【論文】崩壊するIRカジノの幻想


コロナ感染拡大で世界中のカジノ市場が崩壊し、オンラインカジノへの移行で、IRカジノの持続可能性が崩壊しています。カジノに依存しないまちづくりが、コロナ後の世界に必要です。

はじめに

アベノミクス継承をうたう菅政権は、統合型リゾート(IR)推進の方針も変えていません。しかし観光庁は、10月9日に自治体による区域整備計画の申請期間を2021年10月からと9か月の延期を発表しました。今年6月の経済財政諮問会議の「骨太方針」からはIR関連の記述が消えましたが、それに先立つ5月には日本進出のトップランナーとされていたラスベガスサンズが、「日本におけるIR開発の枠組みでは私たちの目標達成は困難である」として撤退宣言をしました。ウィン・リゾーツも8月に横浜事務所を閉鎖しました。大阪IRで唯一の候補となっているMGMリゾーツ・インターナショナルは、第2四半期決算報告書等で対日投資については継続としつつも「相応のリターン」が見込めればとトーンダウンしています。対日投資を推進してきた同社のムーレンCEOは辞任し、新たな経営陣は「BetMGM」等のオンラインでのスポーツ賭博等の推進に注力しており、大阪府・市は区域整備計画の協議を進めることができない状況です。期待されていた100億ドル規模の投資を行えるIR企業が、新型コロナ感染拡大の結果、消滅してしまった現実に日本政府と推進自治体は直面しているのです。

世界での感染者が4100万人を超え、死者が110万人(2020年10月22日時点)に上る新型コロナ感染の猛威は、依然留まることなく新たな拡大期に入ったとも言われています。この間に浮き彫りになってきたのは、巨大なハコモノ施設で集客し、カジノに誘導し、典型的な三密状態でギャンブル漬けにする「IRカジノ」という地上型カジノの構造的収益性の喪失であり、そのビジネスモデルの持続可能性の喪失でした。それは、新型コロナ感染がワクチン開発によって収束したとしても、逆戻りできないカジノ産業の構造転換─衰退産業化の反映でもあるのです。

パンデミック下のカジノ企業の苦境

新型コロナ感染で世界のカジノ市場は壊滅的打撃を受けています。世界最大のカジノ市場マカオでは、2月中旬の閉鎖を経ての再開後も前年比95%前後のカジノ収益減が続いています(表1)。深刻なのは、感染防止対策で外国人観光客の入国禁止が継続されているとはいえ、中国本土(広東省)、香港、台湾からの観光客も2週間隔離が解除された7月中旬以降もほとんど増大せず、9月でもカジノ収益90%減の状態だということです。ラスベガスサンズによればマカオ市場の中国客の約4割を広東省が占めていますが、規制緩和の効果がほとんどなく、第3四半期も93%減と壊滅状態が続く結果となっています。

表1 コロナ感染下のマカオ
表1 コロナ感染下のマカオ
資料:Gaming Inspection and Coordination Bureau Macao SARとDSECのデータ
注:1MOP=0.12519USD(1ドル=7.988MOP)で計算

米国では新型コロナ感染が深刻化した今年3月半ばからカジノ閉鎖が始まり、4月には全米989あるカジノ施設が全閉鎖となりました。その後の感染防止対策を施してのカジノ再開時期は州やカジノごとで異なりますが、6月4日から営業再開を行ったネバダ州ではカジノ収益がほぼゼロであった4月、5月からのV字回復が期待されましたが、ラスベガス・ストリップでは前年比4割減の回復で頭打ち状態となっています(表2)。

表2 コロナ感染下のネバダ州とラスベガス
表2 コロナ感染下のネバダ州とラスベガス
資料:NGCB Nevada Gaming Revenue and Collections

(*ラスベガス・ストリップ:アメリカ・ネバダ州にあるラスベガスの中心部。ラスベガス・ブルーバード(大通り)の約7kmにわたる地区。世界でも最大級のホテル、カジノなどが並んでいる。)

シンガポールでは、4月から6月のカジノ閉鎖期間を経て7月から営業再開が認められましたが、カジノ関連施設は収容定員の25%以下の規制を受けた状態です。フィリピンほかアジア各国でもカジノ閉鎖か、再開後も厳しい感染対策規制が課せられる状態が続いています。

このため日本進出を狙うカジノ企業は、高収益を支えたカジノ市場消滅による大幅な収益減少により巨額の赤字決算に追い込まれています(表3)。各カジノ企業は、収益ゼロ状態に備えて新規の社債発行や銀行借入枠設定を通じて手元流動性確保を行った結果、当面資金ショートでデフォルトに追い込まれる状態ではありませんが、「ゼロ収益」状態の継続は容赦なく各カジノ企業の財務内容を悪化させています(表4)。

表3 コロナ感染と主要カジノの収益
表3 コロナ感染と主要カジノの収益
資料:各社Form10-K
注:MGMは20年前半期でREIT取引で14億9200万ドルの「経費減」の処理がされているが、これが無ければ当期純益はマイナス17億5400万ドルとなる。
表4-1 LVサンズ コロナの影響財務
表4-1 LVサンズ コロナの影響財務
資料:Las Vegas Sands Form10–Q
表4-2 コロナ過でのMGMのBS
表4-2 コロナ過でのMGMのBS
資 料:MGM Financial and Operating Results
注:カジノ売却益の計上とリースバックによるリース債務の増大
表4-3 コロナとウィン財務内容
表4-3 コロナとウィン財務内容
資料:Form10–Q
表4-4 コロナとメルコの財務
表4-4 コロナとメルコの財務
資料:Melco Resorts Form6–K

第2四半期のカジノ収益99・6%減となったラスベガスサンズは、第2四半期決算の赤字拡大で20年前期10・4億ドルの純益赤字となっています。手元流動性も大きく減少し、自己資本比率も低下しています。ラスベガスサンズは、マカオとシンガポールのカジノ施設の拡充とリノベーションのために毎年10億ドルを超える投資を予定しており、増大した債務返済負担と併せて対日投資の余力を失った状況となっています。収益の6割をマカオ、3割をシンガポールに依存するラスベガスサンズにとって第3四半期も大幅減収状態が続くことが確実であり、資金繰りの厳しさが増している状況なのです。

MGMもまた第2四半期はカジノ収益95%減となり、第2四半期の純益は9・4億ドルの赤字となっています。前期通算では2・6億ドルの赤字に縮小していますが、不動産投資信託関係利益14億ドルを除けば実質的に17・5億ドルの赤字です。MGMは、昨年、対日投資に備えてラスベガスのカジノを約80億ドルで売却(リースで営業は継続)し、その資金で長期債務を返済する一方で手元流動性を60億ドルほどに増大させましたが、この赤字決算で手元流動性を大きく減少させています。リース債務と合わせた債務負担額は大きく増えており、やはり対日投資を行う余力を失った状態なのです。

ウィン・リゾーツも赤字拡大で前期12億ドルの純益赤字です。債務増で手元流動性を強化していますが、株主資本が3億ドル以下まで減少し、株主資本比率が2%と債務超過寸前の状態となっています。メルコもまた前期8億ドル超の赤字決算に追い込まれ、経営体力の消耗が続いています。

対日進出を狙うカジノ企業は、いずれも大半の収益をマカオとシンガポールのカジノ市場に依存しています。世界的パンデミックの中で中国ほかアジア各国は引き続き厳しい感染防止対策を取っており、収益改善の目途が立たない状況のなかで、各カジノ企業は生き残れるかどうかの瀬戸際に立たされているといえます。

営業再開後のV字回復の困難さ

政府等IR推進派は、新型コロナ感染収束後のカジノ収益のV字回復に期待しており、区域整備計画の延長期間終了時には100億ドル規模の対日投資を行えるカジノ企業が復活すると想定しています。しかし、営業再開後にカジノ収益がV字回復するのか、また新型コロナ感染収束後にコロナ前のカジノ市場が戻ってくるのかは、かなり疑問です。

ワクチン開発競争が国際的に展開されていますが、治験の停止が相次ぎ、実用化の目途は立っていません。新型コロナウィルス感染は衰える様子がなく、カジノ営業が再開されたとしても厳しい感染防止対策を取らざるを得ず、かつ長期化する見通しのなかで、コロナ前の収益回復は2023年3月までかかるとの予想(フィッチ、2020年6月)も出されています。

(*フィッチ:フィッチレーティングス。ロンドン及びニューヨークに本処を置く、金融商品や企業・政府などについての格付会社。)

ネバダ州ではIRカジノにおけるマスク着用や消毒、検温のほかにソーシャルディスダンス確保として稼働スロットマシン間の距離確保やテーブルゲームごとの人数制限が実施されています。ブラックジャックは3名、ルーレットは4名以下とされ、収容定員の50%以下の入場制限も課されています。国際会議・展示でも250名以上の集会は禁止されており、収容定員に対しても大規模施設では10%以下の人数制限が課されており、ラスベガスでは4月以降の開催がゼロの状態が続いています。マカオやシンガポールでも同様のスロット数、テーブル数、定員制限が行われており、シンガポールでは収容定員の25%以下規制となっています。カジノ営業再開後でも、たとえ「フル稼働」状態になったとしても収益力は大きく制限されざるを得ない状況なのです。

実際、カジノ再開後のネバダ州での回復やラスベガスサンズやMGMなどの収益回復状況は低調です。6月4日から営業再開が行われたラスベガスのカジノ収益は6月の61・4%減から回復途上にありますが、7月と8月は4割減で横ばいとなっています。各カジノ企業のスロット数削減とテーブル当たり収益の落ち込みが顕著であり、「フル稼働」状態になったとしてもカジノの収益力が大きく落ちざるを得ないことを裏付けています。

米国ゲーミング協会の全米でのカジノ収益では、8月には前年同月比2割減にまで回復していますが、各州や地域ごとで大きなばらつきが見られます。「繁盛」していたカジノほど回復度が低く、もともと閑散としていたカジノでは感染対策の人数制限はあまり収益上の制約にはなっていない一方で、ラスベガス・ストリップのカジノにとっては大きな制約となっていることが伺えます。

カジノ営業が再開され、かつ感染対策の入国規制等が緩和されたとしても、感染リスクを昌してカジノに来ることのハードルの高さも指摘されています。航空機を使っての遠距離移動によるカジノ訪問のハードルも高くなっています。カジノなど各種店舗が営業再開された州や地域での感染拡大が米国でも報道されており、典型的な三密状態のカジノにおける感染防止の難しさとそこへの顧客のV字復帰の難しさを物語っていると言えます。

急速に進むオンラインギャンブルへの移行

地上型カジノにおける対面でのギャンブルの危険性の認識が広がる中で、オンラインカジノへの客の移動が急速に進んでいます。英国ではオンラインカジノが合法化されてから劇的にオンラインカジノ収益が増大し、地上型カジノの3倍の規模にまで増大していますが、この傾向が新型コロナウィルス感染拡大で拍車がかかっています。欧州でも同様の傾向が顕著ですが、米国でも周辺州カジノとの競争に敗れたニュージャージ州のオンラインのスポーツ賭博合法化の試みが2018年に最高裁判決で勝利した後、全米に急速に広がっています。地上型カジノ減収の長期化が予想される中でオンライン賭博拡大に活路を見出そうという動きが広がっており、例えばMGMは「BetMGM」なるスポーツ賭博のほかに「iGaming」と呼ばれるオンラインカジノを戦略的課題に掲げて推進しています。米国ゲーミング協会によれば、この間、既存のカジノ収益が大幅減収となる一方で、オンライン賭博(スポーツ賭博とカジノ)が急増しており(表5)、米国カジノ業界はこのオンライン賭博拡大に躍起となっているのです。

表5 コロナと米国カジノ市場
表5 コロナと米国カジノ市場
資料:American Gaming Association “Commercial Gaming Revenue Tracker”

地上型カジノからオンラインギャンブル(カジノ)への移行が新型コロナ感染で加速したのであり、オンラインカジノ合法化が米国だけでなく各国でも進めば、この流れは一層加速することになります。パソコンだけではなくスマホ等のモバイル端末を通じたビジュアルなオンラインカジノサービスの技術革新が急速に進んでいます。巨大なハコモノ依存のIRカジノの収益性はラスベガスでも大きく衰退しており、その持続可能性は失われつつあるといえます。また国際会議・展示等のMICEでもデジタル化(オンライン化)がコロナ対応で急速に進んでおり、巨大なハコモノ依存の地上型IRカジノのビジネスモデルが衰退化していると言えます。

おわりに

IRカジノに100億ドル規模の投資を行い、投資家が求める20%前後の収益率を達成して回収することは極めて困難になっています。IRカジノではカジノ企業は3割前後を自己資金で賄い、残りをファンド等の投資に依存しますが、今、巨額の自己資金を用意する余裕は失われ、投資ファンドからの投資資金調達も困難になっています。シンガポールのゲンティンは本年2月の臨時株主総会で対日投資を決定していますが、その前提はマカオやシンガポール並みの高収益性でした。しかし、いまやそのカジノの高収益性は失われた状況なのです。

顧客をギャンブル漬けにして貧しくするほど収益性が増大するカジノは、その規模の大小にかかわらず地域経済にとっては有害であり、対日投資のハードルを下げて誘致を促進することは許されません。今なすべきは、高収益のカジノ市場の復活を期待して時を無駄にすることではなく、コロナ後の日本経済の展望や、世界のカジノ市場の変貌の検証を通じて、カジノに依存しない観光戦略の再構築と地域経済発展策の再構築なのです。

鳥畑 与一

1958年、石川県生まれ。専門は国際金融論。著書『略奪的金融の暴走』、『カジノ幻想』他多数。消費者金融の上限金利引下げ運動がギャンブル問題との出会い。