【論文】コロナ禍と復興災害


コロナ禍のもとで災害が発生した場合、避難はこれまで以上に困難となり、災害と病気の両面で被害が拡大する危険性があります。この機会に避難所のあり方を根本的に改善する施策が急務です。

本稿執筆時点(2021年4月)で新型コロナウイルス感染が第4波を迎えています。感染者数が急増し、変異ウイルスが数種類確認されており、新しい段階に入ったともいわれる状況にあります。この1年あまり新型コロナウイルスに翻弄されながら、国は的確な対応をとろうとはせず、緊急事態宣言の発出や新型インフルエンザ等対策特措法改正による新しいまん延防止措置などの対応を行っていますが、いずれも芳しい成果を収めるには至らず、またワクチンの確保も諸外国に比べて格段に少なく、医療従事者等への接種がようやく始まった段階にとどまっています。大阪・兵庫などの地域では医療体制がひっ迫し、極めて危機的な状況にあります。

このようなコロナ禍の下で地震や台風、豪雨などの自然災害が襲った場合、人々の安全は確保できるでしょうか。災害の被害を最小限にとどめるという意味で減災が強調されてきました。感染症との複合災害を想定する場合、問題となるのは災害で一命をとりとめたもののその後の避難や復興の過程で襲ってくる災厄です。筆者はかねてから復旧・復興過程で生命・健康・財産などの被害発生に注目しこれを復興災害と呼んできましたが、コロナ禍で自然災害が発生した場合にもこの復興災害が懸念されます。

コロナ対策

これまでのところ、新型コロナに対する確実な治療薬は見出されておらず、ワクチン接種が重要対策ですが日本ではその取り組みが極めて遅い。目下のところ、3密回避など人と人との接触機会を減らし感染拡大を抑えるという手立てしか講じていません。この方法による拡大防止は一定の効果がありますが、一時的な対症療法であって、接触機会が増えれば感染拡大も元に戻る、いわばいたちごっこになるという基本的な弱点があります。日本では過去1年あまりそれを繰り返してきたといってよいでしょう。専門家の指摘するPCR検査の飛躍的拡大、感染者の隔離・治療といった科学的知見に基づく対策を本格的に実行しないまま、自粛要請に終始してきたのです。

幸いにして欧米に比べて感染者数はけた違いに少ないですが、その原因(ファクターⅩ)はいまのところ明らかではありません。感染者数が欧米に比べて少ないにも関わらず医療体制はひっ迫しており、今後欧米並みの数万人、数十万人といったレベルに感染が拡大すれば、社会が崩壊するでしょう。

避難所対策

こうした事態に対して国はどういう対応をとっているのでしょうか。内閣府・消防庁・厚生労働省共同の通知(2020年5月21日)は、「新型コロナウイルス感染症の現下の状況を踏まえ、災害が発生し避難所を開設する場合には、感染症対策に万全を期すことが重要となっており、『避難所における新型コロナウイルス感染症への対応について』(令和2年4月1日付け府政防第779号他)及び『避難所における新型コロナウイルス感染症への更なる対応について』(令和2年4月7日付け事務連絡)等を発出した」と述べ、「新型コロナウイルス感染症対応時の避難所全体のレイアウト・動線、健康な者の滞在スペースのレイアウト、発熱・咳等の症状が出た者や濃厚接触者をやむを得ずそれぞれ同室にする場合のレイアウトの例について作成」したとして、健康な者の滞在スペースとして図のような例を示しています。家族単位で区画を設置し、区画間は1メートル以上あけることとする。また発熱・咳のある者は、「可能な限り個室」、難しい場合は専用スペースを確保し、それも困難な場合はパーテーションで区切る。濃厚接触者は個室管理、難しい場合は専用スペースとするとしています。そして、これらはいずれもすべて実施することが望ましいですが、災害時には困難が想定されるので、できる範囲で最大限実施することがのぞまれるといいます。

▶パーテーションルーム。(尾道市HPより)
出典:「避難所における新型コロナウイルス感染症への対応の参考資料について」2020年5月21日、内閣府・消防庁・厚生労働省

国の通知を受けて多くの自治体で新型コロナ感染症に対応した災害時の避難所運営についてガイドラインなどを定めていますが、早めの避難や避難所以外への避難、避難所での感染対策(マスクや手洗い、3密防止など)を列挙するにとどまっています。

東京都品川区の避難所運営マニュアル(2020年7月)では、避難所内の各諸室等の利用管理割り当てを、新型コロナウイルス感染症に対応した割り当てへの変更を検討することとしています。すなわち避難者を、ゾーンA・自宅療養者(感染者)、ゾーンB・濃厚接触者、ゾーンC・症状のある避難者、ゾーンD・一般避難者の4つに区分し、ゾーンごとに生活動線が交わらないようなレイアウトとし、ゾーンA・B・Cにおける利用スペースはゾーンDとは、完全に部屋を分ける等の配慮をしています。

広島県尾道市では避難者の密接を防ぐため、避難所内にパーティションルームや段ボール間仕切りを設置するとしていますが(写真)、多くの自治体では具体的な対策を打ち出しているわけではありません。

▶段ボール間仕切り。(尾道市HPより)

日本医師会も2020年6月「新型コロナ感染症時代の避難所運営マニュアル」を発表しており、以下のようにスペースの確保と換気の実施を強調しています。

  • 簡易ベッド(段ボール)とパーテーションを用いたゾーニングを行う。
  • 家族間の距離1メートル以上、ベッド間2メートル以上、ベッドの高さ35~37センチ以上の確保を目安とする。
  • トイレや手洗い場等集合スペースへの動線を明確にする。
  • 発熱者や濃厚接触者用の専用スペースを避難所から隔離された場所に設置。
  • 専用スペースは可能な限り個室とし、専用のトイレを確保する。
  • 食事や物品の受け渡しも、設置台を利用し、スタッフとの直接接触を避ける。
  • 食事は個別に配膳し、食事場所は互いに向き合わないよう椅子を配置。
  • 避難所2方向の窓・ドアを開けて空気の流れを作り、30分に1回以上、数分間窓を全開にする。

コロナ禍での避難所の困難

こうしたマニュアルは、あるべき方向を示したものとして重要ではありますが、実際にそのとおり実現することは容易ではありません。

国の通知を受けて、兵庫県は2020年6月、避難所運営のガイドラインを改定し、世帯ごとに2メートルの身体的距離を取り、3人家族で1世帯20平方メートルの居住面積を確保すること、距離が十分取れない場合は、世帯ごとに間仕切りを設置することとしました。ところが、県内41市町が想定する最大規模の地震が発生した場合、予想される避難者数が20市町の指定避難所で定員超過に陥る恐れがあることが分かりました(神戸新聞、2020年12月25日)。

また、災害時に高齢者や障がい者を受け入れる福祉避難所について、神戸市が福祉避難所となる市内の福祉施設を対象に調査を行い113カ所から回答を得ましたが、ほとんどの施設が感染防止を理由に「定員を減らす」と答え、避難者の人数ベースでは、113カ所で合わせて2086人を受け入れる想定であったところ、受け入れ可能な人数は904人と、想定の4割まで減ることが明らかとなりました。施設側からは「感染防止のためのスペースが十分に取れない」、「コロナで通常業務が増え、対応が難しい」といった声が寄せられているといいます(NHK、2020年12月22日)。

愛媛県松山市の高浜地区では、市が5月に作ったコロナ禍での避難所運営マニュアルをもとに、高浜小学校の体育館の定員を計算した結果、避難者が過ごす区画の間に2メートルのスペースを取って感染防止を図ると、定員が従来の約200人から80人程度まで減ることがわかりました。

そこで、地区内の全約2900世帯にコロナ対応をした場合の定員を記載した新たなハザードマップを配布し、アンケートによって避難所や親戚宅、ホテルなど、災害時にどこに避難しようと考えているかを把握することにしたといいます。つまり従来通りに被災者が詰めかけた場合対応不能になるため、避難先の分散を考えざるを得ないということです(朝日新聞デジタル2020年12月17日)。

コロナ禍で復興災害を避ける

復興災害の原因は災害後の対応のまずさにありますが、それを端的に示すのが災害関連死であり、近年の災害では直接死に対する関連死の比率の相対的な増加が指摘されます。

表 直接死と関連死

注:直接死には行方不明を含む。東日本大震災の直接死、関連死は2018年3月現在。警察庁および復興庁。熊本地震の直接死は、直後の水害犠牲者5人を含む。朝日新聞(2018年4月14日)。西日本豪雨は朝日新聞(2019年7月7日)による。筆者作成。

東日本大震災は2万人以上の死者・行方不明者を出しましたが、注目すべきは直接的な人的被害だけでなく、関連死・孤独死・自殺などの間接的な人的被害も大きいということです。これらは地震や津波による直接的な死亡ではなく、災害後に亡くなった人々です。特に、福島県では直接死よりも間接死のほうが多くなっています。原発事故によって余儀なくされた避難過程での死亡です。その後の熊本地震での関連死は直接死の4倍近い。

内閣府のとりまとめによれば、関連死の主要な原因は避難所への移動や避難所での生活にける心身への打撃にあります。コロナ感染が広がる前の状況でそうであったのですが、人と人の接触が感染拡大につながるコロナ禍のもとでは避難所における安全性の確保が一層厳しくなることが容易に想像されます。もっとも、コロナ以前にも避難所ではインフルエンザやノロウイルスによる食中毒などの感染症の発生がたびたび起こっていたのであり、避難所がそもそも健康な空間でなかったことを示しています。

実際、日本の避難所は戦前から最近に至るまでほとんど進歩がなく、極めて劣悪で非人間的な空間でした。学校の体育館などで毛布にくるまって密集した状態で雑魚寝し、食事は冷たいおにぎりやサンドイッチ、パンなど。トイレは極めて使いにくい簡易トイレでしばしば不潔です。こうした状況に何週間もおかれれば屈強な男性でも体調を壊しますが、病気を抱えた人々、高齢者、女性には耐え難いもので、健康を損ない、病気に増悪や関連死につながるのです。

避難過程におけるいまひとつの重要問題は「在宅被災者」です。災害で命は助かったものの、住宅が大きく破壊され、わずかに残った部屋で暮らす人々で、自宅にとどまっている彼らは、行政から「被災者」として認定されません。

さまざまな理由で避難所や仮設住宅に行かずあるいは行くことができずに、かろうじて残った1部屋で電気や水道、トイレや風呂が使えない状態で暮らす在宅被災者が発生する理由のひとつは、避難所がすべての被災者を受け入れる状態にないことがあります。先に述べたように、従来から日本の避難所の生活環境は極めて非人間的で、健康な人にとっても過酷です。持病を抱えた人や障がいのある人、介護を必要とする人々にとって快適ではなく、かえって苦しみが増す恐れがあり、避難所に行くことがためらわれてきたのですが、コロナ禍の状況で公的な避難所そのものが受け入れ人数を制限せざるを得なくなっています。行政は分散避難などを推奨していますが、必ずしも誰もが適切な避難先を確保できるわけではないため在宅避難者が増える可能性があります。

避難所に行かない在宅被災者や分散避難した人々も本来は被災者であり、支援を受けるべきですが、行政側も避難所にいる被災者のことだけで忙殺され、姿の見えない被災者を積極的に調べて支援する余力がありません。こうした被災者は、住宅が大きな被害を受けている場合、その後の仮設住宅や災害公営住宅などについても情報過疎など不利な立場に置かれ困難を抱えることになります。

おわりに

結局、コロナ禍における避難の問題の困難は、従前からの避難所・避難対策の欠陥を突く形で更なる困難を上乗せしてきているのです。コロナまん延状況で大災害が発生した場合の困難は想像を絶します。

しかし、仮にワクチン接種が進み、コロナ禍が収まったとしても従来からの避難所対策が抱える悪弊は存続します。コロナ禍が突き付けた条件はいわば人間的な避難所空間の水準であり、雑魚寝・おにぎり・不潔トイレなどの現在のきわめて劣悪な避難所の水準を、速やかに国際水準へ引き上げるべきです。

塩崎 賢明

1947年川崎市生まれ。京都大学卒、神戸大学教授を経て立命館大学教授。阪神・淡路大震災を契機に、復興まちづくり、住宅復興研究に取り組む。住宅復興研究で2007年度日本建築学会賞受賞。日本住宅会議理事長、NPO西山夘三記念すまい・まちづくり文庫理事、兵庫県震災復興研究センター代表理事。