熊取図書館は、計画策定、施設設計、運営に住民参加を貫き、「職員(司書)と住民の継続的関係」「行政と住民の協働的関係」の形成で「公共施設としての図書館」を実現しました。
新しいまちづくりと図書館
大阪府熊取町は、大阪の南部、関西空港の後背地に位置し、人口は約4万3000人です。かつては農業とタオルなど繊維のまちでしたが、1970年代以降の大規模住宅開発によって大阪市等のベッドタウンとなり人口が急激に増えました。また開発負担金によって学校、保育所、学童保育等が整備され、保育所や学童保育については住民の共同事業に行政が援助するという方式も早くからとられてきました。
図書館への住民の要望は、1980年代に家庭文庫・地域文庫が生まれ、文庫連絡協議会が組織される(1982年)ことで一段と高まっていきました。当時の社会教育職員が、「『図書人口』を育て、『住民』による『住民』のための図書館建設を最終目標に、『指導者』づくりに主眼」を置き、文庫活動のリーダーと「『図書館の完成は遅くなっても、いい図書館でみんなに自慢できるものにしたいね』と、遅いことをメリットにしたいねとも話した」(『熊取文庫連絡協議会10周年記念誌 ぶんこ きのう・きょう・あした』1994年3月刊)と回想するように、当初から住民の参加、図書館にかかわる住民の主体形成を重視していました。
1990年に「(仮称)熊取町立図書館基本構想及び基本計画」が策定されましたが、建物設計段階から住民参加が貫かれ、設計者・鬼頭梓氏を招いた「図書館建築懇談会」では、氏が「私の図書館設計作法」と題して、「図書館が市民の誇りになっている。市民に愛されている」もの、「(住民の)みなさんが育ててもいいと思われるものをつくりたい」と語られ、住民との対話をされ、設計後にもまた対話の機会をもち、最終的には規模も構成も修正されるという過程をへて開館しました(1994年 蔵書冊数30万冊 総経費40数億円)。
筆者は、鬼頭氏の作法、住民の要望に誠実に応えられる姿、また設計者と住民の直接的対話〈専門家・非専門家による図書館づくり学習〉をプロデュースした熊取町行政の姿勢に感動したのですが、その後も行政は、図書館運営に関しては、住民参加、「行政と住民の協働」の実質を貫いているといっていいでしょう。
また図書館基本構想の策定作業には、中学・高校生による検討委員会「ヤングストリート」が組織され、ヤング、ヤングアダルトが望む図書館イメージを引きだすこともされています。開館後も、シンポジウムの開催や「ブックスタート事業」、「子ども読書活動推進計画」の策定・実施にあたっては、行政、専門職、文庫等住民の参加と協働が幅広く展開されています。
評価は住民と職員の「語り合い共同学習」で
筆者は、開館時から図書館協議会(以下、協議会)委員に加わり、2000年より委員長の任を引き受けていますが、鬼頭氏から「熊取図書館を育てていますか」と問われているという思いがあります。開館10年目をむかえた2004年段階で、協議会に10年間の総括・評価をまとめようと提案し、教育委員会も、教育委員会としての課題意識を「諮問事項」という形で提起しました。
筆者の提起の背景には、図書館の風景をみると、確かに住民はよく図書館を訪れ、本を借り、それに応えて司書・職員も懸命に働いています。しかし図書館を拠点に地域づくりが進んでいるとか、利用者の本や情報への欲求の背後にある生活や人生をカウンターから読み取り支援しようとする、そうした司書が働いているようには見えなかったことがあります。言葉をかえていえば、利用者住民と職員の交流・コミュニケーションの蓄積はなく、職員の疲労ばかりが見え、多くの住民にとっては、本の利用だけで、図書館も職員も見えていないのではないか、それでは図書館を支え、育てていく基盤すらできていないのではないかと思われました。
そこで司書・職員がこの10年何を感じ、何を思いながら働いてきたのか、そして今、この10年の自分の仕事、この図書館、さらにいえば自分のこの10年の人生を、どのように感じているのかを語り合う場をもちました。そこには司書だけでなく、行政職員、臨時職員、司書採用ながら一時的に図書館以外の行政業務に配属されている職員など、たくさんの職員が参加し、一人ひとりの時間は短かったものの、職種を超え、待遇・身分を超えて全員が図書館への熱意、心配、苦悩を語ってくれました。
司書・職員からは100を優に超える意見、提案が出されました。業務の内部からのものだけに、リアリティがあり、協議会に参加する住民や利用者が、図書館とそこで働く人の実像を知る機会となりました。
こうした職員・住民の共同学習のなかで「協議会答申」(2006年5月)、行政の「図書館計画」(2007年3月)が創られました。この過程で、司書は「自分は本を貸す機械かと、消耗していた」「自動車文庫での出会いで住民の姿が見え、カウンターでの向こうの利用者の姿がよく見えるようになった」など、自分の感じていたことを利用者の前で語り、利用者からは、「顔は知っていたが、はじめて気持ちを聞き、深い感動と感謝の気持ちが生まれた」と応ずる関係が生まれました。
この時期、議会で一方的に図書費が削減されるという逆風にもさらされました。この削減を主導した一人が、大阪維新系の現町長なのですが、最近、「あの時期には図書館の価値を認識していなかった」と反省の弁を聞きました。町長もまた学習したのです。司書たちは「いまある蔵書すべてを利用して、住民に貢献していきたい」と語るほどにより意欲的になっていました。またこの議論の過程に同伴した町の主要幹部たちは「このような職員と住民の継続的関係があってはじめて、公共施設としての図書館の意味がある。指定管理者制度は馴染まない」と語るようにもなっていました。彼らもまた学習したのです。
職員と住民の継続的関係があってこそ
「指定管理者」制度の問題は、行政改革課題のひとつとして、絶えず行政でも議会でも俎上に載せられてきました。これに対して2009年には、協議会は提言「これからの熊取町立熊取図書館の管理運営のあり方について」をまとめ、図書館の指定管理者制度導入に関する問題点として、事業収益が見込めない公共サービス、指定期間の制約による長期的な展望を持った運営の難しさ、読書の自由を守る役割、運営に対する信頼性と継続性の確保が重要な施設であるなどの理由から、導入はなじまないと結論づけました。これをうけて教育委員会は「熊取図書館への指定管理者制度導入の是非について」をまとめ、「直営での運営が望ましい」との方針を打ち出しました。
先の提言から10年を経てまた図書館は「第3次行財政構造改革プラン」の中で指定管理者制度導入の検討対象になりました。協議会は、「『指定管理者制度の導入の是非』を検討するだけでなく、これからの10年20年先の図書館がどうあることが望ましいかを考えることとし」、また「生涯にわたり『住民が図書館を友として生きる』ための図書館となりえるのか、『人づくり、まちづくり』の拠点となりえるのか、多方面から」検証と検討をすることにしました(森崎シズ子副委員長「これからの熊取町立熊取図書館の管理運営を考える」2019年答申付属資料)。その結果、「直営で運営してきた結果、現在では住民との協働がより広がり、図書館を活用しながらさまざまな学びの場が提供されて」おり、住民のなかに「図書館の運営を新たに支援する熊取図書館〝応援団〟の輪が広がり」「図書館の利用を通じて学んできた住民が自己の研さんのみならず、当事者意識を持って地域づくりに積極的に関わろうとしている」動きが広がっている、それは、「長年、住民や団体に関わる専門職の司書がいて、さまざまな場面で対等な立場で協議を重ねることで信頼関係を築いてきた」からできるのであり、「指定管理者制度を導入することで、これまで築いた住民との協働による図書館づくりやまちづくりが阻害される可能性があるため、引き続き『直営での運営を行い、住民と協働しながら、ともに図書館を育てていくこと』がさらなる熊取図書館の発展につながると考えられ」ると結論づけました。
協議会での共同学習、共同作業
筆者は、長年熊取町のまちづくり、教育、福祉の諸委員会に参加し、会議を主宰してきました。現在も図書館協議会のほか子ども・子育て会議の委員長を引き受けています。そこでは住民の生活経験、生活実感に基づく率直な発言をしてもらうことを心がけています。そして会議に地域の現実が反映され、事務局として関与する行政職員も地域の現実が学べる場になるようにしています。住民代表の委員が、事務局役で参加する行政職員に「建前ではなく正直な気持ち、考えを聞きたい」と投げかけられることもしばしばです。外部から参加される学識経験者やコンサルタント業者が、「ここの住民代表の委員は、よく発言し議論が活発である」と感想を述べています。形式的になりがちな会議が、住民、職員がお互いを知り、学びあう場ともなっているのです。
図書館協議会でいえば、この25年いくつも提言や答申を出してきましたが、年3回の定例会議だけではなく、町内に在住する委員を中心に作業委員会を作り、ボランティアで討議を重ね原案をつくるなどしてきました。そして答申等の付属資料として、作成に加わった各委員の所感を掲載し、議論のなかでの学びと思考のプロセスが広く住民、行政当局者にわかるようにしています。
図書館には、大量の情報・資料の集積があり、多様多彩、相対立する情報が集積され、それを一覧できる場です。そこは顔の見える関係を築くことのできる場でもあります。賑わっていても、人と人との関係を生み出さない個の集合では、地域は生まれません。熊取図書館では、「利用」「参加」に加えて、「語り合い」「学び合う」ことのなかで、「職員と住民の継続的関係」が生まれ、「公共施設としての図書館の意味」を理解する住民(利用者だけではない)と職員、そして町長はじめ行政担当者が形成されてきたのです。
なお詳しくは、「これからの熊取町立熊取図書館の管理運営のあり方について(提言)」の検証について(答申)2019年4月20日参照。