「線引きのない場所」―こども0円食堂(大阪市淀川区)

(一般社団)大阪自治体問題研究所
栗本 裕見(取材チーム)


十三(じゅうそう)のビルに子どもらの歓声ひびく

3月5日(土)、十三駅近くのビルで正午から夜8時まで「こども0円食堂」が開かれました。昨年の12月からだいたい月1回のペースで行われ、今回は3回目になります。「食堂」では、食べ物、飲み物からお菓子などたくさんの献立が用意され、子どもは無料、大人は500円で食事ができます。別室の「こども部屋」では、ジャグリングや新聞を使ったヒーローごっこのほか、取材チームが訪問したときは、笑福亭仁勇さん(落語家)が絵本を読み聞かせ、子どもたちは歓声をあげていました。お腹を満たすだけでなく、子どもどうしで遊ぶ、大人と子どもが遊ぶ、大人どうしでおしゃべりなど、様々な過ごし方がここにはあります。この日は、大人67人、子ども38人と100人以上が参加しました。近所の保育園、幼稚園にチラシやポスターを配布したので、区内から来る親や子どもが多いようです。いったい、どのようにしてこんな空間が生まれたのでしょうか。取材チームでは、「こども0円食堂」プロジェクトを立ち上げた深沢周代(ちかよ)さんにお話をうかがいました。

子どもの貧困問題との出会い、そして子育てのもやもや

深沢さんが子どもの貧困の問題に出会ったのは、運営する「コワーキングスペース」に、「大阪子どもの貧困アクショングループ」の代表が訪れたのがきっかけでした。物があふれている現代に、貧困でご飯が食べられない子どもの存在を初めて知ることになりました。学生時代に、食べられるのに廃棄される大量の食品を目の当たりにした経験もよみがえり、自分にも何かできることがあるのではと思ったといいます。

もう一つ深沢さんを動かしたのは、子育て中に感じたもやもやでした。深沢さん自身も含め、働いている母親は仕事と家事で忙しく、日々の生活を維持していくのに精いっぱいです。時間的余裕がないと、「ママ友から情報を得る」こともできません。さらに、子どもが少なくなるなか、かつてのように近所や親せきと子育てで助け合うことも難しくなっています。周囲を見ると、就業の有無に関係なく「実質的にはひとりで子育て」の状況に置かれている母親の姿がありました。子ども集団に入っていない未就学児の場合は、他の人との接点が少ない分、より大変です。このような状況に置かれた親と子のしんどさが、「もやもや」の正体でした。子育てへの支援がほしいのに、受け皿がないため、結果的にしんどさ=「もやもや」に直面する状況があるということです。

「こども0円食堂」のフェイスブックには、「色々な事情でバランスのとれたご飯が食べられないこどもたちに、毎日の仕事や生活で精神的に疲弊しきっている親御さんにちょっとでも気持ちを切り替えるきっかけになるようなサービス提供の活動を考えました」と取り組みを説明しています。子どもの貧困は、ネグレクト、虐待などの問題を伴っている場合があり、見えにくく複合的な問題です。それゆえ、子どもだけでなく親に対する支援も重要です。子どもの貧困問題との出会いは、深沢さん自身の経験と重なり、「こども0円食堂」という形に結実したのです。

「こども0円食堂」=つながる場

「十分な食事をとれない子どもへの支援」を行い、子どもの貧困対策として注目を集めている子ども食堂ですが、「こども0円食堂」は少し違ったスタンスを取っています。たとえば、0円で食事ができる「子ども」の年齢は20歳まで、大人だけで訪れてもよいなどあえて対象者を絞っていません。年齢も所得も属性も問わずにご飯とスペースを提供し、いわば公園のようにだれが来てもよい場所として運営したいと考えているからです。実際、中高生だけ、大人一人、父と子どもなど様々なタイプの参加者がいます。ご飯が食べられて、交流ができることが重要だととらえています。

この姿勢は、「コワーキングスペース」とも共通しています。コワーキングは、事務所スペース、会議室、打ち合わせスペースなどを共有しながら独立した仕事を行う働き方のことですが、深沢さんは自社ビルに共有オフィスを設け、インターネット環境などのインフラや人と出会う場を提供する事業を経営しています。オープンな「働き場」が、人をつなげるきっかけを作っているわけです。では、「こども0円食堂」ではどんなことが起こっているのでしょうか。「食堂」のママからは「下で遊んでくれて、ちょっと解放されたわぁ」という声が聞かれました。他にも母親どうしでゆっくり話す機会があってよかった、だれかが子どもを見てくれている安心感があるという声がありました。一方、こども部屋のなかでは、次回の遊びの約束が子どもどうしで交わされているようです。子ども部屋の催しは、2回目から持ち込まれた読み聞かせが始まりでした。「レシピを教えて」というリクエストにも応えたい。ここでは人がつながり、化学反応のように次々と新しい活動が生まれています。単なる貧困対策と違った独自の役割を果たしているといえるでしょう。

毎日どこかで「食堂」がある地域が理想

「子ども食堂自体はツールの一つにすぎない」と深沢さんはいいます。たとえば、小学校区のなかでいくつかの子ども食堂が交替で開いていて、子どもが一人でも毎日食べに行ける、だれでも立ち寄れるという地域は、大人も子どももコミュニケーションが取れる場所が保障されている地域であり、助け合いや子育ての基盤も充実すると考えられるのです。これまでの経験から、食堂運営のノウハウは回数を重ねることで身に着くことがわかったので、今後は、食堂を運営したい人を支援することもできると深沢さんは考えています。「こども0円食堂」の参加者やボランティアにも、食堂を自分で運営してみたい人や、子どもの問題に取り組む一歩を踏み出したい人もたくさんいます。その人たちの地域で何が求められているかをどうリサーチし、具体的にどのように地域に合った食堂を運営するかといった、広げるにあたってのポイントについても整理することが課題のようです。(取材チーム栗本裕見)