【論文】「地域自治組織」による「機能的自治」の限界


近時、基礎的自治体より狭い区域における狭域自治組織に注目が集まりますが、それが担う任務には基礎的自治体との関係で限界がないのでしょうか。
ドイツの「機能的自治」を参考に検討します。

「自治体戦略2040構想研究会」報告書にみる新しい「公」「共」「私」

総務省の有識者研究会「自治体戦略2040構想研究会」は2018年4月の第一次報告(以下、「2040報告①」)に続き、同年7月に第二次報告(以下、「2040報告②」)を公表しました(以下、2040報告①・②をあわせて「2040報告」)。

2040報告は、その副題「人口減少下において満足度の高い人生と人間を尊重する社会をどう構築するか」に示されるとおり、高齢者人口がピークを迎えて少子高齢化・人口減少が一層深刻化した2040年ごろの日本を前提とし、「バックキャスティングに」(逆算して)「将来の危機とその危機を克服する姿を想定した上で、現時点から取り組むべき課題を整理する」(2040報告①3㌻)とします。すなわち、「2040年頃にかけて迫り来るわが国の内政上の危機と対応策を整理し」(同4㌻)、「その改革を総合し、国内に行き渡らせるためには、各行政分野における取組と併せて、自治体行政のあり方の根本を見直す必要がある」(同49㌻)と結論づけ、これを受けて「新たな自治体行政の基本的考え方」として4つの柱を示しています(2040報告②29~38㌻)。

本稿で取り上げる「地域自治組織」は、これらの柱のうち「公共私によるくらしの維持」に関連するので、簡単にその内容を確認しておきます。

「共」としての「地域運営組織」

2040報告によれば、「人口減少と高齢化により、公共私それぞれの人々の暮らしを支える機能が低下」するため、これに対応するために「公」としての「自治体は『プラットフォーム・ビルダー』として新しい公共私の協力関係を構築し、住民生活に不可欠なニーズを満たすことが求められ」(2040報告②29㌻)、新しい「私」としてシェアリングエコノミーなどの環境整備、そして新しい「共」として町内会など既存の地縁組織を含む民間の「地域運営組織」が「くらしを支える担い手」となることが求められます(同33-34㌻)。すなわち、「自治体は、経営資源の制約により、従来の方法や水準で公共サービスを維持することが困難になる」(同7㌻)ので、「今後、住民ニーズを満たす共助によるサービス提供体制をいかに構築するかが課題」(同8㌻)であり、共助は今後不足する公共サービスを補う役割を期待されています。

そのような役割を果たすべき「共」の担い手として、住民が主体となり地域の課題解決に取り組む「地域運営組織」が位置づけられています。この「地域運営組織」は政府の重要施策であり全国各地でその活動を展開していますが、後述するように、主として私的組織であり任意加入を前提とするため、活動の性質によってはその目的を十分に果たせない場合があるといいます。

「地域運営組織」と「地域自治組織」

そこで検討の必要性が主張されているのが、本稿の検討対象である「地域自治組織」です。主として公法人として組織される「地域自治組織」は強制加入制と受益に応じた費用負担を組織の構成員に求めることが可能であり、とくにフリーライド防止に有効であるとされます。もっとも、2040報告において「地域自治組織」についての言及は見当たらず、また「地域運営組織」についても具体的な検討がなされているわけではありません。

では、どこでこの二つの組織について具体的な検討がなされているかといえば、総務省の有識者研究会「地域自治組織のあり方に関する研究会」においてであり、すでに2017年7月に「地域自治組織のあり方に関する研究会報告書」(以下、「地域自治組織報告」)が公表されています。

したがって、「地域自治組織」を検討対象とする本稿においては、この地域自治組織報告をとりあげ、そこで「地域自治組織」がどのように論じられているのかを確認し、検討します。なお、この研究会の座長代理である山本隆司氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)は、2040報告をうけて現在議論を行っている第32次地方制度調査会の専門小委員長であり、また近時、地域自治組織に関する論文を複数発表するなど、今後の制度設計に大きな影響を及ぼすと思われ、注目されます。

地域自治組織報告の内容

(1)自治体のサービス供給能力の低下に対する「共」による対応

地域自治組織報告は、人口減少・高齢化が進行した社会において、「基礎的自治体は、総じて標準的な行政サービスを如何に維持し、適切に提供していくかに注力していかざるを得ないと考えられることから、地域の公共空間において地域運営組織が果たす役割はさらに増していくことが見込まれる」(2㌻)という認識を示しています。

すなわち、基礎的自治体は従来の行政サービス供給能力をもはや維持できず、「標準的な行政サービス」しか提供することができないので、これを超え出る、地域ごとのニーズへの対応や課題の解決などについては、基礎的自治体に代わって「地域運営組織」の共助によってこれを行うことを求めているのです。そして、「地域運営組織」では活動の目的が十分に達成できない場合は、「地域自治組織」の設立が必要になるとされます(28-29㌻)。

(2)用語の定義

ここで、地域自治組織報告における用語の定義を確認します。「地域運営組織」とは「主として私的組織」であるとされ、その定義は、総務省が2016年3月に公表した「暮らしを支える地域運営組織に関する調査研究事業報告書」における用語法によっています。

すなわち、「地域の生活や暮らしを守るため、地域で暮らす人々が中心となって形成され、地域課題の解決に向けた取組を持続的に実践する組織。具体的には従来の自治・相互扶助活動から一歩踏み出した活動を行っている組織」が「地域運営組織」であると定義されます。

これに対して「地域自治組織」については、「地方制度調査会等で『地域自治組織』として議論されてきたものは主として公法人(又はその一組織)が想定されてきた」とされ、地域自治組織報告においても「地域の公共空間を担う公法人(又はその一組織)」が「地域自治組織」であると定義されます(1㌻)。

(3)地域自治組織報告の概要

地域自治組織報告は地域の公共空間の組織として、「地域運営組織」と「地域自治組織」をそのように区別し、まず「地域運営組織」について、その多様な活動実態とフリーライド問題への対応などの課題を整理し、さらなる活動の展開可能性を模索します。

具体的には、まず小規模多機能自治推進ネットワーク会議による地域運営組織に適した法人格についての提案を念頭に、地縁型の法人制度の課題について、認可地縁団体制度の見直しが検討されます。検討事項は、設立目的から税制上の取り扱いにいたるまで多岐にわたりますが、現行制度上は不動産所有を目的とする場合に限定されている認可地縁団体の設立目的の緩和が積極的に提案されたことを除き、おおむね現行制度維持ないし慎重な見直しをすることが必要であるとされます。さらに、地域代表性を認知・付与するなど、特別の位置づけや役割が付与された新しい地縁型法人制度の必要性も検討されます。

しかし、結局は私的組織である限りは克服できない課題があるとして、議論の中心は「地域自治組織」へと移っていきます。すなわち、「地域運営組織の活動の一部について、その性質上、フリーライドが可能であり、受益に応じた費用負担を求めることが困難であるという課題については、私的組織である地域運営組織として活動することを前提とする限り……解決は困難である」(28-29㌻)ので、強制加入制をとる新しい「地域自治組織」の可能性を検討する必要性が強調されます。そして、その具体的な法形態として、「公共組合」と「特別地方公共団体」による制度化の可能性が詳細に検討されるのです。

地域自治組織報告の検討

(1)フリーライド問題解決のための「地域自治組織」?

このように、地域自治組織報告は新しい「地域自治組織」の必要性の根拠を、フリーライド問題の解決に求めます。もちろん、それは「地域運営組織」の活動における一つの課題には違いありませんが、複数挙げられた課題のなかからこの点にのみ焦点をあて、その解決のためには公法人としての「地域自治組織」が必須であるという議論のはこび方は、やや強引な印象がぬぐえません。この点に関して、2017年10月に小規模多機能型自治推進ネットワーク会議が同会議の全会員に対して実施した、本報告に対する意見照会の結果(「総務省『地域自治組織のあり方に関する研究会』報告書に対する意見照会の結果」)をみても、「地域自治組織」の導入可能性について、「可能性は低い」または「将来的にも可能性が低い」という回答が多数であり(「公共組合」について46・2%、「特別地方公共団体」について56・4%)、フリーライド問題の解決という目的のために新しい「地域自治組織」を設ける実際のニーズは必ずしも高いようにはみえません。

そうすると、新しい「地域自治組織」の制度化を検討する本当の意味は、別のところにあるのではないかという疑問が生じます。この点について2040報告との関係で考えてみると、「地域自治組織」論は、基礎的自治体のサービス供給能力の低下への対応および圏域化の推進との関係において、2040報告が示す改革に連なっているように思われます。すなわち、基礎的自治体が提供するとされる「標準的な行政サービス」を超え出る部分のうち、「地域運営組織」が行うことのできない公権力の行使を伴う活動などを、公法人である「地域自治組織」は担うことができます。基礎的自治体内部で行われる狭域自治をそのように構想する場合、従来は基礎的自治体が提供してきた(あるいは提供すべきとされていた)行政サービスを、その「機能」ごとに細分化することが前提とされるので、基礎的自治体の区域がもつ意味はその限りにおいて希薄化すると考えられます。

そうであれば、このような構想には狭域自治だけではなく、同時に圏域行政にも道をひらく可能性があるといえるのではないでしょうか。

このような「機能」への着目との関係で注目されるのが、「機能的自治」というドイツ公法学で主張されている行政類型です。「機能的自治」について、近時、山本隆司氏は「機能的自治の法構造-新たな地域自治組織の制度構想を端緒にして」(『地方自治法施行70周年記念自治論文集』、2018年)や「新たな地域自治とBID」(『月刊地方自治』、2018年6月号)など論文を相次いで発表しています。

(2)「地域自治組織」による「機能的自治」の条件

「機能的自治」とは、「地方自治」が地理的領域と任務の幅広さに関連づけられているのとは異なり、立法府により創設・配分された特定の公的任務に関連付けられ、同質的な利益に方向づけられた当事者集団が、自ら参加し、自らの責任において行う分権的行政類型です。このように当事者行政としての性格をもつ機能的自治の組織は主として、特定の公的任務に関わる当事者が構成員となる「権利能力を持つ公法上の社団」であり、公権力を行使することができます。よって、その公権力の行使は民主的な正統化を要しますが、構成員は議会を淵源とする人的な民主的正統化を欠くので、その限りにおいて機能的自治と民主政原理は対立します。

しかし、両者の共通性(自己決定の理念)に着目すれば、機能的自治における公権力の行使は、同質的な利益に方向づけられた構成員の参加によっても正統化されると考える余地があります。この正統化は「自律的正統化」と呼ばれ、これを民主政原理といかに適合的に組み合わせることができるか(あるいはできないか)が理論的問題となります。

このような機能的自治組織として「地域自治組織」を構想する場合、その公権力の行使は立法府による組織法的・作用法的統制による民主的正統化と自律的正統化との組み合わせにより全体として適切に正統化されることを要します。自律的正統化を生み出す「同質的な利益に方向づけられた構成員の参加」にいう利益の同質性とは、たとえばドイツで機能的自治組織として構成される公的医療保険者(疾病金庫)の構成員が被用者を中心とする被保険者と雇用者であることを参照すれば、それは「公的医療保険を運営する利益」というぐらいのものであるように、任務の内容・性質によって合理的に定まるものです。したがって、もしそのような任務の内容・性質を合理的に考慮しないで、住民の一部分を切り取って、その利益の同質性だけを根拠に、任務を細分化し、その一部分を機能的自治組織に安易に委ねるような方向に今後の議論が展開していくようであれば、これについては慎重にならなければなりません。

すなわち、「地域自治組織」が機能的自治によって行うことができる公的任務には自ずと限界が定められるのであって、たとえば介護保険のように、基礎的自治体が(一定年齢以上の)全住民を対象に対して提供してきた行政サービスについて、その内容を切り下げて最低限の水準とし、これを上回る部分を「地域自治組織」の機能的自治に委ねるようなことはできないと考えられます。

今後、機能的自治の理論が、「地域自治組織」の制度設計をめぐる議論にいかなる影響を及ぼし、それが2040報告の示す圏域化の推進という方向性にいかなる影響を及ぼすのか、今次の地方制度調査会の議論などにおいて注視していく必要があるでしょう。

門脇 美恵

2009年名古屋大学大学院法学研究科博士課程後期課程満期退学、2015年4月名古屋経済大学法学部准教授、2017年4月同教授(現在に至る)。法学博士。