と語っています。プロジェクトの初期段階には外部人による経営に懸念を示す住民もいましたが、経年とともに相互理解が進み、共存の形が徐々に築かれつつあります。

制度による観光地管理の新展開
─特別管理地域制度の導入

2019年の観光振興法改正により、韓国では「特別管理地域制度」が導入されました。この制度は、観光客の増加によって自然環境や住民の暮らしに支障が生じる恐れのある地域を、自治体が「特別管理地域」として指定し、管理する仕組みです。指定された地域では、条例に基づき訪問時間の制限、車両や観光客の通行制限、施設の整備、入場料や罰則の導入など多様な措置を講じることが可能です。

2024年7月には、制度の第1号としてソウル市チョンの北村韓屋村が、同年11月にはキョンヨンチョングンハンタンガン観光地が指定されました。前者では訪問時間の制限によって住民の定住意欲が高まり、2025年7月には都市大賞を受賞しました。後者では路地での無秩序なテント設置が解消され、安定した環境整備が進められています

甘川文化村も年内の指定に向け準備を進めています。指定されれば、全国で3例目となります。役場の担当者は「住民協議会の活動はよく機能しているが、法律の力がなければ観光客を完全に制御することは困難だ」と述べています。現在検討されている措置には、訪問時間を午前9時から午後6時に限定することや、町内での車両通行禁止、入場料徴収などがあります。ただし、入場料については「自由さが損なわれる」「徴収機械の整備負担が大きい」といった反対意見もあり、検討が続いています

現状では、訪問時間についてガイドマップや公式ホームページで案内していますが、午後6時以降に訪れる観光客は少なくありません。任意の注意喚起では「守らなくてもよい」と考える観光客が一定数存在しています。制度の導入は、住民の生活を守りつつ、観光の持続可能性を高める仕組みとして期待されています。ただし、制度に頼りすぎれば住民自治の意欲を削ぐ恐れもあり、自治と制度の適切な補完関係をどう築くかが、今後の課題です。

おわりに

甘川文化村における観光の発展は、2009年のアートプロジェクトをきっかけに始まりましたが、計画的なものではありませんでした。観光客の増加に伴い、地域住民は経済的な期待と日常生活への影響という相反する課題に直面し、その中で住民自身が観光との関わり方を模索してきました。

この状況を受けて、住民協議会が主体となり、持続可能な観光の実現を目指すさまざまな自治的取り組みが進められています。観光施設の整備やガイドマップの作成、観光マナーの啓発、観光収益の地域還元など、住民主導の地域ルールづくりと運営を通じて、観光と日常生活の調和が図られています。こうした自主的な取り組みは、甘川文化村を「観光に疲弊する町」から「暮らしの中に観光が共存する町」へと変えていく上で、重要な役割を果たしています。

さらに、2025年現在、行政も甘川文化村の「特別管理地域」への指定を視野に入れ、制度的な支援の強化を進めています。これは、住民の取り組みを補完し、観光と生活のバランスを制度面から支える試みであり、ソウルの北村や京畿道漣川郡の事例に見られるように、今後の展開が期待されます。

本稿では、甘川文化村のこれまでの歩みを通して、観光と生活の摩擦を住民自治と制度の連携で克服する意義について考察しました。観光は地域に利益をもたらす一方で、住民生活との軋轢あつれきを避けられません。だからこそ、「誰のための観光か」「地域にどう根づかせるか」を、住民・観光客が共に考え、対話と実践を重ねていくことが重要であり、これが持続可能な観光を支える鍵であると言えます。

【注】

*注1、3、4、5、6、8、9は韓国語の資料です。

鄭 玉姫

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