地方自治体で働く非正規公務員や自治体の発注する仕事で働く労働者(以下、公務非正規と総称)の直面する問題についての調査・研究のほか、公契約条例の制定運動に北海道で取り組んでいる川村雅則さんに、「調査活動」の重要性をQ&A形式でまとめていただきました。
公務員数削減と民間化
─非正規公務員が増大しているほか、民営化や業務委託など(以下、民間化)も進んでいます。まず、背景の説明をお願いします。
もともと日本は、人口当たりの公務員数は非常に少ない国です。この公務員抑制の上に、「定員の適正化」という名の人員削減や、コスト削減から営利化への展開をみせる民間化が進みました。
例えば、自治体職員の定員の適正化の結果を、総務省「地方公共団体定員管理調査」でみると、正職員数は1994年の約328・2万人から2016年まで一貫して減少、その後横ばいですが、ピーク時に比べると52万人の減です。それでも、住民からの行政サービス需要は増加・多様化していますから、何らかの対応が必要です。保護法制を整備せぬまま、臨時・非常勤職員(非正規公務員)の野放図な活用が選択され、さらに民間化も活用されていきます。民間化の目的は、当初のコスト削減から、逆に、営利追求の面が前面に出てきているのではないでしょうか。公的サービスの産業化、公共サービスイノベーションなど政府の打ち出す政策や、民間活用により逆に経費が増大するなどの事態をみているとそのように感じます。
公共サービスの量と機能を拡充させて市民生活の充実を図り、その担い手には真っ当な雇用と賃金を保障するのか、それとも、現状がそうであるようにその逆を選択するのかが問われているのではないでしょうか。
─そういう問題意識を前提に、北海道での調査活動についてお話しいただけますか。
公務非正規の問題に限ったことではありませんが、政策の提起にせよ、労働組合の運動にせよ、ベースには根拠となる事実があります。調査だけで何かが変わるわけではありません。しかし、事実の把握なくして、政策も運動も力をもたないと思うのです。しかも、理解や共感を広げようとするなら、事実の可視化は不可欠の作業だと思います。
ましてや労働組合にとってこの作業は、まだ組織されぬ労働者へのアプローチという側面もあります。調査を通じて、当事者へのアプローチを実現し、そして自らの認識も進化させていく─そういう面からも調査活動を重視しています。
非正規公務員→建設労働者→公共民間労働者(業務委託、指定管理)の順に話を進めていこうと思います。調査結果だけではなく、調査の内容や方法に焦点をあてます。詳細は、末尾に示した「北海道労働情報NAVI」への掲載原稿をご覧ください。
会計年度任用職員制度導入の今こそ当事者へのアプローチを─非正規公務員調査
非正規公務員の本格的な調査を始めたのは、「連合北海道」と共同で行った2009年の非正規労働者調査です。このとき、自治労道本部の協力で有効回答数が3000人を超える大規模アンケート調査を行いました。その後、各地方都市で、当局・労組・非正規職員当事者からの聞き取りやアンケート調査を重ねてきました。不安定な任用(雇用)や低賃金など民間非正規に共通する特徴だけでなく、任用と任用の間に空白期間をおかれたり、勤務に年数上限を設けられたりするなど、自治体側の裁量で自由に雇われる不条理な姿が浮き彫りになりました。時間外労働の支払いはおろか交通費さえ支給されない自治体も珍しくありませんでした。
こうした調査は、法制度改正の賜物とされる会計年度任用職員制度が2020年度から導入された今こそ、必要ではないでしょうか。当事者たちの「声」を通じて制度の問題点を「告発」する労働組合の力強い取り組みが求められています。
●政府・総務省による調査データの活用
─当事者へのアプローチが大切ですね。
はい。同時に、基礎データの整理も大事です。これには、総務省による臨時・非常勤職員調査データの利用をおすすめします。
一部事務組合を含め全国の自治体当局を対象にした総務省調査は、頻度も内容も不十分ですが、有効に活用すべきです。非正規公務員の人数、勤務時間数、時間あたり賃金、任用にあたっての自治体の考え方などが調べられています。これらは、かけあわせて集計することで、例えば職種別の人数や、職種別の賃金などを明らかにもできます。
北海道の団体数に比べれば、少ない他県での作業は容易ではないでしょうか。あるいは、集計などせずとも、自治体別の一覧表をそのまま掲載してもよいでしょう。自分の住む町で非正規公務員がどんな職種でどの位の人数がどのような労働条件で働いているのか、市民に可視化しましょう。
冬になると失業を余儀なくされる建設・季節労働者の調査
テーマを建設に移します。公契約運動を意識して話します。
積雪寒冷という気候条件ゆえ、冬になると失業を余儀なくされる季節労働者が北海道には数多く働いていました。ピーク時(1980年度)には30万人で、そのおよそ7割・20万人が建設業で働く季節労働者でした。彼らは、冬の間は、雇用保険の特例一時金でしのぐか、出稼ぎに出るなどして対応せざるを得ません。公共工事の削減など厳しい状況下で就労機会を減らし、雇用保険の受給資格を喪失する者も出ていました。こうした問題に対し建設労働組合(道季労(北海道季節労働組合)、旧・建設一般(現・建交労))と研究者によって季節労働に関する調査・研究が取り組まれ、公共工事現場で働く労働者でも低い労働条件であることが、数千人単位の大規模調査で明らかにされてきました。
●公共工事現場での賃金調査
建設産業で高齢化と担い手不足が顕著な今こそ、広くこうした実態把握が求められているのですが、残念ながら、季節労働者へのアプローチが非常に困難になっております。それでも、こうした大規模アンケートとは異なる手法での実態把握の方法があります。公共工事現場を訪問しての、労働者への賃金調査です。この調査の手法は、建交労の皆さんにならったものです。
2015年に旭川市で行った調査では、計13現場の101人の賃金状況を明らかにして、「公共工事設計労務単価」(以下、設計労務単価)─公共工事の場合には、国土交通省と農林水産省によって行われる「公共工事労務費調査」に基づき設計労務単価が決定され、それが予定価格の積算に用いられます─との比較を行いました。結論からいえば、比較ができた支給賃金の水準は、設計労務単価比で7割程度にとどまりました。工事の品質確保のためにも担い手の確保が不可欠であることが強調され、労務単価は2012年度を底にして毎年政策的に引き上げされていますし、入札・契約制度の改善が発注者に促されているのに、です。小規模な調査ですが、こうした結果をもって議会への陳情活動などを行いました。
公契約条例の制定運動と調査活動
話は前後しますが、札幌市では、当時の市長が公契約条例案を札幌市議会2012年第1回定例会に上程しました。結論からいえば、条例制定はかないませんでしたが、パブリックコメントが募集された前の年あたりから公契約に関する調査・研究、条例制定に向けた実践(以下、公契約運動)へ傾斜し、条例否決後には、同様の取り組みを旭川市でも展開して、2016年12月の理念型条例の制定に貢献しました。先の工事現場調査はその一つです。札幌や旭川で取り組んだ調査からいくつかをご紹介します。
*理念型条例:行政や地域の基本的考え方や姿勢、枠組みを提示する条例。
●民間化が引き起こしているもの─民間委託労働者の実態を調べる
─民間化に対する市民の警戒感は薄く、好イメージさえもたれています。
民間が安いのは事実です。安くなるからこそ民間化は選択されます。ただ、その安さとは何によって実現しているのか、そのことを明らかにする作業が必要です。とはいえ、直接雇われている非正規公務員以上にそれは難しいです。発注後のことは把握していない自治体が多数でしょうから。その克服が必要です。
●民間委託清掃(ごみ収集)労働者の労働条件
エッセンシャルワーカーとしてコロナ下で注目されたごみ収集の仕事に従事する労働者調査を2011年に行いました。当時の調査結果ですが、札幌市の場合、直営は全員が正規雇用であるのに対して、委託分野では、全員を正規雇用で雇うことはできず、常時・直接雇用している非正規雇用(全体の3~5割)のほかに、「人材紹介」が使われていました。委託料の低さに加えて、曜日によるごみの量の変動がその背景にあります。
労働者アンケート調査も実施してみましたが、非正規雇用の場合、全体の6割が、年収(税込み)200万円未満で、他にアルバイトをしなければ生活できないという声が聞かれました。正規雇用でも収入は低く、全体の3分の2が350万円未満に収まっていました。こうした状況は基本的に変化なく続いており、勤続20年を超えても年収で300万円という収入水準のため人が集まらないという声が今年の学習会でも聞かれました。地方都市で働く委託清掃の労働者から話を聞く機会も別にありましたが、みな年収は200万円台でした。
ほかにも、①市の庁舎清掃で働く労働者の雇用や賃金を調べた、建交労元委員長による詳細レポートがあります。彼らのほとんどが最低賃金に張り付いた状況でした。建交労の皆さんは今も毎年、庁舎や地下鉄駅構内で働く清掃労働者に直接アプローチして調査活動を続けています。②公立学校で日本人教師と一緒に英語を教えたり異文化交流を担当しているALT(Assistant Language Teacher)というネイティブの労働者の、民間委託による低賃金・不安定雇用問題がローカルユニオンである札幌地域労組から提起されています。
●指定管理者の雇用、賃金実態を調べる
指定管理の問題も調べました。2003年地方自治法の一部改定によって導入された指定管理者制度の目的は、多様化する住民ニーズへの対応や民間能力の活用が喧伝されました。
しかし、我々の調査では、職員の雇用は不安定で、賃金は低賃金でした。例えば、札幌市内の指定管理者施設の長を対象に2010年に行ったアンケート調査結果を紹介しますと、正規雇用は3割に過ぎず、年収は、フルタイム型の非正規雇用の9割超が300万円未満でした。フルタイム型非正規には6割の施設で月給制が採用されていたものの、3分の2の施設で昇給がありませんでした。ヒアリング調査でも、指定管理料の低さや指定管理期間の短さを訴える声が聞かれました。
2012年に行った児童会館施設で働く指導員調査(有効回答約500人)でも、同様の問題が明らかになり、当時、地元の新聞で紹介された記事には、「市の仕事で貧困、悲痛/指定管理者の低賃金、制度見直しの声も」(『北海道新聞』2012年9月6日付朝刊)というタイトルが付けられました。対自治体という観点では、労働者だけでなく、事業者(指定管理者)や施設長との共同が可能だと感じました。施設の住所などは公開されていますから、訪問も調査票の郵送も容易です。
●賃金の決定基準を調べる
─公務や公契約の現場で何が起きているかを明らかにすることが大事ですね。
はい。例えば公契約条例の制定を提起するにせよ、いかなる根拠に基づいているのか、それぞれの地域の具体的な事実、問題点を示しながら提起することが大事であり、そのために現場に入っていくことが必要です。
ところで、そういっておきながら矛盾するようですが、現場に入らずともできることがあります。発注者である自治体がそもそもどういう条件で発注を行っているか、とくに当該事業で働く労働者の賃金算出根拠に何を用いているのか、またその金額は具体的にいくらであるかを把握する作業です。
─どういうことでしょうか。
自治体は事業を発注する際に、予定価格を組むことになります。工事の場合には、先に述べた設計労務単価が予定価格の積算に用いられます。「労働者への支払い賃金を拘束するものではない」ことが強調されるのですが、この単価をいわば「モノサシ」に使って、実際の支給賃金のそこからの乖離を問題視してきたわけです。
では、工事以外の、委託業務や指定管理では、どのような賃金算出根拠が使われ、その金額はいくらなのかと関心をもって2017年に調べてみたのですが、難儀しました。単価一覧表のようなものが契約課で整理されているのかと思いましたら、それぞれの事業の担当課で決められていました。
そこで、事業の性格を念頭において、当該自治体が実施している事業の中からいくつかをピックアップして、賃金算出根拠と金額の情報開示をお願いしました。すると、①公共工事設計労務単価や建築保全業務労務単価など国が定めた単価が使われているケースはまだよいのですが、②当該自治体の臨時・非常勤職員(非正規公務員)の賃金であったり、③その他の積算根拠であったり、④相見積もりでの決定やそもそも人件費の積算根拠が不明なケースなどに区分ができました。
*相見積もり:複数の取引先に同じ条件で見積もりを出させ比較すること。
予定価格を積算する際にこうした不適切な賃金算出根拠が使われていれば、競争入札制度を経て、実際の支払い賃金がそこからさらに低くなるのは必至です。自治体はもちろんですが、それを座視している議会の責任も重いです。現場に出ずとも、また、全数調査でなくとも、可能な調査なのですから、労組や議員にはぜひ取り組んでいただきたい。
調査によって自治体の姿勢を変える
─さまざまな調査方法があるものですね。ただ、お金も人手もない中での調査活動は難しくはないでしょうか。本来こうした調査は自治体自身が行うものではないでしょうか。
おっしゃるとおりです。もっとも、公契約の適正化には消極的な自治体が多く、条例制定どころか内規策定の予定もないケースが多い。そういう状況下で、小規模な調査であっても、それが適正な手続きで行われ、一定の成果をあげられたなら、行政や議会も耳を傾けざるを得なくなるのではないでしょうか。理念型条例が制定された旭川市でも、公契約に関する方針(内規)が2008年に策定されていて、この政策領域では先駆的な自治体として紹介されていました。独自の賃金調査も行われていました。ただ、それでも先のような実態があることを小規模ながら明らかにし、条例制定を後押ししたわけです。
●事業発注後の状況を自治体自らが調査する意義
条例が制定された旭川市では、2019年度から大規模な賃金調査が開始されています。事業者ルートでの調査ではありますが、期間内に行われた市発注の500万円以上の建設工事で働く労働者の賃金データを回収し、得られたデータの詳細分析のほか、事業者からの聞き取りも抽出で行われています。
一方の札幌市では、民間委託業務の一部や指定管理の分野で雇用・賃金調査が行われており、それは貴重なデータです。ただ、工事分野に限っては、ようやく2020年度から賃金調査が開始されることになったという状況です。そもそも札幌市では、公契約条例を提案しておきながら、指定管理者制度の導入により、4年間で約66億円の財政削減効果のあったことを当時のパンフレットで喧伝するなど、整合性に欠ける姿勢でした。
市民参加や政策立案・提言強化などをうたった議会基本条例や自治基本条例が多いものの、どれだけ内実が伴っているのか、議会や首長の姿勢が厳しく問われます。その上で、国からの地方行政改革圧力の下で苦しい立場に追い込まれている面もある自治体と緊張感をもって対峙し、住民の暮らしを守る砦に自治体を変える、そんな展望をもった公契約運動の取っ掛かりとして、発注行政を検証する調査活動をおすすめします。
─最後に、各地の取り組みについてひと言をお願いします。
研究者という仕事の性格上、調査の意義を力説してきましたが、過大な評価には注意が必要です。調査を活動全体のどこに位置付けるかなど戦略的に考えた上で行わなければ調査のための調査に終始してしまう危険性はあります。
ただそれでも、調査というのは問題の可視化だけでなく、つながりをつくる契機になります。それは労働者だけでなく、本日話すことのできなかった事業者についても同様です。事業者訪問・対話などされている労働組合のみなさんならなじみがある活動ではないでしょうか。調査には、地域の研究者・研究機関という社会資源も活用して、プロジェクト方式で組織的に行うことをおすすめします。
最後に、まずは始めてみませんかと提案します。そして、調査で得た情報や調査のノウハウは地域を超えて共有しませんか。ローカルセンターごとに情報発信基地を作りましょう。私たちも試行的に始めています。ぜひのぞいてみてください。