【論文】台風15号等による房総半島南部の被害と自治体の対応


3回の連続した台風・豪雨と大規模停電は、地域の生活や経済に甚大な被害をもたらした。行政の対応の遅れも含め、憲法の理念を災害対策の基本に据えていく必要がある。

はじめに

この原稿依頼の文書が届いたのが、2019年10月11日でした。その次の日に台風19号、さらに2週間後の10月25日に豪雨被害。台風15号から1カ月半余りの間に3回の被害に遭うという今までにない連続した災害に千葉県は見舞われました。特に台風15号は急速に発達して千葉市に上陸、最大瞬間風速57㍍という今までにない強風を伴う台風で、進路の右側になった房総半島南部は、甚大な被害に見舞われました。

台風15号の災害地域は房総半島南部を中心とした地域でしたが、10月25日の豪雨被害は、河川の氾濫が多くのところで起こり、死者も多数出るなど、千葉市を含む、千葉県内全域に拡大し、その被害は東日本大震災時を上回る規模となっています。

ここでいう房総半島南部とは、筆者が住んでいる南房総市と、それに隣接する館山市、鴨川市、鋸南町です。この3市1町は、安房地域と呼ばれており、東は太平洋、西は東京湾に囲まれた風光明媚、温暖な地域として知られています。東京から高速道路を使うと約2時間の観光地であり、温暖な気候を利用した花の栽培やビワ、イチゴ、イチジクなどの観光農園、夏の海水浴、近年ではサーフィンやスキューバダイビングなども盛んになり、若者にも人気のエリアとなっている地域です。一方、3市1町の面積は、千葉県全体の11%、人口は2%で、13万人弱の人々が山手線内側の面積の9倍の地域に暮らしており、その人口の約4割以上が65歳以上という少子・高齢化、過疎化の進む地域でもあります(表1)。

表1 安房3市1町基本資料
表1 安房3市1町基本資料
筆者作成

3回の連続した被害は甚大

台風15号の強風被害が甚大だった房総半島南部では、台風19号の被害も含めると住宅被害は、全壊122棟、半壊1558棟、一部損壊6818棟で、全世帯の14%以上が何らかの被害を受けています。とりわけ鋸南町の住宅被害が大きく、町全体の75%の世帯で被害が出ています(表2)。今でも町の多くの家の屋根がブルーシートで覆われているという状況です。

表2 安房地方の住宅被害の状況
表2 安房地方の住宅被害の状況
筆者作成

被害を受けたものとして、農業施設では、ビニールハウス、ガラス室の破損、農作物では、特産のカーネーション、ビワなど。畜産物では生乳、鶏卵。水産物・水産施設では、水産加工施設、漁具、漁船、冷凍品などの水産物、養殖施設などの海上施設。林業関係では、林地、林道への被害など。県全体では、農林水産関係で450億円に上る被害額となっています(10月25日の豪雨災害分は未集計)。

側壁と屋根が飛ばされた住宅。
側壁と屋根が飛ばされた住宅。
強風でつぶれた農業用ハウス。
強風でつぶれた農業用ハウス。

この被害からの早期復旧を困難にしたのは、長期にわたる大規模な停電です。安房地域は全域で、県全体でも63万6500軒が停電し、東京電力のホームページで停電件数がゼロとなったのは、実に1カ月後の10月11日です。しかし、この時点でも隠れ停電といわれる引き込み線や建物内の設備不具合に起因する停電は続いていました。停電は、送電鉄塔の倒壊、電柱約1000本の倒壊、倒木による電線の切断などの原因によるといわれています。停電による二次災害ともいえる被害もたくさん出ました。君津市にある特別養護老人ホームで入所者の82歳の女性が、停電でエアコンが使えず、熱中症の疑いで死亡するという痛ましい事例も起こっています。また、冷凍庫が作動せず、中のものが腐って廃棄。搾乳ができずに乳牛を乳房炎で亡くしたなど。JR内房線も停電と倒木などにより4日間運休し、その間高校が休校となるなど、長期の停電の生活への影響は大変なものがありました。

このように甚大な被害が連続して発生した台風被害に対して、行政の対応が鋭く問われました。台風15号の災害時に組閣を優先して災害対応が遅れたと批判された安倍総理。いまだに大きな問題となっているのが、台風15号での千葉県の初動の遅れで、特に森田健作千葉県知事の対応に批判と疑問が出ています。災害対策本部の立ち上げの遅れ、被害状況の把握の遅れが、迅速な災害対応が取れなかった大きな原因だといわれています。そのことは、被害を受けた市町からのブルーシート送付の依頼に対して、災害時のマニュアルに反して、県の施設に取りに来るように指示したことなどに端的に表れていました。安房地域の首長も県に対して苦言を表明するほどでした。

南房総市も災害対応では後手に回るところがありました。長期停電のなか、防災無線の電源がなくなり、防災無線局が機能しなくなって情報が市の広報車だけになったことや避難所の設置場所や数が少ないこと。トイレや宿泊設備の貧弱なこと。長期に避難生活が及ぶ場合が想定されていないこと。災害ゴミの仮置き場の数が少なくて運搬手段のない人は運び出せなかったことなど。実際に経験してみて初めて気づくこともたくさんありました。

災害ゴミ仮置き場(旧南三原小校庭)
災害ゴミ仮置き場(旧南三原小校庭)

地域の区(自治会)の取り組みも区によりさまざまでした。十分に集約しているわけではないので、詳しいことは今後になりますが、被災後すぐに区の防災組織を立ち上げ、停電しているなか、区として区民全世帯の安否確認や自主避難所の開設、地域情報ニュースの発行、支援物資の集約と配布、ガレキの撤去や屋根の修理などを行った大井区の例があります。他にも市の避難所以外に区独自で避難所を開設して区民に対応した区やガレキの運搬などで地域のお寺を拠点にボランティアを受け入れて対応した区などもあります。区の重要な役割が明らかになったと思います。この経験をどう生かすのか。行政の課題だと思います。

災害ボランティアの受け入れについても市の対応は、3市1町で違っていました。例えば市外からのボランティアを受け入れない自治体と受け入れる自治体がありました。災害ボランティアのことも今後に生かせるようにしておく必要があります。

炊出しボランティア。
炊出しボランティア。

また、高齢者の一人世帯が多いことも災害を経験して改めて感じています。被災しているが、ガレキを取り除くことができない。ブルーシートを屋根に掛けられない。修理しようにもお金がない。どれだけ生きられるか分からないので、本格的な修理はできない。連続した被害で生活の再建への意欲が萎えてきている人も出ています。高齢者の生活再建をどうしていくのか、これも行政の大きな課題です。

南房総市では、地産地消を進めていた青果卸の会社が営業をやめると発表がありました。地場農産物が納入されず、10月末で学校給食への食材提供を停止し、11月末で営業を取りやめたとのことです。このように三度の災害で地域の経済・産業は疲弊してきています。農業・漁業・商業・観光業など幅広い業種で、後継者がいない高齢な事業者は、いまさら借金してまで再建はできないと経営の再建を断念して廃業を選択する人も出てきています。

憲法の理念を基本に再建を

南房総市は14年前に6町1村が合併して誕生しました。とにかく市域が広くなって行政の目が地域に届きにくい、行政が遠くなったと感じている市民は多くいます。旧千倉町では100人ほど職員がいた町役場が行政センターとなり、30人ほどに減っています。災害の対応でも職員が減っているなかで大変だったと思います。

そのなかで、災害で疲弊した地域の生活や経済をどう再建し、再生させるのか、そのビジョンを提示する。地域の明るい未来を提示する。それを市民とともに作り上げる。災害にどう対応するのか。ここでも憲法の理念である幸福追求権、生存権、財産権の尊重を災害対策の基本に据えていく必要があると思います。その立場で国・県・市町村に、住民が住み続けたいと思えるような、希望の見えるきめ細やかな対策を具体的に求めていきたいと考えています。息の長い闘いになると思います。一層のご支援をお願いします。

山口 純一
  • 山口 純一(やまぐち じゅんいち)
  • 千葉自治体問題研究所会員

千葉県南房総市千倉町在住。元市川市役所職員。