【論文】外国人労働者の子どもたちの学習権の現状と支援

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外国人労働者の子どもたちの学習権保障は海外と比較すると大きく遅れており、個別の法整備のほかバイリンガル教育や母語教育の実施など、大胆な改革が求められます。

進まない多文化教育政策

愛知県豊田市保見団地で2000年に初めてブラジル人学校の設立にかかわってから20年以上が経過しますが、この間、日本の学校教育における外国人児童・生徒の学習権保障をめぐる状況はほとんど変わっていないというのが率直な感想です。

日系ブラジル人・ペルー人(以下、日系人)が集住する団地として知られる保見団地で、地域での多文化共生の活動にかかわりながら、不就学・不登校の日系人の子どもたちが多数いることに気づき、彼らのための居場所づくりを始めたのがブラジル人学校設立のきっかけでした。当時、地域の小中学校では外国人の子どもたちへの十分な配慮や特別な指導がなく、学習についていけなかったり、いじめにあうなどして、日系人労働者の子どもたちの半数が不登校になっていました。

地域の学校に通う日系人労働者の子どもたちが急増した2000年前後、当時の市町村教育委員会や小中学校はどのように対応してよいのかわからず、手探りの状態でした。それから20年近くが経過し、日本語教育、多文化教育、バイリンガル教育に関する研究は進み、海外の先進的な取り組みに学んで日本でも応用できるモデル的な実践を紹介する研究も進んでいます。残念ながらそうした研究の成果が、実際の学校現場にはほとんど活かされていないのが実状で、日本の学校教育は世界の多文化教育やバイリンガル教育から大きく遅れつつあります。これは、日本における女性の社会参加や環境問題への取り組み、社会のIT化が世界から大きく遅れているのと同様で、小手先の対策ではなく、抜本的な改革が必要となっています。

この20年間の関係者の努力や実践の成果、研究成果を踏まえた施策が展開されてきたならば、現在の日本の学校教育では、バイリンガル教育や母語教育が実施され、それを担う新たな教員免許制度が作られ、教員養成課程においてはすべての教員志望者が「外国人児童・生徒への対応」について学ぶ科目が設けられたに違いありません。

日本人のための学校教育

こうした多文化共生のための政策が日本の学校教育において遅々として進まない原因は、現場の努力不足や研究の遅れではなく、明らかに政治の問題です。日本の政治が、日本の学校教育の国際化やグローバルスタンダード化を阻んでいると言えます。日本社会では、多文化共生の重要性は叫ばれても、永住外国人の地方参政権の議論はほとんど進まず、朝鮮人学校に対する差別的な処遇が今日でも行われていることに象徴されるように、多文化共生の社会と呼ぶには程遠い状況にあります。近年は外国人を日本社会から排除しようとするヘイト・スピーチが行われ、外国人排斥運動も活発化しています。

こうした社会における多文化共生がなかなか進まないなかで、教育だけが外国人労働者や子どもたちに開かれるはずはありませんが、教育固有の課題として指摘しておかなくてはならないのは、日本の学校教育が依然として日本人(日本国籍を有する)の子どもを対象としているという点です。外国人児童・生徒の学習権保障を規定する個別の法律はなく、憲法第26条や教育基本法も「国民の育成を期して行われなければならない」と規定し、学校は基本的に日本人の教育のための機関とされています。これだけ多くの外国人の子どもたちが学校に在籍しながら、外国人教育法やバイリンガル教育法のような法律が存在せず、現行法の枠から外れる子どもたちに、慈恵的に対応しているのが現状です。

とはいえ、日本政府が批准している子どもの権利条約は第29条1-(C)で「児童の父母、児童の文化的同一性、言語及び価値観、児童の居住国及び出身国の国民的価値観並びに自己の文明と異なる文明に対する尊重を育成すること」と規定し、国境を超える子どもたちへも教育権・学習権を保障することを求めていますが、これが国内法に代わることはできません。

日本語教育と母語教育の課題

以上のような法制度上の問題は、当然、外国人児童・生徒のための具体的な教育内容や方法に影響を与えますが、日本語の学習や母語保持をめぐって大きな課題があることを指摘することは重要です。一つは、外国人の子どもたちへの日本語教育が量的にも質的にも不十分で、これが原因で多くの不登校の子どもが生まれているということです。ジム・カミンズらの欧米のバイリンガル教育研究の成果によると、外国人の子どもがネイティブスピーカーの子どもたちの言語レベルに達するためには、5~7年の特別な配慮が必要で、教科内容重視(コンテントベースト)の質の高い第二言語教育も必要なことは学術的に明らかとなっていますが、日本の学校教育における日本語教育はそのようになっていません。せいぜい特設の国際学級での1~2年の特別の配慮だけで、質的にも教科内容重視となっていない場合が多く、その結果、低学力の問題が生じています。

もう一つは、母語教育が行われていないことです。母語教育の重要性は、こちらも欧米のバイリンガル教育研究の中で明らかとなっていて、欧米では学校における外国人の子どもたちへの母語保障や学校外での継承語教育として母語教育が行われています。日本では母語教育はほとんど行われておらず、一部非正規のボランタリーな形で行われています。

すでにバイリンガル教育研究で明らかとなっている量と質の日本語教育と母語教育を行わずに、外国人の子どもたちが日本の主流の子どもたちに合流できるはずがありません。多くの子どもたちが低学力に陥り、高校進学率も約70%にとどまっています。

海外の先駆的事例と朝鮮学校の取り組み

ところで、バイリンガル教育実践と研究が進むアメリカでは、今どのような先進的な取り組みが行われているのでしょうか。

筆者は、アメリカ・イリノイ州・アバナ学区のバイリンガル教育プログラムを定点観察してきていますが、教科内容重視(コンテントベースト)の英語教育やイマージョン教育(第二言語で教科学習をはじめ第一言語使用率を高めて最終的には二言語使用者に育てる教育)がごく普通に行われ、大学で多文化教育・バイリンガル教育の専門資格を取得した専門性の高い教師が授業を担当しています。また、近年、デュアルランゲージ(二重言語)プログラムが主なプログラムになりつつあります。アメリカのネイティヴスピーカーの子ども10人と、外国人の子ども10人を一つの学級に編成してバイリンガルに育てる方法で、双方向のバイリンガル教育とも呼ばれます。外国人の子どもたちに同化を求めるのではなく、アメリカの子どもたちも二言語使用者になる機会を保障するこのプログラムは、まさに対称的な関係性に基づく多文化共生の取り組みと言えます。

欧米におけるこうした質の高いバイリンガル教育は、日本においてはほとんど見られませんが、意外にも朝鮮学校における朝鮮語による教育(イマージョン教育)は、日本におけるバイリンガル教育プログラムとして特筆すべきだと思います。児童・生徒の家庭内言語や社会では日本語が使われるなかで、朝鮮学校の子どもたちは学校内では徹底して朝鮮語を使い、日本語以外の教科において朝鮮語で学力を身につけています。朝鮮大学校以外の日本の大学を受験する生徒は、朝鮮語から日本語へ転移させる努力を行い、結果として多くの生徒がバランスのとれたバイリンガルとなり通常の大学受験にも合格して、日本の大学に通うようになります。在日朝鮮・韓国人の戦後史において、朝鮮学校の朝鮮語による教育は必ずしも優れたバイリンガル教育として自覚的に取り組まれてきたわけではありませんが、結果として、日本において最も成功している事例と言えます。

こうした朝鮮学校の成功事例は偶然の結果ではなく、植民地支配により、長い間言語を奪われてきた朝鮮民族が、日本社会の中でも民族の文化や言語を失わずに生きていくために闘ってきた努力の賜物と言えます。これからの外国人労働者の子どもたちの教育のあり方を考えるとき、こうしたオールドカマーの実践や経験から学ぶことも必要であると思われます。

*オールドカマー:1980年代以降急増し定住した外国人(ニューカマー)に対し、日本の植民地支配と第二次世界大戦を契機に日本に定住するようになった在日韓国・朝鮮人や中国人をオールドカマーと呼ぶ。

▶ブラジル人学校「パウロ・フレイレ瀬戸校」
野元 弘幸
  • 野元 弘幸(のもと ひろゆき)
  • 東京都立大学教授

専門は社会教育・生涯学習、多文化教育、防災教育。1989年から1991年のブラジル留学の後、愛知県の日系ブラジル人コミュニティにかかわりながら、多文化・多民族教育研究を行う。

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