【論文】公立平和館の役割と意義 川崎市平和館と平和学を視点として

  • 暉峻 僚三(てるおか りょうぞう)
    川崎市平和館専門調査員

2018年8月9日

月刊『住民と自治』 2018年8月号 より


暴力という視点からさまざまな非平和を考え、平和へと転換させるためのツールとしての平和学。そして、平和教育・啓発の拠点としての公立の「平和のためのハコ」の役割とは。

社会を見つめる視座としての平和学

「平和」は小学校の授業でも使われるとても一般的な言葉です。でも、平和であるとはどういうことなのでしょうか。はるか昔のことになりますが、僕自身が小学校・中学校に通っていた時代に「平和学習」とよばれるものは、東京大空襲や広島・長崎への原爆投下など、主に日本が経験した戦争について学習することを主な内容としていました。おそらくいまも、学校教育における平和学習・教育は、基本的に過去の戦争について学ぶ内容が多いのではないかと思います。過去の「戦争」を学ぶことを、「平和」学習と位置付けている場合が多いということは、いい換えれば、学校教育の場では、平和に対置する言葉が戦争であると位置付けられていることになります。

戦争はたくさんの人を殺します。平時であれば人を殺すことは、どこの国でも重大な犯罪です。しかし、戦時には、普段人を殺すことを重大な犯罪と定めている国(政府)自身が、殺すことを命じ、認めます。人を殺すという普段の「絶対悪」が、正当な行為となってしまう戦争は、死傷する人々はもとより、戦場となる場所に暮らす人々から人生を奪い、殺した人々にも大きな心の傷を残す、平和を壊す究極の現象であることは間違いないでしょう。

しかし、戦争さえなければ、わたしたちの社会は平和なのでしょうか。インドの研究者スガタ・ダスグプタは、戦争が平和の対極にある概念であることに異議を唱えます。経済的に貧しい地域に目を向けると、戦争はないのに、病気や飢餓で人がバタバタ死んでゆくことは珍しいことではなく、はたしてそのような状態を平和と呼べるのかという問いに対し、ダスグプタは「非平和(Peacelessness)」

という概念を提唱します。そして、非平和という概念を再構築したのが、現代平和学の創始者の一人であるヨハン・ガルトゥングです。ガルトゥングは非平和な状態を作り出す概念を「暴力」として提示しました。

では暴力とはどういうことなのでしょうか。暴力と聞くと、大体の人は、殴る蹴るなどの「肉体的暴力」、ひどいことをいって人を傷つける「言葉の暴力」などの行為を想像すると思います。もちろんこれらも暴力なのですが、平和学的にみると、暴力の一つの形でしかありません。このように、だれが、または何が暴力を行使したのかが目に見える、行為者の特定できる暴力を、平和学では「直接的暴力」と呼びます。一方、だれがやったのかという可視の行為者がいなくとも、被害者を生み出す暴力もあります。たとえば、わたしたちは、だれもが健康で文化的な最低限の生活を送る権利を有していますが、日本を含め、さまざまな地域で貧困は消えたことのない問題です。日本社会においても、いくつも仕事を掛け持ちして、かろうじて暮らしているワーキングプアは深刻な社会問題です。働いても暮らしていけない、ということは社会のどこかに、ワーキングプアを生み出している構造があるということになりますが、だれがその構造を作ったのかは見えませんし、特定することもできません。

このように、社会構造そのものや社会のなかに埋め込まれている暴力を、平和学では「構造的暴力」という概念で表します。

そして、平和学は、暴力を支える暴力という概念も提示しています。たとえば、人間だれしも、腹を立てた結果、暴力的な言動や行為に及ぶことはあります。そのような自分の気持ち想像してみてください。必ず自分は正しいと感じていないでしょうか。そして、自分は被害者なのだとも感じていませんか? これは個人から集団まで同じで、自分(たち)を正当化・被害者化しないと、通常、人間は暴力を行使するのが難しいのです。

正当化や被害者化、「仕方のないこと」としたり、無関心によって、直接的暴力や構造的暴力を支えるような言説や情緒を、平和学では、「文化的暴力」と呼んでいます。正当化の言説や情緒が文化のなかに埋め込まれているからです。

たとえば「女なんだから家事・子育てはお前がやれ」と夫が妻に強制すれば、それは直接的暴力です。しかし、その夫が「女なんだから」というせりふをはけるのは、だれがいい出したのかは決してわからないけれど、なんとなく社会のなかで共有されている「女性らしさ」や「女性の役割」といったイメージがあり、それが彼の「女なんだから」を正当化する情緒となっています。

直接的暴力、構造的暴力、文化的暴力は、それぞれが単独で現れるわけではありません。単純に戦争は直接的暴力、レイシズムは文化的暴力、というような一対一の関係ではないということです。行為としての暴力の行使は直接的暴力として現れます。しかし、直接的暴力はほとんどの場合、下支えしている構造的暴力と、暴力の行使を正当化する文化的暴力がセットになっています。

たとえばレイシズムは、最悪の場合虐殺などの行為となって現れます。これは、だれがやったのかが見える行為であり、直接的暴力です。しかし、そこには差別という社会構造=構造的暴力があり、そこから導き出される、暴力行為を正当化する情緒や言説、そして「わたしには関係ない」という無関心=文化的暴力がセットになっているのです。

平和学における暴力の概念を理解すると、社会問題といわれるもののほとんどは平和問題であることになります。過去の戦争に関わる痛みの記憶、現在の武力紛争や軍備だけでなく、貧困や格差の問題、環境問題、差別・社会的排除の問題などさまざまな問題が、直接的暴力、構造的暴力、文化的暴力のパッケージから考えることができます。

そう考えると、わたしたちの社会は「非平和」に満ちています。そんな、非平和を考え、平和な社会の姿を考えることができるのが、川崎市に所在する川崎市平和館という「平和のためのハコ」です。

川崎市平和館
川崎市平和館

平和学に沿った展示とデザイン

日本は、平和博物館大国です。世界にある平和博物館と呼ばれる施設の4分の1以上が日本に所在しています。そんな平和博物館大国である日本ですが、大きく分けると2種類の施設があります。一つ目は、広島や長崎に代表されるような、過去の戦争を地域という視点から展示している施設です。日本にある平和博物館は、この種の施設が一般的です。もう一つが、平和学的なデザインがされており、過去の戦争や武力紛争に限らず、さまざまな平和を脅かす要素を展示することで、来場者が包括的に平和を考えられるようになっている施設です。川崎市平和館は後者の施設になります。

川崎市平和館では「平和とは、すべての人間が暴力や差別、貧困や環境破壊におびやかされず安心して生活できる」ことであるとの考えのもと、戦時中の川崎や、日本の過去の戦争といった「定番」をはじめとする、現代の武力紛争、兵器、マスメディアと武力紛争の関わりなどの武器を使った平和を壊す問題だけでなく、国家による弾圧、武力は伴っていないものの、わたしたちの平和的な生活を脅かす、環境破壊、貧困、差別などについても、平和問題として展示しています。そして、展示の導入部となかほどでは、平和学的な概念を理解しやすいように説明したパネルや動画もあります。

常設展示以外にも、毎年、川崎が絨毯爆撃を受けた時期には「川崎空襲展」を、夏には広島・長崎の原爆投下や沖縄戦を扱う「原爆展・特別展」を開催しています。

常設展示や、毎年定期的に開催される企画展示以外にも、近年は参加型の性格が強い企画にも力を入れています。とくに毎年3回開催されるミニ企画展では、主に時事的な平和を壊す問題について、小学生から大学生が考えた内容をパネルにして展示するという、平和関連の施設のなかでも珍しい取り組みを行っています。たとえば、2017年度には、普段平和教育を受ける側である中学生や高校生、大学生が、自分たちが授業をやる側になって考えた平和教育を展示する「へいわのための平和教育展」を開催し、関連イベントでは、実際に中学生が来場者に対して自分たちの考えた平和教育ワークショップを実施するという企画をしました。このような取り組みにより、平和館が平和を考える人々を緩やかにつなぎ、語り交わす場となってゆくことを目指しています。

常設展示や企画展示とそれらの関連イベント以外にも、川崎市平和館には、平和教育の提供という機能もあります。団体で訪れる学校などのグループへの案内や、平和館の見学と平和教育ワークショップのパッケージの提供のほか、平和学習の相談に訪れる小中高の子どもたちや、教員の相談も受けています。また、依頼があれば、こちらから出向いて、参加型の平和教育ワークショップを提供することもしています。

川崎市平和館が、包括的な平和への理解を促進し、啓発の場として、また市民の平和交流の場として、幅広く利用されることを目指しています。

世田谷区立平和資料館との連携

川崎市と東京都世田谷区は多摩川を挟んで、複数の鉄道でつながっている、行き来しやすいお隣同士の自治体です。双方の地域活性化および持続的成長を目的として、2014年に「川崎市と世田谷区との連携・協力に関する包括協定」を締結しました。この協定に基づき、川崎市平和館は、2015年に開館した世田谷区立平和資料館や同区の教育委員会と少しずつですが連携を進めています。まだ、本格的に軌道に乗っているとはいい難いところもありますが、区立平和資料館とは、所蔵しているパネルのお互いの施設での展示、お互いの広報への協力などを行っています。区の教育委員会とは、世田谷が主催するピースセミナーで、世田谷と川崎の中学生がともに平和学習発表をしたり、川崎の中学生が世田谷区民を対象に平和教育ワークショップを実施したりと、連携を進めています。

将来的には、川崎市平和館が実施している参加型の企画に、世田谷の子どもたちも参加し、お互いに、平和学的な意味における、幅広い平和を語り交わし、緩やかにつながってゆくような、平和館が多摩川にかかる平和の橋になることができれば、素晴らしいと夢見ています。

公的な「平和のためのハコ」の役割

平和博物館などの「平和のためのハコ」には、さまざまな役割があると思いますが、「平和啓発、平和教育の拠点」というのは、そのなかでも重要な役割だと思います。

平和啓発、平和教育の拠点としての役割にもさまざまなアプローチがありますが、平和館のアプローチは、「平和学的な意味でのさまざまな非平和を、自分ごととして考えてもらう」ための材料や枠組み、時間、場の提供です。平和とは、だれか学校の先生や、戦争を体験した人、またはなんか偉いっぽい人に「これが平和です」「こう考えることが正しい」と教わるものではありません。社会を作ってゆく主役として、一人ひとりが、さまざまな非平和な事象のなかで自分はどこにいるのかを感じ、非平和を平和に転換してゆくためにはどうすれば良いのかを考えてゆくものです。そのためのハコ、そのための役割は、とくに公的な施設としては重要だと考えています。

公的な施設は法的なフレームのなかで機能を果たします。国内でいえば、憲法を頂点とした法体系があり、国民主権、人権の尊重、平和主義という3つの幹は、掘り下げてゆけば、個の最大限の尊重という根に行き着きます。一人ひとりがその人として尊厳を保って生きてゆく権利(人権)があり、尊厳ある個が熟議の上社会を作ってゆく国民主権があり、個々を数として動員し、殺し、殺される戦争や武力による問題解決を否定する平和主義があります。そして、国際的には、国連憲章をはじめとして、人権宣言、人種差別撤廃条約、パリ協定、子どもの権利条約など日本が署名・批准している宣言や条約が法的なフレームとして存在します。

平和学的な意味でのさまざまな非平和を、自分ごととして考えてもらうための材料や枠組み、時間、場の提供という平和啓発や平和教育の拠点としての公立施設の役割は、平和と、平和な状態を測る物差しである人権の法的理念を、実践・推進してゆくことでもあります。これは、川崎市平和館に限らず、公立の施設の機能でもあり果たすべき役割ではないでしょうか。

このような機能には、映画館や遊園地のように、お金を払って提供される娯楽を享受する楽しさはあまりないでしょう。また、決して少なくない人々にとって、自分ごととして非平和を考え、語り交わすのは煩わしいことかもしれません。しかし、だれもが尊厳ある個として、社会を作る主体であることが前提であり建前でもある民主主義社会においては、必要不可欠なプロセスでもあり、地方公共団体が一生懸命この機能を果たしてゆくことは、とても意味のあることだと考えています。

いま平和と暴力を考えるとは

平和を考えるとはどういうことなのでしょうか。僕なりの理解では、「他者との関係性において、自分はどのような社会に暮らしたいのか」を考え、語り交わしてゆくことです。ここでいう他者は、単数形でもありますが、「彼ら」という複数形でもあります。そして、他者との関係性という意味では、社会には自分とつながりのある、さまざまな非平和が満ちあふれています。さまざまな非平和を暴力という平和を壊す・脅かしている概念を通じて見ることで「自分ごと」としての非平和を考え、考えたことを語り交わし、他者とどのように生きてゆくのかを模索・実践してゆくことが、平和を作るということなのだと思います。

戦争や独裁、ジェノサイド、レイシズム、貧困などの非平和は、決して少数の支配者、為政者だけによって引き起こされるものではありません。背後には、多数の「自分には関係ない」という態度の傍観者がおり、暴力の実行者、扇動者に承認を与えるという役割を果たしています。非平和を「知らなかった」ことと「知ろうとしなかった」ことの間には大きな違いがあります。現代は、情報通信技術の発達により、知ろうとさえすれば、さまざまな非平和を知り、理解しようとすることができます。「知ろうとしない」というささやかな態度ですら、だれもが、非平和の作り手にもなり得るのと同時に、「知り・考え・語り交わす」ことで平和の作り手にもなり得るのです。

2018年8月9日

月刊『住民と自治』 2018年8月号 より

  • 暉峻 僚三
    暉峻 僚三(てるおか りょうぞう)
    川崎市平和館専門調査員

    日本国際民間協会ミャンマー緊急支援事業現地統括、国際市民ネットワークコソボ多民族融和促進事業統括を経て現職。中央大学講師、東洋学園大学講師。

▲ ページの先頭へ戻る