【論文】小規模家族農業と都市貧困層をともに支える―アメリカ・マサチューセッツ州にみるコミュニティ再生運動―


アメリカの貧困問題の一つである大都市のスラムにおけるコミュニティの再生において、小規模家族農業と都市貧困層をともに支える有機農業やCSAが果たす役割を紹介します。

非営利農業団体「ザ・フード・プロジェクト」

「ザ・フード・プロジェクト」(The Food Project、以下、FP)は、アメリカ・マサチューセッツ(以下、MA)州東部の北岸地域とボストンで6つの農場をもち、合計70エーカー(28㌶)の農地で、多種類の野菜、ハーブ類、花卉、果実を栽培するとともに、小規模農場が出荷できるファーマーズ・マーケットを運営している非営利団体です。1991年にMA州環境保護協会の一つのプロジェクト(事業計画)として企画され、農場を確保して経営が開始されています(それ以来この非営利農業団体の名称として、団体名らしくない「プロジェクト」が使われています)。

設立時のスローガンは、「土地、人々、そしてコミュニティの価値を愛するために」であり、とくに「若い人々に農場での生活体験を提供すること」が目標とされました。そして、①手頃な価格で地元の農産物を手にすることができる地産地消のフードシステムを構築する─すなわち長距離輸送ではなく、地元消費のために新鮮で健全な農産物を供給する─、②低所得者が健康的な生鮮食品を購入できる機会を拡大する、③そして次世代の若い指導者の育成をめざすという取り組みを行ってきました。

1992年には、ボストンの北西15㌔㍍の郊外リンコルンで2・5エーカーの「ドラムリン農場」から経営が始まり、その後、「郊外農場」として同じくリンカーンに31エーカー、州の北岸地域ビバリーに2エーカー、同じく北岸地域ウェンハムに34エーカー、「都市農場」としてボストンに2・5エーカー、ボストンの北隣のリン市に1エーカーと農場が増えています。1エーカーは40㌃ですから、6つの農場のうち4農場は1㌶までの小さな農園です。

FPには30人の常勤職員に加えて、夏季には30人の非常勤職員が加わります。各農場はフルタイム雇用の農場の管理者(マネジャー)とスタッフのもとに、農場全体で毎年120人を超える若者(高校生)が働き、約2500人のボランティアも加わっての農作業で、野菜の生産量は100㌧を超えます。全農場で無農薬・無化学肥料の有機栽培ですが、コストのかかるアメリカ農務省有機認証は取得していません。

ザ・フード・プロジェクト
ザ・フード・プロジェクト

ボストンの2農場

サウス・ボストンのダドリー地区(人口2.4万人)は、歴史的にはボストンの主な黒人居住地域で、現在でもアフリカ系、ラテン系、カーボベルデ系(西アフリカのセネガル共和国の沖合のベルデ岬諸島─現在はカーボベルデ共和国─)住民など多様な有色人種からなるコミュニティを形成してきました。この地区はかつて放火や殺人のほか、行政がインフラ整備に手を抜き、銀行は意図的に投資抑制を行うなど差別的扱いを受けた地区であり、1980年代はじめには地区の3分の1が空き地であって、日常的にゴミの不法投棄も行われたといいます。これに対して地区の住民が1984年に地区再建の権利は自分たちにあると、「ダドリーストリート・ネイバーフッド・イニシアチブ」(DSNI)というボランティア団体を組織し、コミュニティ再生の構想をまとめました。そしてこのコミュニティ再生事業の重要な役割がコミュニティ・ガーデンや有機農園に期待され、FPがそれを具体化するために招かれたのです。

FPはこのダドリー地区で、2つの空き地、それぞれ1・4エーカーと0.6エーカーに、合計2エーカーの農場と10㌃弱の温室を持ち、多品種の野菜を栽培しています。温室はレストラン向けのトマト栽培(FPにとっての重要な収益源)と、「コミュニティスペース」として地域住民や園芸愛好家の学習の場に提供されています。2エーカーの農地はランドトラスト(土地信託公社)からの無償貸与ですが、温室には年間500ドルの地代が支払われています。収穫物は貧困救済団体への支援のほか、ファーマーズ・マーケットや近隣のレストランへの直接販売です。ファーマーズ・マーケットでは一般的な無農薬野菜の卸価格帯で安く販売し、レストランには同じく無農薬野菜の小売価格帯で販売しています。この地区の農場の売り上げは年間7・5~10万ドルです。うちファーマーズ・マーケットが1・5万ドルで、その売り上げの3分の2は、貧困世帯向けの国の食料切符(現在ではクレジット・カード)にMA州が助成金を上乗せした「健康促進事業」(HIP)を活用したものといいます。

1998年からはガーデニングの普及活動と栽培指導・教育を開始しています。この地区は食生活の乱れに起因した肥満や糖尿病、心臓病のり患率がボストン平均よりも高く、健康上の問題が深刻だったからです。ガーデニングを普及させていくなかで、宅地周辺の土壌が、かつて廃棄物の不法投棄が行われたために鉛汚染が深刻なことがわかりました。そこで、宅地でガーデニングを行う「木製野菜栽培床」(26ページ上中段の写真)1000台以上を、自分の食料を生産したい家族や団体に対して無償提供しています。それに必要な園芸用土壌や種苗は有償提供し、栽培指導も行っています。

木製野菜栽培床
木製野菜栽培床

FPの青少年農業教育とコミュニティ再生事業

FPの事業で重要なのが青少年の農業教育です。農場全体で毎年120人を超える若者が働いています。青少年教育は、参加経験に応じて、第1段階の「シードクルー」(Seed Crew、種子段階のチーム)に始まって、第2段階は、「ダートクルー」(Dirt Crew、種を育てる土壌チーム)、第3段階は「ルートクルー」(Root Crew、作物を支える根チーム)という3段階編成です。

シードクルーは14歳~17歳の高校生に、夏休みの7月~8月中旬、5~6週間の労働機会を提供します。ボストンやリン市周辺の都市部から、さまざまな人種(6割が有色人種)や階層からなる高校生を募集し、毎年72人(男女比は半々)を採用して各農場に配置しています。週5日、1日8時間労働で週給275ドルが支払われます。市内から農場への通勤には、「鉄道・バス通勤パス」が支給されます。午前中は農作業、午後はワークショップ(持続型農業や食料へのアクセスについて、さらに社会正義とは何かといった問題を学ばせる)、午後の最後の2時間はまた農作業です。週のうち1日は地元の貧困救済団体に、自分たちが育てた作物を届け、その団体が行っている生活困窮者への食料提供を手伝わせます。自分たちが生産した農産物がどのように消費者に届いているか、農産物の流通システムを理解させるためだといいます。シードクルーの農場で農作業は、12人のメンバーが1チームとして働きます(リーダーはルートクルーの2人)。

ダートクルーはシードクルーの経験者から採用されます。年間を通して、放課後と毎週土曜日に低所得地域の住民のために野菜栽培床の設置作業を行います。また、ボランティアのリーダー役を担い、翌年のシードクルーの募集を手伝います。持続型農業やローカルフードシステム、正当な労務管理、市民としてのたしなみなど、しっかりしたリーダーになれるような教育コースという位置づけです。

ダートクルーを経験した後はルートクルーとなり、農場やファーマーズ・マーケットでのさらなる責任を担うことになります。

こうして、FPでは青少年の農場やコミュニティにおける労働と、社会正義や「食料正義」、事業経営のやり方などの学習の両面から、フードシステムに変革をもたらすような次世代リーダーの育成が事業のなかに位置づけられています。

貧困者層の健康な農産物の入手機会を改善する事業との苦闘

FPが目的とするのは、「食をめぐる不均衡にドル立ち向かい、食の公平さを求めて活動する」ことです。収穫物のうち約40%は35の貧困救済団体に寄付されており、約60%は低所得者層の住む地域におけるファーマーズ・マーケット(5カ所を運営)での販売や、各農場が組織しているCSAを通じての販売です。CSA(Community Supported Agriculture、コミュニティが支える農業)では通常の出資金を払う市民(フルプライスシェア)543戸に対して、低所得者向けにシェア価格を抑えた販売を185世帯に対して行っています。

さて、このような非営利農業団体の財政はどうでしょうか。FP全体の運営にかかる費用には、「青少年発達プログラムで支払われる給料」91・9万ドル(1ドル110円で1億円、以下同じ)、6農場の運営費74・9万ドル(8239万円)を筆頭に、総額227・5万ドル(2億5000万円)を要しています。これに対して、6農場で生産された野菜などの販売収入は33・4万ドル(3670万円)で、費用合計に対してはわずか14・7%です。これに対して収入は総額324・3万ドル(3億5700万円)で、寄付金が274・6万ドル(3億206万円)、なんと収入の84・7%が寄付金です。公的助成金は寄付金に含まれますが、わずか5万ドルです。収入と経費との差額96・8万ドル(1・1億円)が、FPのスタッフに支払われる給与などです。FPのような、地域の小規模家族農場と連携しての、青少年農業教育と都市貧困地域のコミュニティ再生をめざす非営利農業団体の運営が、自治体の土地提供や貧困家庭助成と、圧倒的な民間寄付金によって成り立っていることがわかります。

MA州に生まれた非営利農業団体FPがめざす「青少年・食・コミュニティ」トライアングルの構築は、それに共鳴する団体が全米ですでに8団体、シアトル、ニューオーリンズ、インディアナポリス、オースチンなどの各都市に誕生しているとのことです。

さて、こうした小規模農家と消費者との連携に何をみるべきでしょうか。

ひとつには、ここでの有機農業運動が、アメリカ農務省の有機認証基準に合格するだけのスーパーマーケットで流通する有機農産物(「スーパーマーケット有機」という)にはないコミュニティの再生やローカルフード運動という精神を失っていないことです。そして、この小規模農場の有機農業をコミュニティの再生運動と結びつけているのが、CSAやファーマーズ・マーケットであることです。しかも、わが国やスイスの産直運動に学んだとされるCSAも、都市住民が「フルプライスシェア」を前金で農家の預金口座に振り込み、毎週、農場に野菜セットを受け取りに行ける消費者だけではないこと、都市貧困層の大量の存在がアメリカの社会問題の中心的問題のひとつであることに真摯に立ち向かい、自治体と連携して貧困者向けの事業開発に力を注いでいることです。

さらに、驚かされたのは、FPは農場の農作業にボランティアとして多数の市民に参加の機会を提供し、アメリカで広がっている「豊かさとは何か」、働きすぎのアメリカ人の「新しい豊かさ」のひとつに「消費者が消費者に留まらず、食の生産・農業に参加」することがあるのではないかとする新しい社会運動に機会を提供していることです。

【注】

  • 1 ニューイングランドに主流農業に対するオルタナティブが存在することを教えてくれたのは、2016年の大統領選挙の民主党予備選挙でヒラリー・クリントンと争ったバーニー・サンダースの自叙伝『バーニー・サンダース自伝』(萩原伸次郎訳、大月書店、2016年)です。また、小規模農場と都市貧困層をともに支えるボストンの非営利農業団体「ザ・フード・プロジェクト」の存在を知ったのは、文化人類学者の渡辺靖氏の『アメリカン・コミュニティ』(新潮選書、2013年)によります。
  • 2 アメリカ政府の貧困世帯向けの食料切符(「補助的栄養支援プログラム」といわれ、月収2500ドル以下の家族に対して、家族員一人当たり月に100ドル、食料品店で低所得家族や個人が毎月購買できる助成制度)は、近年ではSNAP Benefits (SNAP特典)といわれ、その受給者はEBTカード(Electronic Benefits Transfer、 プラスチックカード)を使用して、買い物やATMからの補助金の引き出しに使用できるようになっています。これに上乗せする方式で、MA州は「健康促進事業」(HIP、Healthy Incentives Program)を2017年に開始し、州内のSNAP受給者に毎月新鮮な果実と野菜を購入できる追加支援を行っています。SNAP受給者が、州内のファーマーズ・マーケット、ファームスタンド、移動販売、CSAなどで、果実・野菜を購入すると1ドルに対し1ドルの助成があります。地元の小規模農家の直接販売を刺激し、低所得家族の栄養不足に対する支援の双方が期待されています。
  • 3 ニューイングランドの有機農業運動に大きな影響を与えたのは、1920年代にドイツで生まれた「バイオダイナミック農法」(オーストリアの哲学者ルドルフ・シュタイナーが提唱した動物の排泄物を完熟たい肥にして土壌に戻す自然農法)です。ドイツから1980年代にそれを伝えたトゥラウガー・グローは、「明日の農場」の目的は、①安全な農産物を供給する農場、②環境を創造していく農場、③教育文化に寄与する農場、だとしました。ニューイングランドの有機農業運動には、青少年教育に対する体験学習プログラムが最初から組み込まれていたのです。トゥラウガー・グロー/スティーヴン・マックファデン(兵庫県有機農業研究会訳)『バイオダイナミック農業の創造・アメリカ有機農業運動の挑戦』新泉社、1996年参照。
村田 武
  • 村田 武(むらた たけし)
  • 九州大学名誉教授

専門は農業政策・協同組合論。近著に『日本農業の危機と再生』(かもがわ出版、2015年)。