【論文】戸籍事務にマイナンバー制度を導入することの問題点

  • 清水 勉(しみず つとむ)
    弁護士

2018年3月15日

月刊『住民と自治』 2018年4月号 より

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若い市長の提案

まだ、マイナンバー法が成立する前のこと。政府は全都道府県でマイナンバー制度の内容を知らせるための公開討論会を開催した。わたしがパネリストとして参加した討論会で、若い市長が「番号より顔認証のほうがいい」という発言をしていた。この指摘は、番号制度の限界を突いた、新たな提案だ。顔認証技術が進んだ今日、本人確認を簡単かつ確実に行いたいということであれば、番号制という人為的なワンクッションを入れるより本人といつも一緒の人体だからこそできる顔認証のほうが遙かにいい。

いま、中国、上海市のホームセンターやコンビニなどでは、顔認証による買い物が広がっているという(朝日新聞朝刊2018年2月18日)。現金どころかクレジットカードもスマホもいらない。若い市長が提案したことが実行されている。中国内で顔認証が当たり前になってくると、その影響の波は日本を含む周辺国さらに世界に広がっていくのだろうか。

個人番号と戸籍情報の紐付け

2017年10月、法務省法制審議会戸籍法部会(部会長:窪田充見・神戸大学大学院法学研究科教授)は、戸籍事務にマイナンバー制度を導入することを前提に検討を始めた。これに対して、日本弁護士連合会(日弁連)は2018年1月、「国民の利便性の向上及び行政運営の効率化の観点から戸籍制度の合理化・効率化や電子化の検討は必要であるとしても、その実現のためには、個人番号(通称「マイナンバー」)と戸籍情報を紐付ける必要はなく、プライバシー侵害の危険性が高くなる。また、費用対効果の観点からも問題がある」として、「戸籍情報と個人番号は紐付けしないよう求める」という趣旨の意見書を公表した。

政府の考え

戸籍事務を個人番号の利用範囲とすることをいいだしたのは政府だった。その中身はどんなものだったのか。

2014年、政府は、「『日本再興戦略』改訂2014」(2014年6月24日閣議決定)を策定し、「金融、医療・介護・健康、戸籍、旅券、自動車登録などの公共性の高い分野を中心に、個人情報の保護に配慮しつつ、マイナンバー利用の在り方やメリット・課題等について検討を進め」るとし(62㌻)、「世界最先端IT国家創造宣言工程表」(2013年6月14日高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部決定)を2014年6月24日、2015年6月30日に改定し(その後2016年5月20日にも改定している)、「マイナンバーの利活用推進」として、「戸籍事務での利活用については、戸籍事務を処理するためのシステムの在り方等と併せて検討するために立ち上げた有識者らによる研究会において、必要な論点の洗い出し、整理を行い、平成31年通常国会を目途に必要な法制上の措置等を講ずるべく、平成28年2月以降の法制審議会への諮問を目指し個別具体的な検討を進める」とした(114㌻)。さらに、「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」(2017年5月30日閣議決定)では、「戸籍事務へのマイナンバー制度の導入については、平成31年度までに必要な法整備等を実施」(40㌻)とし、「経済財政運営と改革の基本方針2017」(2017年6月9日閣議決定)でも、「戸籍事務などの公共性の高い分野におけるマイナンバーの利用範囲の拡大を進める」(40㌻)とした。

文書の表題が「戦略」、「宣言工程表」、「基本計画」、「基本方針」となっていることからわかるように、これらの文書の起案に先立って具体的なメリット・デメリットなどを検討した様子はない。「戸籍」を「金融、医療・介護・健康、旅券、自動車登録」と並べているのも、政府の考えの浅さを推測させる。

「個人情報の保護に配慮しつつ、マイナンバー利用の在り方やメリット・課題等について検討を進め」、「必要な論点の洗い出し、整理を行」ってみたら導入しないほうがいいという結論になって、「戦略」を練り直さなければならないということになってもかまわないはずだ。

しかし、政府が似たような文面を短期間に繰り返し出しているのは、「その方向で準備を進めよ」と催促していると読むのが正しい読み方なのかもしれない。

法務省は

マイナンバー法案が議論されていた当時、法務省が戸籍事務にマイナンバー制度を導入したがっているという話を聞いたことがない。

政府にせっつかれた法務省は、2014年10月、有識者15名で構成される戸籍制度に関する研究会(会長:窪田充見・神戸大学大学院法学研究科教授)を発足させた。委員の筆頭には、マイナンバー制度の旗振り役である総務省自治行政局住民制度課長がおり、マイナンバー制度の法制化にもろ手をあげて賛成していた、顔見知りの須藤修・東京大学教授も委員に入っている。他方、日弁連からも弁護士がひとり委員になっていたから、日弁連ではその委員をバックアップする班をつくって研究会対応をしていた。バックアップ班に入っていたわたしは、研究会の議論の様子をリアルタイムで把握できたし、委員の補助者として幾度か研究会の議論を傍聴することもできた。その場に居合わせることは研究会の雰囲気を知る上でとても有意義だ。

法務省が戸籍制度へのマイナンバー制度の導入についてどのような意気込みで臨んでいるかは、第1回研究会のときに委員に配布された、「戸籍制度に関する検討課題」と題する資料を読むとわかる。戸籍制度を電算化して運用を効率化したいという考えは鮮明に出ているが、他方、マイナンバー制度の導入については積極的とは思えない。

資料では、番号制度導入のメリットを3つ挙げている。

①情報提供ネットワークシステムを使って戸籍情報を提供することで、各種手続で戸籍謄本等の提出が不要になる。②個人番号による検索機能を利用することで、戸籍の届出等の審査や戸籍謄本等の交付請求の効率化を図ることができる。③平成29年1月に予定されている情報提供等記録開示システム(マイナポータル)の設置を前提に、将来的には死亡等のライフイベントに係るワンストップサービスが実現できる。

このどこに魅力があるのか。住民票以上に戸籍謄本・抄本を提出すべき場面が少ないから、国民は①②に利便性をほとんど感じないだろう。③は須藤教授のかねてからの持論だが、同じように思っている国民がどれだけいるか疑問だ。

法務省は、戸籍制度の合理化にとってマイナンバー制度が有効な手段になるとは考えていない。政府からいわれたからやっている感が濃厚だ。

法務省の当初のスケジュールは、頻繁に研究会を開催して1年くらいで結論を出そうとしていたらしい。しかし、実際はそのようにならなかった。研究会は回を重ねるごとに、効率的な運用をむずかしくしている戸籍制度の実情が明らかになっていった。そこでの議論は日本の戸籍制度のあり方(廃止を含めて)を考える上で極めて有意義だったが、マイナンバー制度の導入は戸籍制度がかかえる諸問題を解決してくれるわけではないこともはっきりした。最終取りまとめができあがったのは昨年、2017年8月。3年近くかかった。読めばわかるが、戸籍制度には解決困難な問題が山積みなのだ。それでもマイナンバー制度を導入しようという結論になっている。

研究会の議論を通じて感じたのは、法務省は戸籍制度にマイナンバーを導入することに積極的なわけではなく、戸籍制度の運用の電算化を進めたいが独自予算を確保できないので、マイナンバー制度に便乗する形で電算化の予算を確保しようとしているようだということだ。

住民票と戸籍

政府は、住民票にコード番号をつけることができたのだから、戸籍にも同じようなことができてもいいはずだ、ぐらいにしか考えていなかったのではないか。

しかし、住民票と戸籍はまったく別ものだ。住民票は個人単位で作成されるので個人単位の番号をつけやすい。

これに対して、戸籍は家族(夫婦や親子、兄弟など)を1単位にしたもので、ひとりの人の他の人とのつながり、続柄を証明することが目的だ。そこには特定の個人だけの情報が書いてあるわけではない。他の人との関係が詳しく書いてあり、それにこそ意味がある。

マイナンバー制度を使って戸籍を見やすくするということは、本人の範囲の個人情報を越えて他人の個人情報を見やすくするということであり、個人単位で考えるべきプライバシー保護の観点から問題がある。先に、「戸籍」を「金融、医療・介護・健康、旅券、自動車登録」と並べているのも、政府が深く考えずに思いつきで「戸籍」を挙げていることを推測させると書いたのは、「金融、医療・介護・健康、旅券、自動車登録」はどれも個人単位の情報であるのに対して、戸籍はそうではないからだ。この違いの大きさを考えない政府の政策の軽さを痛感する。

弁護士業務に役立たない

研究会のバックアップ会議を始めたころ、戸籍にマイナンバー制度を導入すると相続事件で相続人探しがやりやすくなるのかという話が、弁護士の間で盛り上がった。2代、3代、4代と相続手続が行われていない事件では相続人全員を把握するのに時間がかかる。数カ月ときには1年以上かかることもある。弁護士としてはその作業が楽になると本当に助かる。

しかし、残念だが役に立たない。マイナンバー制度の導入で手繰り寄せられる相続人の範囲には限度がある。しかも、マイナンバー制度がスタートした2015年10月以前に亡くなった人には個人番号はついていないから、相続人全員に個人番号がついている時代にならないとありがたみはない。何十年もしたら相続制度は変わっているだろうし、マイナンバー制度は廃止になっているかもしれない。というわけで、マイナンバー制度が戸籍制度に導入されても、弁護士業務には役立ちそうにない。

プライバシーに対する影響を考えること

戸籍制度研究会では、戸籍情報と個人番号を紐付けることそのものによるプライバシーに対する影響についてあまり検討していない。

最終取りまとめでは、戸籍事務における情報の参照について、「プライバシー保護の観点から、現在戸籍と同様の範囲の情報のみとすることが相当と考えられる」(26㌻)と言及している。これは参照範囲を広げたほうが利用者にとっては便利だが、不正利用の危険を考えると、どのような場面でどの範囲の参照が必要かということを具体的に考えて、必要以上の範囲の参照ができないようにしたほうがよいのである。

また、「個人情報保護方針について」(21~22㌻)で、利用事務やシステムが決まってから、その事務について「特定個人情報保護評価」(個人番号と紐付けられた個人情報(特定個人情報)に対する影響及び保護方針を評価する仕組み)を行うことに触れている。これも利便性とプライバシー保護のバランスを利用の仕方ごとに考えようというもので、実際的ではある。

検索を容易にすることの危険性

以下では、日弁連の考えを説明する。

個人番号は、住民基本台帳に登録される住民全員に(悉皆性)、一人1番号で重複のないように付番され(唯一無二性)、原則として生涯不変であるから、特定の個人番号と紐付けられる個人情報は確実に特定の人の個人情報であることを制度的に保障されている。このような制度の下で、紐付けられる個人情報の範囲を拡大すればするほど、多様な個人情報の名寄せ・突合(データマッチング)によって多様な利用が可能になる。それは特定の人のさまざまな個人情報を検索し見やすくする仕組みであるから、特定の人の個人情報を見たい、利用したいと考える人、組織、政府にとっては極めて誘惑的であり、プライバシー侵害の危険性を高める。

いったん個人番号と各種の個人情報とが紐付けられたデータベースが構築されたならば、たとえ現在の番号法で別表事務に定められていないことから利用が制限され、現在の情報提供ネットワークシステムではシステム的に一定の歯止めがかかっていたとしても、将来、法律やシステムが変更されれば、政府は変更に合わせてこのデータベースをさまざまな目的に利用できるようになる。法律で規制していても、仕組みが便利になっていれば、その便利さを利用しようとする政府が出現し、政府による個人情報の一元管理を実現しているのと同じ状況が生まれるかもしれない。法改正をしなくても、だれかが個人番号に紐付けられた個人情報を集積することを始めれば、本人が予想しない個人像が勝手につくられて利用され選別・差別され、しかも、本人はそのことに気づかないという事態が起こりかねない。すでにだれかが始めていて、事態は進行しているかもしれない。

このような危険をできるだけ小さくするには、個人番号と紐付けられる個人情報の範囲をできる限り限定するしかない。

戸籍情報の特殊性への配慮不足

戸籍情報には、婚姻・離婚・親子・養子などの身分関係や出自などを証明ないし推測させる、差別などの原因になり得る情報が書かれている。差別目的での需要は高く、いまだに多くの悪用事例が発生している。このような個人情報に個人番号が紐付けられることによるプライバシーへの危険性は高まる。ところが、戸籍制度研究会では、紐付けすることを前提とした上での安全確保措置について多少の検討をしているだけだ。

最終取りまとめでは、「戸籍事務においてマイナンバーを活用することなどについて一定のメリットがあると認められるとの意見が多かった」(16㌻)、「電算化後の戸籍情報のみにマイナンバーを紐付けることとしても、戸籍謄本等の利用目的の上位に挙げられるもののうち、過去の戸籍が必要な相続手続を除いた年金・社会保険手続のうちの一定の範囲(児童扶養手当請求・老齢年金請求・年金分割請求)や一般旅券発給手続については、相当程度対応できると考えられる」(18㌻)としている。

「一定の」がうさんくさい。なくはないということ。そもそも一般市民の生活で戸籍情報を必要とする場面は極めて小さいから、莫大な費用をかけて個人番号と戸籍情報を紐付けてもらう必要がない。

戸籍副本データ管理システムを活用して現在戸籍を閲覧できるシステムを作れば、個人番号と紐付けなくても、児童扶養手当請求の添付資料として戸籍を提出しなくてもよいようにすることはできるだろう。

戸籍情報のデータ連携が必要だとしても、そのために個人番号と戸籍情報とを紐付ける必要はない。戸籍事務特有の個人識別番号(分野別番号)を用いても、その戸籍事務特有の分野別番号と他の事務分野の分野別番号が紐付けできればデータ連携は可能である。分野別番号制度にすれば、1つの事務分野で分野別番号と個人情報が漏えいしても、その分野別番号をキーとして他の事務分野の個人情報を名寄せすることはできない。実際、オーストリアはそのような技術を実用化している前例があるのに、なぜあえて危険な個人番号を広く活用しようとするのか。

戸籍制度の効率化は、電算化と戸籍制度固有の問題への対処として行うべきであって、マイナンバー制度の導入はほとんど意味がない。

清水 勉・桐山桂一著『「マイナンバー法」を問う』
岩波書店、2012年定価540円(本体500円+税)
清水 勉・桐山桂一著『「マイナンバー法」を問う』岩波書店、2012年 定価540円(本体500円+税)

戸籍制度の将来

世界中にほとんど類例をみない本籍地という概念は今後も必要なのだろうか。研究会での議論を通じて市町村の戸籍実務の現場の苦労を知るにつけ、そのように考えさせられることが多かった。戦前の家制度を前提とする戸籍の編製単位をこれからも維持し続けるべきなのか。現在の戸籍情報システムは各市町村で個別に構築しているため、同じ文字でも自治体によってデザインが異なる。そのため複数の戸籍に記録されている個人の戸籍情報を統合することが困難になっている。マイナンバー制度の導入以前に戸籍制度には日本社会のあり方に深く関係する大きな問題がある。これらの問題こそわたしたちは整理し、解決していくべきだろう。

中国はなぜ、顔認証が広がるのか

中国には100元(約1670円)以上の高額紙幣がない。高額の買い物や大量の買い物には不向きだ。しかも、日本の紙幣とは比べものにならないくらい、ボロボロで汚い。あまり持っていたくない、使いたくない感じがする。そこへ紙幣不要のスマホの決済が登場する。顔認証はさらにその先を行く決済方法だ。

スマホでも個人情報の流出や不正利用が問題になるのに、中国ではスマホという物ではなく、顔認証というその人自身が決済の手段に登場し、広がっている。民間取引での広がりには際限がない。特定の人の顔認証データが中国中で利用されることになれば、それこそいつどこでだれが何をしているかがデータ化され、だれかにのぞかれる、監視されるという事態になりかねない。

中国の人々はそういう問題を懸念しないのだろうか。それはおそらく中国では、プライバシー権やプライバシー保護という考え方が社会に定着する前に、政府は国民を監視する存在だという認識が広く国民に浸透しているからではないだろうか。

わたしたちはスマホをさまざまな用途に使っている。それは、実は個人識別情報をさまざまな場面で提供する行動でもある。目に見えない「個人番号制度」が社会に蔓延している。マイナンバー制度は、そういう社会で政府によって広げられている。プライバシー喪失社会に向かって進んでいるということでは、日本は中国とどれだけ違いがあるのだろうか。

2018年3月15日

月刊『住民と自治』 2018年4月号 より

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