【論文】大規模開発・リニア中央新幹線開発を問う ―静岡県に及ぼす影響を中心に―

  • 川瀬 憲子(かわせ のりこ)
    静岡大学人文社会科学部教授

2018年4月15日

月刊『住民と自治』 2018年5月号 より

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国家的プロジェクトとしてのリニア開発

現在、総事業費9兆円を超えるリニア中央新幹線(以下、リニアと略称)開発計画が進められている。超伝導によって時速500㌔㍍で走行することで、東京と大阪間438㌔㍍を1時間で結ぶ計画であり、事業主体は東海旅客鉄道株式会社(以下、JR東海と略称)である。すでに財政投融資3兆円の投入が打ち出されるなど、それはまさに国家的一大プロジェクトとしての様相を示すものといってよい。しかも、JR東海とスーパーゼネコン4社(鹿島建設、清水建設、大成建設、大林組)の談合による私企業の利益が最優先されたプロジェクトである。

この開発計画をめぐっては、品川(東京都)─名古屋間の86%(品川─大阪間の全路線では71%)がトンネルであり、山梨県、長野県、静岡県にまたがる南アルプスを貫くことなどから、環境や周辺市民生活に及ぼす影響が甚大であることがすでに指摘されている。樫田(2017)によると、リニア新幹線が不可能な7つの理由として、膨大な残土、水涸れ、住民立ち退き、乗客の安全確保、ウラン鉱脈、ずさんなアセスと住民の反対運動、難工事と採算性を挙げている。

とくに、残土問題では、沿線各地でJR東海と地元との対立など、多くの問題が引き起こされている。たとえば、静岡県では、県最北部の11㌔㍍にわたるトンネル工事による約360万立方㍍もの残土を処分するために、大井川上流の燕沢に、高さ65㍍もの「盛り土」を造る計画を策定している。さらに大井川では毎秒最大で2トンもの水量が減少することが明らかにされており、渇水問題も深刻である。その意味では、環境破壊型・市民生活破壊型の典型的な大規模開発であるといってよい。

いま改めて、リニア開発とは何か、国土計画との関わりも含めて事業そのもののあり方を問い直す必要があろう。そこで、本稿では、リニア開発計画の現状を整理した上で、夜間ゼミの学生と共に実施した静岡県内の南アルプス開発現場の視察をもとに、開発をめぐる諸問題について考察することとしたい。

リニア開発計画と集約型国土再編

まず、どのようなプロセスでリニア開発が進められるに至ったのか、簡単に振り返っておこう。当初、リニア開発の事業主体であるJR東海は、東京から大阪まで自己資金での建設計画を表明していた(2007年末)。1990年代に5兆円と見積もられていた事業費は、この時点で9兆円にも膨らんでいたが、第一期工事(品川─名古屋間、5兆4000億円)と第二期工事(名古屋─大阪間、3兆6000億円)に分けて進めていくこととされていた。

2010年の国土交通省交通政策審議会での議論では、ルートの選択が行われた。中央線や飯田線沿いの従来型の新幹線案や南アルプスを迂回するルート案も浮上したが、リニアが直線で走ることを前提に議論が進められた。リニアに比べて、在来型の新幹線のほうが工期も短く、環境に及ぼす影響も少ない。この間、パブリックコメントが数多く寄せられたが、リニア開発中止や反対を求める意見が大半であった。にもかかわらず、南アルプスを貫通するルートが適当との答申が出され、2011年5月には全国新幹線鉄道整備法にもとづくリニア整備計画が決定されたのである。

その後、国土交通省がJR東海に対して環境アセスメントの手続きを指示し、2014年10月には第一期工事にあたる品川─名古屋間の事業が認可された。品川─名古屋間には、一県一駅という方針で神奈川、山梨、長野、岐阜各県に駅が設置されるため、駅が設置される自治体では開発計画が進められていくこととなった(リニア新幹線の予定路線については図1参照)。東京、名古屋、大阪を除く中間駅は、神奈川県相模原市(橋本駅)、山梨県甲府市、長野県飯田市、岐阜県中津川市(美乃坂本駅)などであり、名古屋以西はまだ決まっていない。各市内からリニア新駅までのアクセスは地元負担となる。また通常、事業者と自治体が折半で負担する駅前広場の整備費用も地元負担とした。

図1 リニア中央新幹線東京ー名古屋間 平成39年(2027年)開業所要時間 89分⇒40分名古屋―大阪間 平成57年(2045年)開業所要時間 48分⇒27分出典:『リニア中央新幹線と名古屋駅周辺まちづくり構想』名古屋市住宅都市局都市開発部リニア関連・名駅周辺まちづくり推進室
図1 リニア中央新幹線
東京ー名古屋間 平成39年(2027年)開業所要時間 89分⇒40分
名古屋―大阪間 平成57年(2045年)開業所要時間 48分⇒27分
出典:『リニア中央新幹線と名古屋駅周辺まちづくり構想』名古屋市住宅都市局都市開発部リニア関連・名駅周辺まちづくり推進室

さらに、国土政策の転換がリニア開発を推し進めていくことになる。2014年7月に安倍政権下で閣議決定された「国土のグランドデザイン2050」と、それに続く2015年8月の「新たな国土形成計画」においては、三大都市圏を結ぶスーパー・メガリージョン構想が掲げられた。ここにおいて、リニア開発計画が多軸型国土構造の形成をめざす国家戦略の一環に位置づけられることとなった(図2)。「国土のグランドデザイン2050」では、①本格的な人口減少社会に初めて正面から取り組む国土計画、②地域の個性を重視し、地方創生を重視する国土計画、③イノベーションを起こし、経済成長を支える国土計画を三本柱とし、その開発方式として「対流促進型国土」の形成を掲げている。その特徴は、これまでの国土計画にあるような「均衡ある国土の発展」ではなく、経済のグローバル化、経済成長を最優先させ、国際競争力を高めるために、中央集権型・集約型の国土再編を進めることにある。

図2 国土のグランドデザイン構想図出典:国土交通省「国土のグランドデザイン2050(概要版)」2014年
図2 国土のグランドデザイン構想図
出典:国土交通省「国土のグランドデザイン2050(概要版)」2014年

つまり、ヒト・モノ・カネ・情報を三大都市圏に集中させ、それをリニア新幹線でつなぐことによって、国土利用の効率化を図ろうとする構想である。国土交通省によれば、三大都市圏が一体化されれば、総合力によって近隣諸国との比較優位性が高まることとなり、国際競争力を高める上で、三大都市圏の相互連携は必要でリニアがこれを可能にするとして、年間8700億円の経済効果があるとの試算も示している。

こうして、2016年6月に安倍晋三首相は「リニアや整備新幹線などに財政投融資を活用する」と表明し、事実上リニア開発は、整備新幹線と同様、国家的プロジェクトとしての性格を明確にした。具体的には、2017年度から30年据え置きの無担保3兆円という条件での融資が行われることとなった。JR東海は最初の30年間は金利だけを支払い、31年目から10年間3000億円ずつ返済するという、破格の条件を盛り込んだ内容で閣議決定されたのである。名古屋─大阪間の竣工も、当初計画の2045年から8年間前倒しされることとなり、2037年に開通見通しであることが表明された。ここにおいて、リニア開発がJR東海による一事業という性格から、グローバル化への対応、国際競争力の強化を大義名分とし、スーパーゼネコン4社の利益を含む国家的一大プロジェクトへと転換していくこととなったといえる。

リニア開発と地域経済・環境に及ぼす影響─静岡県の事例

(1)渇水問題

次に、リニア開発が地域経済や環境にどのような影響を及ぼすのかについて、静岡県の事例をみておきたい。リニア開発では、東京から大阪までのルートが選択されたが、静岡県では、リニアは県最北部の南アルプストンネル11㌔㍍を通過することになっている。もちろん、中間駅の設置もない。ここで問題となるのが、環境や市民生活に及ぼす影響である。

第一に、渇水問題が挙げられる。つまり、トンネル掘削工事などで水脈が断ち切られることによって、大井川の水量が最大で毎秒2トン減るとされている点である。大井川は、7市(藤枝市、焼津市、牧之原市、島田市、掛川市、菊川市、御前崎市)の住民60万人以上が生活用水や農工業用水として利用する唯一の水源でもある。流域には、前述7市のほか、2町(吉田町と川根本町)も立地しており、この一帯には、日本でも有数のすぐれた川根茶などの産地が広がっている。

当初、JR東海は、開発現場である静岡市から離れた自治体への説明を実施しておらず、環境影響評価準備書も送付していなかった。生活用水という、住民の命に関わる問題をあまりにも軽視しているといわざるを得ない。地場産業でもある茶産業にもマイナスの影響を及ぼすことになれば、地域経済の破壊にもつながりかねない。

開発現場は、南アルプスユネスコエコパークにも指定されており、非常に豊かな自然が残されている地域である。静岡市の中心部からは100㌔㍍も離れており、車でも3~4時間かかる。2017年11月にリニア裁判に関わっているリニア問題を考える静岡県民ネットワーク共同代表の林克さん(ストップ・リニア!訴訟原告団)の案内で、夜間ゼミ生と共に借り上げバスで現場に入ったが、畑薙第一ダムより上流域の林道は車の乗り入れが規制されており、許可車しか入ることができない。そのため、林道を管理している静岡市の許可を得る必要があった。教育や研究目的ということで、許可はスムーズに得られた。

静岡市内で南アルプスユネスコパークに指定されている広大な地域は、特種東海製紙という一民間企業が所有している私有地である。開発事業者は、この土地所有者である民間企業の同意を得る必要があるが、JR東海に対してリニア開発の許可を下したのもこの民間企業である。まず驚かされるのは、3000㍍級の山々が連なる広大な赤石山脈一帯が一資本の所有地となっていることである。そのことが、これまでのダム開発にも大きな影響を及ぼしてきた。

もともとこの地域は林業が盛んな地域であり、南アルプスで伐採された木材を水量の豊富な大井川に流して運んできたという歴史がある。ダムが建設されるようになると、木材がダムでせき止められることになり、こうした安価な方法で木材を運搬することができなくなった。当時、ダム開発にあたり、開発事業者と特種東海製紙との間で、陸運の費用やせき止められた木材の補償の交渉が進められたが、次第に林業は衰退していった。

南アルプスユネスコエコパークのカラマツ林。計画が進めば「盛り土」に埋まることになる。
南アルプスユネスコエコパークのカラマツ林。計画が進めば「盛り土」に埋まることになる。

大井川流域には畑薙第一ダムをはじめ、数多くのダム(15カ所)が建設されている。そのうち12カ所は中部電力、1カ所は特種東海製紙の管轄だが、田代川第一ダムと田代川第二ダムは東京電力の管轄である。東京電力を除く13カ所の発電力は61万㌔㍗にものぼる。大井川の最上流に位置しているのが、東京電力が管轄する2つのダムである。開発の歴史は古く、明治期にさかのぼらなければならないが、最初に水利権を手にしたのが東京電力であった。この源流域の7割の取水権を東京電力が有しているため、これまで、東京電力と地元との間で、水獲得をめぐる争いが続いてきた。長年にわたる住民運動や、東京電力と地元自治体の話し合いによって、最低、毎秒0・34トンは本流に戻すということになっている。それが、一挙に2トンもの水が減るとなると、大井川の水は枯渇してしまう恐れがある。

静岡市では、2014年に最大会派の自民党を含む市議会が全会一致で、リニア開発について疑問を投げかけ、環境保全を条件とする決議案を可決している。また大井川流域における複数の自治体でも、JR東海からの説明を受けていないことを問題視し、静岡県や静岡市を通じて、環境保全対策の要望書を提出している。JR東海は一部の水を戻すことを表明しているが、静岡市によれば、計算方法が間違っているなどかなりずさんな計画であり、今後とも引き続き監視していく必要があるとしている。

(2)盛り土問題と災害リスク

第二の問題は、残土処理をめぐる問題である。現在、南アルプスの荒川三山を貫く11㌔㍍にわたるトンネル工事によって、約360万立方㍍もの残土が出ることになっている。JR東海は、これを処分するために、大井川上流の燕沢に、高さ65㍍、幅300㍍、長さ500㍍もの「盛り土」を造る計画を策定している。燕沢付近は、千枚岳からなる千枚崩れの裾にあたり、自然の崖崩れが起こっている地形である。川の流れが急峻である上、川そのものは蛇行している。一帯には貴重なカラマツ林が残されており、完全に盛り土のなかに埋まるという計画である。絶滅危惧種も数多く生息しており、生物多様性の宝庫でもある。環境アセスメントが機能していないといわざるを得ない。現在、リニア開発において残土処理の場所を明記しているのは静岡県内だけである。今後、沿線各地で同様の問題が発生する可能性があり、静岡市の事例はその典型例といえる。

静岡市では2015年に「中央新幹線建設事業影響評価協議会」を設置し、2017年までに会合が5回開催されているが、協議そのものは継続中である。協議会では、専門家の間で残土による大規模土石流災害の危険性なども指摘されてきた。にもかかわらず、JR東海が現場の土地所有者である特種東海製紙の許可が得られたことから、建設工事の見積もり公募を進めており、JR東海と地元自治体や住民の対立も深まっている。河川法では、第24条(河川区域埋め立てのための土地占有の許可)や第26条(盛り土の擁壁など工作物の新築等の許可)が定められている。地元自治体の許可がない限り、進めることができないはずである。

林弘文静岡大学名誉教授によれば、南アルプスの地下トンネルは、地上から1400㍍も下を掘削するため、極めて大きな圧力がかかることになる。周辺には断層帯も多く、震災による災害リスクも高い。物理学的にみて極めて危険であるとの見解を示している(2017年10月21日、静岡県地方自治研究集会での報告による)。もし、リニアがトンネル内で災害による停電などで停車した場合、避難するためには1400㍍もの距離を非常口のある所まで上らなければならない。冬場には氷点下10度を下回る極寒地である。災害リスクという点においても、問題の多い開発である。そのことが難工事を生み、工事に10年という歳月を要することとなる。

ではなぜ、南アルプスを迂回するルートにならなかったのかという疑問が残る。リニアに比べると、従来型の新幹線のほうが、工期も短く、環境への負荷という点においても、また地元住民の要望という点からみても、選択の余地はあったはずである。環境アセスメントが事実上機能していないことに加えて、地元への説明責任を十分に果たさずに、「リニア開発ありき」で進められてきたところに、リニア開発をめぐる最大の問題がある。

静岡市のみならず、残土処理ルートの自治体では、日常生活、交通、観光、地場産業などに及ぼされる影響は計り知れない。長野県阿智村では、排出される残土約71万立方㍍を運搬するにあたって、住民生活や昼神温泉郷の観光面に及ぼす影響が大きいことから、2015年5月に「社会環境アセスメント委員会」を立ち上げ、定期的に調査するといった独自の環境アセスメントを実施している点でも注目されている。今後の動きが注目される。

環境破壊型・資源浪費型からの転換を

これまで、リニア開発をめぐる現状と課題を、静岡県とくに静岡市の事例をもとに明らかにしてきた。リニア開発は、「国土のグランドデザイン2050」とスーパー・メガリージョン構想の下で国家的プロジェクトへと転換し、財政投融資が投入されることとなった。東京一極集中がますます強まることが予想される。

紙面の都合上、触れることはできなかったが、リニア新幹線が従来の新幹線に比べて、電力消費量が3倍以上にのぼる点も課題となっている。脱原発と自然再生可能エネルギーへの転換が求められている現在、環境破壊型・資源浪費型の開発よりむしろ、環境保全型・資源節約型開発の方向をとるべきである。情報公開と透明性の確保、事前説明の徹底化を図ること、地元住民の生活や自然環境を保全すること、地場産業を発展させることを最優先課題とし、災害リスクを最小限に抑えつつ、維持可能な社会の実現こそ、もとめられているといえよう。

【主要参考文献】

  • ・岡田知弘・川瀬光義・鈴木誠・冨樫幸一『国際化時代の地域経済学(第4版)』有斐閣、2017年
  • ・国土交通省「国土のグランドデザイン2050(概要版)」、2015年(http://www.mlit.go.jp/common/001047113.pdf:最終閲覧日2018年3月1日)
  • ・樫田秀樹『「悪夢の超特急」リニア中央新幹線』旬報社、2014年
  • ・樫田秀樹『リニア新幹線が不可能な7つの理由』岩波書店、2017年
  • ・橋山禮治郎『必要か、リニア新幹線』岩波書店、2011年
  • ・橋山禮治郎『リニア新幹線─巨大プロジェクトの「真実」』集英社新書、2014年
  • ・リニア・市民ネット『総点検・リニア新幹線』 緑風出版、2017年

2018年4月15日

月刊『住民と自治』 2018年5月号 より

  • 川瀬 憲子
    川瀬 憲子(かわせ のりこ)
    静岡大学人文社会科学部教授

    大阪市生まれ。日本地方財政学会理事、日本地方自治会理事、自治体問題研究所副理事長。専門は財政学、地方財政論。主著は『「分権改革」と地方財政』(自治体研究社)、『アメリカの補助金と洲・地方財政』(勁草書房)

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