【論文】東京一極集中から持続可能な都市づくりへ


新型コロナウイルス禍(以下、コロナ禍)で東京一極集中の脆弱さが、あらためて浮き彫りになりました。しかし、そこから脱却する可能性も現実味を帯びてきました。では、どのような都市、まちづくりを目指すべきなのでしょうか。

はじめに

コロナ禍によって、矛盾に満ちた社会の現実が、多くの人々の目にはっきりと立ち現れてきました。コロナ禍でまっさきに解雇を言い渡される非正規雇用者、ネットカフェを追い出され、路上生活を余儀なくされた人々、ストレスがいっぱいの狭小住宅、学校給食さえも食べられなくなってしまった困窮家庭の子どもたち……。

他方、テレワークやリモート会議などが普及し、子どもと遊ぶ・料理する・新しい趣味を見つけるといった、これまでとは全く異なった生活を体験した人も多かったことと思います。そして、もっと豊かな暮らし方があるのではないかと人々は考え始めているのです。

東京一極集中を加速した都市再生

最近メディアでは、「コロナショックで東京一極集中は解消されるのか?」「コロナ禍、高まる〝移住熱〟」といった見出しの記事が目立ちます。長距離通勤、生活インフラの不足、災害へのもろさなど、東京一極集中の問題に、人々の関心が集まってきたからです。

◆規制緩和が招いた脆弱な超過密都市

東京一極集中の是正は、国土計画の一貫した課題でしたが、今世紀に入って、むしろ東京一極集中を促進する方向に急角度で切り替えられました。石原都政によって、首都機能移転が退けられたことがその象徴です。東京の国際競争力を強化し、日本の経済成長を維持していくため、小泉内閣と石原都政がタッグを組み、都市再生が進められました。

都市再生を強力に推進していくため、2002年に都市再生特別措置法が制定されましたが、その目玉は、都市再生特区に代表される、都市計画の規制緩和です。これにより、都市計画で定められた数倍のボリュームのビルが建設できるようになりました。2027年の完成を目指し、三菱地所によって進められている東京駅常盤橋再開発はその代表的な事例です。高さ390メートル、総床面積49万平方メートル(東京ドーム10個強相当)という巨大開発です。コロナ禍のさなか、さらに54万平方メートルまで計画を拡大したというから驚きです。

こうした再開発によって、東京駅周辺のオフィス面積は従来の倍近くに膨れ上がります。さらに、少し離れた虎ノ門エリアでも、森ビルによって、常盤橋を超える規模の再開発が進められています。規制緩和による都市再生は、都心部だけではありません。東京臨海部では、超高層タワーマンションが次々と建てられていますし、周辺部でも、開発ラッシュに見舞われているところがいくつもあります。こうして、都市計画を無視した、急速な開発によって、生活インフラも追いつかない、支離滅裂な、超過密の脆弱な都市がつくり出されています。

たとえば川崎市武蔵小杉駅周辺では、大幅な規制緩和によって、超高層マンションが所狭しと乱立する街につくりかえられたため、日照問題や風害、保育園や小中学校の不足、鉄道の大混雑など深刻な問題が起きています。さらに、昨年は、台風19号によって、超高層マンションが浸水被害に遭いました。筆者は、台風の数日後現地を訪ねましたが、驚いたのはむしろマンション街周辺地域での被害が大きかったことです。環境容量を無視し、コンクリートで埋めていった当然の帰結といえるでしょう。すぐ近くの多摩川にも足を運びましたが、氾濫まであとわずかであったことが確かめられました。荒川・江戸川も危機一髪でした。ゼロメートル地帯が浸水すれば、250万人が被害に遭いますが、そうなれば埼玉・千葉県など都外に向かって逃げ出すしかないといわれているのです。まさに呆然自失ですが、さらに、確実にやってくる東京直下型地震にも備えなければなりません。しかし、その対策は遅々として進まないばかりか、逆に、開発ラッシュによって、震災リスクのポテンシャルを著しく増大させています。しかも政府は、防災を「(有事に役立ち)、平時には経済的な価値を生みだす(平時にうれしい)『成長・発展戦略』としなければならない」(首都圏広域地方計画)としています。これでは、いつまでたっても安全な都市をつくることはできません。

◆東京一極集中を止められない「コンパクト+ネットワーク」

「東京で稼いで、地方に回す」というのが、東京強化を正当化する都市再生の論理です。

しかし、これでは地方は衰退するばかりです。ついに、2014年、「地方消滅論」で一大センセーションを巻き起こした「増田レポート」が出され、東京一極集中に歯止めをかけるためのいくつかの提言がなされました。政府はこれに呼応するかのように、同レポートに沿って地方創生本部を立ち上げ、新たな国土・都市ビジョンを打ち出しました。その開発コンセプトとして打ち出されたのが、「コンパクト+ネットワーク」です。これを全国土に適用し、再編していくことこそが、これからの人口減少・超高齢化社会という制約の下で、国全体の生産性を高めていく「鍵」だとしています。

たとえば、国土レベルでは、スーパー・メガリージョンが目指されています。リニア中央新幹線によって三大都市圏を一つにまとめ、全国人口の6割が集中する、世界最強の高密大都市圏をつくりあげようというものです。また、地方都市レベルでは、コンパクトシティづくりが目指されています。そのための制度として、立地適正化計画が創設されました。これによって、中心部へ都市機能を集約し、周辺部と道路や鉄道で結び、効率的な「稼げる都市づくり」が目指されているのです。

都市のコンパクト化は、公共施設の再編と一体となって進められます。人口減少が進むなか、これまでどおりの公共施設を維持することはできないとして、廃止や集約化が目指されるのです。その際、再開発手法が使われる場合がしばしばあります。

たとえば、わかりやすい例として、東急田園都市線の鷺沼駅前再開発を紹介しましょう。これは、現在、川崎市宮前区の中心にある区役所や図書館・市民館を、再開発ビルに移転させる計画です。コンパクトシティを掲げて進められていますが、背後で動かしているのは、東急電鉄です。川崎市と包括連携協定を結び、沿線一体の再編に乗りだしているのです。現在の区役所周辺の住民は、「これら区民施設を中心に培われてきたコミュニティが壊されるのがもっともつらい」といっています。

デジタル・ニューディールで東京一極集中は解消されていくのか

いま、コロナ禍で、大きな意識変化が引き起こされつつあります。たとえば、リモートワークが普及すれば、地方都市での新しい暮らし方ができるのではないかという意識も芽生えてきました。東京一極集中からの脱却の可能性も現実味をおびてきたのです。

では、こうしたなか、政府・財界はどのような政策転換をおこなおうとしているでしょうか。

◆デジタルニューディール

コロナ禍のさなか、経団連は「新型コロナウイルス対策に関する緊急提言」を発表しました。注目すべきは、「日本経済の将来に必要不可欠なデジタルトランスフォーメーションに集中的に投資し(中略)Society 5.0の実現を急ぐことが求められる」としていることです。また、政府も、2020年の骨太方針で 「デジタル化への集中投資・実装とその環境整備(デジタルニューディール)」、それをバネとした「東京一極集中型から多核連携型の国づくりへ」への転換を打ち出しました。

こうした方向は、実は、Society 5.0として、コロナ前から打ち出されていました。

Society 5.0とは、高度な情報通信ネットワークやAI(人口知能)などによって実現される新たな社会です。そして、それを体現した都市像がスマートシティ、スーパーシティにほかなりません。スマートシティは、すでに政府によって、全国で38地区のプロジェクトが指定され動いています。また、これとは別に、大手企業が都心や周辺で、いくつか手掛けています。たとえば、トヨタ東富士工場の跡地で進められている同社のスマートシティ計画は、テレビコマーシャルでおなじみだと思います。スーパーシティはスマートシティの高度総合版です。国家戦略特区で進められます。5月の通常国会で、スーパーシティ法が制定されました。今回のコロナ禍で、テレワークやリモート会議が大きく普及しましたが、この流れに乗って、最先端のデジタル社会の実現を加速しようというのが政府の戦略です。

政府は、Society 5.0を、「経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」、スマートシティを、AIやビッグデータといった新技術を取り入れた、「全体最適化が図られる持続可能な都市」としてバラ色の夢を振りまいています。しかし、はたして現実のものとなるのでしょうか。そして、東京一極集中は是正に向かうのでしょうか。

◆東京一極集中がより強まる恐れも

テレワーク等の環境整備が進めば、通勤時間の短さよりも、より恵まれた居住条件を選び、遠く離れた周辺都市やさらには地方にまで、居住地は広がっていくにちがいありません。同時に、オフィスの分散も進み、大都市周辺や地方都市でスマートシティの整備がすすめば、さらに、こうした流れは加速されることになるでしょう。しかし、いくつかのブレーキも予想されます。

テレワークによって、必要なオフィスの床面積が減れば、事務所の維持コストが下がるので、かえって都心に事務所を構える企業が増える可能性があります。また、リーマンショック後にみられたように、アフターコロナの経営難を乗り切るため、地方の支社を縮小し、東京の本社に経営資源の集中を図るということも起きるかもしれません。

そもそも、情報通信・金融サービスのような知識集約産業では、知識や技術の集積効果が発生しやすいため、大きな集積利益を期待できる東京への集中志向は変わらないことも予想されます。とりわけ、「データ資本主義」といわれるように、今後、ビッグデータが巨大な価値源泉となるため、これらを効率よく得られ、ビジネスに活用できる大都市中心部に、ベンチャー企業等が集中していくことも考えられます。都市の最適化を、スマートシティは分散に、コンパクトシティは集中にもとめます。したがって、二つは、基本的には相対立する概念といえますが、実際には、両者は一体的に進められて行く可能性が強いと思います。また、テレワークの魅力は一過的で、雇用者が、従業員の労働管理に、被雇用者が経営側の評価に不安を持つようになれば、その普及には限界があるかもしれません。

分散・集中、いずれの流れが強くなるか、いまのところ見通せません。しかし、都市を動かしている経済原理が、人間中心のものに変容しない限り、東京一極集中に集約されるゆがんだ都市のあり方は是正されないことは確かでしょう。

図 スーパーシティとは
図 スーパーシティとは
出典:内閣府資料「『スーパーシティ』構想について」内、「『スーパーシティ』の実装技術(イメージ)」から。

◆スマートシティの危険性

デジタル社会の危険性にも注意をはらっておく必要があります。

まず、スマートシティは、巨大企業によって主導されるという点です。すでに海外では、大規模なスマートシティ化の試みが進められていますが、しばしば、市民の抵抗にみまわれています。たとえば、アメリカや香港、イタリア、フランスでは、ウーバーに対してタクシー運転手のデモが頻発しています。スペインでは、エアビーなど民泊企業への市民の抗議活動が、インドでは、アマゾンへの小売店の反発が広がっています。また、スマートシティは、監視社会や、民主主義の破壊につながる危険性を秘めています。こうした危惧から、スマートシティの建設に対する反対運動が、世界各地で起きています。たとえば、グーグルが、カナダのトロントで進めているスマートシティ計画は、市民の反対運動におされ、中止に追い込まれました。

スマートシティが、何よりも民主主義にとって脅威なのは、人々が、判断をAIに委ねることになり、主体性が弱められていくことです。「選択しないという選択」(キャス・サンスティーン)に、溺れていく危険性です。AIはブラックボックスですが、結局、AIを支配するものが、恣意的・独裁的に社会を動かしていけるようになります。豊洲市場移転問題について問われた際、小池都知事は、「最後に決めたのはAIです。AIは私です」と質問をはぐらかしましたが、まさにこうした民主主義の破壊が今後、常態化していく危険性があるのです。

最近、「スマート自治体」が、しばしば政策ビジョンに掲げられるようになりましたが、スマート化によって、自治体そのものが、弱体化されていくことが危惧されます。実際、「自治体戦略2040構想」では、「スマート自治体への転換」によって、「半分の職員数でも担うべき機能が発揮される自治体」の創造が目指されています。このほか、個人格差・地域格差の拡大も懸念されます。

生活・生命都市(生都市)ネットワーク

◆再地域化と再定住

みてきたように、政府の掲げるスマートシティは、私たちが目指す方向とは異なったものになりそうです。私たちはコロナ後、東京一極集中を是正し、全国すべての地域の人々がゆたかな暮らしを享受できるような、まちづくりを探求していかなければなりません。それは、大都市を分節化・再地域化し、地方への再定住を促していくことに他なりません。

しかし、それはきわめて困難な課題であることはいうまでもありません。

表は、1975年と2040年の都道府県別人口を比較したものです。人口の減少で、両者の総人口はほぼ同じになりますが、東京一極集中は著しく進むことがわかります。今後、均衡ある縮小を実現していくには、東京圏の人口をさらに減らさなければなりません。たとえば、人口格差を1975年の水準にもどすだけでも、一都三県の人口を、それぞれ、さらに200万人前後、減らさなければならないのです。東京圏の住民の定住志向も強いことが知られていますので、地方への分散は、絶望的にみえます。

表 拡大する地域の人口格差
表 拡大する地域の人口格差
注:指数は、1975年の人口を100としたときの2040年の人口比。
出典:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(2017年推計)」などから筆者作成。

しかし、本年6月におこなわれた内閣府の「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」が示すように、このコロナ禍で、人々の価値観・意識は大きな変化をみせています。全体の15%が「地方移住に関心が高まった」と回答しているのです。とりわけ、テレワーク経験者は21%と高い関心を示しています。また、20歳代の関心は際だって高く、東京圏の若者の30%近くが、地方移住に関心をよせています。決して、地方分散への流れをつくり出すことは不可能ではありません。たとえば、全国の半分を占める三大都市圏人口の1%の人が地方に動けば、地方の人口は1%増えていきます。この1%のなかに、短期間なら地方に住んでみたい人も含まれていいでしょう。平均寿命を80歳として、1人が4年間住めば、4÷80=0・05人地方人口が増える計算になります。少しでも人口の増加がみられることは、地方に絶大な希望を与えるに違いありません。これからのまちづくりは、大都市、地方都市いずれに住んでも、それぞれ固有のゆたかさを享受できるような環境をつくりだすことであり、それは自ずと、大都市圏に人口が偏在する、ゆがんだ国土構造の是正を促していくはずです。

では、目指すはどのような都市・国土像になるのでしょうか。筆者は、「生都市ネットワーク」を提示したいと思います。

◆生活・生命都市(生都市)

E・ハワードは、前世紀に入る直前、ロンドンの大都市問題を解決するため、都市と田園が融合した、自律的な田園都市という都市モデルを発案し、そのネットワークとしての社会都市という国土像を提示しました。筆者のいう「生都市ネットワーク」は、そこからヒントを得たものです。ちなみに、田園都市を最初に発案したのは、レオナルド・ダ・ヴィンチです。当時、流行したペストを防げる都市として、3万人が住む10の都市の建設をミラノ公に提言しています。ハワードは、このことを知りませんでしたが、興味深いことに、彼も、人口規模6万人の中心都市の周りに3万人の6つの田園都市を配置したものを一つの単位として、田園都市を描きました。

ダ・ヴィンチの構想は夢に終わりましたが、ハワードによって、ロンドン郊外に2つの田園都市が実現されました。しかし、「社会都市」は、壮大な夢に終わりました。ですが、高度な交通網と通信ネットワークが発達した現代では、「生都市ネットワーク」として、実現できる条件は整っていると思います。

ここであらためて、筆者は「生都市」という概念を説明したいと思います。それは、二つのライフ、すなわち、ゆたかな生活と生命を育む都市です。生き生きした活動、そして、人々ならびに自然とのゆたかなふれあいに満ちた都市です。それは、現在のように空間的密ではなく、社会的関係の密をつくりだすことによって実現されます。また生都市は、人の生命はもちろん、全自然のそれを大切に養う都市といえます。もはや「自然と対立し、戦い、そこに居をかまえる」(ル・コルビュジェ)という発想を脱し、自然に寄り添うような都市につくりかえねばなりません。頻発する未曽有の災害やパンデミック、さらには、温暖化により、地球の生態系が回復できなくなる臨界点への接近といった、差し迫った危機を回避するには、自然を痛め、自然循環を狂わせるような開発はもはや許されないからです。

それは、生命経済と生技術という、新たな経済・技術原理への転換によってのみ、実現することができます。この二つは、いずれも、L・マンフォードが、一世紀ほど前に提起した概念ですが、彼のいう生命経済とは、「人間の養育と育成のための最善の環境、手段的過程にたいする消費活動と創造活動の優先」、「金銭経済の支配の特徴たる戦争の破壊的装備」の否定、「レジャーと健康と生物的活動と審美的楽しみと社会的機会」に表現される「生命的水準」の向上を目指すものです。この生命経済と不可分なのが生技術です。マンフォードは、これを巨大機械技術に対立する、「生物学的ならびに社会的な方法」にもとづく技術として定義し、「生技術的都市」を、たとえば、農業と工業が相互に支えあう都市として描いています。先端的情報・AI技術等が発展した現代においては、より高次の生技術、生都市を展望することができるに違いありません。

結び

東京一極集中からの脱却が現実味を帯びてきた現在の雰囲気は、かつての1980年代の地方の時代、地域主義の時代を想起させます。当時、筆者は、弘前市で6年間すごした経験があります。青森県のいくつかの村おこし・村づくりにも参加しました。ある村のスローガン、「人の声する村づくり」には衝撃をうけましたが、そうしたなかで、住民は、一村一品、地場産業おこしなどに、生き生きと取り組んでいたことが思い出されます。しかし、「地方の時代」は実を結ぶことができませんでした。大きな要因の一つは、地場産業が、付加価値の小さな農産加工に限られ、またその販路を広げることができなかったという点にあったと思います。

しかし、いまでは交通網も飛躍的に発展し、情報ネットワークによって、全国が結ばれています。販路を獲得することは、より容易になり、大都市から住人をむかえる可能性も広がったと思います。地域内経済循環を基本にした生都市を全国各地で発展させ、均衡ある国土を形成していく可能性はかつてなく広がっているのです。

岩見 良太郎

1945年生まれ。専門は都市工学。著書に『土地区画整理の研究』『土地資本論』(いずれも、自治体研究社)、『場のまちづくりの理論』『再開発は誰のためか―住民不在の都市再生』(いずれも、日本経済評論社)など。