【論文】宮城県の「水道事業民営化」と住民の課題


民間資本が公共サービス部門への進出を図り、政府も「成長戦略」として推進しています。動きの先端・宮城県の例から、その論点と運動の視点を考えます。

水道事業を「成長戦略」に動員

公共サービスは「国民が健全な生活環境の中で日常生活及び社会生活を円滑に営むことができるようにすること」(公共サービス基本法・第三条)を基本理念とします。水道事業はその代表的な存在です。近年、国の内外でこの事業を民営化する動きが盛んです。枠組みの大きな変更なので、論戦も活発になりました。宮城県は2019年11月、県議会に民営化を提案しました。県民の間では、大震災に耐えられない、料金値上げ必至など、反対する動きが広がっています。以下に状況を紹介しつつ、問題の意味と解決への視点を探ります。

公的財政の行き詰まりを契機にPPP/PFI(公共・民間・連携/民間・資金・活用)が多様な形で模索されています。公共事業では関係資産と管理権限を自治体など公共組織が担うのが通例ですが、民営化とはその一部を民間事業者に任せることです。その形式は、業務委託や指定管理者制度など多様です。そのうち、水道事業で注目を集めているのがコンセッション(公共施設運用権)方式です。資産は公有で経営を民間事業者が担当する方式で、民営化の度合いが高まります。

水道事業は公衆衛生の基軸なので公共管理を基本として、民間依拠は集金業務の委託など限定的でした。ところが2018年12月の水道法改定(2019年10月施行)でコンセッション方式が採用可能になりました。そのため世界各地で混乱を招いている水道事業民営化問題が日本にも波及することになりました。政策転換の立役者を自負する村井宮城県知事の記者会見発言を以下に引きます。

「今回の水道法改正は、水産業復興特区や仙台空港民営化と同じように、宮城県から政府に働きかけて実現したものです。まさに、地方から国を動かす一つのモデルになったと思っています。具体的には、2年前に行われた国の未来投資会議において、私から仙台空港民営化と同じように水道の民間開放も必要である、その際に完全民営化ではなくてコンセッション方式もとれるような形にするべきではないかと議長である安倍総理に直接お話をいたしました。それによって実現したものでございます」。

「地方から国を動かす」構図が強調されますが、官邸の周到なシナリオに基づく行動です。2016年の第3回未来投資会議に村井知事がテレビ会議で参加し、民間事業者が水道事業の認可を得られるよう「水道法改正」を要望したのは事実です。ただしそれは、2015年6月30日閣議決定の「骨太方針2015」が示した「公的サービスの産業化」方針に即したものでした。「骨太方針」を審議する経済財政諮問会議に、伊藤元重(東京大学教授)ら「民間4議員」が「公的分野の産業化に向けて~公共サービス成長戦略~」を提言しました。彼らは「公共施設等の整備等におけるPPP/PFIによる実施の原則化」「民間の知恵のあらゆる業務での活用、公的サービス分野の更なる民間開放」など、民間企業が公共サービスの領域で本格展開する方向を主張しました。その後、その趣旨は「骨太方針2015」に組み込まれ、重点政策に位置付けられました。

水道法第一条に規定される事業目的は「清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もつて公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与する」ことです。憲法原理である健康で文化的な生活を営む権利を担保する事業を、経済成長戦略に従属させることには理念的にも無理があります。そのため、道理を引っ込めるための策略がその後に展開されるのです。

「アベ政治地方版」の強引な手順

住民の命を支える水道事業。多くの公共水道事業は深刻な経営問題を抱えています。第1の要因は高度経済成長期頃から急拡大した管路や設備など関連施設の更新費用が巨額に及ぶ問題です。

第2の要因は、地域人口の減少に加え、節水技術の発達による水の需要量減少です。さらに、大口需要者が安い地下水利用に流れる傾向で、需給関係の悪化は必至です。「現在の水道施設の利用率は全国平均で六割ほど」と見込まれています。宮城県内でも実績水量が計画給水量の4割にとどまる例があります。明らかに過剰投資です。

この2つの要因は関連しています。経済成長率が鈍化するなか、景気刺激のため公共事業が乱発されました。ダム建設はその典型で、将来の水需要を過大に見積もることで、流域の水利用計画を軒並み膨張させました。それが今日の更新費用問題の大きな原因となっています。この経過を踏まえるなら、安定した水道事業を展望するには、地域の水循環や水需要などの科学的分析が不可欠です。そして、各地の実情に即して水道事業の仕組みを再構築すべきなのです。

ところが、厚生労働省は2018年の水道法改訂作業に当たり、科学的分析を省略し、経営危機を煽ることに力点を置きました。そして、水道事業の構造を①広域連携、②適切な資産管理、③多様な官民連携、に誘導する方向で水道法改定を果たしました。つまり論点がすり替えられました。こうして「骨太方針」の「公共サービス成長戦略」が展開されていることに注意が必要です。

宮城県は「水道料金の上昇は避けられません!」との警告から始めました。背景は「人口減少・節水型社会・設備管路更新」だと断定。「そこで宮城県では『県が水道3事業の事業者として事業主体でありながら、民間の力を最大限活用し、大きなコスト削減を可能にする運営方法』を考えました」とアピールしています。厚労省提案に沿う事業計画なのに、あえて「みやぎ型管理運営方式」と独自性を脚色し、県民の共感を呼ぶ手法です。

水をすべての住民に確実に届け、しかも持続的な経営を可能にする水道事業をどのように構想するのか。まさに、地方自治の力量を発揮すべき時です。ところが、その基本設計は行政と関連事業者の密室協議で進められました。表1に、2016年「上工下水一体型管理運営検討懇話会開催(非公開)」と示した会合が主舞台です。行政関係者・有識者に加え、将来の事業に出資あるいは経営担当の意思を持つ大手事業者も参加しました。2017年度には制度設計の基本作業「みやぎ型管理運営方式導入可能性等調査」(担当:株式会社日本総合研究所)および「上工下水デューディリジェンス調査」(担当:有限責任あずさ監査法人)を実施。中央資本が地方に本格進出する様相が明確になりました。次いで、先の懇話会に国や市町村、実務者等を加えた「宮城県上工下水一体官民連携運営検討会」が3回開催されました。情報共有と実施方策の検討が目的です。こうして、2018年水道法改定=コンセッション方式導入を見据えた作業が進められ、同年7月にお披露目のシンポジウムが開かれます。この間、県議会の議題とされることなく推移。2019年8月、担当委員会に「実施方針(素案)配布」の形で中間報告されましたが、内容論議は省略されました。

表1 「みやぎ型管理運営方式」事業開始までの主な手続き(経過および計画)
表1 「みやぎ型管理運営方式」事業開始までの主な手続き(経過および計画)
宮城県資料により筆者作成

住民や議会の意見を反映しない実施方針案を公共事業として容認して良いかは大いに疑問です。その弱点を抱えた方針案は県知事の諮問組織「宮城県民間資金等活用事業検討委員会」(PFI委員会)を経由することで処理されました。同委員会は大学教授・弁護士・県総務部長など委員8名と副知事らの事務局で構成。第1回(2019年2月6日)第2回(同11月15日)の委員会を経て「実施方針答申」(11月15日)を素早く提出しました。なお、第1回で非公開と定めたので、審議経過の核心部分は公表していません。水道事業の将来設計はPFI委員会に丸投げして、「お墨付き」としたのです。

科学性・民主制欠落への批判と運動

宮城県は2019年11月18日に「みやぎ型管理運営方式」の実施方針案を発表しました。現行と「みやぎ型」を表2で比較します。変化些少に見せて経営者の裁量余地を拡大するのが要点です。「日本経済新聞」(2019年11月19日付)は「コンセッション方式では上下水道と工業用水の3事業の施設を県が所有したままで、運営権を一括して民間事業者に売却する。新方式を導入した場合、総事業費は3067億円と従来に比べて約250億円のコスト削減ができる見通し。民間事業者には約200億円の削減効果を求めている」と報じました。県資料にはその根拠を「20年間・水道3事業一体でのスケールメリットに加え、運転管理を担う民間事業者に、薬品や資材の調達及び設備機器の選定・更新も委ねることにより、大きなコスト削減を実現」と記載。また、その削減分は「水道料金の上昇抑制、県民・市町村へ還元」に反映されると述べています。

表2 現行方式と「みやぎ型管理運営方式」との比較
表2 現行方式と「みやぎ型管理運営方式」との比較
宮城県資料により筆者作成

けれど、一般県民の反応は「公営ではなぜ削減できないの?」と概して冷ややかです。まず、営利優先の民営化が、不採算地区の切り捨てなど水道事業の公共性を歪めるおそれがあります。また、震災復興事業で中央資本の身勝手ぶりを見聞きしたので、一方的撤退の不安は残ります。発表資料は希望的予測ばかりで、客観的根拠は不明です。県はこれらの不信解消に熱心ではありません。

宮城県は実施方針(素案)発表に続き、9月2~30日にパブリックコメントを募集しました。通例は数件に納まる住民意見は異例の636(611人・6団体・4企業・その他15)件で、関心の高さが表出しました。意見は263項目に分類され、各々の員数も含め公表されました。その内、明確に「賛成」と判断できる意見は13件と少数にとどまり、反対・分からない・拙速などの意見が圧倒しました。県民の意見分布を直ちには計れませんが、信任されなかったことは確かです。科学性・民主制が欠落していることへの批判が読み取れます。なお、パブコメ公表文書には各意見への「宮城県の考え方」も併記されました。多くは従来の説明を再確認し、「説明責任を果たしながら着実に導入を進めてまいります」と一方的です。地域合意を育てる姿勢に欠けます。

また、10月27日に宮城県議会議員選挙が行われました。市民団体「命の水を守る市民ネットワーク・みやぎ」は、全候補者を対象に「水道問題アンケート」を行いました。その結果も紹介します。県知事与党に属する候補者からの回答率が低位でしたが、回答率は50・6%です。情報公開が「不十分」69・2%、議会の熟議は「不十分」64・1%、民営化条例案に「保留」33・3%、などの回答が示されました。県議を目指す候補者の間でも了解は不十分で、手順は拙速と評価されています。それは県民全体の気分と一致するはずです。

水道民営化問題は全国的な関心事です。宮城県知事はその「トップランナー」を自負し、強権的な「アベ政治」の手法を地方で展開しています。主権者である住民とのていねいな対話などは省略。そのような県政に批判が高まり、2018年以降、住民主導の学習会・講演会などが頻繁に開かれています。自治労や全水道など労組がベースの集会だけでなく、商工業者の婦人グループなど市民の任意組織の活動が増しています。さらに、これらの多様な組織の緩やかな支援関係も広がっています。また、全国的な運動との連携も進みました。目下、運動の重点は、学習と広報から公正な自治体運営の実現へと移行中です。多様な市民組織が、県行政や県議会の関係者に熟議や地域合意を求める働きかけを強めています。

ただし、容易ではありません。先の県議会選挙は水道問題を争点に据えて議会の力関係を変える好機と思われました。ところが台風被害への緊急対応から、投票率が下がり、県知事与党の議席増という残念な結果になりました。視野をより広く保ち、総合力が発揮できるような運動スタイルが求められています。

11月議会に民営化に道を開く条例改定案が上程されました。野党は論戦を挑みましたが、与党は形式的に対処。委員会(12月13日)も本会議(12月17日)も「賛成多数」で押し切られました。「命の水を守る市民ネットワーク・みやぎ」は12月6日、「県営上工下水道をコンセッション方式で民営化する『公営企業の設置等に関する条例の一部を改正する条例』案は第370回宮城県議会では継続審議とし、計画の精査と県民・市町村に対する説明責任を果たすよう求める請願書」を県議会議長に提出しました。結果は「不採択」でしたが、これには300を超える団体が賛同し、請願書提出には野党4会派が協力しました。今後、局面は事業者募集に移ります。県政に科学性と民主制を求める市民運動の展開が求められています。

「公共サービス」と住民主権

知事は「地方から国を動かす」と息巻くのに、宮城県議会では本格論議を避けるかのような動きです。水道事業の新たな計画実施に関わる予定議案は2件のみ。民間事業者の参入を可能にする条例改定(2019年)と、事業者に運営権を設定する議案(2020年)の審議・議決です。ともに範囲を限定しており、地域の水道事業のあり方を正面から議論するものではありません。県議会構成は知事与党が多数派なので、粛々と処理する構えのようです。

これは地方自治法の趣旨から外れた状況です。同法第一条の二は「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする」と規定します。水道事業が危機的であるのなら、住民福祉に貢献する水道行政に向けてどう改造するか、自主的・総合的な議論が今こそ必要です。そして、議会はその推進を図る使命を帯びた組織のはずです。

兵庫県弁護士会は、水道事業のコンセッション化への懸念を示した上で、「水道民営化について慎重な対応を求める意見書」を10月に発表しました。これは、地方公共団体に対し「コンセッション化を実施する際には、地方議会において熟議を尽くし、業者選定など一連の手続きは公平、公正を旨とし、かつ情報の開示に努めて透明性を確保し、契約締結に際しては最大限慎重に対応すること」などを求めています。

宮城県知事の強引な行政運営により「公共サービスに関する国民の権利」が危ぶまれる局面です。まさに自主的・総合的な議論が求められます。公共サービス基本法(2009年)は、「安全かつ良質な公共サービスが、確実、効率的かつ適正に実施されること」など、公共サービスの実施に関わる基本理念を第三条に明記しています。その四項には「公共サービスに関する必要な情報及び学習の機会が国民に提供されるとともに、国民の意見が公共サービスの実施等に反映されること」が掲げられています。日本国憲法第25条は生存権とともに「公衆衛生の向上及び増進」を国の責務として掲げ、水道事業はその一構成部分に当たります。幸い、日本は水資源に恵まれているので、住民を含む深い議論を省略して、全般的には行政一任で経過してきました。その結果、問題は積み残されました。ここで自主的・総合的な議論を広げて、地域の実情に即した水道事業に改革することが求められています。欧州では「近接性の原理」と表現しますが、当事者=住民が実際の事業およびその設計に参加することが肝心です。ところが、「みやぎ型管理運営方式」導入の経過がそれに反することは先述したところです。行政および議会の姿勢を強く指弾せざるを得ません。

なお、公共サービス基本法の理念に基づくなら、国民・住民の事業参加も併せて考えるべきです。公共サービスは「国や公共団体から受け取るもの」と考えがちですが、「住民自らが設計・実施に参加」が基本です。すでにNPOなどを通じ、公益の市民化を担う住民が増えています。主権者としての視点から、事業構造の改革を展望しましょう。

【注】

  • 1 村井宮城県知事記者会見(2018年12月10日)発言の一部。宮城県公式ウェブサイトによる。
  • 2 この間の経緯は、岡田知弘『公共サービスの産業化と地方自治』自治体研究社、2019年を参照されたい。
  • 3 橋本淳司著『水道民営化で水はどうなるのか』岩波ブックレット、2019年、35㌻。小稿は宮城県の事例を軸に記述した。事業改革の方向等は本書を参照されたい。
  • 4 宮城県の説明用スライド資料「宮城県上工下水一体官民連携運営事業(みやぎ型管理運営方式)について」(2019年9月2日)。
  • 5 兵庫県弁護士会「水道民営化について慎重な対応を求める意見書」(2019年10月15日)。
    兵庫県弁護士会公式ウェブサイトによる。
中嶋 信

1946年北海道生まれ。宮城県在住。「命の水を守る市民ネットワーク・みやぎ」共同代表。