【論文】長野県におけるSDGsの取り組みの展開と地域循環共生圏


長野県は、環境エネルギー戦略、SDGs未来都市の取り組み、SDGs推進企業登録制度によりSDGsを推進し、環境省は地域でSDGsを実現する地域循環共生圏創造を推進しています。

はじめに

筆者は、2011年4月から2年間、長野県環境部温暖化対策課長として、2015年4月から4年間長野県副知事として環境政策をはじめ、福祉行政や農政・林務等様々な分野の自治体行政に関わり、2019年4月から環境省環境計画課で地域循環共生圏の普及に関わっています。この経験から長野県におけるSDGsの取り組みを中心に自治体政策におけるSDGs施策の意義を述べるとともに、環境省の地域循環共生圏に関する取り組みを紹介します。

長野県における環境エネルギー戦略

長野県におけるSDGsに関する取り組みは、2013年3月に策定された「長野県環境エネルギー戦略」が出発点であると考えられます。2011年の東日本大震災の後、長野県では温暖化対策課が新設され、温暖化対策や再生可能エネルギーを推進する対策が強化されました。

長野県環境エネルギー戦略

長野県の温暖化対策の目的は、①温室効果ガスの排出削減による環境保全、②県外から購入している化石燃料の使用量の削減、地域内の再生可能エネルギーの利用による資金の域外流出の削減と地域内資金循環による経済活性化、③地域住民、企業等の参加による再生可能エネルギー事業等による地域の活性化、地域コミュニティの再生等の社会面の向上にあります。環境エネルギー戦略は、SDGsが採択される2015年より以前に策定されたものですが、長野県の温暖化対策は、SDGsが求める環境、経済、社会の目標を統合的に解決するという観点から構築されてきました。

長野県での化石燃料への支出額は、日本の化石燃料輸入総額から県内総生産額で按分した試算で、3933億円(2014年度)となり、これは県内の卸売・小売業総生産(同上)の6795億円、建設業総生産(同上)の4296億円、農林水産業総生産(同上)の1423億円と比較して、大きな額が県外に流出しています。温暖化対策は、環境保全に加え、省エネルギー化を再生可能エネルギーによることで地域の資金の流出を食い止め、地域の雇用を生み出す経済の活性化につながるものなのです。

東日本大震災後、長野県内では、自立分散型のエネルギーに対する関心が急速に高まり、固定価格買取制度が導入されたことに伴い、地域の事業者が再生可能エネルギー事業に取り組むことができる基盤が整いました。長野県は環境に特化した部局がない小さな市町村も多い状況です。地域では、高齢化や若年層の域外流出等が大きな課題となっており、地域におけるトッププライオリティは必ずしも環境対策ではありません。一方、地域の資源を生かして地域の雇用を作り上げ地域内外に発信できる魅力を高めていくことに力をいれている自治体も出てきました。

長野県は2011年に、地域の住民や企業が再生可能エネルギー事業に取り組める基盤づくりとして、全県的な再生可能エネルギーを普及するネットワークである「自然エネルギー信州ネット」の立ち上げに関わりました。また、2012年以降は、再生可能エネルギーに係る人材育成や、各種補助事業等の体系的な支援策を開始しました。さらに、再生可能エネルギーの取り組みに全く取り組んだことのない市町村も多かったため、再生可能エネルギーを通じた地域活性化を県内各地で進めるため、「1村1自然エネルギープロジェクト」を始めました。環境省のグリーンニューディール基金や、県の地域の取り組み支援の補助金等を活用してさまざまな支援を行い、2019年3月31日現在で270の取り組みが登録されるまでになっています。

長野県は寒冷地ゆえに、脳血管疾患も多い状況であり、冬期のヒートショックを抑制することは健康長寿の観点からも重要です。そのためには、断熱を強化した省エネ住宅を普及し、冬温かく、夏涼しく、また家の中での温度差が少ない快適な住まい作りを進めていくことが求められています。そこで、建築物に対する環境エネルギー性能、自然エネルギー導入検討制度を導入しました。これは住宅を含むあらゆる建築物を新築する際に、省エネルギー性能を強化するかどうか、太陽光等の再生可能エネルギーの設備を導入するかどうかの検討を施主に義務づける制度です。

県は、工務店等の建築事業者に対して研修等を行い、建築事業者は、施主に対して設計時に住宅の省エネルギー性能や再生可能エネルギーの導入についての説明を行います。施主は、省エネルギー性能を高めた場合の初期投資とランニングの光熱費の削減効果を比較して、家の省エネルギー化について検討することが求められます。この制度の導入により、長野県が行ったアンケート結果では2016年1月から2017年12月において新築住宅の省エネルギー基準等への適合率83・7%(サンプル数2800 抽出率約20%)、自然エネルギーを導入した新築住宅の割合が35・2%になっています。

国土交通省の調査によれば、2015年度における全国での300平方㍍未満の新築戸建住宅の省エネ判断基準適合率53%と比較し、本制度等により県内の省エネ住宅の普及が一定程度進んだと評価できます。

長野県の総合戦略とSDGs未来都市

2018年3月に長野県の総合5カ年計画である「しあわせ信州創造プラン2・0~学びと自治の力で拓く新時代~」が策定されました。本プランの基本目標は「確かな暮らしが営まれる美しい信州」です。「確かな暮らし」は、明日への希望を持って日々の生活を送ることができ、万一の場合には温かな支援を受けることができる安心があるということで、これは「誰一人取り残さない」というSDGsの考え方にも呼応し、経済・社会・環境の3側面が統合的に向上することで実現されるものです。総合計画の基本目標はSDGsの目標を意識して整理されているといえます。このプランが重視する「学びと自治の力」は、地域に根付く学びの風土と自主自立の県民性を再認識し、未来に向けて活かしていくことで、これからの時代を牽引する新しい生き方や暮らし方、価値を創造できる最先端の地域(クリエイティブフロンティア)を作る原動力となるもので、SDGsの実現にもつながります。

総合計画の重点政策は、①学びの県づくり、②産業の生産性が高い県づくり、③人をひきつける快適な県づくり、④いのちを守りはぐくむ県づくり、⑤誰にでも居場所と出番がある県づくり、⑥自治の力がみなぎる県づくりの6つの柱で構成されています。これらの施策ごとに関係するSDGsの目標との紐付けがなされています。

また、長野県は内閣府が推進するSDGs未来都市に認定されました。長野県のSDGs未来都市計画は、この「しあわせ信州創造プラン2・0」をベースに、環境、経済、社会の3側面の統合的な解決に資する施策パッケージとしてとりまとめられています。具体的には、学びと自治の力による「自立・分散型社会の形成」を目標とし、①誰もが学べる環境づくり、②地域内経済循環の促進、③快適な健康長寿のまち・むらづくり、④豊富な自然エネルギー資源を活かしたエネルギー自立・分散型地域の形成の4つの柱で整理されています。

SDGs推進企業登録制度

長野県では、SDGs未来都市計画の中に位置づけられた、地域SDGsコンソーシアムによりSDGs達成に向けた地域中小企業のビジネス創出に取り組んできました。2018年5月から長野県と関東経済産業局との連携により地域SDGsコンソーシアムを立ち上げました。このコンソーシアムでは学識経験者、長野県の経済団体、金融機関、大学等の参画を得て、中小企業におけるSDGs推進方策を検討しました。2018年10月時点での県内の中小企業のSDGsの認知度は約13%でした。県内企業からはSDGsについて「何から取り組めばいいのかわからない」という声や、SDGsに貢献する企業活動を行っているにもかかわらず、自社の取り組みとSDGsとの関係に気づいていない企業が多くありました。

長野県は中小企業の割合が高い県ですが、もともと多くの中小企業は、地域の社会課題解決のために必要なサービスやモノを提供するところから始まっています。中小企業の事業の発展のためにも、地域の社会福祉の向上に貢献するという視点が欠かせません。一方で、少ない従業員で日々の多様な事業を行っている中小企業の経営者にとって、世界的なSDGsの動きを把握して、自らの事業の経営方針に位置付けていく戦略的な取り組みを行うのは容易ではありません。そこで、長野県では、2019年度から長野県SDGs推進企業登録制度を始めました。これは、中小企業が自社の企業活動等を整理して、SDGsと紐付けることで、自らの活動とSDGsの関係性に係る気づき(SDGsの見える化)を得、その気づきを具体的なアクションにつなげ、実践していくことによる、持続可能な経営への転換、企業活動のPR強化、ビジネスチャンス拡大を応援するための制度です。

長野県SDGs推進企業登録制度においては、企業は、要件1として、経営方針や「環境・社会・経済」の重点的な取り組みの目標を設定するとともに宣言することが求められます。それぞれ環境、社会、経済に関してどのような目標を設定するかは企業に委ねられています。例えば環境については、製造工程において排出される温室効果ガスの排出量を削減することを重点的な取り組みに位置づけ、2030年に向けたCO2排出量の定量的な削減目標を設定し、進捗状況を毎年1回測定し、HPで公表するといった内容を盛り込むことが想定されます。社会、経済に関する目標としては、女性管理職比率の引き上げを目標にすることや、環境、経済に関する目標として、県産の木材を活用した商品数を増加することなどを盛り込むことが考えられます。

要件2は、県が作成したSDGs達成に向けた具体的な取り組みのリストに設定された42の環境、経済、社会等に関する項目に対する取り組みの有無を記載するものです。要件2は、「基本」と「チャレンジ」の項目に分かれており、「基本」はSDGsに取り組む企業としては必須のものとして取り組むべき事項であり、「基本」の項目のすべてに「具体的な取組」を記載することが登録の要件となっています。要件2では、長野県の個別部局がそれぞれ企業の環境の取り組みや社会的な取り組みを求めていた事項も含まれています。例えば、環境に関しては、長野県の地球温暖化対策防止条例で求められている企業に対する温室効果ガスの現状把握、削減のための計画の策定、ISO14000やエコアクションといった環境マネジメントの仕組みの導入が盛り込まれています。社会に関しては、働き方改革、女性の活躍、従業員への健康経営等に関する事項です。これまで縦割りの仕組みの中で企業に対する制度が構築されてきたなか、SDGsの登録制度によりこれらを横断的に取り組むことを促す仕組みにもなりました。

この登録申請の作業をするプロセスが、当該企業が自らの環境、経済、社会に関する取り組みを振り返り、SDGsとの関わりについて社員一人一人の理解を深め、取り組みを進化させることを促すものにつながっています。2019年11月13日現在162の企業が登録されています。農業、建設業、製造業、情報通信業、卸売業・小売業、運輸業、金融業、宿泊業、医療、サービス業等多岐にわたる企業が登録を行っています。一年前までは、SDGsについては長野県内の認知度が低い状況でしたが、本制度の導入を通じて急速に県内のSDGsの認識が高まってきました。

長野県では、この制度の導入に加え、県内の中小企業者を対象としたSDGsに関する普及・啓発セミナーの開催、SDGsを活用したビジネスモデルの構築の検討、SDGsの達成に資する製品・役務の販路開拓を行う事業への支援等を行うことにより、更なるSDGsの取り組みの進化を図っています。

環境省における地域循環共生圏の取り組みの推進

2018年に閣議決定された第5次環境基本計画には環境、経済、社会の統合的向上を具体化するため、「地域循環共生圏」の創造を位置づけました。これは、地域レベルでSDGsを実現するためのビジョンであり、地域資源を持続可能な形でそれぞれの地域で循環利用し、自立分散型の社会を形成するとともに、地域間で地域資源等を補完し支え合うものです。地域資源を活用し、市民、企業、行政等多様な主体とのパートナーシップと、経済社会、技術、ライフスタイルのイノベーションにより社会変革を行うことを目指すものです。地域循環共生圏は、脱炭素社会づくり、生物多様性保全、循環型社会づくりといったこれまでの縦割りの環境行政を横断的な視点から統合するものであり、また地域の環境問題と地域経済の活性化、社会福祉の向上を統合的に実現することを目指すものです。

地域循環共生圏

環境省では、2019年度から地域循環共生圏の具体的なモデルを形成するため、一般会計予算により35事業、特別会計予算により計93事業を選定して、地域のパートナーシップによる体制・ビジョンづくり、具体的な事業化に向けた支援を始めています。さらに、各地域での地域循環共生圏の取り組みを支援する全国規模でのプラットフォームづくりも開始しています。

長野県におけるSDGsの取り組みも地域循環共生圏の構築に資するもので、地域独自の取り組みと国による支援によりさらなるSDGsの取り組みが進展することを期待しています。

中島 恵理

1995年環境庁(現在環境省)入庁。2003年より結婚を契機に、長野県富士見町で農的な環境保全型ライフスタイルを実践。2011年より長野県環境部温暖化対策課課長、2015年から2019年まで長野県副知事。2019年4月から現職。