【論文】デジタル社会におけるプライバシー権の再生


「デジタル社会の形成」は国内外での最重要課題ですが、GAFAが利用者を「監視」して収集・加工した膨大な情報に基づき利益を上げる「監視資本主義」からのプライバシー保護も重要です。

*GAFA:グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルの総称

デジタルテクノロジーのインパクト

国連は、2020年、創設75周年を記念して、「N75:一緒につくろう私たちの未来」を行動目標に掲げ、世界の人々に対し、未来に関する対話を促しています。その対話の5つの喫緊の課題の筆頭に掲げたのが「デジタルテクノロジーのインパクト」です。この課題の簡潔な解説の中で、国連は、そのプラスの面として、①テクノロジーは私たちの世界をより公平に、より平和に、より公正にすることができること、②デジタルの前進は、国連が2030年までのアジェンダとして取り組んでいる「17の持続可能な開発目標(SDGs)」のそれぞれの達成の支援・加速化ができること、を挙げています。ですが、それと同時に、マイナスの面として、「テクノロジーは、プライバシーを脅かしたり、安全を脅かしたり、不平等をあおったりするものにもなる。人権や人間の営みにも影響を与える」と概括した上で、具体的に、デジタルの未来、データの未来、サイバー空間の未来などについて、以下のような憂慮すべき諸点にも言及しています。

*SDGs:Sustainable Development Goals

〈デジタルの未来〉十分な多様性を欠いたデータに基づいて、デジタルテクノロジーによって課題解決のためのプログラム(アルゴリズム)が使用される場合には、人間的・組織的バイアスをそのまま反映したり、増幅したりすることがあること。

〈データの未来〉 政府や企業が、ますます、財政上の目的やその他の目的でデータをマイニングしたりデータを活用したりするためのツールを手に入れ、私たちの移動や購買、会話、行動などを監視したりすることで、データの集積や人工知能(AI)などのデジタルテクノロジーが、人権の侵害にも利用されるおそれがあること。

また、SNS(ネット交流サービス)などを含め、ソーシャルメディアが、ヘイトスピーチやデマを流す場(プラットフォーム)を提供したり、エコーチェンバー現象を増幅したりすることにより、偏見をより強固なものにしたり、不和を誘発したりして、世界中の社会の分断を煽ったりするおそれがあること。

*エコーチェンバー現象:ソーシャルメディアを利用する際に、自分と似た興味関心をもつ者同士で交流し合うことにより、特定の意見や思想が増幅されて影響力をもつ現象。

*SNS:Social Networking Service

〈サイバー空間の未来〉世界の大国が独自のインターネットやAIに関する戦略をもつことによって、大国間に「大きな亀裂(分裂)」が生じ、デジタル版「ベルリンの壁」にもなりかねないこと。

デジタル社会の時代と日本の現在

(1)Society 5.0

上述の国連の「デジタルテクノロジー」のように、IT(情報技術)やICT(情報通信技術)等の用語に代わる形で、「デジタル」がキーワードとして広く用いられるようになってきています。デジタルテクノロジーという言い方は、端的にいうと、ITやICTが扱っているデータや情報が、コンピューター上で、数字や記号を用いた形で処理された情報(デジタル情報)として送受信されていることに着目した用語法です。情報のデジタル化は、1990年代には、インターネットの登場による世界規模でのコラボレーションの拡大、2000年代に入ると、Facebook(以下、FB)やTwitterといったソーシャルメディアの登場やスマートフォンの登場により、誰もが常時ネットにつながる時代─ヒトとヒト、あるいはヒトとビジネス、ビジネスとビジネスがネットを介して深く関わり連係する時代を迎えました。そして、2010年代には、身の回りにあるあらゆるモノがインターネットにつながっているIoT(モノのインターネット)の時代を迎えています。IoTの時代にあっては、インターネットで直接につながった多様かつ多数のモノから送受信される大量の情報の円滑な流通が国民生活および経済活動の基盤となる社会(後述のSociety 5.0)の実現が目指されています。

*IT:Information Technology 

*ICT:Information and Communication Technology

*IoT:Internet of Things

デジタル化を通して、これまでエレクトロニクス技術と無縁だった分野で、その技術を使って社会を変える(変革する)こと(DX=デジタル・トランスフォーメンション)が、広く、企業を始め、日本社会でも求められていると受け止められています。

政府や経済界では、こうしたAI、IoT、ロボット、ビッグデータの革新等のデジタルテクノロジーの発展状況を踏まえて、第4次産業革命にあたる技術革新の時代とか、Society 5.0(超スマート社会)の実現を目指すものだと位置づけています。例えば、経団連SDGsのWebサイトでは、以下のように記しています。

「Society 5.0とは、AIやIoT、ロボット、ビッグデータなどの革新技術をあらゆる産業や社会に取り入れることによりする実現する新たな未来社会の姿です。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、人類社会発展の歴史における5番目の新しい社会の姿とも言えるでしょう。

この未来社会では、健康・医療、農業・食料、環境・気候変動、エネルギー、安全・防災、人やジェンダーの平等などの様々な社会的課題の解決とともに、国や人種、年齢、性別を越えて、必要な人に必要なモノ・サービスが、必要なだけ届く快適な暮らしが実現します。

これは決してAIやロボットに支配され、監視される未来ではありません。また、一部の先進国だけが成果を享受する社会でもありません。世界のあらゆるところで実現でき、誰もが快適で活力に満ちた質の高い生活を送ることができる新たな人間中心の社会です。」

(2)「デジタル改革関連法案」の国会提出

日本政府は、2000年の高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)以降、20年かけて、いわば、Society 5.0実現に向けて、IT戦略やITインフラ整備を積み上げてきました。ですが、新型コロナウイルス禍で、「10万円」特別定額給付金や接触確認アプリ「COCOA」に関するトラブルなど、「デジタル敗戦」と自認するような国のデジタル化の遅れが露呈する羽目になりました。

今般、政府が国会に提出した「デジタル改革関連法案」は、デジタル社会形成基本法案、デジタル庁設置法案、デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案、公的給付の支給等の迅速かつ確実な実施のための預貯金口座の登録等に関する法律案、預貯金者の意思に基づく個人番号の利用による預貯金口座の管理等に関する法律案、地方公共団体情報システムの標準化に関する法律案、の6法案で構成され、デジタル化の遅れを克服し、「強靱なデジタル社会の実現」を目指すものと位置づけられています。

この「デジタル改革関連法案」は、①内閣総理大臣を長とする強力な総合調整機能(勧告権等)を有するデジタル庁の設置、②個人情報関係3法の一本化とともに、地方公共団体の個人情報保護制度も統一化した上での国による管理の強化、③マイナンバーの利用による預貯金口座の管理を含めたマイナンバーカードの利活用の促進、などを主たる内容としています。

「デジタル改革関連法案」では、これまで重視されてきた個人情報保護における地方分権・分散の仕組みを変えて、内閣総理大臣を長とするデジタル庁によるデータや情報の強い一元的管理を図ることなどに現れているように、デジタル化に伴うプライバシー・個人情報の保護とその侵害の危険の回避という視点が圧倒的に欠けています。

高度に個人情報がデジタル化されデータとして流通する現代社会にあっては、欧州連合(E)の一般データ保護規則(2018年)がそうであるように、データ主体である個人の権利を基本的な権利として位置づけ、データ主体の権利を明確に定めることが必要であるのに、そうした視点も規定も欠けています。また、プライバシー侵害や個人情報の流出が行われないように、独立機関による監督制度も必要なのに、個人情報保護委員会は政府からの独立性や権限が不十分です。「デジタル改革関連法案」に反対する法律家ネットワークが、この法案を「デジタル監視法案」と呼ぶのも決して誇張などではありません。

「監視資本主義」とプライバシー権

「Society 5.0」にせよ、「第4次産業革命」にせよ、これまで経験したこともないような進行中の「新しいデジタル社会」は、先述の経団連の描くような、AIやロボットに支配され、監視されることのない、単純にバラ色の未来社会というわけではありません。冒頭で言及した国連が挙げた喫緊の課題「デジタルテクノロジーのインパクト」の負の側面 として、近年特に、GAFAのような、ITを使った各種サービスの共通基盤(プラットフォーム)になるインフラを個人や企業等の「顧客」に提供する巨大事業者(ITプラットフォーマー)が社会に与える過度の影響について警告・告発する記事や書籍等が目に付くようになりました。

GAFAが保有する膨大なデータが外部に流出し、利用者らが被害を受けるケースもしばしばです。例えば、2018年3月、FBで提供されたクイズアプリを通じて、最大8700万人の個人データが流出していたことが発覚しました。また、2016年アメリカ大統領選挙の際には、ケンブリッジ・アナリティカという政治コンサルティング会社が、FBから取得した個人情報、感情の性質などの情報を活用して「説得可能な投票者」を抽出し、FBのマイクロターゲティング広告を使って、説得可能者の投票行動を変容させるよう働きかけたという事件も起こりました。GAFAが民主主義を錯乱させているともいわれるゆえんです。

GAFAなどの巨大プラットフォーマーは、無料のネットサービスを通じて利用者から膨大なデータ(情報)を収集し、それを囲い込んで独占的な地位を築くことにより、他の企業の新規参入を阻害したりしています。

さらに、社会心理学者のショシャナ・ズボフは、GAFAなどによって、①私たちの多種多様な膨大な情報が集積・編集・加工され、新たに、②各人の行動や人となりに関する情報(行動の予測)として収穫・生産され、それに基づいて、③他企業による新商品・サービスが開発・販売され、④私たちが消費者としてそれを購入させられるという一連のプロセスを、インターネットの大規模な「監視」に依存している市場主導型のプロセスと捉え、これを「監視資本主義」という用語で理論づけています。

ズボフは、「資本が自律的で個人が他律的な反動時代を創始した。一方、デモクラシーや人間の開花を可能にするには、その逆が求められるだろう。この危機的なパラドックスが監視資本主義の中核にある。それはすなわち、その独自の権力によって私たちを作り替える新たな種類の経済だ」と断じています。ここでは、私たちの「プライバシー(人としての自律的存在)」が、「作り替えられる」という形で侵害されています。憲法上の権利としてのプライバシー権を新たに理論武装して立ち向かう必要があるといえます。

【注】

根森 健

1949年、北海道出身。著書に、『資料集人権保障の理論と課題』(尚学社)、『日本憲法の力』(三省堂)、『安倍改憲・壊憲総批判 憲法研究者は訴える』(八月書館)など多数。