住民の現実から自治を問い返す──「住民」の実像なき地方行政がまかり通る危機


住民の現実から自治を問い返す ─「住民」の実像なき地方行政がまかり通る危機

○『住民と自治』、まさに地方自治の本旨を体現する名前ですが、不思議なことにあまたある地方自治関係の研究誌で、「住民」を冠するものはほとんどなく、いわゆるメジャー誌では本誌だけといっても過言ではありません。首長の多くが「住民あっての自治体です」と言うように「住民」は主人公のはずです。しかし、現実には住民不在・住民無視の施策推進がまかり通っています。

○地域コミュニティが自治体の政策課題となった1980年代までの住民像は、①域内に就労し、生活する、②夫婦とその子どもで構成される世帯が平均的で多数を占める、③定住傾向にあり町内会などの地域組織を構成する、というものでした。その後の少子高齢化、就労の流動化、職住分離の進行、農業や自営業などの地域型就労の衰退などで、この住民像は文字通り過去のものになっています。加えて、海外からの転入者、「無国籍」者など想定していなかった事態も生じています。この間の地方行政における不全感の背景の一つに、この根幹である「住民」像をつかみ切れていないことが挙げられます。

○2021年12月、総務省の関東管区行政評価局(さいたま市)の評価課題の検討会で、災害対策基本法による市町村の自主防災組織の組織率が全国で84.3%、埼玉県は91.4%と報告されました。つまりほとんどの世帯が自主防災のネットワークに組織されていることとなります。本当にそうなのでしょうか?

10年ほど前、都内で、区役所と区社会福祉協議会の自主防災の調査に協力しました。確かに住民登録した世帯の約70%が自主防災組織に加入していましたが、その活動に参加した世帯は1割にも達しませんでした。またこの地域には住民登録していない住民が1000世帯ほどあるとのことで、実際の組織率は50%に届かないだろうとのことでした。

さらに、地域内の企業や工場などは加入していなかったり、加入しても社長が代表して1人だけというところも少なくありません。この場合、就業中に発災すれば従業員全員が被災者ですし、帰宅困難者になりますが、それはまったく見えていませんでした。

そして、町内会長と自主防災組織代表、地区社会福祉協議会会長、日本赤十字社地区責任者が実は同一人物であり、非常時には各組織毎に指示や連絡が入るわけですので、おそらく身動きがとれないことは容易に想像できました。

○このような建前と現実の乖離は大きく、深刻になっており、「政策効果が上がらない」大きな理由になっていると考えられます。

職場が遠くなり、寝るだけに帰る住民が増える一方で、高齢者、児童、一人親世帯、重度障害者、「ひきこもり」など生活に困難を抱えた人は地域に「置き去り」にされ、政策は建前だけで上滑りしています。

○こうした状況で、地方自治の本来の主人公である「住民」を見据えて、現実に即した研究を進めることの意義は小さくありません。見かけの建前に追随するのではなく、住民による自治を志向するという原点が改めて問われています。

平野 方紹
  • 平野 方紹(ひらの まさあき)
  • 埼玉自治体問題研究所理事長・元立教大学コミュニティ福祉学部教授・自治体問題研究所理事