【論文】水と人権 なぜ世界で多くの都市で水道再公営化が起きているのか

  • 岸本 聡子(きしもと さとこ)
    トランスナショナル研究所研究員

2019年1月19日

月刊『住民と自治』 2019年1月号 より


再公営化は所有形態が民から公に単に変わっただけではなく、すべての人が享受できるよりよい公共サービスを(再)構築しようとする根本的な挑戦です。

水道の民営化を禁止できる

2018年11月6日、アメリカ合衆国、東海岸の都市ボルティモア市が住民投票により水道の民営化を禁止するというニュースが入ってきました。先立って2017年ボルティモア市議会は市が所有する水道施設の売却やリースを禁止する決議を満場一致で行っており、今回の住民投票は決議に伴って自治憲章の改定を問いました。最終的な数値ではないですが、77%の投票者が賛成し改定が決定的となりました。これによって上下水道の施設は「譲渡できない市の資産」となります。

ボルティモア市民と市議会がこのような運動を展開したのは、数年前からグローバル水企業のスエズが水道施設と運営の長期コンセッションを獲得しようと、市議会に圧力をかけていたという背景があります。老朽化した水道施設を、市財政を圧迫することなくアップグレードするという触れ込みは世界共通で、スエズはウォールストリートの金融会社KKRと組んで特別目的会社(SPV)を作り、そのSPVが投資資金を民間からファイナンスするという仕組みを提案していました。これは日本でも今日議論されているコンセッションと類似するもので、官民パートナーシップ(PPP)ともいわれます。世界中で水道や公共施設・公共サービスを民営化する手法として推進されてきました。ボルティモア市民はこれにはっきりとノーを示したのです。

小さな町の水を取り戻す闘い

人口7万人弱の米国・モンタナ州、ミズーラ市は州内で唯一水道を民営化した市で、投資は滞り、水道料金は上昇しました。市議会では2011年から水道施設を買い戻すべく、Mountain Water Co.との長い闘いが始まりました。この間Mountain Water Co.は2011年にCarlyle Groupに売却され、その後Carlyle GroupがカナダのLiberty Utilityに売却され、所有権が次々に変更されました。企業が市の水道施設の買い戻しに応じなかったため法廷に持ち込まれました。

米国ではエミネント・ドメインといわれる措置があり、政府が公共の利益を守るために私的な財産を強制的に収用できるかが論点となりました。

2016年8月、モンタナ州最高裁判所は「市が水道システムを所有するのは民間会社の使用に勝る『必要以上』である」と判決し、裁判長は水道が公的な財産であり公的に所有管理することで、住民に最良のサービスを提供したいという市の主張を認めました。ネイション紙(2017年7月5日付)は「小さな町が巨大なファイナンス会社を退けて、一番大切な資源を取り戻した」と報じました。

ブルーコミュニティー

米国の話が続きましたが、わたしの活動拠点であるヨーロッパからも前向きなニュースがあります。この2018年10月、ドイツで市議会決議を経て、4つの都市がブルーコミュニティー宣言をしました。

ブルーコミュニティーというのはカナダで水と人権運動をリードするNGOカナダ人評議会が主導する国際運動で、3つの原則から成り立っています。1.安全で安価な水を得ることは基本的な人権であること。2.公的資金に支えられた上下水道の公的所有と運営。3.公的施設内と市主催のイベントでペットボトル使用を禁止する。これに「水と人権を実現するために公公連携(public –public partnerships)を推進する」が目標として加わります。

Food & Water Watch 提供:By Jackie Filson
Food & Water Watch 提供:By Jackie Filson

すでにカナダ、ブラジル、スイスの数十都市がブルーコミュニティー決議を行っていますが、このたびドイツのベルリン市、ミュンヘン市、アウクスブルク市、マールブルク市が加わりました。ベルリン市は2013年に民営化した水道施設を市が買い戻すことで再公営化を果たしています。これはベルリン市民の水道の公的管理を求める根強い運動の勝利の結果でした。これらの都市はブルーコミュニティーに加わることで水と人権、公営水道への態度を明確に示しました。ちなみにミュンヘン市は効率的で民主的な公営水道を誇る都市です。

水と人権を取り巻く市場化の圧力

なぜ多くの自治体が水や水道を企業の支配から守るために、それぞれ行動を起こしたり、ときには法廷に訴えたりしなくてはならないのでしょうか。

国連が総会で「水と衛生設備に対する人権」決議を採択したのは2010年です。同決議は33カ国が共同提案したもので、水と人権に関するこれまでの歴史のなかで画期的なものでした。

2010年以降、「水と人権」を明確に憲法に定めた国々も南米、アフリカに多くあります。国連や憲法が水と人権を掲げてもなお、水というすべての人が生きるために必要とする資源を商品化し、そこから利益を上げたい企業の市場開拓欲求はとどまりません。むしろパッケージを変えながら巧妙に国際政策議論をリードし、各国や自治体の政策に影響を与えています。先進国ではボルティモア市の例で見たように、人口減少、緊縮財政政策に苦しむ自治体を相手に、PPPによる長期の契約を取ろうとしています。途上国では数十年にわたって、国際金融機関が融資という強力な権力をもって、コンサルタント役も引き受け政府や自治体が民営化やPPPを受け入れる法改正を主導してきました。国家の役割を縮小させ、あらゆるものを市場の原理とルールに委ねようとする新自由主義は支配的な位置を確実にしており、公共サービスの市場化はその格好のターゲットです。そのなかでも最も公共性の高い水道、教育、保健は最後の聖域と思われます。

このような民営化への企業や国際機関による構造的な圧力を、積極的に応援したり利用したりする国家が多数であることも現実です。現在の日本はその好例でしょう。自治体はこの構造的な圧力に直接さらされているのです。

水道の再公営化

こうしたなか、市民や自治体は水道サービスの再公営化を対抗戦略として実践してきました。かつて民間企業によって所有、提供されたサービスを公的なコントロールとマネジメントに戻す地方政治の過程を「再公営化」と呼びます。

わたしたちの調査で2000年から2016年末までに少なくとも世界で267件の水道再公営化の成功を確認できました。2017年になってからは、イタリアのトリノ市やドイツのロストック市もこのリストに加わりました。増加する再公営化の数は、民営化やPPPプロジェクトが約束した成果を出さず失敗した現実を反映しています。再公営化は民営化やPPPの失敗に対する自治体や市民の協同の対応策ということができます。水道の再公営化とその成功が他の自治体を勇気づけたのか、再公営化は電力、交通など多様な自治体サービスへも広がりを見せて現在進行形で発展しています。

再公営化の動機は多様ですが、水道セクターでは民間企業の経営の不透明性、議会のサービスや財政監視能力の喪失が最も多い理由です。もう少し広く見ると、民間企業による不適切経営や労働者権利の侵害の停止(社会福祉分野、ごみ回収サービス)、地域経済・資源へのコントロールの回復(交通、電力、水道、学校給食)、エネルギー転換や環境政策に関わる野心的な計画の実行(電力、交通、ごみ回収サービス)、良質な公共サービスの手頃な料金での提供(全域)が共通の姿として浮かびあがってきます。

次世代型の公設公営水道は可能

再公営化は所有形態が民から公に単に変わっただけではなく、すべての人が享受できるよりよい公共サービスを(再)構築しようとする根本的な挑戦であることが多いのです。2010年のフランス・パリ市の水道再公営化はグローバル水道企業のお膝元で起こったため象徴的な存在です。再公営化から約10年が過ぎようとしている現在、パリ市の公営水道運営が世界を魅了しつづける理由は再公営化後のさまざまな成果や、常に革新的なイノベーションに挑戦する公営企業の姿勢です。

少し歴史をさかのぼるとパリ市の水道事業は1985年から、民間企業がコンセッション方式などで運営を行うようになりました。契約期間の25年間、経営は不透明で、市議会が不満に思い運営や経営の情報を企業から得ようとしても、それが極めて困難であることがわかったのです。当時、緑の党選出の市議で再公営化の過程のリーダーシップを取ったアン・ル・ストラ氏は再公営化後の調査で利益が過少報告されていたことを知りました。7%と報告されていた営業利益は、実際には15~20%だったのです。専門の職員も部署も失った市行政当局や市議会は企業からの報告を信じるしかありませんでした。

パリ市は公共財である水道は公共サービスの管轄に属し、自治体の制御のもとにおかれなければならないという信念の下、再公営化の準備を数年かけて行いました。新市長の下、水道事業はそれまで分断されていたサービスが統合され、2010年にオー・ド・パリ社(100%公営で市による管理、株主はなし、独自の予算を持った半独立の法人)として再出発しました。

再公営化のためにかなりの費用がかさんだにもかかわらず、翌年には、組織の簡略化、最適化を行ったことと株主配当、役員報酬の支払いが不要になったことにより民営化時代よりも4000万ユーロを節約でき、2011年に水道料金を8%下げることができました。

オー・ド・パリ社の現在進行形の取り組みは2018年9月に業務部長である、ベンジャミン・ガスティン氏が日本で講演を行いさらに詳しく伝えられました。

同社は料金値下げをしながら、高い投資を続けていることも高く評価されています。さらに同社は公的な存在としてさまざまな領域で公共政策へ貢献することを企業倫理の中心に据えており、長期的な人材や環境保全への投資を戦略的に行っています。公共政策は洪水管理、生物多様性、持続可能な農業、持続可能な地域開発、循環型経済、食料の地産地消に及びます。最近では、水道水にガスを注入した炭酸水の無料飲水機の第10号を設置しました。無料飲水機の設置はペットボトル入りのミネラルウォーターの代わりに水道水を提供し、プラスチックゴミを減らすのが目的です。この政策は環境負荷が非常に高いペットボトルの使用量、廃棄量を減らすだけではありません。無料飲水機や街のいたるところにある1200の公共噴水もオー・ド・パリ社が管轄する大事な施設です。これらは路上生活者や厳しい状況を迫られる難民にとっては大切な命綱であり、これらの人々の水を得る権利を守っています。

パリ市は市民、専門家がパリの水について討議するパリ水オブザバトリー(観測所)を設置しました。パリ水オブザバトリーは単に市民のフォーラムを超えて、市民参加や利用者の関与を追求する恒久組織としてオー・ド・パリ社の企業ガバナンスに組み込まれています。その意味は、同社はパリ水オブザバトリーに対し、すべての財務、技術、政策情報を公開しなければならず、経営陣と代表市議はパリ水オブザバトリーの会合に参加します。利用者と公営水道事業社をつなぐチャンネルとして機能しているのです。さらにパリ水オブザバトリーから選出された代表者がオー・ド・パリ社の意思決定機関である理事会の構成員として席に座ります。参加型統治ともいわれるこのモデルは再公営化したフランスのグレンノーブル市やモンペリエ市でも導入され、他の国々の公営水道運営にも影響を与えています。

パリ市は公共サービスや公営企業が非効率で硬直しているというイメージを塗り替え、公営企業が業界のリーダーシップを取れることを実践で示しました。公共利益や福祉の増進が目的である公営企業だからこそ、野心的な社会、環境的目標を追求できる戦略的な存在だということをわかりやすく証明したのです。

民営化ではなく民主化を

パリだけでなく再公営化を果たした多くの都市や公営企業体が、参加型統治や組織改革に取り組むのは民営化の苦い経験を通じて、自治体や公共サービスの価値や意味を見直す機会にいや応なく直面したからでしょう。すべてのケースで再公営化後に未来型の公共サービス創出を実現したわけではありません。説明責任、透明性といった公共の基本的な価値を実現しようとしても、長年の新自由主義的なセクター改革(法律、規制、組織、人材、雇用)の根は深く、一度失った公的な価値や文化を再構築するのがいかに難しいかも多くの自治体は思い知らされています。公的セクターは公的セクターであるという理由で民主的なのではありません。公的セクターは絶えず公共の利益を実現するために自己改革を続けることで本来持っている民主性を発揮できるのです。

【注】

2019年1月19日

月刊『住民と自治』 2019年1月号 より

  • 岸本 聡子
    岸本 聡子(きしもと さとこ)
    トランスナショナル研究所研究員

    東京出身。オランダの政策研究NGOトランスナショナル研究所(TNI)の研究員。編著”Reclaiming Public Services”の日本語版『民営化から再公営化へ:自治体と市民が公共サービスの未来を創る(仮題)』2019年発行予定

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