【論文】誰が、何の目的で、どのように使うのか―「自治体DX推進計画」と自治体デジタル政策の課題


総務省の「DX推進計画」は、行政の公正性を脅かし、住民サービスを大きく後退させるおそれがあります。デジタル政策は国のトップダウンではなく、住民の熟議と合意で決めるべきです。

本稿は、総務省の「自治体DX推進計画」を地方自治の視点で検証し、今後、自治体においてデジタル政策を策定するにあたっての課題を提起します。

デジタルの技術は、人類が生み出した最新の技術です。地方自治体においてもこの技術を有効に活用して「住民の福祉の増進」(地方自治法第1条の2)を図ることが必要です。

しかしデジタルの技術は未完成であり、セキュリティも万全ではありません。誤った使い方をすれば住民に重大な被害をもたらします。デジタルの技術は、誰が、何の目的で、どのように使うのかが問われています。

政府は、社会全体を「デジタル化」する司令塔として、首相をトップに強力な権限をもつデジタル庁を2021年9月に発足させました。政府が推進する「デジタル化」戦略は、国と自治体のあり方や公務の役割を根底から変えようとするものです。総務省は「自治体DX(デジタル・トランスフォーメーション)推進計画」(以下「DX推進計画」)(表1)と、計画を推進するための「手順書」を策定して、国の「デジタル化」戦略を自治体に実施させようとしています。

表1 DX推進計画重点取組事項

出所:総務省「自治体DX全体手順書」より

国は「自治体版デジタル庁」を設置させようとしている

総務省は、国の「デジタル化」戦略を自治体に貫徹させるために、デジタル庁の出先機関となる「自治体版デジタル庁」ともいうべき体制をつくらせようとしています。「DX推進計画」では、「仕事の仕方、組織、人事の仕組み、組織文化・風土そのものの変革も必要となる中、首長自らがこれらの変革に強いコミットメントをもって取り組む」として首長が強力な主導権を発揮するべきとし、首長の下に新たにCIO(最高情報責任者=Chief Information Officer)とCIO補佐官のポストを設置するよう求めています。(表2)

表2 DX推進体制について

出所:総務省「自治体DX全体手順書」より

「手順書」では「CIOは、いわば庁内マネジメントの中核であり、庁内全般を把握するとともに、部局間の調整に力を発揮することができるよう、副市長等であることが望ましい」とし、CIO補佐官は「外部人材の活用を積極的に検討する」としています。首長、CIO、CIO補佐官によるトップダウンの体制のもとに「情報政策担当部門」「行政改革・法令・人事・財政担当部門」「業務担当部門(特に窓口担当部門)」においても、DXを推進する体制の整備と民間人材の活用を求めています。

利害関係のある企業から人材を要職に登用

「手順書」では「CIO補佐官等として外部人材を活用する際には、地方公務員として任用する場合と、私法上の業務委託を行う場合が主に想定される」としています。CIO補佐官等に外部人材を活用する場合、特別交付税として2分の1を措置するなど、財政誘導も図っています。

CIO補佐官などに民間人材を特別職非常勤や私法上の業務委託で登用する場合、地方公務員法(以下、地公法)の服務規定(守秘義務、兼業禁止など)が適用されないことから、公務の公正性が確保されるのかが大きな問題になります。総務省は、CIO補佐官等について「特別職非常勤で就く場合には、自治体の意思決定には関与しない」としています。しかしCIO補佐官等は強力な権限を持つ首長やCIOと結びつくことにより、事実上、自治体の業務全般に強大な影響力を持つおそれがあります。また、私法上の業務委託でCIO補佐官等につく民間人材は、自治体とは雇用関係になく、公務の公正性が確保される保証はありません。登用した民間人材の出身企業について入札の参加を制限することが必要となりますが、総務省はすべての対応を自治体に丸投げしています。

「任期の定めのない常勤職員の原則」に反する

総務省が「DX推進計画」で推進する民間からの人材登用は、当人が「全体の奉仕者」(憲法15条2項)として定年まで公務員として働くことは全く想定していません。企業と自治体を自由に行き来するリボルビングドア(回転ドア)のように、軸足は民間企業に置いたまま自治体の業務に就くことのできる勤務形態になっています。公務員に課せられている公的な規制を回避するための手法であると言わなければなりません。

企業の側も、限られた人材を割いて社員を自治体に送り出すことから、何らかの見返りを求めてくることが考えられます。送り出された社員は企業からの「特命」を帯びており、住民の利益よりも、自らが所属する企業や業界の利益を考慮して働くことになりかねません。自社に有利になる内容で自治体のデジタル政策を策定、実施することもあり得ます。自治体と企業の利益相反は避けられません。

そもそも憲法に基づく公務員の勤務形態の大原則は、「任期の定めのない常勤職員」という点にあります。行政が特定の企業の利益で歪められず、公正に行われるためには、「全体の奉仕者」として職務に専念する勤務条件にすることが必要不可欠です。地公法が定める服務規定の遵守が担保できる任用を行わなければ、公務の公正性が確保されないどころか、自治体がデジタル企業によって支配されるようになるおそれがあります。

公務の公正性を確保し、住民と職員の意見が反映される体制に

自治体においてデジタル政策を取り扱う体制を設けるにあたっては、首長とCIO、CIO補佐官など一部の幹部職員に権限を集中させるトップダウンの体制ではなく、それぞれの業務を担当する職員や、住民の意見が適切に反映される体制を整えなければなりません。業務の中枢を担う幹部には、「全体の奉仕者」として職務を遂行することが義務付けられている「任期の定めのない常勤職員」を配置することを基本にすべきです。民間から登用した人材の職務は、自治体への助言にとどめ、意思決定には直接関与せず、職員に対しても業務上の指示を行わせないようにしなければなりません。デジタル技術に精通する職員が必要であれば「任期の定めのない常勤職員」として採用し、地方公務員として定年まで公務に専念できる勤務条件を確保すべきです。デジタル技術に精通する人材は、企業からの一時的な借り物で済ませるのではなく、専門職の正規職員として採用し、中長期的な視点に立って育成することが必要です。

個人情報保護の規制緩和・撤廃を許さない

自治体は、個人情報保護条例を設けて国の個人情報保護法よりも厳しい独自の規制を行い、住民のプライバシー権を守ってきました。個人情報保護条例では、①住民からの個人情報の提供は本人の同意に基づく、②提供した目的以外には使用しない、③自治体から外部には提供しないことを原則とし、例外は各自治体が第三者の学識者を加えて設置する個人情報保護審議会で個別に審議して取り扱いを決めてきました。しかし国は、各自治体の個人情報保護条例に基づく運用が「官民や官同士での円滑なデータ流通の妨げになっている」とし、国として「統一ルール」を定め、個人情報の取り扱いを国の個人情報保護委員会に一元化するとしました。自治体には個人情報保護条例の見直しを求めています。

また、国はさまざまな特典をつけてマイナンバーカードを住民に取得させようとしていますが、カードを利用すれば個人情報がヒモ付けされ、本人の同意もなしに情報が権力や民間企業に流用されることになります。病歴や受診歴、買物履歴、スマホの検索履歴などを通じて、やがては趣味嗜好、交友関係、支持政党、思想信条などのプライバシー情報が集積され、権力や企業にプロファイリング(人物の個人情報や過去の行動を分析し、今後の行動などを推測すること)されてしまいます。個人情報とプライバシーの権利を守るために、個人情報保護の規制緩和や規制の撤廃を行わせないようにすることが必要です。

新しい情報システムでも、独自の住民サービスを守る

自治体は、地域の特性や住民のニーズに応じて独自の住民サービスを実施しています。子どもの医療費無料化、市町村民税や国民健康保険料・介護保険料の減免、学校給食費の無料化などがその例です。

ところが国は「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律(標準化法)」に基づき、住民サービスに関わる情報システムは国が定める「標準」に適合させることを自治体に義務付け、カスタマイズ(独自の仕様変更)は原則禁止するとしています。(表3)複数の自治体が同一のシステムを共同で利用する「クラウド化」も進めるとしていますが、先行して「クラウド化」を進めている自治体では、独自の住民サービスを行わなくなる事例が生じています。富山県上市町では、国民健康保険や医療費の情報システムについて、隣接する7市町と共同してクラウドを利用しています。町議会で議員が、3人目の子どもの国保税を免除することや、65歳以上の重度障害者の医療費窓口負担を免除することを町独自に実施するよう提案しましたが、町長は「町単独でカスタマイズすることは、経費の軽減に向けて(クラウドを)導入した決定意思に反する(コストがかかる)」として拒否しています。滋賀県湖南市の市長は、「事務については無理にカスタマイズするよりは簡素化を図って業務を減らしていくことも大事だ」と議会で答弁しています。国が情報システムの「標準化」や「クラウド化」を押し付ければ、独自の住民サービスをやめる自治体が広がるおそれがあります。

表3 国が標準化の対象に指定する17業務

地方自治法2条13項は「法律又はこれに基づく政令により地方公共団体が処理することとされている事務が自治事務である場合においては、国は、地方公共団体が地域の特性に応じて当該事務を処理することができるよう特に配慮しなければならない」と義務付けています。国会でも政府は「工夫をしてもなお地方自治体の独自のサービスを提供できない場合には、標準準拠システムについて必要最小限度のカスタマイズはやむを得ないとは考えますが、なるべくそのようなカスタマイズをしなくても地方自治体の独自のサービスを提供できるような対応をしてまいりたい」(2021年衆議院内閣委員会・平井デジタル改革担当大臣)と答弁しています。各自治体が独自の住民サービスを実施できるように標準仕様を設定させなければなりません。標準仕様に適合させるだけでは独自の住民サービスが実施できない場合、自治体にシステムの追加やカスタマイズができる権利を認めさせることも必要です。独自サービスを行うのに必要な費用については、国の責任で財政支援を行うべきです。クラウドを利用する場合でも、それぞれの自治体の独自性を尊重し、個別の自治体が独自の住民サービスを実施できるようにすることが必要です。「クラウド化」に乗じて、独自の住民サービスをやめることがあってはなりません。

対面の窓口を存続させ、セーフティネット機能を維持する

国は、自治体の窓口における各種手続きについて、オンライン化を進めるとしています。オンライン化で住民の利便性が向上するのであればよいのですが、政府はオンライン化に乗じて窓口業務の無人化、廃止を進めようとしていることに注意をしなければなりません。総務省のデジタル担当者や民間のアドバイザーは「AIやマイナンバーカード等を活用した無人窓口も実現可能ではないか」「窓口を便利にするのではなく、窓口をいかになくすかを考えるべき」と各種の論文などで言及しています。窓口が無人化、廃止されれば、住民は役所への申請や届出を自前のスマホかパソコンから行うことしかできなくなります。住民と職員が対面できる機会が大幅に失われ、窓口は事実上の「自動販売機」と化してしまいます。オンラインに対応しづらい高齢者や障害者は行政から遠ざけられることになります。

窓口は、憲法に基づく住民の基本的人権を保障するために、担当する職員を介して住民を最善の行政サービスにつなぐ役割を担っています。窓口では住民から各種の申請や届出に付随してさまざまな問い合わせが寄せられます。職員は、住民の話を聞いて状況を把握し、当人とコミュニケーションを取りながら、該当する制度や手続きの説明を行い、関連する他の窓口や担当部署にもつなぎます。納税を担当する職員は、滞納している税金を納めに訪れた住民の生活の状態を把握し、減免の要件に該当すると認められる場合には、減免申請ができることを説明したり、生活保護の窓口を紹介して担当部署につなぎます。

妊娠届を受け付けたり、母子健康手帳を交付する窓口は、妊産婦や乳幼児の状況を行政が把握する重要な場所になっています。厚生労働省が、子育て世代包括支援センターを設置している市区町村を対象に調査を実施したところ、87・8%の市区町村が「妊娠の届出・母子健康手帳の交付時の面談」を、「妊産婦・乳幼児等の継続的な状況の把握のために十分に活用している」と答えています。妊娠届に独自のアンケートを設けている自治体も多くあります。「妊娠して今の気持ちはいかがですか?」「出産する医療機関は決まっていますか?」「妊娠中から産後にかけて援助してくれる人がいますか?」「経済的な不安はありますか?」「困っていること、相談したいことはありますか?」など設問項目ごとに、職員が届出に訪れた妊婦から聞き取り、当人のおかれている状況を把握します。妊婦の中には、一人暮らしで経済的な困難を抱えていたり、夫からDVの被害を受けている人もいます。出産しても誰からの支援も受けられずに孤立化し、ストレスや悩みから児童虐待を引き起こしてしまうおそれのある人もいます。職員は窓口に訪れた妊婦と丁寧な面談を行い、生活難やDVの問題を抱えていないか、将来、児童虐待を引き起こしてしまう可能性がないかを、専門的な知見も生かして早期に発見し、当人に必要とされる支援策を紹介して、利用を働きかけています。住民の中には貧困などの困難を抱えていても、それを「自己責任」ととらえて行政に相談しない人も少なくありません。窓口を無人化したり、廃止すれば、職員は住民の状況を把握することが困難になり、セーフティネットの機能が失われるおそれがあります。窓口業務をオンライン化しても、住民と職員が対面できる窓口を存続させることが必要です。

技術は職員の代替手段ではなく、補助手段として活用する

自治体の住民サービスは、医療、福祉、教育はもとより、窓口業務も含めて、人間(住民)を相手とする「対人サービス労働」を本質とする公務労働によって提供されています。公務労働を担う職員は、住民とのコミュニケーション関係を媒体に、要求やニーズを把握して応答し、憲法に基づいて必要とされる行政サービスを提供することを通じて、住民のニーズを充足させる役割を担っています。「DX推進計画」は、自治体の職員不足に対応することも理由にあげてデジタル化を打ち出していますが、職員不足による行政サービス低下の問題は、デジタル化で解決することはできません。デジタルの技術を、職員を削減するための手段として利用するのであれば、行政サービスを提供する公務労働が失われることになり、「住民の福祉の増進を図る」という自治体の役割を放棄することにもつながります。

デジタルの技術は、職員を削減してこれに置き換えるための代替手段として導入するのではなく、職員が「全体の奉仕者」として従事する公務労働の質を高めるための補助手段として活用することが必要です。

デジタルの取り扱いは、主権者である住民の熟議と合意で決める

国の「デジタル化」戦略は、住民のくらしと地方自治を根底から破壊するものです。デジタルの技術は、権力や企業のためではなく、主権者である住民が、住民の福祉を増進させるために、個人情報やプライバシーの権利を守りながら取り扱われるようにしなければなりません。自治体におけるデジタル技術の取り扱いは、国や企業の言いなりで進めるのではなく、地方自治の本旨に基づき、住民の熟議と合意で決めるべきです。

久保 貴裕

1960年岐阜県関市生まれ。1985年大阪衛都連本部書記、大阪自治労連実行委員、大阪自治体問題研究所常務理事を経て2011年より自治労連中央執行委員、2017年より現職。