【論文】地域の資料・情報センターとしての図書館へ


図書館は今後、デジタル環境と地域の情報・資料に注力する必要があります。図書館を地域住民にとっての本当の意味での資料・情報センターにしていきましょう。

本稿の結論は、「図書館は今後、デジタル環境と地域の情報・資料に注力する必要がある」というものです。この結論は、いかなる理路によって導かれるのか、以下、それを順番に述べていきます。なお、この際、地方自治体が設置する公立図書館を特に対象とします。今後は学校図書館の機能再編が非常に重要になってくる見通しがありますが、議論の整理上、ここでは一旦、公立図書館に絞って展開します。『図書館情報学用語辞典』の定義を借りて、図書館が「人間の知的生産物である記録された知識や情報を収集、組織、保存し、人々の要求に応じて提供する社会的機関」であるとすれば、デジタルネットワークに困難を乗り越えて対応した大学図書館に比して、公立図書館の現状はどうか、という課題意識からです。

なお、議論の背景や詳細を確認されたい方は、福島幸宏2020「図書館機能の再定置」(『LRG[ライブラリー・リソース・ガイド]』第31号)を参照ください。

現在の課題

まず、図書館法を確認しておきましょう。注目したいのは、法律の目的として「国民の教育と文化の発展に寄与すること」(第1条)となっていること、そして図書館の定義として「図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーシヨン等に資することを目的とする施設」(第2条)とされている点です。しかし、現状では、特に地域の公立図書館においては、「図書」の貸し出しと提供に過剰適応しています。

身近な公立図書館を思い浮かべていただきたいのです。地域や個々の図書館の戦略によって多少の差はありますが、リタイアされたかたか、小学生までの児童が利用者の多くを占めています。また、注力しているはずの「図書」であっても、貸し出し用の小説や実用書は一定程度充実しているものの、まとまって調べ物をしようすれば、辞書・辞典類は十分ではなく、各分野の代表的な研究書の所蔵は限られます。また、自治体の刊行物や広報などはなんとか確認できるものの、地域のミニコミ誌や、企業や団体にかかわる冊子が探せなかったりします。また新聞や雑誌のバックナンバーも十分ではありません。気を取り直して、論文や分野の最新の動向、さらに自治体のホームページの情報などをインターネットで調べようとしても、まずインフラとして、電源やWi-Fiが十分に整備されていません。また、ネットに接続されている端末があっても、もとから利用時間が制限されており、閲覧できるページが特殊なソフトによって制限されていて、ようやく情報にたどり着いてもプリントアウトができず、さらに写真撮影も禁止されていて、手書きで紙にメモする!という事態になりがちです。

また、国会図書館が提供している「図書館向けデジタル化資料送信サービス」という仕組みがあります。これは、「絶版等の理由で入手が困難な資料を全国の公共図書館、大学図書館等の館内で利用できるサービス」とされ、現段階で約150万点の資料が対象になっています。構想以来約15年、デジタル化とシステム構築に多額の資金が投じられ、著作権法の改正や運用ルールの整備に関係者の多大な努力がありました。入手が困難だけど重要な書籍や、2000年以前に刊行された雑誌等が含まれ、その場でのプリントアウトが原則可能であるなど、本来は地域の公立図書館にとっては大きな武器になるはずの仕組みなのです。また、対象資料は著作権が切れているわけではないので、図書館までの送信に限られています。利用者からすると不便なのですが、図書館側から見れば、数台の端末と運用する人員を確保できれば、蔵書が一挙に150万点増えるわけです。大きな期待を持って導入された仕組みで、全ての図書館が参加してもよいものですが、まだまだ少数の参加に留まっています。例えば、秋田県・高知県・宮崎県・鹿児島県では、公立図書館では県立図書館のみが参加している状況です。仕組み自体の課題もありますが、図書館側に十分な情報保障とは何か、という意識が希薄であることが、この結果に帰結しているといえます。

結局、現状の図書館は、「記録その他必要な資料」については等閑視し、本来、民主主義社会のためにはより重要であるべき「調査研究」機能よりも、「レクリエーション」を優先していると言わざるを得ません。これでは「国民の教育と文化の発展」に十分に貢献できているとは言い難いでしょう。そして、調査研究機能が欠けている、ということは、住民自治を考える素材を十分に提供できていないということではないでしょうか?

世界のなかでの日本の弱さ

昨年末に、経済協力開発機構(OECD)が2018年に実施した国際学習到達度調査(PISA)が公表されました。これは世界80カ国の15歳時点での学習到達度を調査するもので、各国の政策形成の際に重視されるものです。その中で、関係者に衝撃を与え、大きな議論を呼んだのが、8位から15位に低下した、情報を評価する力の弱さでした。押し下げの要因は、記述する力の評価なのですが、その背景には、デジタル情報の読解力とPC環境への対応の不足が指摘されています。この状況の改善は、単に世界的な競争に勝つ、ということよりも、よりよい社会の実現のために、喫緊の課題であると考えられます。もちろん、直接には学校現場の努力とそれへの支援が必要になります。しかし、これまで述べた図書館の様子と、この状況は響き合っているようにも感じます。

実は、2005年に「我が国における文字・活字文化の振興に関する施策の総合的な推進を図り、もって知的で心豊かな国民生活及び活力ある社会の実現に寄与する」ことを目的とした文字・活字文化振興法が成立しています。その第7条・第8条において、公立図書館と学校図書館の振興をうたうなど、図書館にとっても大きな後押しとなる法律として受け止められている側面があります。しかし、これまで述べた観点からすると、いくつかの課題があります。現在、この法律に基づいて、各自治体には読書推進活動が義務づけられる結果となりました。そのために、教育委員会や各図書館の活動が、主に児童・生徒を対象に図書を「読書」させるという方向に、より強く向いてしまった側面があります。繰り返しますが、図書館の対象は「図書、記録その他必要な資料」です。そしてそこにはデジタル情報も当然含まれます。しかし、この点は後景に退いてしまった印象があります。この法律が整備され、読書振興が改めて位置づけられた2000年代は、新しい環境のなかでの情報リテラシーをどのように身につけさせるか、が世界各国で議論されはじめた時期でした。まだ十分な論証は難しいですが、あるいはこの時の選択が、上記のPISAの結果を導き出しているのかもしれません。

(*情報リテラシー・デジタルリテラシー:インターネトなどデジタル情報や通信、またバソコンなどの機器について、知識を持ち利用する能力。)

これまで述べてきた状況、そして、今年に入ってからのコロナ禍による図書館への直接アクセスが制限されていた現状では、「図書」以外のさまざまな情報資源があることを知る環境で成長でき、さらに通信環境・情報機器を自ら十分に整備して、それらに積極的にアクセスできる一部の人々と、この両点を自らが獲得できない人々の間での、情報格差がますます広がっているのではないでしょうか。

一部で指摘されはじめていますが、いまの、ごくごく限定された情報しか提供できていない公立図書館の状況は、一面では、格差を定着させる装置ともなりえます。提供されているのが「レクリエーション」のみであって、「調査研究」は壊滅的、「教養」も実は怪しい、という総括がありえます。深刻な反省が、関係者にも住民の側にも求められます。

今後の方向性についての試案

では、どのような方向性があり得るでしょうか? ここでは、図書館を真の意味での地域の資料・情報センターに、ということを提起します。個人レベルでも、地域の課題を考える際にも、住民が適切な判断を行うために必要な「図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に」提供するのです。まずは、デジタル環境を、インフラ面でもコンテンツ面でも徹底して整備することから着手されるべきでしょう。国レベルの施策はどんどん進んでいて、2020年8月には、さまざまな分野のデジタルアーカイブと連携し、国の分野横断統合ポータルを目指しているジャパンサーチが正式にリリースされ、日本の博物館や図書館のデジタル資料を調査する起点が整備されています。

(*デジタルアーカイブ:公文書や有形無形の文化資産をデジタル情報として記録して保存するとともに、ネットワークなどを用いて提供している。)

また、その際には、住民に対するデジタルリテラシーの向上を図る取り組みも併せて求められます。デジタル格差の問題は、年齢の問題ではなく、出自の問題になりつつあり、社会を知識によって平準化させる機能を持つべき図書館の守備範囲に十分に入るはずです。

さらに、図書館が対象とする「資料」の幅を広げる必要があります。まずは、自治体の行政情報がターゲットになります。従来、図書館では自治体の刊行物については収集してきました。しかし、地域社会や自治体の状況を考えると、公文書管理法を援用した歴史的公文書の管理も図書館が担うべきかもしれません。なにしろ、現状では公文書館は全数合わせても120館程度に留まっているからです。また、デジタルトランスフォーメーションが叫ばれる中、行政由来のデジタルデータをどのように管理し、提供するかが非常に重要になってきています。これらは現状では原課に情報公開を求める、もしくはオープンデータ等の形で原課が先にデータを公開するという形になっています。しかし、データの管理コストや役割分担の面から、長期的にデータ提供を保障する仕組みが自治体ごとに必要で、それは図書館が担うに似つかわしいものです。図書館の強みはなんといっても、長期的なストレージ(組織原理でも物理でもデジタルでも)にあります。もし、これらの行政情報を図書館が握れれば、その自治体にとって図書館は不可欠の地位を確立することになります。もちろん、既存の図書を中心とした資料の運用も重要です。しかし、そちらは極力省力化しつつ、デジタル環境の整備と行政情報を入り口とした地域情報への注力に転換していくことによって、全世界的な情報へのアクセス保障と、その地域に特有の「ここにしかない資料・情報」の把握と公開が、公立図書館の新たな使命となるでしょう。

(*デジタルトランスフォーメーション:IT(情報技術)の浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させるという概念。)

これまで論じてきたことは、空論ではありません。図書館からわずかながらの働きかけがはじまっています。県立長野図書館は館内整備を進めるとともに、2020年4月には世界に信州の情報資産を発信する窓口であるWEBサイト「信州ナレッジスクエア」を公開しています。この動きは今後のモデルの一つとなるものといえます。

これらに学びつつ、地域住民も図書館観を変える必要があります。図書館が、図書の貸し出しや児童・生徒への読書支援の施設に留まるのは非常にもったいないことです。そこには、地域住民にとっての本当の意味での資料・情報センターになりうるポテンシャルがあるのですから。

福島 幸宏

1973年高知県生まれ。京都府立総合資料館・京都府立図書館に勤務し、現職。日本歴史学協会常任委員、日本アーカイブズ学会委員、デジタルアーカイブ学会評議員など。専攻は、日本近現代史、アーカイブズ、デジタルアーカイブ。