【論文】貧困を見えなくする社会保障改革


生活保護基準の引き下げで給付を抑制する政策によって貧困が潜在化しています。また貧困対策を市場化・地域化する社会保障改革によって公的責任と生存権が危機に直面しています。

社会保障改革が潜在的な貧困を拡大

好景気と社会保障改革によって日本の「貧困問題」は解消されてきたと見られていますが、生活保護基準の引き下げや給付抑制によって貧困が見えなくなり、またワーキングプアをはじめとする新たな貧困問題が潜在的に拡大しています。2015年に導入された生活困窮者自立支援制度は、新たに住民参加のもとで就労支援や社会参加支援を展開する有意義な制度であるものの、各種事業の多くは自治体の任意事業であり、かつ過剰な「費用対効果」による評価を伴う形で民間事業委託化されています。そのため生活困窮者の必要や声に応えるサービスを十分に展開できていません。そして同制度は生存権にもとづいて「最低生活保障」をおこなうものではなく、生活保護の給付抑制とセットでこうした生活困窮者自立支援制度を展開していくことにはリスクが伴います。あらためて最低生活保障の意義を確認しなければなりません。

本稿では、日本の貧困・生活困窮問題が好景気にともなう雇用の拡大や新しい貧困対策の導入によって解決の途にあるとする見方を退け、むしろ貧困が形を変えて多様性をもって広く社会に潜在化するようになったことを確認します。また、政府の社会保障改革によってむしろ新たな貧困が生み出され、かつ貧困が社会保障の対象から締め出されている現実をとらえていきます。これらをふまえ、政府が進める社会保障改革が貧困の解消という観点から見て望ましくない方向に進んでいることを検証したいと思います。

「改善」された数字

統計によれば、2003年から増加の一途をたどってきた日本の「相対的貧困率」は、2012年に16・1%まで上昇し、その後2015年には15・7%に改善されました。同様にこの間、子どもの貧困率も16・3%(2012年)から13・9%(2015年)に低下したとされています(厚生労働省「国民生活基礎調査の概況」2017年)。

また生活保護受給者の数は、1995年から約20年にわたって増加の一途をたどってきましたが、2015年3月の217万4335人をピークに減少に転じました。2018年7月には209万8973人まで減って、1・71%まで達した保護率は1・66%に下がっています(厚生労働省「被保護者調査」各月次版)。高齢化率が世界一を記録し、要扶養高齢者人口を多く抱えるなかで、生活保護率は下降しはじめたというのです。

失業率の改善を示す統計も注目されています。リストラや「年越し派遣村」が注目された2009年に5・5%あった完全失業率は、2018年8月次に2・4%まで低下し、完全失業者数は170万人にとどまるようになりました(総務省「労働力調査」2018年8月分)。2%台となった失業率を見る限り、バブル崩壊以降、長らく日本を脅かしてきた失業問題はもはや過去のものとなった感があります。

ホームレス(路上・野宿生活者)の統計も劇的な変化を示しています。2018年1月に実施された「ホームレスの実態に関する全国調査」で確認された全国の「ホームレス」の人数は4977人(前年より10・1%の減少)で、2万5296人を数えた2003年の約5分の1にまで減少しています。かつてターミナル駅や河川敷で暮らしていたホームレスの多くは、社会復帰もしくは生活保護や社会福祉施設によって救済されるに至ったと見られています。(表参照)

表 貧困は「解消」されてきたのか?
表 貧困は「解消」されてきたのか?
出典:厚生労働省「国民生活基礎調査の概況」2017年、厚生労働省「被保護者調査」各月次版、総務省「労働力調査」2018年8月分から筆者作成。

増え続けるワーキングプアと住居喪失

先述のとおり、貧困をとらえるいくつかの一般的な統計において、貧困問題はたしかに改善の兆しを見せています。しかし、以下ではもう少し別の角度から貧困の新たな広がりを確認し、これまでとは異なる形で貧困が潜在化している現実をとらえてみます。

そのひとつが、非正規労働者の数と無業者の数の推移です。この間、失業率が改善され就業者人口が増えたものの、就業者に占める非正規労働者の割合は増加の一途をたどってきました。2017年の被雇用者に占める非正規雇用率は37・3%であり(総務省「労働力調査」)、また2018年6月に発表された内閣府の『子供・若者白書』では、いわゆる「ニート」に該当する「若年無業者」が71万人であることが示されています。非正規労働者と若年無業者の多くが「ワーキングプア」(就労する低所得者)となって増えつづけており、賃金労働に就きながら貧困状態におちいるという現実が日本で一般化していることがわかります。

これまで非正規労働者や若年無業者が「貧困者」として認識されることは一般的でありませんでした。フリーターと呼ばれる者の多くが若年層であると見られてきたため、問題の焦点は彼らに対する教育訓練と就労支援だと考えられてきました。貧困という観点から彼らの生活保障にスポットがあたる機会は少なかったといえます。しかし2000年代の「就職氷河期」に大学などの卒業を迎えた若年層がもはや40代に突入しはじめ、また彼らを扶養してきた親世代が高齢化するなかで、家族丸ごと貧困化するケースがじわじわと増えつづけています。

さらに、賃金労働者の給与実態を年齢別に見ると、賃金労働をしながら低所得である「ワーキングプア」の多くが24歳以下の若年層と60歳以上の高齢者層(とくに女性)に表れていることがわかります(国税庁「民間給与実態統計調査」2016年)。つまり、ワーキングプアによる貧困の問題は、若年層のフリーターだけの問題ではなく、(年金だけは暮らせない)女性高齢者の所得保障の問題としても理解しなければならないということです。

もうひとつ、「広義のホームレス」に関する統計も現代の貧困が多様な形態をもって拡大していることを表しています。東京都が2018年1月に公表した「住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査」によると、インターネットカフェ・漫画喫茶・サウナなどの「オールナイト」利用者のうち25・8%が「住居喪失」の状態にあり、すなわち東京都内で約4000人が「住居喪失者」であるという推計が示されています。年齢は「30~39歳」(38・6%)が最も多く、次が「50~59歳」(28・9%)となっていて、いわゆる「ネットカフェ生活者(難民)」の多くがすでに高年齢化していることがわかります(東京都保健福祉局、2018年)。

先述のとおり全国には約5000人の「ホームレス(路上・野宿生活者)」が暮らしていることが確認されていますが、この東京都の調査はネットカフェ生活者が東京都内だけで推計約4000人いることを示しています。彼らは貧困状態にありながら社会保障制度の「網」にかかることなく、孤立したままその日暮らしをしているのです。

路上・野宿生活者が減少する一方で、ネットカフェ生活者のような住居喪失者が拡大しており、さらにその背後に膨大な数の「家賃滞納者」が存在しています。そのような人々は多重債務やホームレスの予備軍であると考えられます。そして家賃滞納によって住居を追い出された人々の一部は、居候はもちろん、住み込みのできる性産業(性風俗業)や暴力団などに関わることも多くあり、離脱を困難にさせていきます。

貧困を見えなくする基準改定

ところで、政府はこの間相次いで生活保護基準の引き下げをおこなってきました。このことは、日本で貧困が減少したと見られていることと深い関連をもっています。

生活保護基準(とくに冬季加算や住宅扶助)の大幅引き下げがおこなわれた2013年と2015年に次いで、2018年の生活保護の見直しでは、大学進学などのための進学準備給付金の創設のほか、生活扶助(母子加算、3歳未満の児童養育加算など)、教育扶助(学習支援費の実費支給化など)、医療扶助などの見直しがありました。

生活保護基準が引き下げられたということは、日本の貧困の基準が狭められたことを意味します。生活保護基準の引き下げと同時期に、先述のとおり、生活保護率(受給率)も低下しています。すなわちそれは生活保護を必要とする人々が減少したというよりも、生活保護から「外された」人々が増えた結果だと考える必要があるでしょう。

政府が生活保護基準を引き下げた根拠は、生活保護を受けない低所得層(第1・十分位層)の消費水準と比較して生活保護世帯の消費水準が高いことが確認され、それでは正義にかなわないので引き下げるのが妥当であるという考え方、すなわち「劣等処遇論」(保護をする者の生活水準をできるだけ低位に押しとどめる)が政治理念として導入されたことにあります。

非正規雇用を背景としたワーキングプアが増加しているなかで、いわゆるワーキングプアを含む「低所得層」の消費水準は低下しつづけています。いったん生活保護基準が引き下げられれば、生活保護から締め出された人々が「低所得層」となり、その層の消費水準をいっそう低下させます。こうして生活保護が受けられず生活費を切り詰めざるを得なくなった低所得層の消費水準は極端に下降し、それを根拠に再び「劣等処遇」が求められるという負のスパイラルにおちいることになります。

低所得層の消費生活水準に照らして生活保護基準を設定することの無意味さは、多くの研究者が指摘するとおりです(吉永、2015)。失業率を改善するためにワーキングプアのような「低所得層」が政策的に生み出されてきました。意図して消費生活水準の低い層を増やし、それを根拠に生活保護基準を引き下げるというのは、まさに茶番劇です。好景気によって生活保護受給者が減ったかのように見せて、保護を受けられない人々を「低所得層」に追いやったとしても、彼らの「貧困」は何ら解決されていません。貧困は温存され、隠蔽されたといわざるを得ないでしょう。

生活保護から生活困窮者自立支援へでよいのか

生活保護から締め出された「低所得層」に対して、政府は2015年から生活困窮者自立支援法にもとづく総合相談支援や就労準備支援などのサービスをスタートさせました。同制度は、各自治体の必須事業としての自立相談支援と住居確保給付金の支給事業、そして任意事業としての就労準備支援、一時生活支援、家計相談支援、学習支援などで構成されており、事業の多くは自治体直営というより民間委託によって実施されています。

この生活困窮者自立支援制度の導入によって相対的貧困率が改善されたと見る向きもあります。ところが、同法の事業の多くは任意事業となっており、その実施については大きな地域格差が生じています(図参照)。厚生労働省の集計によると、就労準備支援、一時生活支援、家計相談支援、学習支援という4つの任意事業を2017年度末時点で導入実施している自治体の割合は(4事業の全国平均で)42%にとどまっています(厚生労働省「平成29年度生活困窮者自立支援制度の実施状況調査集計結果」)。

図 生活困窮者自立支援制度の任意事業の都道府県別実施状況(実施予定含む)
※福祉事務所設置自治体における就労準備支援事業、一時生活支援事業、家計相談支援事業、子どもの学習支援事業の4事業合計
出典:厚生労働省「平成29年度生活困窮者自立支援制度の実施状況調査集計結果」

こうして、政府は生活保護基準の引き下げなどによって給付の対象を狭める一方で、「生活困窮者」に対しては一定の支援をおこなう枠組みを提供してきました。しかしその実施は任意であり、全国で約4割の自治体でしか事業を実施できていないのです。

さらに、同集計によれば、相談自立支援と4つの任意事業の73%が民間への事業委託によって実施されています。自治体がどのようにして民間事業者を入札・評価しているのか、そして長期的に慎重な関わりが必要な生活困窮者に対して民間事業者はどのような支援を保障できているのかが問われています。たとえば、自治体の委託を受けた民間事業者は、低予算のなかで最大の「コスト・パフォーマンス」を発揮することを期待され、実績を上げなければ次年度の継続が危ぶまれる状態に置かれます。現場ではこうしてPDCAによる事業評価と改善を求められ、費用対効果による成果を示すことを迫られます。したがって短期間で「成果」が見込まれない「支援困難ケース」は支援対象から排除される可能性があります。

民間事業者の多くが効果測定や「成果」にこだわるあまり事業や支援がパターナリズムを帯びる可能性が高まり、支援者は被支援者をコントロールしようとしがちになるでしょう。制度にシステム化されケアマネジメントの手法が導入されると、管理統制主義(managerialism)や成果主義に導かれやすくなるということです。その結果、民間事業者であるにもかかわらず独自性や先駆性を失い、事業の責任を負う支援者は利用者に規格化されたサービスをあてがい管理統制する暴力装置となる可能性をはらんでいます。

給付抑制をめざす社会保障改革のリスク

確認してきたとおり、生活保護基準の削減などによる給付抑制と併せて実施された生活困窮者自立支援制度は、自治体ごとに事業の導入実績が異なり、また事業の民間委託化にともなう必要充足(当事者の「声」に応えているか)などの課題が今後明らかになっていくでしょう。福祉事務所の機能がアウトソーシング(外部委託化)されたということでもあり、民間事業者に貧困対策をゆだねていくことは、公的サービスの縮小あるいは公的責任の回避と見ることもできます。憲法の生存権規定との関連性が明白な生活保護法に対して、生活困窮者自立支援法は生存権保障を約束しておらず、最低生活保障を受ける権利を体現しているとはいえません。

イアン・ファーガスンは、1990年代以降のグローバル市場経済の拡大を背景にして、ネオリベラルな社会保障改革が進められていることを危惧しています。各国政府は社会保障の給付抑制を図り、サービスに経営論的な転回をもたらしています。その特徴は、①費用対効果の考え方で利用者を合理的に管理する「マネジメント主義」、②福祉の民営化や「根拠にもとづく(evidence-based)実践」を強調することによる「規制」、そして③個人に主体的にリスクを管理させ、それぞれの必要や負担能力に応じて「セルフケア」でサービスを契約(購入)させる「消費者主義」だといいます(Ferguson、2008=2012:83-97)。

日本の社会保障改革もまさに財源調達と給付抑制、資源分配の効率性を重視する議論が主軸となっています。これらを強調してきたのは経済財政諮問会議と「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」が掲げる政策理念だといえます。骨太の方針にもとづき、生活保護および生活困窮者自立支援制度でも「KPI(Key Performance Indicators)」を活用した「費用対効果」の分析が重視され、生存権保障という観点からではなく、経営論的な観点による「自立支援」が導入されてきました。

生活困窮者自立支援によって、住民が生活困窮者の支援に直接関わる機会が増え、そのことによる地域活性化や「共生」のコミュニティーづくりといった新たな効果が生まれていることはたしかでしょう。そのことを評価しつつ、政府には貧困・生活困窮者の生存権および幸福追求権を保障する義務があることをあらためて確認しなければなりません。そして、生活保護基準の引き下げなどによる生活保護の給付抑制、および生活困窮者自立支援制度による過剰な「マネジメント主義」や「消費者主義」が貧困対策として何ら有益ではないことを確認していくことが求められています。本稿でそれを十分に論じきることはできなかった部分については、今後も最低生活保障の確立に向けて住民および生活に困窮する当事者の「声」を言葉にし、政治に反映させていく必要があります。

【引用・参考文献】

  • Ferguson,I.(2008)Reclaiming Social Work: Challenging Neoliberalism and Promoting Social Justice, SAGE.(イアン・ファーガスン著、石倉康次・市井吉興監訳(2012)『ソーシャルワークの復権:新自由主義への挑戦と社会正義の確立』クリエイツかもがわ)
  • 山森亮編(2012)『労働再審6:労働と生存権』大月書店
  • 金子充(2017)「費用対効果を重視する社会保障政策の陥穽 ─『低コスト化』と管理統制の現実」『社会福祉研究』鉄道弘済会、第128号
  • 金子充(2017)『入門貧困論 ─ささえあう/たすけあう社会をつくるために』明石書店
  • 吉永純(2015)『生活保護「改革」と生存権の保障─基準引下げ、法改正、生活困窮者自立支援法』明石書店
金子 充
  • 金子 充(かねこ じゅう)
  • 立正大学社会福祉学部教授

専門は公的扶助論・社会政策論。貧困者の視点に立った普遍的な社会保障政策のあり方について研究しています。著書として『入門貧困論』(明石書店、2017年)など。