【論文】「スーパーシティ」構想と国家戦略特区


加計学園で問題となった国家戦略特区。2018年秋から政府は国家戦略特区の枠組みのなかで、AI技術を利用した「スーパーシティ」構想を打ち出しています。便利で快適な「最先端都市」といいますが、個人の権利や自治にとっては問題ばかりです。

2019年1月からの通常国会にて、政府は「スーパーシティ」を実現するための国家戦略特区法の改正案を提出しました。結論からいえば、本法案は審議もされないまま廃案となりましたが、政府は秋からの臨時国会で再度提出、可決をめざしています。本稿では、この法案自体の問題点に加え、現在政府が盛んに推奨している「AIなどを活用した未来社会」「ソサエティ5・0」などについての問題点を分析します。

問題だらけの国家戦略特区

国家戦略特区の問題点は、「加計学園問題」で明らかになったように、一言でいえば「安倍政権のお友達優遇」政策です。縁故主義でプロジェクトの判断がなされているため、政府がいう「国全体の経済成長」には結びつきません。「スーパーシティ」構想に入る前に、ここで簡単に国家戦略特区の全体像を振り返ってみましょう。

政府の行政改革・規制改革の流れは1990年代後半から進められてきたのは周知のとおりです。政府の諮問会議などでは、規制改革を推進する財界からのメンバーや研究者などが選ばれ、公共政策や消費者、市民目線で規制改革に歯止めをかけるような人選はほとんどなされていません。こうした流れのなかで、第2次安倍内閣が成長戦略の柱の一つとして掲げたのが国家戦略特区です。地域を限定した大胆な規制緩和や税制面の優遇で民間投資を引き出し、「世界で一番ビジネスをしやすい環境」を創出すると謳われ、2013年12月に「国家戦略特別区域法」が成立しました。

国家戦略特区として指定されているのは現在10の区域です。新たに国家戦略特区の事業・プロジェクトを開始したい場合、これらの自治体は、政府に申請をします。それが諮問会議やワーキンググループなどで検討され、了承が得られればプロジェクトを実施という流れになります。対象となる分野は「規制改革メニュー」と呼ばれ、都市再生、創業、外国人材、観光、医療、介護、保育、雇用、教育、農林水産業、近未来技術と非常に多岐にわたります。加計学園問題では事業申請から決定に至るプロセスにおいて、公正・平等な判断が政治家の圧力によって歪められたことが問題にされました。他にも、推進委員の一人である竹中平蔵氏は、雇用分野の事業にて自らが会長を務める人材派遣会社「パソナ」に事業を受注させるなどの利益誘導の事実もあります。

しかし加計学園問題が仮になかったとしても、国家戦略特区は全体としてうまくいっていません。どの分野も、法律が制定され政府が盛んにテコ入れをした2014年から2016年ごろに事業数は増えたものの、2017年以降の事業数は減っています。自治体にとってこのスキーム(制度)は地域経済の発展にもつながらず、真の意味での経済成長をもたらさないという実感が広がったことが低迷の理由ではないでしょうか。

スーパーシティ構想とは

国家戦略特区の事業数が伸びないなかで、政府は新たに「スーパーシティ構想」を打ち出します。2018年10月、政府は国家戦略特区の枠組みのもとで「『スーパーシティ』構想の実現に向けた有識者懇談会」(座長:竹中平蔵氏)を開催しました。以降、計5回の会議が持たれ、最終的に2019年2月に「最終とりまとめ」が出され、国会での法改正提案へつながります。

スーパーシティ構想とは何でしょうか。政府の説明は以下の通りです。

「AI及びビッグデータを活用し、社会の在り方を根本から変えるような都市設計の動きが国際的に急速に進展していることに鑑み、 暮らしやすさにおいても、ビジネスのしやすさにおいても世界最先端を行くまちづくりであって、第四次産業革命を先行的に体現する最先端都市」(首相官邸 国家戦略特区のウェブサイトより)。

目覚ましい勢いで進展する科学技術イノベーションによって、スマホとパソコンはわたしたちの必需品になりました。またAI(人工知能)はすでに多くの産業・社会の現場で使用されています。さらにさまざまなアプリやSNS、ネットショッピングを通じてわたしたちが提供する個人情報は、ビッグデータとしてプラットフォーマー(GoogleやAmazon、Facebookをはじめ金融機関や電子商取引サイトなどの大手企業を指す)に蓄積され、ビジネスに利用されています。スーパーシティ構想とは、こうした状況をさらに深化させ、自治体の機能やコミュニティと住民の生活のすべてにこれら技術を徹底的に埋め込んでいくプランです。

たとえば、住民や企業のデータ、地域の地理的な状況などのデータが街中に設置されたカメラから集められ、それをAIが分析し、車の自動走行や小型無人航空機(ドローン)による配送が行われたり、店舗ではキャッシュレス化と無人化が進みます。顔認証システムも全面的に導入されていくでしょう。ごみ収集や医療などもAIとロボットを活用します。これ以外にも政府の計画ではさまざまな領域・分野が挙げられており、「丸ごと未来都市」を創ることが目標とされています。

日本の現行の法制度のもとでは、上記のような「スーパーシティ」は実現できません。なぜならば、これらの技術やシステムの導入に際しては多くの規制が存在するからです。地域限定で規制の特例を設けるのは国家戦略特区法の主旨であり、これまでも各種の近未来技術の導入が行われてきました。しかし政府は次のように述べています。「(国家戦略特区は)規制所管省と個々に協議し、同意をとりつけなければ動かない仕組みであり、それまでに数か月や数年を要することも少なくなかった。この限界のもとでは、丸ごと未来都市を作ろうとする『スーパーシティ』構想はできない」(「スーパーシティ」構想の実現に向けて 最終報告、2019年2月14日)。

これが、政府が国家戦略特区法を改正してまでスーパーシティ構想を実現したいと考えた理由です。さらに内閣府関係者は「加計学園問題でイメージダウンした国家戦略特区制度の再興をしたい」とスーパーシティ構想に対する意欲を語っていたというからあきれた話です。改正案では住民の合意を前提に各自治体が事業計画を策定し、国の規制が免除されることなどが盛り込まれました。

国家戦略特区の事業自体が、著しいトップダウンと透明性の欠如のもとで拙速な決定がなされてきたにもかかわらず、政府はそれでも「遅い」といいます。政府が常に攻撃対象とする「規制」には、非合理なものも一部にはあるものの、その多くは、わたしたちの暮らしや地域経済、社会そのものを適正で安定的に保障するための社会の規律です。それが一部の政治家や官僚、利害関係者の意向によって壊されていく危険がここにあるのです。

なぜ日本はスーパーシティ構想に邁進するのか

すでに多くの局面で規制緩和・規制改革がなされてきているなかで、スーパーシティ構想は、別の位相の問題を多く抱えています。

まず、スーパーシティ構想はそれ自体が単独で表出してきたわけではなく、政府の全体的な経済政策の一つであることを押さえる必要があります。わたしが専門としている貿易協定の分野でも顕著ですが、この10年ほどの間で世界各国(とくに先進国)では「デジタル経済・デジタル貿易」が最も重要な分野として位置づけられています。デジタル経済とは、まさに先述のプラットフォーマーが中心となり、あらゆる領域のビッグデータを収集し、AIによる解析・分析がなされビジネスが行われることであり、ロボット技術の導入なども含みます。米中の貿易戦争は関税問題ばかりが注目されていますが、本質的には「デジタル覇権」の争いです。米中の他、インドやEなども独自の法制度をもってデジタル経済において進出をはかろうとしています。

これら巨大なプラットフォーマーを抱える国々と比較すると、明らかに日本は劣後しています。デジタル経済の世界は、ともかく中心となるプラットフォーマーが完全に優位に立つ世界で、こうした企業を有する米国や中国の力は圧倒的です。こうしたなか、日本政府は2016年から「ソサエティ5・0(超スマート社会)」というコンセプトを打ち出し、超情報化社会に向けた計画を実行しようとしていきます。安倍晋三首相は、2019年1月、スイスのダボスでの世界経済フォーラム(ダボス会議)にて、来るG20大阪サミット(2019年6月)で、日本が世界のデジタル経済を牽引していくと威勢よくスピーチをしました。

しかし、世界各国の注目は米中の動きにあり、日本がいくらデジタル経済についての議論を先導すると述べても、大きな注目は浴びていません。事実、G20大阪サミットでも、デジタル経済(とくに個人情報を含むデータの移転問題)については各国の意見は分かれ、日本が当初目標とした中身はほとんど議論を深めることはできませんでした。しかも、政府はスーパーシティ構想の実現をG20大阪サミットでの「日本の成果」としてアピールしたかったのですが、実際には先述のとおり通常国会での法改正ができなかったためこれも失敗に終わっています。

各国でスーパーシティの実証実験が進むなか、日本の現状は「周回遅れ」として、財界を中心に「急いでスーパーシティ構想を実現しなければならない」との焦りがあります。また2018年、政府は「自治体戦略2040構想」を打ち出します。人口減少時代に対応する自治体政策として、AIやロボット活用による「スマート自治体」が提言されたり、公共サービスのプラットフォーム化、さらにはUberやAirbnbなどのシェアビジネスを導入したりすることなどがその柱です。これはスーパーシティの方向性とぴったりと一致しています。

しかし本来の地域再生のための政策(地場産業の基盤強化や人材の育成、そのための自治体への財政支援など)を抜きにしたスーパーシティ構想は、外資系を含む大企業の利益にはなっても、地域経済の活性化や住民の利益にはつながりません。すでに国家戦略特区で明らかになった構造的な問題を、政府はまた繰り返そうとしているようにしか見えません。

スーパーシティの何が問題か

スーパーシティ構想および「デジタル経済」「ITの活用によるあらゆるサービス導入」には多くの懸念事項と問題点があります。以下にいくつかの観点から考えてみます。

権利の課題

すでに市民から懸念が出されていますが、デジタル経済では個人情報を含む「データ」がビジネスの最大の「素」となります。スーパーシティでは行政が管理すべき住民のさまざまな情報(収入や税納付額、健康保険料額など)も一元的にビッグデータとして集積・管理されます。また民間ベースでも金融機関の情報、買い物履歴、ウェブサイトの閲覧履歴、労働時間といった情報も、集めようと思えば集められることになります。当然、ここでは個人情報保護、消費者保護の観点からの懸念が生まれます。ネット上ではすでにさまざまな人権侵害や犯罪も起きていることを考えれば、こうしたシステムに対応できるだけの法的基盤や管理上の技術が必要ですが、スーパーシティ構想でこの点が十分に議論された形跡はありません。

社会の課題

デジタル経済が社会の価値観や文化、コミュニティの関係性に与える影響もあります。たとえば、前項で指摘したようなプライバシー侵害がスーパーシティで実際に起こった場合、それに法律・行政はどのように対応するのでしょうか? スーパーシティ構想が実現すれば、行政職員の数は間違いなく減らされます。あるいは民間企業でもIT化が進めば雇用数は削減されるでしょう。一般社会よりも極端に規制緩和を進めるというのがスーパーシティの構想なので、雇用数減(失業者増)に対応する社会保障制度や教育訓練などがセットになって議論されるべきです。

環境の課題

実はデジタル経済推進の議論のなかで、膨大なエネルギーを要するスーパーコンピューター、メガサーバー、クラウド・ストレージの問題はほとんど上っていません。しかしこれらのシステムの運用には、太陽光・風力発電、高効率電池などの鉱物資源を必要とする設備・機器を生産しなければならず、大規模な鉱物やレアアースの採掘、採取、加工が必要です。電気を使わなければならないことが宿命ですから、非常時の対応も必要ですし、またそのようなシステムは実は脆弱でもあります。こうしたしくみに依存し、生活のすべてが管理されてしまうこと自体が、「コミュニティの力」を弱めることになります。

平等性の課題

ITやAIの導入に際して、この点もあまり議論がなされませんが、これら技術をやみくもに適用していくことは、富裕層と貧困層、大企業と人々、先進国と途上国などさまざまな層の格差・分断をさらに広げていくことにもつながります。たとえば現在、食品・農業産業における世界中から集めたビッグデータの多くは、モンサント‐バイエルやカーギルなどのわずか4社が握っています。あるいは世界中のビットコインの97%はわずか4つのアカウントが所有しています。つまり情報・データの寡占化がそのまま業界・分野での支配と格差を生み出す構造になっているのです。スーパーシティで導入されるシステムの多くは、米国のIT企業やプラットフォーマーの技術となるでしょう。

自治(ガバナンス)の課題

スーパーシティ構想は、個別の企業の取り組みではなく、住民の暮らしの基盤となる町全体、自治体そのもののあり方を根本から変容させる可能性があります。その際に、だれがどのようにそれぞれの技術やシステムの導入を決定するのかという意思決定の問題、日常的にどのように維持管理するのかという実施と責任の問題、さらには実際に運用するなかで起こるさまざまな問題・課題についてどのような場で議論がなされ解決されるのかという問題などが考えられます。重要な点はこれらが議会で議論され住民の参画がなされるのかというオーナーシップやガバナンスです。「スーパーシティ構想」の最終報告書には、「住民参加」という言葉も強調されていますが、行政主導で決められた計画についての説明がどこまでなされるか、また負の側面も併せて十分な検討・措置がとられるかは大きな疑問です。

スーパーシティ構想のこれから

内閣府は2019年6月29日、大阪市で「スーパーシティ スマートシティフォーラム2019~スーパーシティに係る国内外の最新動向と今後の展望」と題するG20大阪サミット関連イベントを開催しました。国家戦略特区法の改正には至らなかったものの、日本においてスーパーシティの促進を謳うイベントでした。ここで竹中平蔵氏は、次のように述べています。

「スーパーシティなど破壊的イノベーションに対して、日本では既得権益を持っている勢力がどうしても反対する。自己否定しなければならないからだ。AIやデータガバナンスなど新たな仕組みを作るのは重要だが、いまあるもののルールをどう変えるのかがポイントになる。」

この分野で日本が主導権を取ることも、グローバルな覇権を握ることも難しいことはわかっていますが、それでも米中に追随して進めようとする姿勢です。政府は改正案を2019年秋の臨時国会に再提出し、成立を目指しています。

仮に法案が通れば、スーパーシティ構想のモデル都市を選定することになり、現時点では福島県会津若松市や福岡市が名乗りを上げ、神奈川県藤沢市もやる気を見せています。特区という性質上、いくつかの自治体で「成功した」とされれば、次々と他の自治体でもプロジェクトが立ち上げられ、法規制もなし崩し的に緩和されていくことが懸念されます。まずは秋からの臨時国会での審議をチェックしていく必要があります。

同時に、スーパーシティ構想をはじめとするITやAI技術は、今後もわたしたちの暮らしにさらに浸透していく流れは必至でしょう。その際に、無条件・無批判にそれを受け入れるのではなく、市民社会や住民自治にとってどのようなリスクと懸念があるのかをわたしたち自身が提起し、それらを議論し政策提言をするスペースを社会のなかに広げなければなりません。科学技術イノベーションやデジタル経済は、単に便利で快適な暮らしをもたらすものではなく、生命観、倫理、権利など重要な価値観との相克を伴います。個人の暮らしを越えた自治体や地域社会のなかで、それらがどのように適用されるべきか、どのような法規制が適切なのかを考える必要があります。

最後に一つ、興味深い事例をご紹介します。米国のカリフォルニア州サンフランシスコ市議会では2019年5月14日、公共機関による顔認識システムの導入を禁ずる条例案を可決しました。巨大IT企業を有する米国にて、こうした決定がなされるのは地方自治体としては初めてで画期的な議決です。大手企業の技術を用いた顔認証システムの使用は、住民のプライバシー権の侵害をはじめ重大な問題をもたらすとして、弁護士グループや地域の住民たちが提起した条例です。条例により、サンフランシスコ市の警察や市営交通機関を含むすべての地方機関は今後、顔認識システムが導入できなくなります。また、ナンバープレートリーダー、DNA解析などを含むあらゆる監視技術を新たに購入する計画に市の承認が必要になります。条例案を推進してきた弁護士の一人は、「顔認証技術と健全な民主主義は両立しない」と語っています。まさに日本政府の「スーパーシティ構想」の対極ですが、住民たちが問題を発見し、動いたことによってこのような条例をつくれたことは、わたしたちにも大きな示唆を与えてくれるのではないでしょうか。

【注】

内田 聖子
  • 内田 聖子(うちだ しょうこ)
  • NPO法人アジア太平洋資料センター<PARC>共同代表

慶応義塾大学文学部卒業。出版社勤務などを経て2001年より同センター事務局スタッフ。自由貿易・投資協定のウォッチと調査、政府や国際機関への提言活動などを行う。編著『日本の水道をどうする!? 民営化か公共の再生か』コモンズ、2019年他。